幼い頃、神社のお祭りで一緒に来ていた母ちゃんたちとはぐれてしまったことがあった。父ちゃんとおそろいの甚平で折角かっこよく決めてたのに泣きじゃくってとても怖い思いをした。周りは誰も知らなくて、このままもう二度と家に帰れないんじゃないかと本気で思った。
でも、俺は誰かに手を引かれて神社の本殿へと連れてこられた。いやに白くてひんやりとした手。そして連れて行かれた先には母ちゃんたちがいて、俺は涙を引っ込めて家族の元に走ったのだ。
あの時手を引いてくれたのは、誰だったのだろう。

 

『 神さまと 』

 

アカデミー生のまだ低学年の頃、夏休みの宿題に写生というものがあって、俺は画板を担いで神社へと向かった。神社はひんやりとしていて過ごしやすいだろうし、被写体がいろいろあるから描きやすいだろうとふんだのだ。その神社は由緒あるものだとかで夏祭りになると夜店が並んで結構な賑わいを見せるが、普通の日はほとんど人を見かけなかった。
小高い山のてっぺんにあって石造りの階段は登りにくいし、神木がどうのとかで木々を伐採することがないから神社の周りの森は鬱蒼としていて、少し不気味だったのだ。
しかし俺は涼しい場所という概念しかなく、ひとけがないだの暗いだのといったことは大した問題ではなかったのだった。だいたい男だったし。
神社に着いて境内の適当な場所で腰を下ろすと画板の中の画用紙に鉛筆を走らせる。薄暗い神社も暑い夏も嫌いではないのだが、いかんせん俺はこの写生というものが苦手だった。いや、むしろ美術全般が苦手だと言ってもいいだろう。
少しして、誰かがこちらにやってきたようだった。ふと顔を上げると少し変わった和服のようなものを着ている男の人が立っていた。俺の方をじっと見ている。

「誰?」

聞くとその人は俺の横に座った。そしてじっと神社の鳥居を見た。よく分からないけれど別に悪い感じはしなかったし、へたくそなりになんとか写生の絵ができあがりそうだったので俺は再び鉛筆を走らせる。

「何を描いてるの?」

声をかけられて俺は顔を上げた。男の人の顔が逆光でよく見えない。きらきら光る白い髪、白い肌、そして赤と青の目。

「えっと、神社の木を描いてんだけど。」

「そう、でも、あんまり根詰めて描くと移ってしまうから、ほどほどにね。」

俺は首を傾げた。何のことを言っているのかよく分からなかったからだ。

「何が移るの?紙に何か張り付くの?」

男の人は俺の絵を見ると、そっと絵を撫でた。すると絵の中から何かの声がさやさやと聞こえてきて、俺は固まってしまった。

「なんだ、これ。」

「移ってしまいやすいものだよ。神社はいろんなものがあるけど、人の強い意志に組み込まれて移ってしまうものもあるから。」

俺は怖くなって画板を横に置いて後ずさった。男の人は大丈夫だよ、と画板を拾い上げると俺に手渡した。

「さっき俺が逃がしたから、もうこの絵には何もないよ。さ、持っておかえり。もう後は家でも描けるね?」

俺は頷いた。すると男の人は笑って去っていってしまった。俺はただただその場でぼーっと画板を抱いていたが、辺りが段々と暗くなり始めると、そそくさと家に帰ったのだった。

 

 

それから数年してアカデミー生でも中学年くらになった。勉強も忍術もあって大変だけど、毎日が楽しくてよく笑っていた。
けれど、家で飼っていた犬のモモがある日突然死んでしまった。原因は分からないけど、家の庭にあった犬小屋の中で冷たくなっていた。
幼い頃からずっと一緒だったモモが死んで俺は笑わなくなった。誰といても何をしても全然楽しくない。食も細くなってしまった。
事情を知っている家族は俺に優しい。けれど俺は立ち直れなかった。アカデミーから帰るとモモの眠っているお墓に行ってはそこでモモとの思い出に沈む毎日だった。
その日も俺はモモのお墓がある川原へと向かっていた。土手沿いをとぼとぼと歩いてそしてモモのお墓の前で思い出に浸って、そして夕暮れ時になると家路につく。
俺はまた土手沿いをとぼとぼと歩く。

