「誕生日会、ね。」

春の陽気にいつものように布団の上でごろごろしていた俺は真横で胡坐を掻いている森羅に乾いた笑いを送った。
森羅の子の3つの誕生日がもうすぐ来る。いつも森羅と懇意にしている俺も招待されたらしい。

「俺はいいよ。大体そんなのは身内でするもんだろ。俺が行ったって誰かも分かんねえじゃ意味ないだろうしなあ。」

至極全うな意見を言えば森羅は困ったような顔をした。これはなかなかに根が深いものかもしれない。

「今回の誕生日会は大名たちも来るのだ。3つの祝いと言えば伝統的な祝い事の一つだ。客人は数多く準備でてんてこ舞いになることは必死だろう。お前は出された食い物でも適当につまんでいればいい。俺はどうせ大名たちの接待だからな、暇なら蒼竜にでも相手をさせるが。」

蒼竜とは弟のことだ。あれからたまーに森羅が忙しいときなんかに土産を手にしてふらりとやってくる。こちらとしては茶を出す程度で特に話すこともなく、なんとも不思議な雰囲気の男ではある。同じ兄弟なのにこうも違うと面白いものだ。

「ま、たまには火影の屋敷に行ってみるのもいいか。満天星(どうだん)も見てみたかったし。」

満天星とは森羅の子だ。今年で3つ、誕生日会の主役だな。森羅によく似ていると風の噂で聞いたことがある。小さい森羅を見るというのも楽しいものだ。
食うもの食ったらすぐに帰ればいいだろう。ずっと里外れの家に引きこもっていると言うのも体裁が悪いだろうし。

 

そして誕生会当日、大きな宴会場には客人がずらりと並んでいた。きっと大名クラスの人間なのだろう。俺はすみっこのほうの席でご馳走を前に手酌しで酒を飲んでいた。
酒も料理もうまいが少しばかり場違いな気分でどうにも落ち着かない。ま、食べ終わったらすぐに帰るけど。
しばらくして蒼竜がやってきて酒をついでくれた。返杯をしようとしたら断られた。どうやら警護をしているようだ。火影の右腕も大変だな。

「やはり狙いは火影の命か?」

酒を飲んではいても体は十分に動く。森羅の大事の時は自分もはせ参じようと思っていた俺は蒼竜に問いただした。

「いや、どちらかと言えば満天星のほうだな。大体、兄者の実力は知っているだろう?本気を出せばほんの少しの力で地形を変えられるくらいだ。刺客の100人や200人どうってことないだろうが。」

え、そうなのか。あいつ俺と手合わせしたときかなり手加減してんな、ちくしょう。

「なにを膨れている。まあお前は気楽に飯でも食っているがいい。だが一つだけ忠告しておけば、極力一人で動き回らず、そしてマナゴにはあまり近づくな。」

ひくりと顔が硬直した。マナゴとは森羅の妻だ。確かにあまり近寄ってはいけないだろう。

「わざわざ悪いね、気ぃ使わせちゃってさ。ま、このごちそう食ったら適当なところで帰るさ。満天星の顔も見られたしな。」

にしし、と笑えば蒼竜はそうかと頷いて去っていった。
それにしても客人のリストは誰が作ったのやら。随分と沢山の人を招待したみたいだが財政は傾かないのか?いや、大名の娘が妻なんだからそこのあたりは問題ないか。
とりとめのないことを考えているうちに酒も切れて飯もだいたい食い終わった。ちらりと見れば森羅は客人たちと話をしている。ご苦労なこった。ま、がんばれよ。
俺は立ち上がった。給仕の女がお帰りですかと声をかけてきた。

「大分酒に酔ったようなので失礼します。本日はお招きありがとうございました。」

俺はそう言うと宴会場を後にした。
廊下に出て中庭を通り玄関へと向かう。その時、ぱたぱたと小さな足音が追いかけてきた。ん?と振り向くと満天星が小走りでやってくるところだった。
っておおいっ、なんだってこんなに所にいるんだ、護衛はどうした?
俺は慌てて満天星の行く手を阻んだ。

「これはこれは本日の主役殿、どちらへ行かれるのかな?」

極力優しくきいてみれば、満天星は楽しそうに笑って言った。

「母上からお手紙をもらったのでそちらへ参ります。」

マナゴが?何を考えているのだ、命を狙われているかもしれない我が子に一人で行動させるように仕向けるなど。

「満天星様、今日はあなたのために沢山の人がお祝いに駆けつけてくださっているのですよ。母君との約束はあとでまたゆっくりとされるが良いでしょう。私めがついて行きますから広間へ戻りますよ、いいですね。」

