−天国の扉−

それから数年、カカシは暗部としての任務を確実にこなしていった。目を覆いたくなるような凄惨な任務も日々舞い込んできたし、罪の意識は消えやしなかったが、後悔はしなかった。
任務の待機中、自宅にいる時、月のない晩の星空を眺めては時折思い出す人のことを心の内に描きながら、カカシは胸を熱くする。
たった数日間しか共にいなかったが、大切な人の記憶は数年経った今でも色あせることはない。
やがてカカシは下忍の育成をまかせられるようになる。なかなか自分の出す試験を通過する子はいなかったけれど、その年の担当する下忍は、少々いわくのある子どもがいて心してかかれと言われた。
自己紹介の場で、ナルトがイルカ先生と言った時に、気付かれない程度に反応してしまったが、あの人のはずがないのだからと心の中で苦笑した。
今回もまた失格かな?と思って様子を見ていたが、なかなかどうして、今度の奴らは満足する合格点を出してくれた。
これからこの先、この子たちには忍びとしての経験を積ませていかなくてはならない。血に手を染め、人の命を消し去ると言うのは、生半可な気持ちではできない。
それでも里の道具としてではなく、仲間を思いやる心を忘れない、それをふまえた上で強くなっていってもらいたい。
カカシはそう思って火影の元へと向かった。ナルトたちの合格を報告しなければならないのだ。
今の時間ならば受付にいるはずだと途中で会ったアスマに言われ、カカシは受付へと足を向けた。
そして扉を開けた。一直線に火影の前へと向かい、ナルトたちが合格した旨を告げた。

「そうか、やりおったか。イルカよ、聞いたか?」

イルカ、そう言えばナルトが同じ名前を口にしていたな、と火影の視線の先にいる人物に顔を向けた。

「そうですか、ナルトが。あいつ、やったな。」

カカシは目を見開いた。
丹の国で出会ったイルカがそこにいた。黒い髪は一つにまとめ、結わえられ、鼻の上に横一文字に傷ができていたが、確かにイルカだった。

「イルカ、さん、」

呼ばれてイルカはにこりと微笑んだ。カカシは受付の机を飛び越えてイルカの横に立った。
イルカも立ち上がる。
カカシは思い切りイルカを抱きしめた。イルカは少し苦しそうに身をよじったが、抗うことはなかった。

「イルカさん、イルカさん、」

「はい、カカシさん。」

イルカはカカシの背中をぽんぽんと叩いた。

「おい、カカシ、なにやっとるか。イルカも、受付が滞るぞ。」

火影は思い切り訝しげに二人を見たが、カカシはイルカを離そうとしない。イルカは苦笑してカカシの腕を解いた。

「逃げませんから、受付の仕事が終わったらお茶でもご一緒しませんか?俺、お茶煎れるの、結構うまいんですよ。」

イルカに言われてカカシは頷いた。

「楽しみにしてます。」

カカシはそう言うと再び机を越えて受付を後にした。帰り際に振り返ると、イルカはカカシを目で見送っていてくれたらしく、視線が合ってまた微笑まれた。
カカシは嬉しそうに笑みを浮かべて廊下へと出た。
何故だとかどうしてだとか、そんなことは頭になかった。ただ、そこにイルカがいると言うだけでカカシは十分だった。イルカが再び自分の前に姿を見せてくれた。
今度こそ、イルカと共に歩んでいきたい。不安も苦しみも全部共有したい。どんな困難も二人で話し合って乗り越えていきたい。
カカシは上忍待機所でイルカの仕事が終わるのを待った。

「あら、カカシ機嫌よさそうね。下忍試験、合格したの?」

上忍待機所に入ってきた紅がカカシに声をかけてきた。

「うん、まあね。」

カカシは否定しなかった。確かにそれも喜ばしいことには変わりない。

「お、なんだ、カカシはなに浮かれてんだ?」

受付に行く前にすれ違ったアスマも声をかけてきた。

「カカシ、浮かれてるの?」

紅はいまいち分からないわ、と腕を組んでソファに座った。アスマもカカシの隣にどっかりと腰を下ろす。

「さっきまではここまで浮かれちゃいなかった。あの後は受付に行っただけだろ?受付にいい女でもいたのか?」

「女ねえ、ま、同じようなもんかな。」

「へっ、お前がなあ。」

アスマは自分で言っておいて、カカシの反応に驚いていた。紅はそんなアスマの言動にも不思議顔だ。

「紅よお、カカシはここ数年、ずっと任務任務で女っ気もなく、一人寂しく暮らしてたんだよ。もてるくせに嫌味な野郎だと周りからはやっかまれるは、俺たちからはからかわれるはで散々だったろ!」

