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幼い頃、神社のお祭りで一緒に来ていた母ちゃんたちとはぐれてしまったことがあった。父ちゃんとおそろいの甚平で折角かっこよく決めてたのに泣きじゃくってとても怖い思いをした。周りは誰も知らなくて、このままもう二度と家に帰れないんじゃないかと本気で思った。 『 神さまと 』 アカデミー生のまだ低学年の頃、夏休みの宿題に写生というものがあって、俺は画板を担いで神社へと向かった。神社はひんやりとしていて過ごしやすいだろうし、被写体がいろいろあるから描きやすいだろうとふんだのだ。その神社は由緒あるものだとかで夏祭りになると夜店が並んで結構な賑わいを見せるが、普通の日はほとんど人を見かけなかった。 「誰?」 聞くとその人は俺の横に座った。そしてじっと神社の鳥居を見た。よく分からないけれど別に悪い感じはしなかったし、へたくそなりになんとか写生の絵ができあがりそうだったので俺は再び鉛筆を走らせる。 「何を描いてるの?」 声をかけられて俺は顔を上げた。男の人の顔が逆光でよく見えない。きらきら光る白い髪、白い肌、そして赤と青の目。 「えっと、神社の木を描いてんだけど。」 「そう、でも、あんまり根詰めて描くと移ってしまうから、ほどほどにね。」 俺は首を傾げた。何のことを言っているのかよく分からなかったからだ。 「何が移るの?紙に何か張り付くの?」 男の人は俺の絵を見ると、そっと絵を撫でた。すると絵の中から何かの声がさやさやと聞こえてきて、俺は固まってしまった。 「なんだ、これ。」 「移ってしまいやすいものだよ。神社はいろんなものがあるけど、人の強い意志に組み込まれて移ってしまうものもあるから。」 俺は怖くなって画板を横に置いて後ずさった。男の人は大丈夫だよ、と画板を拾い上げると俺に手渡した。 「さっき俺が逃がしたから、もうこの絵には何もないよ。さ、持っておかえり。もう後は家でも描けるね?」 俺は頷いた。すると男の人は笑って去っていってしまった。俺はただただその場でぼーっと画板を抱いていたが、辺りが段々と暗くなり始めると、そそくさと家に帰ったのだった。 それから数年してアカデミー生でも中学年くらになった。勉強も忍術もあって大変だけど、毎日が楽しくてよく笑っていた。 その日は夕焼けが一段と赤くて、雲も川も真っ赤で、俺は土手沿いにしゃがんで景色を眺めることにした。 「怖がらないで、少し止まってもらってただけだから、すぐに解けるよ。ほら、もう大丈夫。」 男の人の声がして俺ははっとしてそちらの方を見た。あれ、首が動くと言うことはもう体が動けると言うわけで、俺は土手に隠れるようにしていた体勢から起きあがって伸びをした。そして今度こそ声のした方を見ると、その人はあの行列に参加していた狐のお面をかぶっていた人の内の一人だった。 「こんな暗い所に一人でどうしたの?もう時間も遅いよ。」 その優しい声に俺は緊張をあっさりと解いてしまった。そして父ちゃんから誕生日にもらった懐中時計を見た、11時を過ぎていた。 「もうこんな時間!?日が暮れてからそんなに経ってないと思っていたのに。」 俺は驚いてついつい声を上げてしまった。お面をかぶっていた人はくすりと笑ったようだった。俺は少し顔を赤らめた。 「何か、悩み事でもあったの?時が早く流れてしまうのは、それだけ何かに夢中になっている証拠だよ。」 言われて俺はモモのことを思った。そして顔を俯けてしまった。 「飼っていた犬が死んだんだ。」 「そう、悲しかったんだね。」 俺は頷いた。 「でも、悲しいだけなの?」 聞かれて俺は顔を上げた。いつの間にかその人はお面を外していた。いつの間にか出ていた三日月の光がぼんやりと顔を照らしていた。声と同じで、優しい目をしていた。 「君は、モモに死なれて悲しいだけなの?それしか胸の中に思い浮かんで来ない?」 俺は自分の胸に両手を当てて考えた。きりりとした風が吹いていて、涼やかな空気が流れている。 「それだけじゃ、ない。俺、モモと一緒に生きて、良かった。