その日は夕焼けが一段と赤くて、雲も川も真っ赤で、俺は土手沿いにしゃがんで景色を眺めることにした。
しばらくぼーっとしていると、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
いつもだったらすぐに帰るのに、今日は何故だかその場に留まっていた。陽もすっかり沈んでしまった。ここいらは街灯もぽつんぽつんとしかなくて薄暗い。月もまだ出ていない。川の流れる音と、風が吹いてざわざわとしている音しか聞こえない。
このままここで座って夜が明けるのを待とうか、そうぼんやりと考えていると、遠くから微かにどんどんと太鼓の叩くような音が聞こえてきた。そちらを見ると何かぽんぽんと小さな灯りが見える。誰かがやってくるのは分かるのだが、何かゆらゆらと揺れている。俺は土手沿いを少し降りて隠れるようにしてその灯りを見守ることにした。
最初は小さかった灯りと音は、近づくにつれてますます何かおかしな感じがした。灯りはゆらゆらと上に下に、音は遠くから、近くから、ぼんやりとしか聞こえてこないけれど、テープを流したような感じではなく、本当にその場で鳴らしているかのような音だった。
しばらくしてどんどん近づいてくると、俺は目を見開いてただ呆然とその一行を見た。
その人たちは、いや、人ではなく、狐だった。狐が二足歩行して歩いている。なんとなくかわいらしい。昔ながらの行灯を引っ提げてゆっくりゆっくり歩いてくる。よく見ると人も数名いるようだ。だが狐のお面を付けていて顔が見えない。
その一行は俺の目の前を通り過ぎて行こうとしたが、ふと、止まってしまった。おはやしも聞こえなくなってしまった。
見つかってしまった?
俺は慌てて川岸に逃げようとしたが、体が思うように動かなかった。これが金縛りと言うものだろうか?俺はもしかしてとんでもないものを見てしまったのだろうか、しかし籠もないし、狐の嫁入りというわけでもなさそうだし、と、頭の中は何故か冷静でいる。
しばらくして、一行はまた変わらずにそのまま行ってしまった。もしかして気付かれていなかった?体の金縛りは自分の自己暗示みたいなものだったのかな?と思って体を動かそうとしたが、やはり動かない。
とうとう一行が見えなくなって消えてしまっても体は動かなかった。このまま朝になるまでずっとこのままなのだろうか?この土手はランニングコースとして朝は走っている人もよく見かけるが、夜は暗いので滅多なことでは人は来ない。
そう思ったらなんだか恐ろしくなってきてしまった。明るければここまで恐ろしくはならなかったかもしれないけれど、今は真っ暗で、普通ではありえないものを目の当たりにした後では、恐怖心は倍増していた。

「怖がらないで、少し止まってもらってただけだから、すぐに解けるよ。ほら、もう大丈夫。」

男の人の声がして俺ははっとしてそちらの方を見た。あれ、首が動くと言うことはもう体が動けると言うわけで、俺は土手に隠れるようにしていた体勢から起きあがって伸びをした。そして今度こそ声のした方を見ると、その人はあの行列に参加していた狐のお面をかぶっていた人の内の一人だった。
俺は一瞬凍り付いた。

「こんな暗い所に一人でどうしたの?もう時間も遅いよ。」

その優しい声に俺は緊張をあっさりと解いてしまった。そして父ちゃんから誕生日にもらった懐中時計を見た、11時を過ぎていた。

「もうこんな時間!?日が暮れてからそんなに経ってないと思っていたのに。」

俺は驚いてついつい声を上げてしまった。お面をかぶっていた人はくすりと笑ったようだった。俺は少し顔を赤らめた。

「何か、悩み事でもあったの?時が早く流れてしまうのは、それだけ何かに夢中になっている証拠だよ。」

言われて俺はモモのことを思った。そして顔を俯けてしまった。

「飼っていた犬が死んだんだ。」

「そう、悲しかったんだね。」

俺は頷いた。

「でも、悲しいだけなの?」

聞かれて俺は顔を上げた。いつの間にかその人はお面を外していた。いつの間にか出ていた三日月の光がぼんやりと顔を照らしていた。声と同じで、優しい目をしていた。

「君は、モモに死なれて悲しいだけなの?それしか胸の中に思い浮かんで来ない?」

俺は自分の胸に両手を当てて考えた。きりりとした風が吹いていて、涼やかな空気が流れている。

「それだけじゃ、ない。俺、モモと一緒に生きて、良かった。俺、モモにありがとうって、言いたかった。」

そうだ、死んで悲しい思いだけが先走っていて、こんな気持ち、忘れていた。
そう思ったら、今まで一度も泣かなかったのに、自然に涙が溢れてきた。悲しいけれど、安らかに眠って欲しい。俺、モモと出会えて、本当に良かった。

