恋の仇
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「あ、あのっ、カカシ先生、よかったらこれから一緒に食事でもどうですか?」 勇気を振り絞ってイルカはカカシに声をかけた。 「あー、すみません、任務のない時の門限は6時って決まってるので。」 が、カカシのこの言葉にイルカは呆然とした。一体どこの箱入り娘だ?いや、ってかあんたもう26だろ!? 「いやあ、ばあやが待っているもので。ほんと、イルカ先生との食事は魅力的なんですがきっともう食事の用意をしているばあやに申し訳ないんで。あ、明日はいいですよ。ちゃんとばあやに断りを入れますから。任務が入ったってことにすれば外食しても怒られないんですよ。」 ばあや?ばあやって言ったかこの人は。祖母と言うニュアンスとは違うが、しかしお手伝いさんという感じでもない。それはつまり乳母=ばあやそのものに対する言葉のようだ。 「あの、カカシ先生のお宅にはばあやさんがいらっしゃるんですか?」 「ええ、昔からいるんですよ。ほんと口うるさくてね、この口布も手甲もちゃんと忍びとしての基本の正装だからと厳しく着用を義務づけられまして、でも他の奴は手甲はともかく今時口布なんかしてないですよねぇ。俺もばあやに今時これはちょっとって昔から言ってるんですが、忍びとは、って談義が始まってしまうのでもう反抗する気も失せました。」 カカシはからからと笑っている。 「あの、イルカ先生、怒っちゃいました?あ、じゃあ明日の食事は俺がおごります。お店も俺が探します。これで許してくださいませんか?」 カカシは両手を合わせて心底申し訳なさそうに譲歩までしてくれた。食事については本当に嫌がっているわけではないようだとイルカはほっとした。 「分かりました。では明日を楽しみにしています。今日は突然すみませんでした。」 「いいえ、イルカ先生が誘ってくれてとても嬉しかったです。俺も明日を楽しみにしてますね。」 カカシはそう言って少し急ぎ足で去っていった。あ、あと10分で6時だからだろうか。 「ばあや、ばあやなのか...。」 イルカはなんとなく狐につままれるような思いで自宅へと向かったのだった。 翌日、イルカは火影の執務室で雑用を言いつけられていた。火影は同室で必要な書類と不必要な書類の選定をしている。イルカはそのいらなくなった書類をまとめる役である。 「何をそんなに必死になっておる。今日は特別何かあったとは記憶にないが。私用か?」 火影の言葉にイルカはそんなに態度に出ていたかと少々反省しつつ、特に隠し立てするつもりもなかったカカシとの食事の件を話した。 「でもカカシ先生にばあやの存在があったなんて、ちょっと意外でしたね。」 ほのぼのとした話しのつもりで口を開いたイルカだったが、火影の顔は話す前よりもなにやら暗く重々しいものに変わっていた。 「あ、あの、火影さま?」 「イルカよ、その件はあまり口にせんほうが良い。」 「え、はあ、別に言いふらすことでもないですし、承知しました。」 首を傾げながらもイルカは火影の言葉に頷いた。そんなイルカを見て火影はやれやれと肩を落とす。 「お主、カカシと仲がよいのか。」 「ええ、食事に付き合ってくださる程度には親しくさせていただいてますが。」 火影はそうか、と呟いて煙草を取り出すと火をつけた。そしてたっぷり逡巡してから重そうな口を開いた。 「ならば話しておいた方がよかろう。実はな、カカシのばあやは実在せぬのじゃ。」 「えっ、でもカカシ先生、嘘を吐いているようには見えませんでしたよ。」 「実在はせぬが、カカシの頭の中には存在しておる。」 「あの、それって。」 「カカシは術にかかっておるのじゃ。」 「そんなっ、カカシ先生ほどの忍びが敵の術にかかったままなんてっ。火影様はどうして解術してくださらないんですか!それとも火影様ですら手出しができない程大変な術なんですか!?」 しかし敵もなんでカカシ先生の頭の中にばあやを住まわせる術なんてあまり戦闘に関わり合いのなさそうなものをかけるかな、と頭の隅っこで思ったイルカだった。 「敵ではない。あの術をかけたのは今は亡きカカシの父、サクモなのじゃ。気が付いたのはサクモが亡くなってすぐじゃった。カカシは当時中忍になっていたとは言えまだ幼く、人の手が必要な年頃じゃった。そこで手伝いの者を向かわせたのじゃがことごとくカカシに断られて帰ってくる。不審に思ったわしはみずからカカシの家に行き理由を尋ねた。」 