ばんっ、とアスマはカカシの背中を叩いた。

「うるさいね、誰と付き合おうが付き合うまいが人の勝手でしょ。任務だって別に手を抜いてたわけじゃないし。」

カカシはむすっとして視線をアスマから逸らした。

「へえ、受付にカカシ好みの女の子がいたんだ。くの一?それとも任務依頼しに来た人?」

「どっちとも違うよ。」

カカシは時計を見る。受付の業務時間終了は5時だと聞いている。そろそろ行ってもいいだろう。

「用事があるからそろそろ行くよ。じゃあね。」

カカシは立ち上がった。そしてさっさと上忍待機所から出て行った。
後に残された二人はそんなカカシを面映ゆそうな顔で見送った。

「なによ、春が来たって感じ?」

「ま、ここ数年、空元気で仲間うちからからかい半分に気を遣われてた奴だからなあ。」

紅は意外だわ、と呟いた。

「紅は上忍になりたてだから知らねえだろうが、ある時期から雰囲気がガラリと変わっちまって、別に悪い方向に転んだってわけじゃねえが、それでも多少無理してるようだったからなあ。」

「昔のカカシってどんなだったの?」

「そうだな、この世の罪を一身に受けて背負ってるみたいな顔してたな。難儀な奴だったよ。」

「今の姿からはあんまり想像できないわね。」

「だろ?ま、当分は冷やかして過ごすかね。」

アスマはきしし、と笑った。どっちにしろからかわれる対象なのね、とカカシを少し哀れに思った紅だった。

 

受付に行ったカカシは、帰りの準備をしているイルカを見て、受付の備え付けのソファに座って待つことにした。

「お待たせしました。」

準備の整ったイルカはカカシの前まで来た。カカシは立ち上がって二人で受付を出た。

「あれからナルトが来て、合格祝いにラーメンおごってくれって言われてしまいました。」

明日に回してもらいましたけどね、とイルカは朗らかに笑った。

「あいつ自己紹介の時にイルカ先生におごってもらったラーメンが好物だって言ってたからなあ。あなたの名前が出てきたけど、まさか本人だとは思わなくて、受付ではほんと心臓が止まるかと思いましたよ。」

カカシはそう言って胸に手をやった。その様子を見てイルカは苦笑した。

「はは、すみません。俺もここ最近、やっとこの状況に慣れてきたものですから。それまでは会わないでおこうかと。その前に会う機会がまったくありませんでしたしね。」

「そうですね、任務任務でなかなか里に帰ってこられなかったし、上忍の住所は機密扱いだから閲覧できないし。」

それから二人で商店街で買い物をして、イルカの家にたどり着いた。一人暮らしのやや古いアパートの一階がイルカの家だった。

「どうぞ、ちょっとちらかってますけど。」

イルカは鍵を開け、先に入ってバタバタと台所に買い物した袋を置き、灯りを付けた。

カカシはお邪魔します、と言って中に入った。

「今お茶を煎れますね。適当な所に座って待っててください。」

言われてカカシは小さな卓袱台の前にあぐらをかいて座った。年代ものの和だんすに仕事で使うのか、本棚には様々な種類の本と、それに収まりきらない本が畳の上に重ねて置かれている。巻物もやや整頓はされているがひとまとめにしただけと言った感じだった。
人間くさい、と言ったら失礼かもしれないが、温かい雰囲気の場所だな、とカカシは思った。

