価値





もうすぐ俺の誕生日がやってくる。
胃がしくしくと痛みやがるぜこんちくしょう...。
それもこれもみんなあのはたけカカシという上忍が恋人であるが故だ。

 

ことの始まりはつきあい始めた去年のクリスマスのことだった。
クリスマスを一週間前に控えた俺たちは当日をどうやって過ごそうかとイチャイチャしながら話していたわけだ。
実は家族を亡くして以来、自宅でクリスマスを過ごしたことはない。恋人がいてもいなくても、大抵は外で過ごしていたのだ。そんなわけで我が家にはクリスマスに関するものが一切なかった。
だが今年はカカシさんと言う今までにない程の(色んな意味で)恋人がいる。

「実は、家にクリスマスツリーはないんです。」

なんていじらしく言ってみると、カカシさんはまかせて下さいと言わんばかりの笑顔で言った。

「俺、用意しますよ。二人だけで過ごすんですから小さめのがいいですよね、観賞用の。その代わり、イルカ先生はクリスマスにごちそう作ってくださいね。」

俺はその言葉ににこにこと微笑んださっ、ああ、俺は確かにあの時はらぶらぶなんて言う言葉も頭に浮かんださっ!!
が、クリスマス当日に持ってきた、確かに小さめのツリーは凶悪なまでの輝きを放っていた。

「カカシさん、これ...。」

眩いと言うか、もういっそのこと色んな意味で直視できない、世界で一番高価な石でできたクリスマスツリーがそこにはあったのだった。

「これ、ダイヤですか?」

「はい、綺麗ですよね。俺、石にはあんまり興味はなかったんですけど、これはなんだか綺麗だなって思ったんです。」

ああ、そうですかい...。
俺は小さくありがとうございます、と言って、一体いくら使ったんだろう、この人は、なんて考えるとその日自分で作ったターキーですらなかなか喉に通らなかったよ。
カカシさんは都合よくそんな俺を見て緊張してるんですかとか言いやがるし。
そしてその夜はなんやかやと更けていったわけだ。
まあいい、仕方ない、天下の上忍様なんだ。
彼の価値観が少々ずれていたっていいじゃないか、うん、俺は俺の道を貫いていけばいいんだ。
と思って数ヶ月後、その日はバレンタインだった。
数日前から俺たちはお互いにチョコの交換し合いましょうか、なんてまたしてもらぶらぶっぽい約束をしていたわけだよ。
俺は自分で言うのもなんだがなかなか料理はできる方だ。菓子もそれなりに作れる。と、言うわけで俺は自分で作ったフォンダンショコラを用意して自宅でカカシさんの帰りを待っていたのだ。(この頃にはもう同棲していた。)
そして帰ってきた彼が抱えていたもの、それは某有名チョコレート菓子店(トリュフ1つでケーキが数個買えるとか言う。)のマークがばっちり入ったチョコでできたお菓子の家だった。(大きさは大型犬の犬小屋程度。)

「あ、あの、カカシさん...?」

「いやあ、思ってたのよりも結構精巧に作られてますよ。使ってるチョコもちゃんとしたものだそうで、あ、色が違うのはそれぞれ違うチョコだそうです。えーと、確か説明書がポケットの中に、」

ガサゴソとポケットを漁っているあなたを見て俺は魂が抜けそうになりましたよ。
あんた、このチョコレートでできたお菓子の家だけで俺の給料の一ヶ月は吹っ飛びますよ、とね...。
俺は理解した。上忍の金銭感覚は常軌を逸している。俺なんかにゃ分かりっこねえ...。
それからは何かイベントがあるたびにやってくるカカシさんの恐ろしくも絢爛豪華なプレゼント攻撃は俺の神経を疲弊させていった。
正直言ってもう限界だった。
別に俺だって聖人君子じゃない。綺麗なものもおいしいものもそれなりに好きだ。むしろ一般人の欲求として普通に欲しい。が、ものには限度ってものがある。ダイヤでできたツリーだとか有名菓子店の高価なチョコでてきた家だとか、いったいどれだけ金を湯水のように使えば気が済むんだこの上忍野郎っ!!
なんて言えるはずもなく、そしてとうとうやってきた本日は俺の誕生日であった。
カカシさん曰く、今日は俺が料理も全部やるので遅めに帰ってきて下さいね、なんて言ってたけど、もう、帰るのやめようかとすら思えてくる。
今日は一体どんだけの金の浪費振りを見せてくれるんだろうか...。
赤の他人だったらここまで思い悩まないさ、恋人だから心配なんだろうっ!?
俺たちだっていつまでも若くないし、ちゃんと貯蓄して老後の蓄えだとかさ...。
はあ、と俺はため息を吐いた。
とうとう自宅に着いちまった...。
俺の気配を感じ取ったカカシさんがドアを開けて出迎えてくれた。いつもは俺がつけているエプロンをつけている。おかえりなさーい、の言葉には語尾にハートマークが見えた。