「君は、優しい子だね。死んだものを悼む気持ちも、感謝の気持ちも知っている。」

ふわっとしたものが頭からかぶさって、俺ははっとした。その人の着ていた白い着物の布だということが分かる。何かお香のような香りがした。お線香ではなくて、もっと柔らかい香り。
その香りは何故だか眠りを誘った。
自然と体の力が抜けてくる。倒れてはいけない、ここで眠ってしまってはいけない、と思いつつも体は言うことを聞かない。

「大丈夫、家まで送っていくよ。君は少し眠った方がいい。今日はきっと、いい夢が見られるよ。」

微睡みに落ちていく意識の中で、俺は自分の本心とも、直感とも分からないことをその人に向かって語りかけていた。

(あなたとは、はじめて会った気がしない。)

(何度でも、会っているよ、君は、)

続きが聞こえなくて、俺は本当にそのまま眠ってしまった。
その時見た夢の中で、俺はモモと一緒に遊ぶ夢を見た。走ったりぎゅっと抱きしめたり、手をペロペロ舐められたり、俺は始終笑っていた気がする。
そして翌日、家族は何事もなかったかのように俺と共に朝食の席に着いていた。
俺が昨日遅く帰ってごめん、と言うと何故か両親二人とも首を傾げた。

「え、だって俺、11時になっても家に帰ってなかったでしょ?」

「何言ってるの、昨日はアカデミーから帰ってすぐに自分の部屋に下がって行ったじゃない。夕飯はいらないって言って。」

母ちゃんに言われて父ちゃんは頷いている。俺は首を傾げたが、それ以上は聞かないことにした。夢ではない、そうは思ったけれど、昨晩の出来事はまるで現実味がなかった。
ただ、俺はその日から少しずつ笑うことができていった。モモのことを忘れたわけではない。けれど生きていく限り、これから喜びも悲しみももっともっと経験する。モモとの思い出を大切にして、そして俺はこれからも生きていく。
それだけのことだから。

 

 

それから数年して、もうすぐアカデミーの卒業試験が始まると言う時、それが里にやってきた。
一匹の狂気が里を壊滅寸前まで追い込んだのだ。父ちゃんも母ちゃんも死んだ。
生きてきて初めて、絶望という言葉を経験することになった。
家族が死んでしまった。父ちゃん、母ちゃん、家族を一度に無くしてしまった。
任務で親が死んだ同級生だっていた。そう、珍しいことではない。けれど、そんなものは自分には関係のないことだと思っていた。一度に大切な人たちを亡くしてしまうなんてこと、考えたこともなかった。
葬儀も終わり、新しく住む家も決められて、アカデミーにも通って、新しい毎日が始まった。俺は一人には広すぎる家で生活しなければならなくなった。
アカデミーで無理矢理元気に振る舞って、慰霊碑で火影様に無理してることを慰められて、そこで火の意志のこと聞き少しは元気も出たけど、でも、どうして平気になぞなれる?こんな急にいなくなってしまうなんて、そんなのってない。こんな広すぎる家で、どうやって暮らしていけばいい?
灯りも付けずに俺は家の中でただ座って静かに涙を流していた。
いっそのこと廃人にでもなってしまいたかった。全ての感情を無くして、何も感じなくなって、そうなってしまえば、そうすればこの絶望も忘れられる?
そんな考えが頭の中を濁していく。
その日から、昼となく、夜となく、食べることも、眠ることも夢の中のことのように感じる、白く霧がかかった生活を送るようになった。
このまま死んでしまっても、きっと自分は納得できる、そう思うようになっていった。
生きることが、息苦しく感じて仕方がなかったから。