俺、モモにありがとうって、言いたかった。」 そうだ、死んで悲しい思いだけが先走っていて、こんな気持ち、忘れていた。 「君は、優しい子だね。死んだものを悼む気持ちも、感謝の気持ちも知っている。」 ふわっとしたものが頭からかぶさって、俺ははっとした。その人の着ていた白い着物の布だということが分かる。何かお香のような香りがした。お線香ではなくて、もっと柔らかい香り。 「大丈夫、家まで送っていくよ。君は少し眠った方がいい。今日はきっと、いい夢が見られるよ。」 微睡みに落ちていく意識の中で、俺は自分の本心とも、直感とも分からないことをその人に向かって語りかけていた。 (あなたとは、はじめて会った気がしない。) (何度でも、会っているよ、君は、) 続きが聞こえなくて、俺は本当にそのまま眠ってしまった。 「え、だって俺、11時になっても家に帰ってなかったでしょ?」 「何言ってるの、昨日はアカデミーから帰ってすぐに自分の部屋に下がって行ったじゃない。夕飯はいらないって言って。」 母ちゃんに言われて父ちゃんは頷いている。俺は首を傾げたが、それ以上は聞かないことにした。夢ではない、そうは思ったけれど、昨晩の出来事はまるで現実味がなかった。 それから数年して、もうすぐアカデミーの卒業試験が始まると言う時、それが里にやってきた。 「それで、いいの?」 はっきりとした声が聞こえてきて俺は靄のかかっていた頭を振りかぶって声の主を見上げた。 「君はそれでいいの?今まで君を慈しんでくれた人たちも、君自身が築き上げてきた愛情も全てを捨ててしまっていいの?」 その人は俺の側に来て膝を折るとそっと俺の手を取った。 「俺、は、」 かすれてしまった声がひゅーひゅーと言いながら言葉を紡ぐ。 「もう、わからない。」 こんなに深くて救いのない悲しみなど、絶望など、出会ったこともない、対処することができない。 「本当は君が天寿を全うするまで待とうと思っていたけれど、こんな君を何もせずに放っておくことはできないから。」 その人は泣きじゃくっている俺をそっと抱きしめるように抱えると、そのまま立ち上がって歩き出した。視界が曖昧な薄暗い空間の中に入っていく。2本の杉が歪に連なった道を抜けて、大きな朱色の鳥居を何本もくぐって、段々小さくなっていく鳥居の最後まで来た時に、小さな神社があって、そこでその人は立ち止まった。あっという間のことだった。 その人は俺を降ろして神社の戸をゆっくりと開けた。そして俺に向かって手を差しのばした。口で言われずともわかる。この人はおいでおいでと優しく手招いているのだ。 たどり着いた世界は元板世界と少し赴きが違っていた。より田舎になったような感じだ。田園の広がる風景、その周りを森が取り囲んでいる。けれどそれほど大昔というわけではないようだ。電信柱も見えるし、道の端に水道の蛇口が見えた。 「こっちだよ。」 手を引かれて向かった先は一軒の古い日本家屋だった。古いと言ってもぼろぼろと言うわけではなく、縁側を覗けば廊下は飴色に磨かれていて大事にされていることが分かった。 「今日からここが君と俺の家。」 言われて俺は目を見開いた。 「今日から俺が君の家族。そして君は俺のお嫁さん。」 「え、でも、俺、男なんだけど。」 「うん、でもこれは決定だから。」 とても勝手で、唐突で、きっと普段ならたちの悪い冗談だって思うだろうけれど、その時の俺はそれが当然のことのように思えた。内心、とても嬉しかったのだ。 「ずっと一緒?」 聞くとしっかりと頷いてくれる。俺はさっきまであんなに泣いていたのに嬉しくて笑顔を見せた。それは以前にもどこかであったことのある感覚だった。 やがて幾月の時が流れた。犬たちと遊んでいる時に、ふと、モモのお墓の事を思った。そして、慰霊碑を思った。もう、何ヶ月会いに行ってないだろうか。 「本来ならば君は天寿尽きた後にここに来る予定だった。けれどあの時悲しみで君は己を殺そうとしていた。この世界に引き込み、俺や、そして俺の眷属たちという新たな家族を築くことで君の中から己を殺す気持ちはなくなった。