6 島国気質
初めて英国物を認識したのは小学校の高学年の頃だった。
近所のお姉ちゃんや、年長の従兄弟が当時聞いていたビートルズがそれだ。
当時の俺はどうやらませたガキで小学校の5年生くらいからラジオの深夜放送を聞いていた。
とは言っても小学生の事。せいぜい23時か24時で精一杯だったように思う。
ラジオは捨ててあった物を拾ってきて愛用になっていた。アンテナが折れていて捨てられたようだが使用には何の問題も無く随分勿体無いと思ったものだ。当時の自分の部屋にはそんな拾い物が結構有った。
さすがにゴミ捨て場から拾う瞬間は恥ずかしい気持ちも有ったが、持って帰って手入れをすれば充分に使える物が多い事を体験的に知っていたのだ。
中でもそのトランジスタラジオは宝物で、毎晩寝る前に枕下に置いて小さな音で鳴らしながら聞いていた。
ビートルズがまだ現役だった最後の頃だったはずだ。
訳も解らずにただ聞いていただけだったが、みんなが寝てしまっている夜中にまだ小学生の俺だけが英語の曲を聞いているという事に価値があったように思う。ちょっと秘密の大人の世界を盗み聞きしているような感触だったはずだ。
当然の事だが、小学校で同級生にそんな話をしても誰にも通じなかった事は言うまでも無い。自分一人だけの自己満足の世界だ。
当時はさすがにビートルズの曲がよくかかった。放送している数曲に一曲は彼らの曲だったような記憶がある。
だってヒットチャートのトップ20に彼らの曲が何曲も入っているのだから当然といえば当然の事なのだ。
DJはさも知った風に彼らがイギリスのリバプール出身だとアチコチの番組で案内していたから、当時はイギリスが世界の中心のようだった風に感じていた。
そう言えば最近はUK物とか言ってイギリスとか英国とかあまり言わなくなった。そうゆう言い方がオシャレなのかも知れないが、なんとも馴染めない自分はやっぱり古臭いのだろうか。
例えばここに車が有って、それがMade in Englandだったら今風に言うとどうなるのだろう。UK車?なんておかしい。やっぱりイギリス車とか英国車って言った方がしっくりくる気がする。
そして更にブリティッシュっていう言い方もある。
ブリティッシュっていう言葉は英国のとか英国風のっていうような意味だから、それだけじゃなくて何かを付けて使う。ブリティッシュグリーンとかブリティッシュスポーツとかと言う風にだ。
何でユニオンジャックの国、英国の色がグリーンなのかは知らないけど確かに英国車にあの深いグリーンが良く似合う。
例えばミニ。グリーンのボディーにユニオンジャックのトップなんてカラーリングも見た事がある。古いローバーの四駆。ボンネットの上にスペアタイヤを載せていたディフェンダーみたいなあのタイプもグリーンが似合う。
それから、やっぱりモーガンやスーパーZといったブリティッシュスポーツ。こいつらは正しくブリティッシュグリーンをまとうためにある。書き出すときりが無いがMGやオースチン、トライアンフあたりも何故かあのグリーンが似合う。そしてここに極まれりってのはジャガーじゃないだろうか。
数ある自動車メーカーの中でジャガーが最高だと言う自動車エンスーは少なくないが、ジャガーの乗り心地は特筆するものがあるらしい。
その乗り心地を表して「猫足」という。
そう言われても全くピンと来ないが、最近ジャガーに乗る機会があった。
泥棒猫の盗み足を想像して相当柔らかいのかと思っていたが、間違いだった。固くてビシッとしているのだ。高い所から猫を落としても何事も無いかの様にスッと地面に着地する。そんな感じのビシッと感があった。なるほどと感じた。
何時かはジャガーと思っている方も多いだろう。俺もその一人だが、これがなかなか似合いそうに無い。あの車は乗り手にも何かを求めて来る感じがする。
だいたいジーパンにTシャツとかで運転できない感じがするのだ。バリっとしたテーラードのジャケットが似合う男にならないとあの車と釣り合わないような気がするのだが、だとするといつまでたっても似合うようには成らないように思う。
英国というと最近のアメリカ中心世界の中で何所かに忘れ去られた印象もあるけど、どっこい奴らは頑固に生きている。
アメリカを中心とした世界的なスニーカーブームも最近は落ち付いて来たが、限定商品とやらが定価の数倍の価格で取引されたり、若者が殺され履いていたスニーカーだけが奪われたりする事件があったりした。
そんな世界的ブームの最中でも英国の若者の足元はドクターマーティンの革靴だったりする。にわかな流行には反応しない民族なのかも知れない。
英国人にしてみればアメリカ人は同民族だが、本土を追われ、又は新天地を求めて脱出した脱落組なのだ。
今やそのアメリカの方が大国になってしまったのは誰の目にも明白だが、いまでも本家のプライドが有るのだろう。
彼らはアメリカ発信の流行には冷静だ。それは、ファッションに限らずあらゆる分野に関してである。スニーカーもそうだが、こんな珈琲社会でも英国人だけは紅茶だったりと思うのは単なるイメージだろうか。
