それから月日は流れ、雪の匂いがしてくる季節になった。
あれからカカシ先生とはあまり会えていない。元々接点なんてほとんどなかったんだし、セールスと言う名目の元でなら訪問もしやすかろうと思っていたのに、その名目もなくなってしまった今となっては、行く目的もないのにお宅訪問をするわけにもいかない。
寒い季節に心も寒い。
あれから、商売関係の任務はイルカがオススメ!と火影の太鼓判をもらってしまった俺は、ことある事に商売絡みの任務を受けるはめになっていた。
と、言ってもセールスの任務はあれからまったくない。元々かなり特殊な任務であるとは理解していたので納得はしていたが。
そして今日も今日とて俺は売り歩く。
そう、寒い季節にはもってこいのあの商品、石焼き芋である。
やーきいもー、と売り歩く俺にアカデミーの子どもたちや、近所のおばちゃんなんかが買い求めてくれる。価格も良心的で小腹が空いたときにはもってこいの商品だ。売り切れることはないだろうがかなりよく売れている。
おやつの時間の3時を過ぎて少し休憩、と俺は公園のベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。
白い雲がゆっくりと流れていく。カカシ先生の髪も白だったなあ、なんて感傷的になってしまう。木枯らし吹く季節だもんなあ、いくら俺がそういったセンシティブとやらの言葉が似合わない男だと自覚していても、もの悲しくなってしまうのは止められない。それはやっぱり心の中にもの悲しく思うことがあるからで。

「焼き芋一つください。」

ぼんやりとし過ぎていて人の気配に気付かなかった。
俺は慌ててベンチから立ち上がった。そして声をかけた人物を見るとそこにいたのは、
はたけカカシだった。

「カカシ先生。」

「俺のためにおいしそうなの選んでくださいね、イルカ先生。」

俺は顔が赤くなるのを必死になって誤魔化そうと俯いて焼き芋をつかみ取る。

「カカシ先生は焼き芋お好きなんですか?俺も好きなんですよね、このほくほくした感じの黄色い中身を見るとほっとすると言うか、でも男って焼き芋苦手な奴多いんですよ。俺の同僚も苦手だってのが多くて。」

俺は新聞紙にくるんだ焼き芋をカカシ先生に差し出した。
どうか、俺の顔が赤いのは木枯らしに吹かれた寒さのせいだと思ってください。決して、あなたを前にしてどうしようもなく恥ずかしいからだと気付かないでください。
カカシ先生は焼き芋を受け取ると代金を手渡してくれた。しかしそれから何故か黙り込んでしまい、かと言って去るでもないカカシ先生は、何か決意を固めたように息を漏らして、そして口を開いた。

「本当はね、イルカ先生。俺は甘いもの苦手なんです。」

意外な言葉に俺は目を見開いた。

「えっ、あの、でもそれじゃあ。」

「口実に利用しました。あなたと話しをするために。」

「ど、して...。」

「口実の理由ですか、ちょっと言うのは勇気が要りますね。」

カカシ先生は苦笑して指先をカリ、と噛んで印を結んで口寄せをした。
え?と思っているとそこにはかつて絨毯を購入してくれた忍犬たちのうちの一匹のパグ犬がいた。

「パックン、悪いけどこの屋台の店番しててね。イルカ先生、ちょっとご一緒して下さい。」

パックンと呼ばれた忍犬はやれやれと妙に人間くさい表情を浮かべながらも分かった、と返事をした。
カカシ先生は俺の腕を掴んで歩き出す。

「えっ、あの、でも俺は任務中で、」

俺は慌ててカカシ先生の手を取ろうとしたが、その手は外れない。痛いわけではないのにまったくはずれないとはさすが上忍、いや、そんなところで感心するんじゃなくてだな。
あれよあれよと言う間に公園の中でも滅多に人が来ないんじゃないかと思わせるような場所まで来ると、カカシ先生はやっと腕を放してくれた。

「任務中、すみません。いや、本当はいつだって話しをしようと思えばできたんですけど、俺は臆病者で、あなたが来るのをずっと待ってた。そんな都合よくあなたが来てくれるわけもないのに。」

同じだ、俺も本当ならいつだってカカシ先生の家に行くことはできた。でも、名目がないと勇気が出せなくて。

「あなたが屋台をしているのを偶然見つけて、それでやっとあなたと話す口実を見つけて、その口実と言うのは、」

カカシ先生はぐっと拳を握っている。

「あなたが、好きだから。愛しいと思ってしまったから、話したくて、会いたくて。」

カカシ先生の口から紡がれる言葉が流れるように耳から入り込む。
好き?愛しい?俺?俺が?

「あ...。」

俺ときたらカカシ先生の告白に頭が真っ白になってまともな言葉すら発することができなかった。
ただ、恥ずかしくて、嬉しくて、どうしようもなくて、信じられなくて。
一体どれだけの時間が過ぎたことだろう。辺りはいつの間にか夕刻の差し迫る色合いを見せている。日が暮れるのが早いと言ってもこれは時間が経ちすぎだ。
でも、俺は未だに言葉が見つからなくて。カカシ先生はそんな俺をじっと愛おしげに見つめてくれていると言うのに。

「混乱、させてますよね。返事はまた今度聞かせてください。時間を取らせてしまってすみませんでした。」

カカシ先生は困ったように少し笑って、そして背を向けた。
待って、待って行かないで。女のようにただ取り縋ってしまいそうだ。でも取り縋ることに何故躊躇しなければならない?今度っていつだよ、カカシ先生とこうしてまともに話しができたのなんて数ヶ月ぶりだと言うのに、今度なんていつになるんだ。
そう思ったらどうにも止まらなかった。
俺はカカシ先生のベストの裾を掴んだ。