「それで、いいの?」

はっきりとした声が聞こえてきて俺は靄のかかっていた頭を振りかぶって声の主を見上げた。

「君はそれでいいの?今まで君を慈しんでくれた人たちも、君自身が築き上げてきた愛情も全てを捨ててしまっていいの?」

その人は俺の側に来て膝を折るとそっと俺の手を取った。
俺はいつの間にか枯れていた涙をまた流して首を横に振った。

「俺、は、」

かすれてしまった声がひゅーひゅーと言いながら言葉を紡ぐ。

「もう、わからない。」

こんなに深くて救いのない悲しみなど、絶望など、出会ったこともない、対処することができない。
俺はうつむいてぱたぱたと静かに涙をこぼす。

「本当は君が天寿を全うするまで待とうと思っていたけれど、こんな君を何もせずに放っておくことはできないから。」

その人は泣きじゃくっている俺をそっと抱きしめるように抱えると、そのまま立ち上がって歩き出した。視界が曖昧な薄暗い空間の中に入っていく。2本の杉が歪に連なった道を抜けて、大きな朱色の鳥居を何本もくぐって、段々小さくなっていく鳥居の最後まで来た時に、小さな神社があって、そこでその人は立ち止まった。あっという間のことだった。
目の前に現れたこの神社は、どこかで見たことがあった。

その人は俺を降ろして神社の戸をゆっくりと開けた。そして俺に向かって手を差しのばした。口で言われずともわかる。この人はおいでおいでと優しく手招いているのだ。
その人の顔は穏やかで、俺はそれが当然だと言うかのように、その人の手を取った。
その瞬間、俺はその神社の中に吸い込まれてしまった。
何があったのか分からない。ただ、この中はきっと、この人のように暖かなのだろうと漠然とそう思った。

 

 

たどり着いた世界は元板世界と少し赴きが違っていた。より田舎になったような感じだ。田園の広がる風景、その周りを森が取り囲んでいる。けれどそれほど大昔というわけではないようだ。電信柱も見えるし、道の端に水道の蛇口が見えた。
それはどこか懐かしくてほっとする世界。

「こっちだよ。」

手を引かれて向かった先は一軒の古い日本家屋だった。古いと言ってもぼろぼろと言うわけではなく、縁側を覗けば廊下は飴色に磨かれていて大事にされていることが分かった。

「今日からここが君と俺の家。」

言われて俺は目を見開いた。

「今日から俺が君の家族。そして君は俺のお嫁さん。」

「え、でも、俺、男なんだけど。」

「うん、でもこれは決定だから。」

とても勝手で、唐突で、きっと普段ならたちの悪い冗談だって思うだろうけれど、その時の俺はそれが当然のことのように思えた。内心、とても嬉しかったのだ。

「ずっと一緒?」

聞くとしっかりと頷いてくれる。俺はさっきまであんなに泣いていたのに嬉しくて笑顔を見せた。それは以前にもどこかであったことのある感覚だった。
怖かったものから開放された時のあの歓喜ともいうような感情。
その日から、俺はその世界で暮らすことになった。その世界は人以外のモノが多く棲んでいるようで、時折驚くこともあったけれど概ね平穏だった。
暮らしていた家には何匹も犬がいて、毎日遊んで暮らした。昔家で飼っていたモモを思い出した。

 

やがて幾月の時が流れた。犬たちと遊んでいる時に、ふと、モモのお墓の事を思った。そして、慰霊碑を思った。もう、何ヶ月会いに行ってないだろうか。
思えば俺は火影様や友達には何も言わずにこちらに来てしまった。優しい人たちのことだ、きっと心配しただろう。
薄情ながら、こちらに来た当初はそんなこと思いもしなかったけれど、一度頭に思い浮かんでししまうと気になって仕方がない。
そのことをあの人に話せば、ならば戻るといいと許してくれた。

「本来ならば君は天寿尽きた後にここに来る予定だった。けれどあの時悲しみで君は己を殺そうとしていた。この世界に引き込み、俺や、そして俺の眷属たちという新たな家族を築くことで君の中から己を殺す気持ちはなくなった。そして自分を思ってくれていた人たちのことを思い出せるほどに回復した。ならば戻ってあげればいい。」

