―― 爆ぜる想いを君へ ――
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去年の誕生日、イルカはカカシを殴り飛ばした。 「先生さよーならー。」 「さよならー。」 「おう、お前ら気をつけて帰れよ。」 放課後、イルカは職員室の窓から生徒たちに手を振った。 「イルカ先生、お茶が入りましたよ」 同僚が声をかけてきて湯飲みをデスクの上に置いてくれた。 「あ、どうもありがとうございます。」 「今日は残業するんですってね。」 「ええ、今日中にできることは全部やっとこうと思って。」 「ああ、明日は有給を取られたんでしたね。明後日だってあるんですからそんなにがんばらなくてもいいのに。でもまあ、そこがイルカ先生らしいところですよね。」 イルカは苦笑して湯飲みに手を付けた。実はそんな理由ではないのだが曖昧に誤魔化す。年配の同僚は朗らかに笑うと自分のデスクに帰って行った。 「はあ。」 イルカは再びため息をつくとデスクに向かった。なんでこんなことになっちまったのかねえ。 『来年の今日もまた一緒に誕生日のお祝いをしましょう。その時にリミットをまた一年延ばしてあげる。簡単なことですよ、ね?』 そう言って笑った彼の笑顔は、どこまでも真剣味を帯びていた。 ――――もう知らんわ。 それでも人様に迷惑はかけられないとイルカは誕生日を一人、自宅で過ごすことにした。 「海野イルカさん?」 ふと、頭上から声が聞こえてきてイルカは立ち止まった。気配に気づかなかったということは自分よりも上手の人間だ。 「すみません、気配消したままでしたね。」 木の上に身を潜ませていたらしい男は申し訳なさそうな声を出してイルカの前に降り立った。その時に気配も出してきた。現れた男は見たことのある顔で、カカシの代わりにナルトのいる班の上忍師になった男だった。確か名はヤマトとか言ったか。 「こんな夜分にすみません。少しお話をしてもよろしいですか?」 丁寧な言葉でにこりと微笑まれてイルカもぎこちなく笑い返した。 連れ立ってやってきたのは人気のない公園だった。 「実は一大事が起きてまして。」 随分とのんびりとした一大事もあったもんだとイルカは思った。一大事ならこんな公園まで来ないでその場でさっさと用件を言えばいいのに。って言うかそんな一大事をどうして自分みたいな一介の中忍に話すんだ?アカデミーに関係がある?もしかして受け持っているクラスの子に関係があるのか?イルカは眉間に皺を寄せた。 「一大事って、具代的になにが起こったんですか?緊急事態ならゆっくりしている場合ではないのでは?」 「ええ、そうですね、至極全うな意見だと思います。ですが慌てても何もいいことはないのでとりあえず冷静に動こうと言うことになりまして。みな慎重に調査してるんです。なにせこの世が滅亡するかもしれないっていうんですから。」 たっぷり10秒ほど間を開けてイルカは大口を開けた。 「はぁ〜?」 なんじゃそりゃ、一体どこの妄想だ?この人、一見まじめそうに見えて本当は虚言癖でもあるんじゃなかろうか。そんな人間がナルトたちの上忍師ってちょっとなあ、火影様に匿名で意見書でも送ってみようか。 「あの、これ本当に真面目な話しなんですよ。上層部も一部しか知られていないことなんです。広めてパニックになるのを抑えるために暗部しか動いてないですし。」 はあ、そうなんですか、とイルカは適当に相槌を打った。つまりこの男は暗部と言うことか。 「信じてませんね?でも本当に大変なんですよ。詳しく説明しますが、実は一年ほど前カカシ先輩が宝物庫から大変危険なものを盗み出しました。本当に小さいものなんですがこの世界を簡単に吹っ飛ばせるだけの威力を持っている爆弾なんです。」 ヤマトの言葉に初めてイルカは信憑性を見た。と、言うかできることならそんなもの見たくなかったのだが。 「あの、それってどういったものなんですか?」 「生き物の体内に埋め込んで使用するタイプの超小型爆弾です。本来は頭部に埋め込むもので時限式です。」 頭の中でカーンと意味不明の音が鳴った。 「あの、でもどうしてそれ、今になって判明したんですか?盗まれたならすぐばれることでしょうに。」 動揺を押し隠しつつも尋ねれば、ヤマトは苦笑して説明してくれた。 「真にお恥ずかしい限りなのですが精巧に作られたレプリカと交換されていたために今の今まで誰も気づかないでいたんです。現にこの一年間、世界が滅びるような爆発は起こっていない。しかしこの度暗部の手によって宝物庫の陰干しをしていた際に、」 宝物庫の危険な品々を陰干しなんかするなよっ、とイルカは心の中で突っ込んでみたがそのおかげで気づいたのだから日ごろの行いが良かったというべきなのか? 