「ただいまかえりました。」

「丁度良かったです。もうすぐできあがる所なんですよ。風呂にします?ご飯にします?」

衝撃は後で受けることにしよう。

「風呂に行ってきます。」

「はい、わかりました。プレゼント、すごいもの用意したんですよ。イルカ先生、きっと驚くだろうなあ。」

ええ、きっと驚きますよ。
俺はとぼとぼと風呂場へと向かった。
体を洗って湯船に浸かる。
本音を言えばさ、高価なものを貰っても、俺の給料じゃそれに見合うだけのものなんて贈り返せないんだよ。そこがネックなんだよ。
俺だって男なんだ、かっこいい所を見せたいじゃないかっ。
そうなのだ。俺が一番気に病んでいること、それはつまりどんなにがんばってもカカシさんには俺の贈るものはきっとちゃちいものに見えるんだろうなってことだ。
それなりに料理が作れると言ったって家庭の味の域を出ない料理なんかではカカシさんのの贈り物には見合わない。
だけどお金で勝負となれば俺の負けは決まっている。
はあ、とため息をまた一つ零して俺は風呂を出た。
どんなにくよくよしたって時間は待ってくれない。そろそろ出ないとカカシさんも心配するだろう。
俺は着替えて居間へと向かった。
カカシさんは料理を卓袱台に運んでいる。

「お湯、いただきました。」

「はーい、お酒はビールでいいですか?」

カカシさんは缶ビールを持って座った。俺も座る。
卓袱台の上に広げられた料理は、ん?この料理は...、

「カカシさんが作ったんですよね?」

「はい、そうですよ。」

目の前に並んだ食べ物は全て、どれをとっても不味そうだった。
そう言えばカカシさんが料理する所って見たことがなかったなあ。まあ、見た目が不味そうなだけで旨いのかもしれないし。

「いただきます。」

「はい、召し上がってください。」

俺は唐揚げらしい塊を食べた。う、生焼けだ。忍者なので腹の強度はそれなりにあるから大丈夫だが、感触がまたなんともぐにょぐにょする。味はそれなりなんだけどなあ。

「どうですか?」

う、正直に言った方がいいのか、しかし傷つけるよなあ。嘘を言うべきか?しかしこの後彼も食べるだろう。それでは意味がない。

「すみません、カカシさん、味は美味しいんですが、生焼けです。」

カカシさんはそれを聞くとかあぁっと顔を赤くした。
そして唐揚げの入っている皿をひょいっと卓袱台の下に隠した。
いや、隠されても...。

「あの、カカシさん、」

「うわ、ほんと俺、かっこわるいなあ。いつもイルカ先生が作ってくれるから今日くらいはって思ってたのに、ごめん。」

しょぼんとするカカシさんがなんだか、なんだかすごくいじらしい。
うん、なんだよ、金銭感覚が少しおかしいってくらい、どうってことないじゃん。

「ありがとうございます。俺はそういうカカシさんの気持ちだけでもすごく嬉しいんですよ。唐揚げは身をさいてまた別の料理にも活用できますから。どうか捨てたりはしないで下さいね。」

言うとカカシさんは、はい、と頷いた。
他の料理は見た目こそ確かにいまいちだったが、それなりにちゃんと頂けるものだった。と、言うか、他のものは全て火を通さなくても大体なんとかなる料理ばかりだったのだが。
そして食事も粗方終わり、酒もそれなりに入った頃、カカシさんは手の平大の大きさの包みを持ってやってきた。
とうとう来たか、今日の胃痛の元。

「へへ、これだけはちゃんと胸を張って渡せます。どうぞ、イルカ先生、誕生日おめでとうございます。」

俺はありがとうございます、と言って包みを受け取った。それなりの重さのものだがなんだろう?
俺はがさがさと包みを取った。そして中から出てきたのは、仕掛け箱だった。
あ、なんだ、ちょっとはましなものかな?(価格的に)と思っていたが、よくよく見ると箱を形作る材質が今は捕獲禁止となっている絶滅危惧種の骨であることが分かった。

「あ、あの、この材質って、あの、」

「ああ、心配しないで下さい。違法なことは何もしてませんから。」

いや、それ以前に確かこの骨、一pあたりとんでもない額がついてるって以前3代目に聞いたことがあるんだけど、それをこんな大量に、しかもなんて見事な仕掛け箱なんだ。

「なかなか大変でしたよ。あ、ちなみに回数は開けやすいように12回にしました。やろうと思えば66回だとか125回だとかあったんですけど、開けようとするたびにそんなに時間かけてたら中身が見えませんものね。」

そう、仕掛け箱とはその名の通り、開けるために細工を仕掛けてある箱のことで、回数はその仕掛けの数のことを指す。
確かに125回なんて数をいちいち解除していったら日が暮れるな...。