しっかりとした口調で言えば、満天星は渋々頷いた。物分りのいい子供でよかった。俺は満天星の手を取って宴会場へと引き返す。その時、微かな殺気を感じて満天星を抱えて飛びのいた。だが死角から攻撃を受けて避けきれずに皮膚が裂ける。
俺は黒い触手を放って刺客を捕らえると息の根を止めた。一瞬の出来事だった。
満天星を見やれば高価そうな着物から血臭が僅かにした。どこかかすったのか?俺は服を裂いて傷を確認する。大したことはなさそうだが毒が塗り込められているかもしれない。

「誰かっ、誰かいないのかっ。早く医者をっ、」

俺は声を張り上げた。すぐに護衛のものたちが現れて満天星を連れて行ってくれた。大したことなければいいのだが。

「角都、なにがあった。」

蒼竜がすぐにやってきて事情を聞いてきた。

「それが、満天星が母君から手紙をもらったと言ってこちらにやってきた所を広間へ連れ戻そうとしたんだが、その時に刺客に襲われたんだ。」

「刺客?どこにいる?」

え?と思って自分が殺したはずの刺客を見て呆然とした。刺客がいなくなっていたのだ。そんな馬鹿な、ちゃんと手ごたえがあったはずだ。白昼夢などではない。
あまりの不思議さに首をひねっていたところに凛とした声がかかった。

「何事ですか。」

ぴーんと空気が張るような声色だった。見ると華奢な女性が一人、そこに立っていた。マナゴだった。

「満天星様が賊に襲われました。マナゴ様、満天星様に手紙を渡した覚えはありますか。」

「いえ、ありません。満天星は無事なのですか。」

「は、命には別状ないかと思われます。こちらの護衛が目を離した隙をつかれました。不手際、面目ない。」

「いえ、大事でなければよいのです。少々の手傷は男の勲章となるでしょう。あなたたちもよくやってくれました。あら、あなたは見かけない顔だけど、新しい護衛の人かしら。」

マナゴの視線が俺に向けられた。ここで嘘を言っても仕方ないだろう。俺は作り笑いを浮かべて会釈した。

「本日ご招待いただきました滝隠れの角都と申します。本日は大変おめでたい席にお招きいただきありがとうございます。ですがこんなことになり残念です。満天星様には一日も早い回復をお祈り申し上げます。」

「まあそうでしたか、失礼をいたしました。主人が日ごろお世話になっております。これからもどうぞよしなに。」

マナゴはそう言うとすぐに背を向けた。儚げでとても美しい女性だった。森羅の隣に立てばさぞや似合いの夫婦の図と見えるだろう。

「角都、とりあえずこの場は俺が治める。お前は巻き込まれないうちに帰ったほうがいいだろう。後々が面倒だ。」

それもそうだと俺は帰ることにした。何か嫌な予感はずっと続いていたがどうすることもできない。満天星の怪我が大したことなければいいのだが。
俺はにわかに騒がしくなってきた火影の屋敷を後にしたのだった。

  

それからと言うもの、なぜか俺は火影の屋敷に頻繁に招待されるようになった。どうやら俺が満天星の命を救ったことで命の恩人として見なされたらしく、火影の友人から火影一家の友人という扱いに格上げになったらしい。と、言っても俺は派手な場所はあまり好きでもないし、招待されてもほとんどを丁重に断っていたのだが、なぜか満天星になつかれてしまってそれを無下にすることもできずたまーに火影の屋敷にでかけるようになった。

「最近よく外で顔を合わせるな。」

「なん、だよ、嫉妬か?」

俺の腰を掴みながら揺さぶってくる森羅ににやっとした笑みを浮かべてやれば仕返しのためかぎりぎりまで引き抜いて一気に入れてきやがった。
圧迫に前のめりになってしまう。こんのエロ大魔神がっ。
背中越しの森羅の息遣いが荒くてそろそろ絶頂が高いかもしれないと思った。仕方のない奴、火影のくせに、親父のくせに、だがこの瞬間だけは俺だけのものだ。
ほどなくして俺の中で吐精して森羅は布団に横になった。俺も隣に寝転がる。
森羅の表情が少し暗い。よくない状況なのだろうか。