「おまたせしました、どうぞ。」

イルカが湯飲みをカカシの前に置いた。自分の分も卓袱台の上に置く。

「玄米茶ですか、香ばしい香りですね。」

「はい、玄米はうるち米ともち米の二種があって、もち米の方が香り高いとのことなのでもち米のものをいつも常飲しているんですよ。」

カカシは一口飲み込んだ。香ばしい香りと共に体が温まる。

「おいしいです。」

「ありがとうございます。」

イルカは自分も湯飲みに口を付けた。夕暮れ時の空が窓から見える。夕焼けも終わり、夜の帳がすぐに降りてくるだろうとカカシは思った。

「食事どうします?男の料理でよければ作りますけど。」

「イルカさんの手料理ですか、きっとおいしいんでしょうね。」

「いえ、ほんとにがさつなだけの男の料理ですよ。」

「ぜひいただきたいです。でもその前にお話をきかせてくれませんか?」

カカシはイルカをじっと見つめていた。イルカは頷いて話し始めた。

「あれから、俺は聖書の見守り役の任を降りるために神に願い出ました。掟をやぶって所持者の前に出たこと、天国への扉へ迎え入れるべき者を説得できなかったこと等、上げれば色々と余罪もあるんですけどね。神は俺の願いを聞き入れてくださいまして、見守り役の任を解かれました。任を解かれた俺の処遇をどうするかで上の方で審議が執り行われました。大抵、罪を犯したものは天から下界へと堕とされます。俺は、手紙では怖いだなんだと書いていましたが、あなたと離れて一人になると後悔しました。馬鹿ですよね、あなたに後悔だのなんだの偉そうなことを言っておいて自分の方がよっぽど辛くて、苦しい思いをしてるだなんて。」

イルカはふう、と息を吐いて顔を上げた。

「実は、任を解いてもらったのも下心があって狙ったことなんです。下界に堕ちればカカシさんと共に生きることができるのではないかと。例え人としてではなくても再び会えるのではないかと。でも、神は全てお見通しでした。判決の場で俺のそんな心内も暴かれてしまって、俺は俺の存在を抹消されるのではないかと震えました。実際そういった案も出されたと後で知って冷や汗かきました。結局、今までずっと聖書の見守り役として尽くしてきた恩赦を差し引いて、下界への追放ですみました。寿命と、罪の意識、つまり記憶を残すという条件付きですが。そして数年前に下界に降りて、木の葉の里の住民として生きることになったんです。顔の傷は罪人の証として付けられました。男ぶりが上がりましたでしょ?」

イルカはそこまで言ってカカシの目をじっと見つめた。カカシは立ち上がるとイルカの横に座った。そしてイルカを横から抱き寄せた。

「俺と、生きてくれるんですか?」

「はい、俺はそのためにここにいます。」

カカシは抱き寄せる腕に力を込めた。

「ずっと傍にいて下さい。ずっと、ずっとです。」

「はい、ずっと傍にいます。あなたが嫌と言ってもいます。」

イルカはそう言って笑った。カカシはそっとイルカの顔の傷に唇を寄せた。

「痛かったですか?」

「ええ、まあ、痛くなかったと言ったら嘘ですけど。傷のある男は嫌いですか?」

カカシは額宛てを外して左目を露わにした。左目を切るように傷が走っている。だがまぶたの中には赤い目が覗いていて、イルカをしっかりと見ている。

「左右の目の色が違うんですね。とても綺麗です。」

言うとカカシはどうも、と笑った。

「俺も傷のある男です。それに体中に戦闘で負った傷がそこかしこにあります。でも、あなたの負ったこの傷はどんなものより尊いです。」

そう言ってまた唇を寄せる。イルカはくすぐったそうに身をよじった。その時、ぐ〜、とイルカの腹の音が鳴った。

二人、顔を見合わせて声を出して笑った。

「実は今日、火影様とお昼をご一緒したんですが、あなたの情報をそこで見て箸が止まってしまって、おなかぺこぺこなんです。」

「それはすみません。さっそく夕食作りに取りかかりましょう。手伝います。」

「お願いします。」

二人はそう言って立ち上がり、笑みを浮かべたまま台所へと向かった。

台所の窓から見える夜空に月はなく、いくつもの星が瞬いていた。

 

おわり

 


ナインスゲートのパロを狙って玉砕しましたorz 
テレビでやってたので懐かしく思ってやっぱりいい映画だな、と。ジョニー、いい男です。
序盤、イルカ先生のイの字も出てこなくてどうしようかと(出せよ)思いましたがなんとか木の葉に落ち着いて一件落着です。
なんとなく勢いで書いたのであっさりしたものになってしまったようです。;;
今度はもっ明るいのに挑戦したいな、と思わせた作品になりました(どんなやねん)