『カカシ、お主は自分で思っておる以上にまだ幼い。知らぬことも多い。遠慮や驕りの気持ちから断るならば勅命を下してでもお主に手伝いの者を付けさせるぞ。』 『火影様、私にはばあやがいます。私ができないこともばあやが全部してくれますから大丈夫です。』 火影は首を傾げた。はたけ家にばあやがいるなど初耳であるし、今まで手伝いに向かわせた者はばあやと呼ぶには少々若すぎる者たちばかりだった。 『カカシよ、嘘をつくでない。』 『嘘じゃないですよ、現に今だってちゃんと生活できてるでしょう。任務にも出てるし服だって食事だって掃除だって行き届いてる。一体何が不満なんですか?最近ちょくちょくお手伝いいたしますって人が来るんでばあやもちょっと怒り気味なんですよ、自分がいるのにって。』 カカシの言葉は嘘を吐いているようには見えなかった。家に上がって見渡すと確かにちゃんと生活できているようでもある。 『ではそのばあやはどこにおるのじゃ、一度会わせてもらおうかの。』 『ばあやは外出中です。いつ帰ってくるかは私にも分かりません。』 カカシの言葉に納得がいかないながらも火影はその場から去り、代わりに暗部にカカシの様子を監視させ報告するよう言いつけた。 「それから色々と調べたのじゃが、サクモは自分が死んでも息子が不自由しないようにとそのような術をかけたらしい。しかもだ、今際の際にかけたものらしく、不完全なもので外部から解術はできぬ仕組みとなっておった。解術できるのはカカシ本人のみ、ほとほと困ったものの、任務に支障がでる類のものではない。それでカカシみずから解術するのを待つということで一応の結論は出したのじゃが、門限が6時とはのう...。」 ツッコミ所はそこかっ!と思ったイルカだったが、しかしそんな理由があったとは。 「もう成人しておるのじゃから解術してもなんら不都合はないと思うのじゃが、本人の自覚がないのかそれともわざと知らないふりをしているのか、いまだに解術しておらぬのはさすがにまずいとは思うのじゃが。」 まあ、確かにに生活に不都合はない。ないがばあやが存在していて現にこうして弊害が出ている(とりあえずイルカには)となれば解術してもらった方がいいような気がするのだが。 「カカシ先生に伝えればいいんじゃないですか?ばあやは術が作り出した幻だって。」 「何度も話して聞かせたがまったく取り合わんのじゃよ。術は時間と共に薄れ弱まると言っても写輪眼など移植したから余計に外部からの解術をはねつけてしまうようになってのう、正直お手上げなのじゃよ。」 火影にここまで言わしめるカカシ先生ってすごいのかそうでないのかちょっと微妙に思ったイルカだった。 数刻後、カカシの式によって時間と待ち合わせ場所、行く店の詳細の知らせを受けたイルカはその待ち合わせ場所にいた。 「お、イルカじゃねえか、待ち合わせか?」 にやりと笑ったアスマは、お前もやるじゃねえかと小突いてきた。上忍と言ってもこの人はなかなか話しやすく、中忍の中でも好感度が高い。イルカも例に漏れずこの上忍とは割りと気軽に話しをすることのできる数少ない人物でもあった。 「で、誰を待ってんだ?俺の知ってる奴か?」 「はい、カカシ先生です。」 言うとアスマはぎょっとした。 「あいつ、正式な会席でもないのに6時以降に出歩けたのか!?」 ああ、やはり上忍の間でも有名だったのか、しかし真相は知られてはいないようだ。火影に口止めをされたわけだし、ちょっとまずかったな、とイルカは思った。 「ええ、俺がお願いしてしまったんです。」 「まあ、カカシの野郎はお前さんのこと贔屓にしてるもんなあ。けど俺だって付き合いは長いがあいつと里内で普通に飲みに行ったことはないぜ。なんか門限が厳しいらしくてよ。あいつの家はちょっと変わってんだよな。」 ちょっとじゃありません、随分と変わってるんですよ、とは言えないイルカだった。 「ま、楽しんできてくれよ。二人っきりの懇親会に乱入するような無粋な真似はしねえからよ。」 アスマは豪快に笑うとその場を立ち去った。 同じ上忍で割りと誰とでも気さくに話せる兄貴肌のアスマですらカカシとは6時以降に連れだって飲みに行ったことがないとは、ばあやってすごい拘束力だ。 「実はあまり自分から外食したことがなかったので、店に詳しい紅に教えてもらったんです。イルカ先生はこういう感じの店は好きですか?」 「はい、こういう店は出される料理がおいしいんですよね。紅先生が紹介してくださったのならきっと味も保証付きですね。