「森羅?」

「今度、木の葉の納涼祭が行われる。」

「それ、俺も参加ってこと?」

「ああ、今の状況からして断るのはまずいだろうな。しかも満天星はお前に共に付いてほしいと駄々をこねてきた。」

俺はぷっと笑った。やっぱりただの嫉妬なんじゃねえか。

「満天星が俺になついてんのは周知の事実だろ、親父が嫉妬してどうすんだよ。ま、護衛は他にもちゃんと付くんだろ?」

「ああ、今回も大名が何人か来るしな、警備の強化は固める。しかし誕生会の時の刺客もまだはっきりとしないうちにまたこんな行事をしなくてもいいと思うのだが、大名家の考えることは俺には分からん。」

「え、納涼祭、お前が決めたんじゃないの?」

「最終的には俺の判断で決まったが、発案者はマナゴだ。」

その言葉になぜかあまりよくない感じがした。

「なあ、参加者って奥さんが決めるのか?」

「ああ、大名家の人事はあまり詳しくないからな。だから前回の満天星の誕生会に里の者は少なめだったのだ。」

「なあ、俺、今回は辞退していいか。ちょっと、嫌な感じがする。」

俺は森羅に背を向けた。あれからマナゴともたまに話をする。話し方もしぐさも全てが一流で美しい女だ。完璧な妻、そして母。何者にも劣ることの無い良妻賢母。それはあたかも潔癖な白を連想させて、俺の立場も相成って苦手意識を植え付ける。

「それは困ったな、満天星はお前と行くのだとはしゃいでいたのだが。」

俺はくすりと笑った。こいつもいい親父になったものだ。少し過保護の気はあるが。

「満天星にはよろしく伝えておいてよ。またいつでも会える。納涼祭だけが全てじゃないだろう。」

言えば森羅は仕方がないな、と苦笑して了承してくれた。
これで少しは気が楽になった。ごめんな森羅、それから満天星。

 

だが、納涼祭当日俺は向かえの者とやらによって半ば強引に納涼祭に連れて行かれることになった。聞けば森羅のたっての要望らしいがそれも何か嘘が交えられているように感じて仕方がない。
何故だろう、ここずっと、いや、随分前から何か嫌な予感がしてならない。
全てが最悪のためにあつらえたかのような不安、懸念、全てが思い違いだったと笑って臨む明日の光りが、今はこんなにも遠い。
日はとっぷりと沈み、辺りは夜の色に染まっていく。
案内の者は火影の屋敷へと向かう。それに着いていく俺。ふわふわとして実感がない、まるで幻術にかかったかのような。
幻術?
俺ははっとした解の印を結んだ。途端にぼやっとした空気が晴れて視界が鮮明になった。
俺としたことがこんな初歩的な罠にひっかかるなど。
周りを見ればそこは火影の屋敷のようだが人気がまるで無い。早く外に出なければ。
窓は、戸口はどこだと探していけば、外に通じるバルコニーを見つけた。あそこから出ればいい。
俺はバルコニーに走った。だがそこには先客がいた。
俺とマナゴだった。

「え?」

俺の偽者は手に武器を持っている。マナゴはちらりとこちらを見て、笑った。
ぞくりと背筋が震えた。
この女は、何を?
その時、肉を裂く音がして目をやれば、俺の偽者がマナゴを切りつけたところだった。
俺は咄嗟に黒い触手で偽者を攻撃しようとした。が、その前に偽者は消えうせてしまった。
分身の術?しかも変化まで使っている。こんなこと、誰がっ。
俺は周りを見渡した。恐ろしいまでに静まり返った部屋の中には誰もいない。俺はバルコニーに行ってマナゴを抱えあげた。
マナゴは叫び声一つあげず、溢れる鮮血を手ですくい、俺の顔に塗りたくった。

「ひとごろしぃ、」

にたあ、と笑った彼女は、そう言って事切れた。
まるでよくできた映画を観ているようだ。これは現実か?

「きゃー、誰か、誰かっ、マナゴ様が、マナゴ様がっ。」

急に人の声が聞こえてきた。一気に周りが騒がしくなる。現実味がぐっと増す。どういうことだ、何故こんなにも一気に情報が入ってくる。術は先ほど解けたのではなかったのか。
俺ははっとした。術はまだ完全に解けていなかった?いや、どこからが幻術だったのかすら分からない。だが今は術は解け、マナゴは俺の腕の中で息絶えている。
心臓の音がばくばくとうるさい。
最後に見せたマナゴの顔が悪鬼のように思い出されて鳥肌が立った。
そして、ようやく霧がじょじょに晴れていった頭に思い浮かんだもの、それは。