その人は俺の手を取った。ひんやりとした手が心地いい。

「けれど一度この世界を出てしまえば、今度こそ天寿が尽きるまでここへはやってこられない。」

それを聞いて俺は悩んだ。確かに火影様たちには会いたい。けれどこの人たちと別れるのも辛い。二つに一つを選べと言われてそう簡単には選ぶことなぞできなかった。

「大丈夫、心配しないで。ここには来られないけど、代わりに俺が外に出るから。きっと君に会いに行くから。」

「本当?本当に会いに来てくれる?忘れたりしない?」

「約束する。絶対に会いに行く。だから心配せずにお戻り。」

言われて俺は、今度こそしっかりと頷いた。その人が私の手を取り引いていく。その周りを犬たちがついてくる。神社の鳥居をくぐっていき、とうとう本殿の扉まで来ると扉がギィと鳴って開いた。真っ暗な扉の向こうには現実の世界があるのだろう。

「いっておいで。そして、また戻っておいで。愛しい我が妻よ。」

「待って、名前を、俺、俺はイルカ。」

不思議なことに今までお互いに名前を名乗ったことはなかった。
この世界には名前という存在がないのだ。いつもその人はいたし、来てほしい時は心の中で願えばすぐに来てくれた。心と心が繋がっているとでも言うんだろうか。お互い考えていることも分かったし、名がなくとも不便はなかったのだ。
その人はにっこりと笑うと俺の耳にそっと囁いた。その名を俺は口の中で何度も繰り返して呟いた。忘れないようにしっかりと心に刻み込む。俺の家族になってくれた人なんだ。絶対に忘れたりしない。絶対にまた会うのだから、その時にまた呼び合えるように。
その人に促されて、俺は本殿へ足を一歩踏み入れる。そして平衡感覚がなくなると思った瞬間、意識は途絶えた。最後まで、その人と犬たちは笑顔を見せていてくれたように思う。狐面のように白い肌に、切なさを耐える目をして。

 

 

目を覚ますとあの家だった。一人で住むには広すぎる家。たまに掃除してくれていたのか、思ったよりも埃はかぶっていない。
早速火影様の所に向かうと、今までどこに行っていたと雷を落とされた。とても心配をかけていたらしい。数ヶ月とは言え、ずっと音信不通だったのだ。俺は申し訳なく思いつつもこの数ヶ月、どこにいたのかだけは絶対に話さなかった。言ってしまったらなんとなくあの世界のことが消えてなくなってしまうような気がしたのだ。それに里にとって不利になることだけは絶対にしていない。それだけは誓って違うと言えた。まあ、アカデミー生が里にとって不利になる情報を沢山抱えているわけはなかったのだが。
それから、慰霊碑に行って今まで両親の死に直面出来ずに逃避していたことを詫びた。きっと死んでしまった両親も、俺を一人、残してしまうことを気に病んだに違いない。そういう人たちだった。
それからは忍びになるためにがんばった。忍術も家のこともなんでも一人でできるように人から教えもらったり自分で調べたりして段々と色々なことができるようになっていった。決して家族を失った悲しみを忘れたわけではないけれど、あの人のことや犬たちのことを思えば強く生きていけた。
それでも時折寂しくなると決まって神社へと足を運ぶ。何をするでもないけれど手を合わせて参拝すれば境内の端から、神木の後ろから、本堂の軒下から、あの人や犬たちが見守ってくれているような温かな気持ちになれたのだ。
ただ、会いに来てくれるとは言っていたけれど、なかなか実際には会いに来てくれなかった。会えない間、俺はアカデミーを卒業し、下忍になり中忍になり、任務をこなす日々が続いた。そしてアカデミーの教師となり、生徒を指導する身となり、複雑な状況にあったナルトという問題児に出会った。始めはなかなか気付いてやれなかったそいつの感情の中に秘められた孤独、そしてどうにもならないもどかしさや怒りを知った。それはかつて、自分も経験したことだったから。
そして色々なことを経て、今日、ナルトはアカデミーを正式に卒業した。
馴染みの店に入り、俺は一杯ひっかけて自宅へと帰った。その帰り道、見知らぬ老婆に呼び止められた。その人は俺を見て震えていた。火影様が持っているのと似たような水晶玉をかざして俺を凝視している。何事かと小首を傾げていると、その人はさも恐ろしいものを見たとばかりに声を震わせながら言った。