女性は味にこだわりを持たれますから。」 イルカが言うとカカシは嬉しそうに微笑んだようだった。 それから二人はその店でやや静かに、だがお互いにふわふわと楽しい時間を過ごした。 「イルカ先生、顔赤いですよ。酒が回りましたか?」 カカシに心配されてイルカはいえ、と首を横に振った。 「そうですか、でも、イルカ先生とこうしているとなんだか安心すると言うか、妙に和んでしまう自分がいます。こうやって特別に飲みに来たことなんてなかったからちょっと緊張してたんですけどね、徒労に終わったようです。」 カカシがあんまり嬉しそうに言うものだからイルカも嬉しくなった。 「俺もです。カカシ先生とこうやって飲みに来られて良かった。あの、これからもたまにこうしてご一緒しませんか?」 「いいですね!あ、でもばあやが...。」 カカシの顔が曇る。ばあやか、とイルカは少しつまらなく思った。 「カカシ先生はそのばあやさんがお好きなんですね。心配かけまいとそんなに心を砕いてらっしゃる。」 「好き、と言うよりも絶対的な存在だったんです。今も昔も、ばあやがいなければきっと俺は一人では生きて来られなかったから。」 イルカとて一人で生きてきた。けれどやはり最小限大人の協力と言うものは多からずもあった。けれどカカシはそんな大人からの協力も全てばあやと言う自分の中の存在だけでやってきたのだ。ばあやに対する信頼関係はきっと深くて太いのだろう。 「カカシ先生っ!」 「はい、」 「俺、負けませんからっ!!」 「え、はあ、はい。よく分かりませんががんばってください。影ながら応援してます。」 見当違いに励まされたがそれでもイルカは満足した。 翌日、イルカは弁当を作った。こうなったらとにかくアタックしまくるしかない。とりあえずお弁当を差し入れて好感度を上げてみようと言う作戦である。 「い、イルカ?」 「ちょっと外に出てくる。」 イルカは真剣な表情でそう言うと荷物を持って瞬身を使って牧場へと向かった。 牧場に着くとカカシたちはこれからお昼時間のようだった。よっし、とイルカは気合いを入れる。 「あっれー、イルカ先生じゃん。なになに、どうかしたのかってばよ。」 「ああ、まあちょっとな。」 イルカは口を濁しつつ、ナルトの頭を撫でた。 「何か任務のことで変更でもありましたか?」 カカシが言うのを慌ててイルカは否定した。 「いえ、そういうことではないんです。実はお弁当を作ったのでカカシ先生に食べてもらおうと思って。ほら、あの、昨日は結局驕って頂きましたし、そのお礼も兼ねて。」 「え、俺にですか!ありがとうございます。嬉しいなあ。」 カカシはにこにこと覆面越しでも十分に分かるほど嬉しそうに笑っている。 「あれ、でもカカシ先生っていつもお弁当持ってきてなかったか?」 ナルトの言葉にカカシは気まずげにう、と声を漏らした。サクラがばかっ、と言ってナルトの頭をはたいた。 「そうだったんですか。」 イルカはしゅんとした。そうだよな、ばあやがいるならお弁当を持参していてもおかしくはなかった。それを見越さずに急にお弁当を作ってきたなんて、かっこ悪いよな。 「カカシの弁当は俺たちで食えばいいだろう。」 サスケがフォローを入れれば、カカシはそうだなお前ら食えと言い出した。 「あの、でもそしたらナルトたちが食べ過ぎになるんじゃ。」 イルカの心配の声にカカシはいいんですよ、と必死になって否定する。 「こいつらどうせ成長期ですし、多少食べ過ぎになっても大丈夫でしょう。サクラも良かったら食えよ。」 「私はダイエット中だから遠慮しとくわ。」 それからナルトたちと木陰に座ってお昼タイムとなった。 「おいしそうですね、いただきます。」 カカシはは口布をはずさぬままにイルカのお弁当を食べ出した。イルカは自分の分も一緒に作ってきたので一緒に食べ出す。そしてそんな異様な光景を尻目にカカシのお弁当をついばむ7班の子どもたち。 「カカシ先生の弁当、野菜が多いってばよ〜。」 食べていたナルトが文句を言ってきた。少々カカシのお弁当の中身が気になっていたイルカがナルトたちが広げていたカカシのお弁当を覗くと、確かに野菜が多い。煮物を中心に、だが野菜だけでなく、色んな具材を使って彩りよく丁寧に詰め込まれている。熟年の技のようだと思った。 「ばあやの好みに合わせて作られてるからどうしても年配向けのお弁当になっちゃうんだよね。その点イルカ先生のお弁当は元気が出そうなものばかりでいいですね。」 カカシはそう言って唐揚げにぱくついた。 