罠。

そのひと言以外にはなかった。

俺は捕らえられ、牢に入れられた。

 

何を言っても無意味だった。全ては自分以外誰も体験していないのだから言い訳も通用しない。あの日の警護は今でにない程強化されたものだった。何人たりとも進入できるはずがなかった。
招待客には警護の目は緩められる。それに乗じての殺人だったのだと勝手に解釈されてとんとん拍子に進んでいく。全てがまるで決まっていたかのようだ。
森羅の顔が見たいと思っても殺人犯の要望なぞ聞き入れられるはずもなく、取調べの日々は続いた。
このままではいずれ死刑になるだろう。相手は火影の妻、大名の娘だ。手にかけた罪は重い。いくら無実だと言っても誰も聞く耳は持たない。
やがて俺は疲弊しやつれていく。精神も病むようになってく。季節が変わったのかすら分からない。時間の感覚もない。
死刑を望むようになるのも時間の問題のように思えてきた。
そんな時だった。久しぶりに懐かしい声が聞こえてきた。

「随分と疲れているようだな。」

ぼんやりと見上げると、格子越しに白い髪の男がいた。蒼竜だった。

「よく、来られたな。」

「警護の責任者だからな、この一件では関係者として名を連ねている。が、お前に会うのにこんなに時間がかかるとは思ってもいなかったな。」

「そうか。」

「だが今夜、お前を連れ出す。もう少し我慢しろ。」

「そんなことをしたら、お前にも、火影にも火の粉がかかる。俺はいい、もういいんだ。」

「お前は無実なのに死刑にされていくのを指を咥えて眺めていろと言うのか。」

「どうして無実だと、」

「調べれば分かった。詳しい話は脱出後においおい話す。今は待て、いいな。」

そう言い置いて蒼竜は去っていった。面会時間も決まっていたのだろう。
いずれにしろ、俺の向かうべき道は決まった。

 

その夜、俺の収監されている牢屋に襲撃があった。
やがて俺の牢屋に現れた蒼竜によって俺は牢獄から脱出した。そしておぶられ、切り立った岩肌を駆け抜け、森の奥深くへと向かう。
蒼竜の背中で俺は少しだけ事件のあらましを教えられた。
真の犯人は、マナゴだった。
マナゴは大名の娘ゆえ、忍術の会得などしていないであろうと思われていたが、その後の調べで独自で会得していたことが発覚した。
そうなればあとは説明が付く。
マナゴは自作自演をして俺をはめたのだ。
何故はめたのか、その理由までは蒼竜は言わなかった。俺を気遣ってくれたのだろう。
やがて、少しだけ開けた場所に出ると蒼竜は俺を木の根元に座らせた。

「じき来る、ここで待て。俺は後始末をしてくる。」

たぶん、追尾のものたちをかく乱させに行ったのだろう。どこまでも迷惑をかけて悪いな、と俺はこんな状況なのに少し笑ってしまった。
思えば蒼竜はいつも俺のせいで貧乏くじばかりを引かされてきたように思う。
ま、これで初対面の時の無礼は帳消しだ。
俺は顔を上げて夜空を見つめた。今日は新月のようで月が見えない、星月夜だ。

「角都。」

名を呼ばれて俺は振り向いた。そこに立つ男に俺は最上級の笑顔を向ける。

「会いたかったよ、森羅。」

俺は手を伸ばした。森羅が走り寄ってきて俺の手を掴んでくれた。
久しぶりに感じる最愛の者の体温に涙が零れそうになる。

「よく耐えてくれた、がんばったな、角都。」

温かい手、暖かい言葉、愛しい人の全てを俺は今、全身全霊で受けている。もう十分だ。
俺は森羅の目をじっと見つめた。

「森羅、欲しいものが一つだけあるんだ。」

「なんだ?お前はいつも強請ることなぞしてくれなかったからな、俺のできることならなんでも叶えてやるぞ。」

「お前の、刃がほしい。」

言えば森羅の表情が強張った。だが俺の言葉は止まらなかった。

「お前の手にかかるなら本望だ。」

分かっているよ、森羅。こうして脱獄しないといけない状況と言うことは、もはやお前の力ではどうにもならないのだろう。どうにもならないから武力行使に出たのだ。そして俺の行きつく先はどう楽観的に考えても逃亡の他にない。
それならばいっそのこと、愛する人の腕の中で眠りにつきたい。
森羅は俺の手を離すと両手で俺の顔をはさんだ。真剣な表情で俺を見据える。