「そこで偽者だとわかったんですか...。」 「ええ、そうなんです。色々調べた結果、盗んだのはカカシ先輩だってのはわかったんですけど本人は容易に木の葉に行き来もできないんでとりあえず里内の捜索をしてみようってことになりまして。そこでカカシ先輩と少しでも接点のあった人、日ごろ親しくしていた人たちを中心に聞き込みをしてるんです。一年前のことで記憶は曖昧とは思うんですが、何か気になったこととか、爆弾に関する言葉とか聞いてたら教えてもらいたいんですけど。」 ヤマトの言葉にイルカは視線を逸らしたかった。が、元から正義感の強いイルカの良心がそれを許そうはずもなく、イルカは正直に話すことにした。 「海野さん、随分楽しそうですね。」 ヤマトが幾分イルカの様子をいぶかしみながら尋ねてきた。 「ええ、楽しいですよ、カカシさんからとても素敵なバースデープレゼントをいただいているので。」 「え、ああ、誕生日なんですか、おめでとうございます。」 ヤマトがのほほんとお祝いの言葉をくれた。イルカもそれに礼を言う。極々当たり前の会話だ。ただしイルカの笑顔は黒さがにじみ出ている。 「ところでなにをもらったんですか?先輩の贈り物ってなんだか興味がありますよ。」 ヤマトは屈託なく笑った。イルカも笑い返した。 「極楽が味わえるものですよ。」 その後、事実を知ったヤマトは夜目に分かるほど顔を強張らせてとりあえず火影様のところへ、と声を震わせながらイルカと共に走り出した。 「爆弾らしきものが取り付けられているのは分かった。だがそれの解除はできないように組み込まれている。医療忍術でどうにかなるようなもんじゃない。これを取り外しできるのはカカシくらいなものだろうよ。」 「それでは俺はカカシさんのいる国に行けば良いのでしょうか?そこで取り外しを?」 「ああ?リミットは明日なんだろ?あの国は遠い、とてもじゃないがそんな時間はないっ。」 火影の言葉にヤマトが慌てた。 「では如何なさるおつもりですか?入国だとかの手続きも時間がかかりますし。」 火影はため息をつくと机の引き出しから一本の巻物を取り出した。 「万が一、何か緊急の事態が発生した時にと念のために作らせておいたものだ。まさかこんなことのために使うことになるとは思ってもいなかったがな。」 火影はそう言うと乱暴にイルカに巻物を投げて寄こした。 「あの、火影さま?」 「さっさと開けなっ。」 「は、はいっ。」 火影の罵声にイルカは慌てて巻物の封を開けた。途端、巻物から煙が出てきた。 「あれ、これ、口寄せの術じゃあ、」 ヤマトがそう言うのを聞いてイルカは体を硬直させた。こんなにすぐにお目見えするとは思ってもみなかった。再会はもっと後になると思っていたのに。 「おや、みなさんお揃いで。」 回りを見渡してカカシは軽く手を上げた。その中にイルカを見つけて唯一見える右目を嬉しそうに細める。イルカは思わず視線を逸らした。 「カカシっ、これはどういうことだいっ。」 「どういうこと、と申されましても、なんのことですか?」 火影の怒鳴り声をもろともせずにカカシは小首を傾げた。 「しらばっくれるんじゃないよっ。イルカの頭の中にあの爆弾を仕込んだそうじゃないか。よくもまあ恋人の頭にそんなものを仕込めたもんだねえ。」 かつての恋人を戦場で亡くした火影が眉間に皺を寄せて言い捨てた。それを聞いてカカシは何故だか嬉しそうに笑った。 「なにを笑ってんだいっ。いいからさっさと爆弾を除去しなっ。」 「それはできません。」 「なんだって?」 「毎年5月26日にリセットする以外に助かる方法はありません。」 それを聞いてイルカはカカシに掴みかかった。 「あんたっ、あんた最低だっ。なんだってその日にそんなものっ、」 カカシはイルカの手を掴むと強引に顔を近づけて耳元で囁いた。 「その日だからですよ、イルカ先生の誕生日に一生消えない、素晴らしく記憶に鮮明なプレゼントを渡して存在を刻み込みたいと思ったんです。」 「き、刻み込んだって、す、すぐにいなくなったくせにっ。」 恨み言を言っているようで、まるで自分が子供になったような気分だったが、それでもここ一年ずっと考えてきたことをイルカは吐露した。 「この任務はもうずっと前から決まっていたことで、どうしても避けられなかった。ぎりぎりまで出発を延長させてたけどどうにもならなくて出国しました。まあ、抜け忍になってもよかったけどイルカ先生は悲しむでしょう?だから俺の心意気を証明するための方法を取ったんです。あんたが側にいない生活を強いられ続ける人生を送るくらいなら、世界なんか滅んでしまえばいいからね。」 