国民の気質と風土は関係無いとは云えないだろう。
アメリカにはアメリカンスピリッツとかいう物があるらしい。開拓者魂とでも云えるだろうか。日本にも大和魂と言うものがかつては有ったらしいが、最近は出会う事が無い。
お国柄を示すこんな笑い話があった。スチュワーデスが事故機から女性客を先に脱出させたいとき、男性客に対してアメリカ人には「そうすればヒーローになれますよ」と言えば良いと。イギリス人には「紳士はそうなさいます」と、ドイツ人には「これは規則です」と、日本人には「皆さんそうなさいます」と言えば良いというのだ。言い獲ているような気がする。
ドイツはクラフトマンシップの国と言われて久しい。BMWやVWの本家だが、どうもそれらの車やバイクに魅力を感じない。(ポルシェは例外とさせていただく)
理屈っぽくて何の色気もないインテリ女って感じだ。確かに高性能で壊れないし世界的に良いと評価されているようだが好みで無いものは仕方が無い。
高性能で壊れないのは日本車も同じだ。これもやっぱり好みで無い。何百種類もある日本車を全て一括りにして評価するのも無理があるが、あくまでもイメージの話だ。
日本車の場合、高性能で壊れないに加えて安いが付く。安価であるが故に海外ではセカンドカーやサードカー。日本で言えば奥さんや子供用の軽四的な需要でセールスを伸ばして来たのだ。
しかし、韓国や中国が市場で台頭しつつある今、安価路線では勝負に勝ち目は無く、日本車らしさとか、アジアの自動車産業の雄としてのステータスを持とうと各社必死の様子だ。しかし、コレがなかなか難しい。
先のドイツ車のように、良かれ悪しかれイメージがあるものだが、日本車にはそれすら無い。
無表情な印象だ。マネキン人形のようにキレイなだけの印象で、個性やクセ、性格といったような人間味、大和魂を感じないのだ。
その点アメ車は解かり易い。「パワーが足りなきゃ排気量を増やせば良いんだよ」みたいな短絡的で単純な思想でドンドン巨大化していったのはエンジンだけでは無い。
また、そんな単純な思想を許せる国土と資源が有ったのだ。
洗いざらしのジーンズに白いTシャツ。大柄でグラマーな正にアメリカ女のイメージだ。
アメリカにはGMを始め幾つもの自動車メーカーが有るが、どれも同じに見える。
二輪メーカーは日本車に押されて今はハーレーダビットソンだけになってしまった。
最近ようやくメカとしての程度が安心して使える基準に達し、独特の荒削りさが逆に個性として評価されて来た。しかし、よく見るとその車体のアチコチにMade in Japanの部品が使われている。低コストで信頼性を上げるには仕方無かったのだろう。
エンジン本体からのオイル漏れも相変わらずだ。日本車なら間違い無くクレームなのだが、そこが大らかな大陸物だ。
昔、こんな話もあった。C社のスニーカーをアメリカから輸入し販売していた会社があった。
紐の編み上げのやつだ。箱から出して紐を通してみるとハトメが一つ余るのだ。紐を掛け違えたかと思い確認するが間違ってはいない。
良く見ると片足の左右のハトメの数が違うのだ。これでは売り物に成らないとC社にクレームの連絡をすると先方は「そのことが支障でそのスニーカーは履けないのか?」との返答。「いや、履けない訳では無いが・・・」と答えると「では、何の問題も無いではないか」との事。
今でこそこのトラブルはクレームの対象になるが、ハトメの数違いはC社が倒産して生産がアジアに移るつい最近まで時々有った。アメリカの大らかさを感じる話だ。
個人的にはそんなアメリカンがとても好きだ。愛車はハーレーだし、車もピックアップなんかスゴイ好きだ。パンプキンなんかに憧れるが、実際日本で使うには不向きで有る事に間違いは無いだろう。
やはり信号も少なけりゃ道も広くて一本道ってな大陸でこそ真価を発揮するのではないだろうか。
フランスのエスプリもよく耳にする。
フランス魂の事なのだが、気の利いたとか、洒落た。みたいな意味を含んでいるように思う。
プジョーとかルノー、シトロエンの故郷だ。お洒落というか洗練されたデザインは世界の認めるところなのだろうがどうも理解できない。
「センスが無いのさ」と、言われればそれまでなのだが、どうやら同好の輩も多いようで好き嫌いがはっきり分かれる、日本人には理解しがたいセンスとでも言い替えるべきか。
ファッション関係にお勤めで、スタイルの良い30歳くらいで独身のオネエチャンが乗っていそうだ。お洒落なのは解かるが理解できないというところが共通している。
だいたいかの国に二輪メーカーは思い当たらない。
お洒落なヨーロッパの国と言えば、イタリアが双璧のもう片方だが、こちらは四輪も二輪も沢山のメーカーが林立している。
特に二輪メーカーにはドカティーをはじめアプリリアやモトグッチなど走り屋系のメーカーが多い。ドカティーのL型ツインなんか一度は乗ってみたいバイクだ。