「それだけはやれん。お前はこの先も生きるのだ。」

酷い、酷い、そんな目で、そんな苦しそうな目でそんなことを言うなんて卑怯だ。

この先、森羅は側にいない。どころか俺はずっと人の目を気にして逃亡生活を送らねばならないだろう。今まで忍びとしてそれでも健全に生きてきた俺にとって、後ろ暗い生活は心をすぐに疲弊させるだろう。
それでも森羅は生きろというのだ。なんて酷い男。
それでも俺はお前の言葉に従うしかない。森羅がこんなにも好きだから。

「最後に沢山抱き締めてくれ、お前のことを忘れないように。」

森羅が俺の体に腕を回してくる。森羅の匂い、鼓動、かけがえのない人の息遣い。

「抱いてくれ、お願いだ。」

おそらくもう、二度と会うことはないだろう。この先俺は一人で生きていく、お前のいない世界をひとりきりで。だから、愛の証がほしい。
投獄されて体は衰えているしこれから逃亡生活をするにあたって体力を温存していかなくてはならないのは承知の上だ。それでもこれだけは、せめてこれだけは許してほしい。
森羅は、ゆっくりと俺を草地に横たえると服を脱がしていった。己の服も脱いでいく。
それからの時間を俺は一生涯忘れることはないだろう。
草の匂い、汗の滲む肌、息遣い、痛みと快楽と喜びと悲しみ。そして満天の星空。今にも落ちてきそうだ、こんなに美しい星空は初めてだ。
なんでだろうね、どうしてこんなに世界は美しいのに俺たちは苦しいのだろう。
このまま今すぐに世界が終わってしまえばいいのに。
だがやがて熱は引き、森羅が体から抜けていく。恐ろしくて身震いさえ起こりそうだ。もう二度とこの男に触れられないだなんて、そんな残酷なことがあっていいのだろうか。
やがて息を整え、服を着込んだ俺は背中から森羅に抱きこまれて、ぼんやりと2人して星空を見上げていた。

「泣いているのか。」

言われて俺は何も言えずに頷くことも首を横に振ることもできなかった。

「辛いことを言っているのは自分でも分かっている。だが生きてくれ、どんなに苦しくとも。」

抱き締めてくる森羅の腕にすがりつきながら、俺は心の中で泣いた。
今生の別れだ、森羅。

やがて蒼竜がやってきた。

「国境沿いまで安全な道を確保した。そこから行け。」

蒼竜の言葉に頷いて俺は立ち上がった。あらかじめ用意しておいてくれたのか、旅支度の荷は整えてあり、それらを担いだ。
最後に森羅の側に寄ると唇を近づけ、だが触れることなく頬を合わせたに止めた。そして耳元で囁いた。最後の言葉、呪詛の言葉だ。

「忘れてなんかやらないから、一生、死ぬまで、死んでも忘れてなんかやらないから。」

俺はそう言うと身を翻して走り出した。振り返りなどしなかった。森羅の言葉なぞもう聞こえなかった。ただただ森の奥へ、国境へ、ひたすら走り続けた。
やがて国境を抜けて大きな川岸にたどり着いて俺はようやく足を止めた。
ずっと何日も走り続けた、そのせいで足ががくがくした。思わずその場に膝を着いてしまった。
俺は、声を上げて泣いた。
今までどんなことがあったって泣いたりなんかしなかったのに、心が張り裂けそうで叫ばずにはいられなかった。
いずれは来るであろうと思っていた破滅、こんな形で迎えることになるなんて思わなかった。もう何をすればいいのかも分からなかった。生きろと言うから生きるだけだ。それに従いひたすら生きるだけ。
俺は立ち上がるとゆっくりと歩き出した。空の雲は重く垂れ込め、すぐそこに嵐の気配がした。
俺の門出にふさわしいじゃないか、これからは、闇に生きるのだから。

 