「あんた、獣に憑かれてるよ。悪いことは言わない。お祓いしてもらいな。」

俺はにこりと笑った。

「知ってますよ、それでいいんです。」

「このままではあんた、死んだら獣に魂を持って行かれてしまうよ。」

「だからそれでいいんです。そういう約束ですから。」

俺はそう言ってその人に背を向けた。
分かっている。これがどういうことなのか。きっと常識では理解されないであろうことも。
それでも俺は待っているのだ、天寿の尽きるその日を。この世をはかなんでいるわけではない。早く死にたいわけでもない。
ただ、約束だから。大切な俺の人たちに会える日を楽しみにしているだけだから。

 

 

ナルトの下忍認定試験の日、俺はやきもきしながら試験結果が来るのを待っていたが、午後になってやっとナルトたちが報告にやってきた。
試験をする人の噂は以前から色々と聞いていた。人間らしくない、感情の薄い、けれど恐ろしく強い。それこそ人にあるまじき強さで鬼神と言われるに相応しいと。
話しを聞いて少々不安になったりもしたが、俺は火影様の選んだ人なのだからと信じて待っていたのだ。

「イルカせんせー、俺、受かったってばよっ!!」

ナルトの元気な声に俺も嬉しくなって抱きついてきたナルトの頭をがしがしとなで回してやった。

「そうか、受かったか。おめでとう、やったなっ!」

俺の言葉にナルトはへへ、と得意げに笑った。そして後ろにいるナルトたちの上司となる上忍に挨拶するべき視線を向けた。

そして俺は固まった。

「あ、あなた、は。」

その人はにこりと微笑んだ。覆面と額宛てで顔の半分以上は隠れてはいたが、それは確かにあの人だった。銀の髪に白い肌、今は青い方の目しか見えないがきっともう片方は赤いに違いない。

「こんにちは、イルカ先生?」

俺はかぁああっと顔を真っ赤にしてそこから逃げ出した。ナルトが後ろから何か言っていたがかまっていられなかった。
どうしよう、どうしよう、あの人だ。あの人が会いに来てくれた。俺のこと、忘れてなかった。どうしよう、俺、すごい嬉しい。どうすればいいんだろう、こんなに心臓がどきどきして、忍び失格だ。
たどり着いた道具入れの倉庫の中でしゃがみ込んで、少しでも冷静になれるようにと心を落ち着ける。
どうして名前が変わっていたんだろう。あの時に教えてくれた名前ははたけカカシ、ではなかったのに。何か理由があるのかな?

「イルカ先生、」

真後ろから声をかけられて俺はびくっと体を硬直させた。恐る恐る振り向くと、そこには先ほど一方的に別れたばかりのあの人が立っていた。
俺は何も言えなくて、ただ、立ち上がってその人を直視できずに俯き加減に向かい合った。

「なかなか会いに来られなくてごめんね。」

言われて俺は顔を上げた。口布も額宛ても取ったその顔はやはりあの人のものだった。

「また、会えるって思ってたから、大丈夫。」

俺は笑って言った。その人のひんやりとした手が頬に触れて、それから優しく抱きしめられた。ずっとずっと待ちこがれていた人の温もりだった。

「これからはずっと傍にいますからね。」

「はい、絶対ですよ。」














と、言うわけで不思議系な話しでしたが実は後日談があります。
はっきり言いましょう。イルカ先生死んでますっ!!
でもあの読んでいただいたらおわかりかと思いますがこの話しの中でのイルカ先生は天寿(寿命)が尽きたらもれなくカカシ先生の嫁になる宿命なので死に別れはありません。
それでもナルトとかみんなとはお別れになってしまうのでそういうのはやっぱり不幸なんじゃないかとか色々と幸せの定義というものは人それぞれで違ってきてしまうので、
そういうのが許容できる方のみお進みいただけると良いかと思われます><
と、言うわけでご了承下さればお進みくださいませ。
そしてそんなのはやっぱりなあ...と不安と戸惑いが残る方はどうぞブラウザか下のTOPアイコンからお戻りくださいませませ><