「ありがとうございます。あのっ、カカシ先生のお好きなものってなんですか?」 「あー、茄子とあとは魚系が好きですね。白身魚よりもさんまとかの青身魚が好きですけど、それがなにか?」 「あのっ、これからお弁当、カカシ先生に作ってきていいですか?弁当、自分の分も作ってるんですけど、一人作るのも二人作るのも同じですし、良かったら。」 なんだか自分の元担任と上司がものすごい展開になってきている、と、言うか恐ろしくてこの先は想像したくないとサスケとサクラは思った。ちなみにナルトは文句を言っていた割りには気に入ったらしく、カカシの弁当に夢中になっている。 「いいんですか?甘えてしまって。」 「いいんです、あの、カカシ先生さえ良ければ。」 「ではお願いします。イルカ先生のお手製のお弁当が食べられるなら、任務もばりばりできそうです。」 その日、成人男子のキラキラとした二人だけの世界に触れたくない2人&欠食児童は涼しい風の吹く木陰の下でなんとも言えないお昼休みを過ごすはめになったのであった。 それから里内で任務のある日はいつもイルカはカカシのためにお弁当を持ってお昼休みに7班の元へと日参するようになった。 「カカシさん、あの、」 静かな空気の中でイルカが戸惑いがちにカカシの名を呼んだ。カカシはイルカの方に顔を向けて優しく微笑んでいる。心が見透かされているようだと顔を赤くするイルカ。自分の気持ちはもう気付かれているだろうか、でも言わずには言われない。だって、こんなに好きなんだ。 「あなたが、好きです。」 イルカは顔を真っ赤にして叫ぶようにした思いを伝えた。今日こそはと思ってずっと機会をうかがっていたのだ。例え応えてもらえなくても、それでもカカシ先生を思う自分の気持ちだけは曲げられないから。 「俺も、あなたが好きです。」 カカシの返事にイルカは心の中でガッツポーズを取った。 「カカシ先生っ、お願いですっ。泊まっていって下さい。お、俺とばあやとどっちが大切なんですかっ!どちらを優先するんですかっ!俺はっ、俺はカカシ先生のことがこんなに好きなのにっ!!」 うっ、うっ、とイルカは泣き出した。自分だってこんな幼稚な真似はしたくない。けれどあんまりじゃないか、カカシはイルカを好きだと言ってくれた、けれどカカシはばあや以上にイルカを求めてはくれないのだ。 「カカシ先生、」 「イルカ先生、今夜はばあやに無断だけど、あなたと、あなたと過ごしたい。」 カカシは苦渋に満ちた、けれどはっきりとそう言い切った。あのばあやの言うことには逆らったことのないと言っていたカカシがである。 「カカシ先生っ!」 イルカはカカシに抱きついた。抱きしめ返すカカシ。二人はしばらく抱擁の余韻に浸った後、手を繋いでイルカの家に仲良く帰っていったのだった。 そして翌朝、ベッドの中でカカシはイルカを正面から抱き込みながらぽつりぽつりと呟くように語り出した。 「今までごめんね、イルカ先生。いつも晩ご飯をごちそうになった後、あなたがかわいくいかないでって引き留めてくれてたのは知ってました。けれどばあやの存在がやはり頭の中にあってどうしてもあなたの誘いに乗れなかった。半分はあなたのおねだりがあんまりかわいいからもう少し見ていたいって気持ちもあったんですけど。」 へらりと笑うカカシの頬をイルカは軽くつねってやった。 「いたた、痛いですよ、イルカ先生。でもね、あなたと一晩明かして、ばあやの術は解除しました。」 それを聞いてイルカは多少驚いた。あんなに大切にしていたばあやの存在をそんなにあっさりと解いてしまうとは。今更ながら自分勝手の我が儘でカカシが大切にしてきたばあやの存在を消させてしまったことにイルカは罪悪感を感じた。 「も、もうっ、好きにしてくださいっ。」 真っ赤になった顔を見られたくてとうとうイルカは布団を頭からかぶって隠れてしまった。 「はい、好きにしますね。」 カカシは愛おしげに目を細めたのだった。 おわり |
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はいっ、お疲れ様でしたっ!!
なんですか甘甘ですか、なんて言うかもうちょっとサクモ話しは暗くするはずだったんですがなにやら微妙にほの明るくなってしまいました。
ま、まあいいんですけどね。もうちょっと長くしようかとか思ったんですが余計な部分をくっつけても長いだけなので短編にてお送りしました〜。
ちなみにお題は広辞苑から。恋敵と同意義です〜。