 滝隠れからも抜け忍として扱われ、俺は路頭を迷うこととなったが、どうせ堕ちたのだからと賞金を稼いで身を立てることにした。どうせまともに働けるはずもないし、手っ取り早く稼ぐにはこれが一番だろう。
そして月日は経ち、腕だけがあがっていく。その間に闇から闇へと移って禍々しい研究やら組織やらも転々とした。おかげで不死だとか禁術だとかに詳しくなっちまったし、より強く生き残るために体の強化もなんだってした。
やがて忍界大戦なんてでかい戦争が起きて、森羅は民を守るために命を散らせたと風の噂で聞いた。火影の名に相応しく、敵を大勢ひきつれて、最後の最後まで諦めずに戦い抜いたと言う。おかげで木の葉の被害は最小限に食い止められたのだとか。
どこまでもお前らしい最期だったな。
森羅の訃報を聞いたからと言って俺も後を追おうなどとは思わなかった。そんなことしても無意味だった。
森羅のいなくなってしまった今、俺のこの体だけが森羅をつないでいた証として残された、それをおいそれと朽ちていかせるわけにはいかなかった。
この体は森羅に愛された体、この胸の内は森羅の思いで満ち満ちている。俺にとって、俺の体だけが最後の砦だった。
やがて、俺は暁と言う組織に拾われた。とんでもなく怪しい集団ではあったがみんな一級の犯罪者ばかりで構成されていたからおいそれと壊滅させられることはないだろうと思って入会してやった。
そこで木の葉の忍びにも会った。大蛇丸とか言う奴で蛇みたいな奴だった。美しいものが好きで不死が好きらしい。俺の体が不死だと知ると少し興味を示したが、つぎはぎだらけの体を見て興ざめしたらしい。失礼な奴だ。

「あたしは若く美しい体での不死を求めてるの。あんたのぼろぼろで醜い体なんて願い下げよ。」

蛇みたいなお前に言われたかねーよばーかとか言いたかったが黙っておいた。
俺の体は確かにつぎはぎだらけだがオリジナルな部分は多い。まあ、心臓だとか他人から構成されたところもあるがな。
やがてイタチとか言う木の葉の小僧が現れて大蛇丸が体ののっとりを謀ったらしいが無様に敗退して尻尾を巻いて逃げたらしい。ははは、ざまーみろっ。
俺の集金稼ぎの腕が認められたせいか知らないが暁の財布役にまで任命されて面倒なことばかり押し付けられてちょっと嫌気が差したが割りと仲間内の関係は良かったのでそれなりに楽しく集団活動をしていた。
鬼鮫とか言う男はその中でも割りと好感が持てた。礼儀正しい奴は好きだ。
だいたい最近の若者はいかんね、年上に対する礼儀ってものがなってない。
その日も茶を飲みながら俺は必要経費の経理処理をしていた。そこに鬼鮫が団子を手にやってきた。木の葉の土産らしい。

「経理処理お疲れ様です、この団子結構美味しいんでどうぞ。」

「悪いな。」

「角都さんはお金好きですよね。暁の資源以外に自分でもかなり蓄えられてるみたいですけど。」

鬼鮫に言われて俺は頷いた。

「金はこの世で一番大切なものだからな。」

「はあ、まあ、確かに必要ではありますよね。」

「だろう、手っ取り早く稼ぐには賞金稼ぎが一番だ。鬼鮫も暇だったら稼いでくれ。」

「あー、はい、考えておきます。」

暁の奴らって戦闘は得意でも財政とか諸々のことには割りと無関心なんだよな。だから俺が財布役なんだ。もうちょっと考えてほしいもんだよなあ。

 