「あ、あのっ、」

カカシ先生は立ち止まって振り返り、自分のベストを掴んでいる俺の手と俺を交互に見ている。

「あの、」

なにを躊躇しているんだ。カカシ先生はこうして勇気を出して言ってくれたのに、俺はずっと引っ込んだままでいいわけがないだろう。
俺は顔を上げた。

「好きです。カカシ先生のことが。ずっと、好きです。」

はぁ、と安堵の息が漏れたのはどちらのものだったか。そんなことどうでも良かった。
カカシ先生が俺を抱きしめてくれたから。俺がカカシ先生を抱きしめ返したから。

「良かった。どうしてもほしかったものがやっと手に入った。」

カカシ先生が笑ったような気がした。

 

 

「あの、いつから俺のこと好きだったんですか?まさか最初からとか言わないで下さいよ?」

「いえ、好きだと自覚したのは掛け軸のセールスの時でしたけど。」

自覚したのも同じ時期だったらしい。なんと言うか似たもの同士だな、俺とカカシ先生って。
とっぷりと日も暮れた木の葉の大通りを俺とカカシ先生は共に屋台を押して歩いていた。
あれから俺とカカシ先生はパックンの店番をしている屋台まで戻ったが、そこで目にしたのは行列に継ぐ行列のできた屋台の姿だった。
慌てて事情を聞いてみれば、焼き芋を購入してくれた人にもれなく肉球の握手プレゼントと銘打って販売していたらしい。それが噂を呼んで何故か繁盛してしまったらしい。
俺とカカシ先生は訳が分からぬままに対応に追われ、日が暮れてもなかなか行列は途切れず、とうとう予想もしていなかった、焼き芋の完売という事態を持って屋台を閉めさせてもらった。
依頼主はなかなか帰ってこない俺に少し苛々していたようだが、完売と聞くと目を見開き、木の葉の忍者はすげえ、と驚嘆していた。そこで感心してもらっても何故か素直に喜べなかったが、木の葉の名が上がるならばそれで良いと思うことにした。
それでもやはり時間を押してしまったお詫びにと屋台を収納場所まで送り届けるサービスをすることになり、責任を感じたカカシ先生が同伴してくれているのだが。
道すがら何を話していいのか分からず、とりあえず馴れ初めをお互いに披露する運びとなったのだった。

「最初はおもしろい人だな、くらいだったんですけどね。段々あなたの人となりが分かってきたら気になってしまって。親父の掛け軸を選んでくれた時にぎゅっとしたくなって、まあ、有言実行とばかりに抱きしめてしまいましたが。それからどうしても欲しくて欲しくて、そんな風に誰かを思ったこと今まで無かったからどうしていいか分からなくてほんと困りました。なのにあなたはなかなか約束のセールスに来てくれないから、我慢できなくてこちらから売り込みをしてしまいましたよ。」

はあ、それは、どうもすみません、と俺は屋台を引きながらもごもごと口の中で謝罪した。

「イルカ先生は?いつから俺のことを好きになってくれてたの?」

聞かれて俺は顔を真っ赤にした。やはり聞いた手前話さなくてはならないとは思うのだがどうにも照れが勝ってしまう。

「あの、俺も掛け軸の時に自覚したんです。少しでもカカシ先生の役に立てていればどんなにか嬉しいだろうって。俺は普段からアカデミーや受付などで人と対峙することはままありますが、あれほどまでに誰かに尽くしたいと思ったのは初めてで、それは好きだからだろうって思って。セールスに来られなかったのは、クツワ商店が火の国に出店するとのことで、セールス販売から手を引くことになり任務自体がなくなってしまったからなんです。約束したのに来られなくてすみません。」

「そういうことでしたか。良かった。俺はてっきり俺のことも約束もどうでもいいと思われてて、もう来てくれないんじゃないかと思ってしまいました。少しやりすぎたかな、なんて思って。」

「え、やりすぎって何のことです?」

「あー、いえ、あ、収納場所あそこじゃないですか?」

上手く誤魔化された気がしないでもなかったが、確かに倉庫に着いたので屋台を収納した。今日の業務はこれで終了だ。あとは直帰して良いことになっている。
時間も9時を回っている。家に帰ったら10時になってご飯を食べて風呂に入ったらすぐに寝ないと明日がきつい。だが、なかなか帰る足を踏み出せない。
町はずれの倉庫なだけあって人の気配がまるでなく、電灯がジジ、と音を立てる。

「キスしていいですか?」

ふいにかけてきたカカシ先生の声にびくりと震えながらも俺は頷いた。
途端に倉庫と倉庫の間の路地に引っ張り込まれてキスされた。
ついばむように始まり、段々と荒々しく、最後に唇を舐めあげられてぎゅっと抱きしめられた。
好きな人とのキスがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。キスだけでこんなに幸せになれるのならば、その先は一体どんなことになってしまうのか。いや、今は考えるまい。

「好きです、大好き、イルカ先生。」

耳元でふうわりと囁かれて、その唇が耳をかすめるのを感じて、俺は耳を真っ赤にしながら、今度は逃げずにカカシ先生の背に手を回したのだった。

 
おわり

はいっ、お疲れ様でした!!
り、リリカルだよっ!なに青春してんだよあんたたちっ!てなほど気恥ずかしい二人を書いてみましたが、はは、ここいらが私の限界です。orz
って言うか他の作品を読んでいらっしゃった方にはきっともうバレバレでしょうが作者は激しく圧力鍋を所望です!
だって煮込んでも焦がすことがないなんてすごくないですかっ!でも煮込み料理くらいにしかほとんど使い道がなさそうだと思うとなかなか手が出せません。
そんなまなぬるいファン意識爆裂の圧力鍋語りカカイルでしたっ!(違