「はあ、ありがとうございます。」

俺は小さな声で呟くように再び礼を言った。

「イルカさん?あんまり嬉しくなさそうですけど、もしかしてこういった細工物はお嫌いでしたか?」

いいえ、実はものすっごい好きです。3代目の部屋に置いてあった6回の仕掛け箱なんか欲しくて欲しくて子どもの頃、何度も羨ましい目で見たりもしましたさ。
大人になってからはいつでも買えるとは思いつつ、何故だか手が出せなかった。ほしいのだけど、でも自分で買うってのはなんだか違うようで。
けど、高級材質で作るって、これ、絶対特注だ...。

「あの、カカシさん、一つおたずねしたいんですけど、これおいくらですか?」

「はい?」

がっくりきている俺の姿におろおろしていたカカシさんだったが、俺の質問の意味が分からないのか首を傾げている。

「だから値段ですよ。これ、いくらしたんですか?こんな高価なもの...。」

「え、これ高価なんですか?実家にたまたまあった硬そうな材料があったんでそれを使って自分で作ってみたんですけど。」

は?今何を言ったこの御仁...。

「あの、作ったって?」

「いやあ、実は俺、こういった細かい細工ものは得意なんですよね。」

「あの、それはともかく、あなたの家にはこんな材質がごろごろ転がってるんですか?」

「あー、転がっているって言うか、うちのじいさんがそういうの集めるの好きだったみたいで。なんか無駄に溜まってるんですよね。」

「それってダイヤもですか?」

「は?ダイヤ?ああ、もしかしてクリスマスツリーのですか?あー、もしかしてイルカ先生、何か勘違いされてます?」

それから聞いたカカシさんの話しは、まさしく作り話か?と思えるほどに現実の話しだった。
なんでも彼のじいさまは変わった人らしく、廃坑になった鉱山を買い取って私有地にしていたらしい。カカシさんはそこを忍犬たちのいい訓練場所として使っていたのだが、ある日、土遁の練習の最中に硬い地層にぶつかり、訝しんだ彼が掘り進めていくと、ダイヤの原石がごろごろ出てきたらしい。まさしくここ掘れわんわんかよ...。

「あの時はさして興味もなかったんですが、ほら、きらきらしてる石って女性になんだか人気でしょ?サクラや紅に見せたら目の色変えましてね。ああ、これはきっといい品なんだなって思って、いつか何かに使おうと思って宝石商に研磨してもらったんです。ダイヤの原石数個で快く承諾してくれました。いやあ、なんだか特しちゃいましたね。そんな時に先生がクリスマスツリーが欲しいって言ったんで、これを使えばきらきらして綺麗だろうなって思ったんです。」

俺はそれを遠い話しのように聞いていた。ん、待てよ!?

「あの、それじゃあバレンタインのあの有名店のチョコはなんなんですか?」

「え、有名なんですかあの店。実は以前スーパーのチラシに『バレンタイン企画、あなたの考えたディスプレイチョコ、最優秀賞の方にあなたのデザインしたチョコをプレゼント!!』っていうのがありまして。ほら、俺、そういうの考えるの好きなんですよ。この仕掛け箱もそうなんですけどね。」

「それじゃあ...。」

「ええ、俺のデザインが優勝したんで賞品としてもらってきたんです。あ、でもちゃんとイルカ先生との夢の家をイメージしてデザインしたんでちゃんと愛はつまってますよ。でも、」

カカシさんは口を噤んだ。

「俺、なんかまた失敗しちゃたかな?料理もイルカ先生みたくうまくできないし、なんだがプレゼントはあまり好きなものではなかったようだし。」

「えーと、カカシさん?」

「はい?」

「俺の料理、好きですか?」

「そりゃあ勿論。俺、いつだってイルカ先生の作る料理が世界で一番のごちそうだって思ってますよ。俺の贈るプレゼントなんて足下にも及ばないです。」

にこりと笑った顔に俺はふふ、と笑い返した。

「プレゼント、ありがとうございます。俺、本当はこういって仕掛けもの、大好きなんです。ただ、あんまり高価なもののようだったのでなんだかいたたまれなくて。」

「えっ!?もしかしてクリスマスの時もバレンタインの時もそういう風に思われてました!?」

カカシさんは失策したなあ、なんて頭を抱えている。
が、俺はそんなカカシさんの頭に軽くキスを落とした。

「惚れ直しましたよ、カカシさん。」

カカシさんは顔をばっと上げて破顔した。

「イルカ先生に喜んでもらえて良かった。」

カカシさんはそれから俺をぎゅっと抱きしめた。
それにしても、金銭感覚はともかくとして、この人には物の価値観を徹底的に教え込まないと、と使命感に燃えたイルカだった。

おわり

はいっ、と、言うわけでなんだかありがちネタで申し訳ないorz
なんだかカカシ先生がなよなよしてる...。
いいんです、イルカ先生の誕生日なんだから彼を立ててあげないとっ!!