やがて飛段とか言うおかしな宗教マニアと相方になって行動するようになった。戒律がどうとかおしゃべりが好きな奴でやれやれだが、まあ、こんな集団に入会してるくらいだ、まともなはずがない。
やがて上の指示で木の葉へと向かう。木の葉の地に立つのは数十年ぶりだった。
もはや誰を殺しても何の感慨もない俺は賞金稼ぎのために木の葉の人間を殺すことにも躊躇はしなかった。
生きるためには仕方のないことだ。堕ちた俺にできることは限られている。
それから木の葉の森の中で襲撃されて戦闘になった。
なんだか見覚えのあるような森だと思っていたら以前、森羅と別れたときの森だった。どんなに時が経っていようと変わらないものはそれなりに多い。
やがて多勢に無勢で飛段とも引き離されて一人で戦わなくてはならなくなった。なかなかに手ごわく苦戦を強いられたが、まあ、過去の経験からしても特に問題はないようだった。賞金首もまたいることだし、さっさと片付けて換金所に行きたいものだ。
そう思っていたら増援がきてますます苦戦となった。飛段はなにしてんだろうなあ、あいつの相手は一人、こっちはこれで5人になったって言うのに。
帰ったら拳骨でも食らわせてやりたいね。
戦っているうちに相手は狙っていた九尾とも知れた。仕事が増えた、面倒くさいことだ。
だが一人が木遁を使ってきた。
あまりの出来事に身動きが取れなかった。殺せるチャンスだったのに。
あいつの技は完全なオリジナルだったはずだ。誰にもまねなどできないはずなのに、森羅の血族か?それとも継承できる何か特別な儀式でもあったのだろうか。どちらにせよ、あの頃のことが鮮明に蘇った。
木遁で作った色々おかしな彫刻だったり、家を直したりもしてくれたっけ。ただ、果実などの生る木は出してはくれなかったな。緊急事態ならばいつでも出せるが忍術で成長させた果物はあまりおいしくないのだと言っていたっけ。
日の光りを浴び、時間をかけて成長させた作物だからうまいのだと言ってよこしてくれた野性のアケビの実を、2人して食べた。確かにうまかったよ。でもうまかったのはアケビ本来の味ではなくて、そこにあんたがいたからだ。
虚勢を張ってチャクラを練って臨戦態勢を取ったが、心の奥では足がすくんでいた。
今までずっと一人で生きてきて、何者にも心動かされることなどなかったのに、こんなちっぽけな綻びで足元から全てが崩れていくようだ。
だから相手の陽動にひっかかって攻撃をもろ浴びてしまった。
あーあ、やっちまったなあ、心臓5つも持ってたのになあ。
体がばらばらになるような激痛がひた走る中、俺は地面に激突して身動きすら取れなくなった。
そこに俺に止めを刺しに来た賞金首の忍びがやってきた。確か、名をはたけカカシと言ったか、いい値だったのになあ。
森羅がくれなかったものをあんたがくれるのか、まあ、それもいいだろう。
手に高密度のチャクラが練られていく、あれで俺は死ねるのだろうか。
俺は目を閉じた。目を閉じればいつでもそこにはあの夜の星空が浮かぶからだ。
あの夜、縁側の庭先で、最後の逢瀬で、見上げた数多の星星。
ああ、お前も死ぬ時にこの光景を思い浮かべたろうか。だとしたら俺たちは同じ星空の下、心中したことになるのかな。そうだったら、嬉しいのにな。

「しん、ら、」

止めを刺された瞬間、口にしてしまったお前の名を聞かれてしまっただろうか。
でももういいよな、俺とお前の関係など、今ではもう忘却の彼方のことだ。
俺、ちゃーんとたくさんたくさん、生きたから、お前、褒めてくれるよな。
それからすぐに意識は暗くなった。死ぬって呆気ないもんだなあ。

 

死体安置所でカカシは火影を前にして状況の説明を受けていた。
そして解説し終わった綱手が部屋を出て行こうとしたところでカカシは呼び止めた。

「あの、『しんら』と聞いてなにを連想します?」

唐突に脈絡のないことを聞かれてなんのことだ?と綱手は不思議そうな顔をしたが、正直に答えた。

「そんなのうちの爺さんに決まってるだろ、他にあるのかい?」

「そうですよねえ。」

カカシも何やら困ったような表情をした。

「何か気になることでもあったのかい?」

「いえ、実はそいつに止めを刺した時に『しんら』って言ったもんですから、ちょっと引っかかりまして、まあ、それだけなんですがね。」

「こいつが?」

綱手は台の上に乗っている死体を見た。体中つぎはぎだらけで改良を繰り返した実験体のような体だ。聞けば初代火影と戦ったこともあるとか。

「うちの爺さんと戦ったこともあるんだったな、何か因縁があったのかねえ。」

「案外、俺の使った木遁を見て懐かしく思ったのかもしれないですね。」

ヤマトの言葉にカカシはそうかねえ?と腕を組んで納得のいかない顔をしている。カカシは以外にも研究熱心なので分からないことはとことん追求したい派であった。

「まあ、木遁は爺さんのオリジナルだからな、お前が扱えることを不思議に思うくらいはしたかもしれないがその程度だろ。こいつの名はなんだったかねえ。」

「角都です。」

カカシが答えると綱手はうーん、と考え込んだ。

「角都ねえ、むかーし、親父が似たような名前の人と遊んでもらったことがあるって聞いたような気がしなくもないけど。親父も随分前に他界したからねえ、真実なんてもう誰も分かりゃしないさ。お前らも疲れたろう、さっさと体を休めな。」