同じお洒落でもフランスと比べてちょっとスポーティー系って感じだ。
体育会系で陽気な感じだ。フランスとイタリアは料理の世界でも世界の双璧だが、これも何となくお国振りを著しているようにみえる。
フランス料理の方が評価が高いのかも知れないが、好みを言わせてもらうなら、イタリア料理の方が好きだ。
イギリスにはジョンブル魂とかという気質があるらしい。大和魂に共通する物を感じる。
雨の多い島国という点など日本との共通点も多い。しかしイギリス製品は、アメリカ製やドイツ製と比べて余りお目にかからないような気がする。
もっとも最近生活していて目に付く海外製品は中国、インドネシア、ベトナムなどのアジア製がほとんどだ。それもコストの関係なのだろう。何でもカンでもコストで換算されれば今に世界中の物がアジア製になってしまうだろう。
イギリスは産業革命の発端のお国でもあり工業が遅れている訳では無いだろうが、例のコストの問題で生産が海外に流失して空洞化してしまったのだろう。日本も同じか。
しかし、長い歴史に裏打ちされた伝統工芸とも云える分野が大きな付加価値を持って現在も息づいている。
さすがに商売としては苦しいのか身売りする企業も有るようだが、権利を買った企業もその技術というよりイメージと歴史を買ったに近いようだ。
イギリスにはかの有名なロールスロイスがあるが、王室系のエレガンスブランド以外のブリティッシュスポーツのメーカーが非常に気になる。
自動車の個性、性格は成るべくしてなった必然性が有ると思っている。日本と大して変わらない狭い島国のイギリスの道路はだいたい想像が付く。たとえ住んでいる人種は同じであってもそんな国にはアメ車のようなバカデカイ車は生まれないのだ。
そう考えるとイギリスの車って結構日本でも使い易いかもしれない。
特にブりティッシュスポーツと呼ばれていたちょっと古い自動車がとっても好きだ。
天気の良い休日にスーパーZなんかでドライブなんてのに滅茶苦茶あこがれる。愛車にするなら、ボディーカラーはアルミ地肌とブリティッシュグリーンのコンビの奴に限る。
スーパーZが余りに過激なら、オースチンヒーレーやトライアンフのTR−3、4とかの古いオープンも良い。ちょっと寄り目っぽくて、フェンダーがある車が好きなようだ。そう言えば長く愛用していたJEEPもその括りにはまる。
しかし、かの国も雨が多いと聞いたような気がするが、何故あれほどオープンエアに拘るのだろうか。寒さに強い民族とは聞いているが、雪が降るような気候の時期にも晴れ間があれば分厚いオーバーコートを着込んでドライブするようだ。ちょっと真似できない。逆に雨が多い土地柄だからこそ暫しの晴れ間を大切にするのかも知れない。気持ちは同じだ。
どうも話が脇道に逸れて困る。いや、すでに何がこの話のメインだったかすら今や不明だが・・・。
コンパクトで愛嬌のある顔をしたブリティッシュスポーツに話を戻そう。
寄り目ではヒーレーの方が有名なのか、彼にはちゃんと「カニ目」というニックネームが有る。TR−3あたりもしっかり寄り目だが特にニックネームを聞いた覚えが無い。「トラ」とかと野良猫のように呼ばれるのが普通のようだ。ブリティッシュスポーツが好きとは言ってもエンスーと呼べるほどのマニアでも無く。特別詳しい訳でも無いので本当はマニアの間では決められた呼び名が有るのかもしれないが、知らないだけなのかもしれない。きっとそうだろう。
どちらも好きなのだが、TR−3(4でも良いが)の方がより好きだ。何となくだが。
オースチンもトライアンフも今は自動車の生産をしていないのではないだろうか。オースチンはそうゆうメーカー名自体最近聞かない。現存していないような気がする。何処かのメーカーに吸収されてしまったのかも知れない。トライアンフも自動車の生産は聞かないが現在オートバイの生産は続けているようだ。詳しくは無いが、トライアンフも一時会社の存続が危なかったようだ。工場の火災なんかも有ったらしい。
どうにか危機を乗り越えて最近ボンネビルT‐100という記念モデルまで発売した。
ソルトレイク・ボンネビルで214マイル(342.4キロ)という当時の世界最速をトライアンフ車が記録した事に由来する由緒正しい名前を冠したこのバイクは言ってみれば復刻モデルで、オリジナルのオーナーからは厳しい指摘もあれこれ有るとは聞いている。
しかし、ユニットツインはオリジナルを彷彿とさせる出来の良い美しさで見とれる程だ。
このバイクのオリジナルの発売は1959年。俺の生まれた年だ。これも何かの因縁か。
さすがに40年以上昔のバイクだ。現在オリジナルを入手するのは困難だろうし、運良く入手できても維持には相当の費用と労力が費やされるだろう。
その点現行モデルならそれほど心配することは無いのではないだろうか。
等など延々と因縁話まで持ち出したが、要はボンネビルに惚れてしまったのだ。
あの美しいブリティッシュツインを駆ってみたい。