カカシのあんまりな言葉にイルカは言葉を失くした。それどころかおぞましい思想だと常識的なことを考えつつも自然と顔が熱くなる。 「俺は、自分ひとりが死ねば済むもんだとばかり、」 「はは、そうかなあと思って誕生日前にちゃんと回りが気づくように仕向けたんですよ。宝物庫の陰干しなんて普段からやるわけないでしょう。義務付けてそうするように仕向けたのは俺です。」 えっ、そうだったんですか、とヤマトががっくりしているのが視界に見えた。 「なるほど、それが本音かい。ある日を境にすんなりあの国への派遣を了承したと思ったら、まんまと一杯食わされたってわけかい。」 火影の目が怒りに燃えていたがカカシは平然として頷いた。 「ご明察です、さすが火影様ですね。」 褒められてもちっとも嬉しくないと火影は渋面を作った。 「カカシ、お前この尻拭いどうするつもりなんだい?」 「尻拭いと言われましても一年ずっと珍獣並みに扱われてたんですからもう義務は果たしましたよ。今回口寄せで強引に連れ戻してくださって正直助かったと思ったほどですよ。正式な手続きを踏めばそれだけ時間がかかりますからね。と、言うわけで俺の責務は果たしましたから。」 「ちよっ、カカシ先輩、それやばいでしょう。」 「え、そう?でも一番やばいのはイルカ先生の頭の中の爆弾だと思うけど?」 はっとしてイルカは時計を見た。いつのまにか時間が随分と過ぎていた。あと30分足らずで26日になってしまう。 「わかった、もういいからさっさとリミットの延長をしてこいっ。申し開きは明日以降に聞いてやる。」 火影はそう言うと背を向けた。 「早く処置をっ。」 カカシは苦笑してイルカをソファに横になるように指示した。イルカは憮然としつつも言うとおりに横になり、カカシは側に座ってイルカの頭部に向かってチャクラを細くして送り込んだ。 「これでいいです。イルカ先生はしばらく起きないでしょうからつれて帰ります。失礼しました。」 イルカを抱えたカカシは火影の返事を待つ間もなく執務室を出て行った。 「確信犯めが。」 カカシはすっかり人気のなくなった木の葉の大通りをイルカを担いで歩いていた。 「なんだヤマト、火影様、何か言い忘れでもあったか?」 歩きながら問えば、いいえとはっきりとした返事が返ってきた。 「じゃあなんだ?」 「カカシ先輩、本当は爆弾なんか仕掛けちゃいないんでしょう?」 ヤマトの真っ黒な目玉に見つめられてカカシはぷっと笑った。 「お前は本当に昔から変なところで勘が鋭いよな、まあいいけど。」 カカシは微かに笑みを浮かべてそうだよ、となんでもないことのように言った。 「大切な恋人の頭ん中にそんなおかしなものを詰め込むわけがないだろう。まあ、それでも代わりのものは入れたけど。」 「なにを入れたんです?」 「その人の体調だとか現在位置だとかが分かる盗聴器みたいなもんかな。体の害になることはなにもない。なに、誰か調べてたの?」 「ええ火影様が少し。」 「そうか、念入りにコーティングしといて正解だったな。」 カカシはくすくすと笑う。 「カカシ先輩、随分と機嫌がいいですね。」 「ああ、勿論だ。イルカ先生が自ら俺たちの関係を他人に語ってくれる日がくるとは思わなかったからな。」 それを聞いてヤマトは苦笑した。 「それは仕方ないでしょう?話さないことには話しがすすまなかったんですから。」 「いや、爆弾が頭の中に埋め込まれたという事実だけを語るならば俺たちの関係性なんてどうでもいいことだった。それこそ上忍命令で脅されていたとか言えば済む話しだった。それをわざわざ恋人としての関係を暴露してくれたんだから、俺は幸せ者だよ。イルカ先生は俺たちの関係を内緒にしたがってたから。」 カカシは少し寂しそうにしつつも背中で眠っているイルカを気遣って笑みを浮かべる。 「あの、海野さんは結構カカシ先輩のこと好きなんだと思いますよ。」 「ほう、なんでそう思うんだ?」 「カカシ先輩のことを話しているとき嬉しそうな顔をしてましたから。まあ、多少は色々と含むところがあったとは思いますけど、それを差し引いても本当に楽しそうに、嬉しそうに笑ってました。」 ヤマトの言葉にカカシはそうか、と呟いて背中の温もりを心地よく感じた。 おわり |
はいっ、お疲れ様でしたっ!!
えーと、祝う気あるのかな私はっ!(涙
暗くらないようにならないようにと書いてみたつもりでしたが爆弾とか言ってる時点でもう暗いしっ!?
つまり序盤からもうだめだったとorz
それでもとりあえずじぶんの中の公約(誕生日までに仕上げる)が叶ってよかったです><
ここまで読んでくださりありがとうございました〜♪