綱手に言われてカカシとヤマトはその場から立ち去った。
死体置き場に残った綱手は台の上の男をじっと見つめた。

「まさか、なあ。」

その昔、蔵の中で見つけたアルバムの中には初代火影の写っているものも数点あった。祖父を生きて見たことのなかった綱手は好奇心に駆られてそのアルバムを父親に見せた。
最初は一緒に楽しそうに見ていた父親だったが、その中の一枚で言葉を無くしてしまった。見れば初代火影と一人の男が並んでいる写真だった。どこにでもあるような写真だ。何か引っかかるのかと思っていたが、父親はその写真をアルバムから引き抜くとどこかへ行ってしまった。
困惑した綱手は当時、まだ生きていた2代目火影に聞いてみた。いつもなら何事にも動じないその人の、動揺する姿を綱手は始めて見た。後にも先にもあんな2代目は見たことがない。

「綱手姫、世の中には知らなくて良いこともあるのだ。」

「けど、蒼竜爺ちゃん、あんな親父は初めて見る。」

「誰の中にでも、他人には決して知られることのない奥深いものがあるのだ。」

「それがあの写真?爺さんの隣の人は誰なんです?」

綱手がしつこく聞くので2代目は仕方がないなと言って渋々教えてくれた。初孫である綱手は2代目にとって目の中に入れても痛くないほどかわいい存在であったらしい。

「他言無用だぞ。その男はな、兄者の唯一の、たった一人だったのだ。」

「そんなの、誰でもその人にとっては唯一の人では?同じ人なんてどこにもいない。」

「そういう意味ではないのだ。綱手姫もいずれ分かるようになる。このことは絶対に人に話してはならぬ、いいな。」

「はい。」

「あの人はな、純粋で美しい人だったよ。俺の目から見てもな。だから兄者は心底惚れぬいたのだろうなあ。」

男なのに美しい?惚れている?なんだかおかしな言い回しだと思いながらも綱手は曖昧に頷いたのだった。

確かその人の名は角都だったと言っていたような、いや、気のせいかもしれない。なんにしろもう過去の話であるし、今更蒸し返すものでもないだろう。
何があったのか、何の因果があったのか、それはもう誰も知らないことだ。
今はただ、静かに眠るがいい。死は誰にでも平等だ。そう言ったのは誰だったろうか。いずれにせよこの男の命は尽きた、それだけのことなのだ。
綱手はその部屋の戸を閉めた。

 

 

星の洪水の中をぼんやりとたゆたっていた。
ひどくゆっくりとした時間、空気、全てがあまりにもさらさらと流れていくので感覚がとろけていくようだ。
ここは、どこだろうか。
ふいに手を取られて振り向けば、そこに当然いるべき人間がいてひどく安堵した。
腕を絡ませてこの身を預ければしっかりとした感触があってこれが夢などではないことを証明してくれる。
これは現実だ。

「随分と働いたな。」

「俺には必要だからね。」

「何故だ?」

「地獄の沙汰も金次第って言うだろ。地獄に着いたらしばらくは豪遊三昧だぜ。」

きしし、と笑って言ってやれば優しく頭を撫でられた。

「ではご相伴に預かるとするかな。」

「おう、お前一人くらいおごってやるよ。だから、側にいろよ、離れるなよ、どんな地獄でも俺はお前と一緒にいるからな。」

「それは、なんとも情熱的な殺し文句だな。」

「もう死んでるけどな。」

「なんだ、知ってたか。」

「当たり前だって、だからお前とも会えるんだろ。」

言えば顔が近づいてきて、口付けを交わした。
死んでやっと、触れ合えた。この時のために生きてきた。もう、誰に憚ることもない。

「愛してる、森羅。」

「勿論だ、お前を愛さないわけがないだろう。一緒に行こう。」

手を共に繋ぎ、星の流れる川を往く。
ここはまるであの星の空を凝縮したかのようだ。だから怖くない、お前がいるから大丈夫。
もう二度と、この手を離すことはない。

 

おわり

お疲れ様でしたーっ!!
なんですかまたやっちゃいました感がぬぐえないありえないカップリングその2弾っ!!(ぁ
いやー、なんか自分的にツボの設定でして、元々火影たちは好きなのですがあれです火影のイメージ崩しましたかorz
まあ、例外としてっ!!(汗
ちなみに地獄ではなくあの世に行ってもらうことにしましょう。あれあれ穢土転生とか屍鬼封尽の術で魂がおかしなところに行ってるんじゃないかとかそこはほら、ドリームですからっ!!
そんなわけでたらたらと長い話にお付き合いくださいましてありがとうございましたっw
友情出演がカカシとかここはカカイルサイトなのっ!?と叫びたくなるような話ですみません;;
と、言うわけで逃げますっ!!