そして自分を思ってくれていた人たちのことを思い出せるほどに回復した。ならば戻ってあげればいい。」 その人は俺の手を取った。ひんやりとした手が心地いい。 「けれど一度この世界を出てしまえば、今度こそ天寿が尽きるまでここへはやってこられない。」 それを聞いて俺は悩んだ。確かに火影様たちには会いたい。けれどこの人たちと別れるのも辛い。二つに一つを選べと言われてそう簡単には選ぶことなぞできなかった。 「大丈夫、心配しないで。ここには来られないけど、代わりに俺が外に出るから。きっと君に会いに行くから。」 「本当?本当に会いに来てくれる?忘れたりしない?」 「約束する。絶対に会いに行く。だから心配せずにお戻り。」 言われて俺は、今度こそしっかりと頷いた。その人が私の手を取り引いていく。その周りを犬たちがついてくる。神社の鳥居をくぐっていき、とうとう本殿の扉まで来ると扉がギィと鳴って開いた。真っ暗な扉の向こうには現実の世界があるのだろう。 「いっておいで。そして、また戻っておいで。愛しい我が妻よ。」 「待って、名前を、俺、俺はイルカ。」 不思議なことに今までお互いに名前を名乗ったことはなかった。 目を覚ますとあの家だった。一人で住むには広すぎる家。たまに掃除してくれていたのか、思ったよりも埃はかぶっていない。 「あんた、獣に憑かれてるよ。悪いことは言わない。お祓いしてもらいな。」 俺はにこりと笑った。 「知ってますよ、それでいいんです。」 「このままではあんた、死んだら獣に魂を持って行かれてしまうよ。」 「だからそれでいいんです。そういう約束ですから。」 俺はそう言ってその人に背を向けた。 ナルトの下忍認定試験の日、俺はやきもきしながら試験結果が来るのを待っていたが、午後になってやっとナルトたちが報告にやってきた。 「イルカせんせー、俺、受かったってばよっ!!」 ナルトの元気な声に俺も嬉しくなって抱きついてきたナルトの頭をがしがしとなで回してやった。 「そうか、受かったか。おめでとう、やったなっ!」 俺の言葉にナルトはへへ、と得意げに笑った。そして後ろにいるナルトたちの上司となる上忍に挨拶するべき視線を向けた。 そして俺は固まった。 「あ、あなた、は。」 その人はにこりと微笑んだ。覆面と額宛てで顔の半分以上は隠れてはいたが、それは確かにあの人だった。銀の髪に白い肌、今は青い方の目しか見えないがきっともう片方は赤いに違いない。 「こんにちは、イルカ先生?」 俺はかぁああっと顔を真っ赤にしてそこから逃げ出した。ナルトが後ろから何か言っていたがかまっていられなかった。 「イルカ先生、」 真後ろから声をかけられて俺はびくっと体を硬直させた。恐る恐る振り向くと、そこには先ほど一方的に別れたばかりのあの人が立っていた。 「なかなか会いに来られなくてごめんね。」 言われて俺は顔を上げた。口布も額宛ても取ったその顔はやはりあの人のものだった。 「また、会えるって思ってたから、大丈夫。」 俺は笑って言った。その人のひんやりとした手が頬に触れて、それから優しく抱きしめられた。ずっとずっと待ちこがれていた人の温もりだった。 「これからはずっと傍にいますからね。」 「はい、絶対ですよ。」
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と、言うわけで不思議系な話しでしたが実は後日談があります。
はっきり言いましょう。イルカ先生死んでますっ!!
でもあの読んでいただいたらおわかりかと思いますがこの話しの中でのイルカ先生は天寿(寿命)が尽きたらもれなくカカシ先生の嫁になる宿命なので死に別れはありません。
それでもナルトとかみんなとはお別れになってしまうのでそういうのはやっぱり不幸なんじゃないかとか色々と幸せの定義というものは人それぞれで違ってきてしまうので、
そういうのが許容できる方のみお進みいただけると良いかと思われます><
と、言うわけでご了承下さればお進みくださいませ。
そしてそんなのはやっぱりなあ...と不安と戸惑いが残る方はどうぞブラウザか下のTOPアイコンからお戻りくださいませませ><