恋の仇



「あ、あのっ、カカシ先生、よかったらこれから一緒に食事でもどうですか?」

勇気を振り絞ってイルカはカカシに声をかけた。
前からずっとこの上忍が好きで、好きで好きで、今日、仕事が終わってがんばって夕飯に誘ったのだ。

「あー、すみません、任務のない時の門限は6時って決まってるので。」

が、カカシのこの言葉にイルカは呆然とした。一体どこの箱入り娘だ?いや、ってかあんたもう26だろ!?
もしかして自分と食事に行きたくなくてそんなでたらめを!?ありうる、はっきりとした言葉を使って断るのは申し訳ないからと遠回しに自分と食事なんてまっぴらだとか思ってそんな嘘をついたのかも。
そう思ったらイルカはしゅーんとした。カカシとはそれなりに良い関係を築けていると思っていた。ナルトたちの担当の上司と元担任で、そんな些細な接点だったけれど、カカシと交わす会話はお互いが昔からの知り合いだったかのように自然ですぐにうち解けたし、自分に向ける眼差しは暖かくて特別な気持ちを抱くのに時間はかからなかった。
今日はもう一歩お互いの距離を縮めるためと初めて食事に誘ってみたものの、自分はカカシにとっては適当にあしらわれる程度の存在だったのだろうか。
だが、次に発したカカシの言葉にイルカはまたもや呆然とした。ちょっと驚愕が混じっていたかもしれない。

「いやあ、ばあやが待っているもので。ほんと、イルカ先生との食事は魅力的なんですがきっともう食事の用意をしているばあやに申し訳ないんで。あ、明日はいいですよ。ちゃんとばあやに断りを入れますから。任務が入ったってことにすれば外食しても怒られないんですよ。」

ばあや?ばあやって言ったかこの人は。祖母と言うニュアンスとは違うが、しかしお手伝いさんという感じでもない。それはつまり乳母=ばあやそのものに対する言葉のようだ。

「あの、カカシ先生のお宅にはばあやさんがいらっしゃるんですか?」

「ええ、昔からいるんですよ。ほんと口うるさくてね、この口布も手甲もちゃんと忍びとしての基本の正装だからと厳しく着用を義務づけられまして、でも他の奴は手甲はともかく今時口布なんかしてないですよねぇ。俺もばあやに今時これはちょっとって昔から言ってるんですが、忍びとは、って談義が始まってしまうのでもう反抗する気も失せました。」

カカシはからからと笑っている。
はあ、そうなんですか、とカカシの話しを聞いていたイルカだった。カカシの態度からして嘘を吐いているようには見えない。だが忍びは裏の裏を読めと言うし、でも同じ里の者を騙してどうする。分からない、とことん分からない。

「あの、イルカ先生、怒っちゃいました?あ、じゃあ明日の食事は俺がおごります。お店も俺が探します。これで許してくださいませんか?」

カカシは両手を合わせて心底申し訳なさそうに譲歩までしてくれた。食事については本当に嫌がっているわけではないようだとイルカはほっとした。

「分かりました。では明日を楽しみにしています。今日は突然すみませんでした。」

「いいえ、イルカ先生が誘ってくれてとても嬉しかったです。俺も明日を楽しみにしてますね。」

カカシはそう言って少し急ぎ足で去っていった。あ、あと10分で6時だからだろうか。

「ばあや、ばあやなのか...。」

イルカはなんとなく狐につままれるような思いで自宅へと向かったのだった。

 

翌日、イルカは火影の執務室で雑用を言いつけられていた。火影は同室で必要な書類と不必要な書類の選定をしている。イルカはそのいらなくなった書類をまとめる役である。
今日はカカシとの食事の日である。火影に突然雑用を押しつけられたので受付に出ないことになったイルカは、どうやってカカシとコンタクトして待ち合わせ場所だとか食べに行く店の話しをするかで頭がいっぱいだったのだった。
その思いも手伝って、鬼のような形相でせっせと書類をまとめるイルカ。
そんなイルカを見て火影はさすがに不思議に思ったのか、一服する合間にイルカに尋ねてきた。

「何をそんなに必死になっておる。今日は特別何かあったとは記憶にないが。私用か?」

火影の言葉にイルカはそんなに態度に出ていたかと少々反省しつつ、特に隠し立てするつもりもなかったカカシとの食事の件を話した。

「でもカカシ先生にばあやの存在があったなんて、ちょっと意外でしたね。」

ほのぼのとした話しのつもりで口を開いたイルカだったが、火影の顔は話す前よりもなにやら暗く重々しいものに変わっていた。

「あ、あの、火影さま?」

「イルカよ、その件はあまり口にせんほうが良い。」

「え、はあ、別に言いふらすことでもないですし、承知しました。」

首を傾げながらもイルカは火影の言葉に頷いた。そんなイルカを見て火影はやれやれと肩を落とす。

「お主、カカシと仲がよいのか。」

「ええ、食事に付き合ってくださる程度には親しくさせていただいてますが。」

火影はそうか、と呟いて煙草を取り出すと火をつけた。そしてたっぷり逡巡してから重そうな口を開いた。

「ならば話しておいた方がよかろう。実はな、カカシのばあやは実在せぬのじゃ。」

「えっ、でもカカシ先生、嘘を吐いているようには見えませんでしたよ。」

「実在はせぬが、カカシの頭の中には存在しておる。」

「あの、それって。」

「カカシは術にかかっておるのじゃ。」

「そんなっ、カカシ先生ほどの忍びが敵の術にかかったままなんてっ。火影様はどうして解術してくださらないんですか!それとも火影様ですら手出しができない程大変な術なんですか!?」

しかし敵もなんでカカシ先生の頭の中にばあやを住まわせる術なんてあまり戦闘に関わり合いのなさそうなものをかけるかな、と頭の隅っこで思ったイルカだった。

「敵ではない。あの術をかけたのは今は亡きカカシの父、サクモなのじゃ。気が付いたのはサクモが亡くなってすぐじゃった。カカシは当時中忍になっていたとは言えまだ幼く、人の手が必要な年頃じゃった。そこで手伝いの者を向かわせたのじゃがことごとくカカシに断られて帰ってくる。不審に思ったわしはみずからカカシの家に行き理由を尋ねた。」

 

 

『カカシ、お主は自分で思っておる以上にまだ幼い。知らぬことも多い。遠慮や驕りの気持ちから断るならば勅命を下してでもお主に手伝いの者を付けさせるぞ。』

『火影様、私にはばあやがいます。私ができないこともばあやが全部してくれますから大丈夫です。』

火影は首を傾げた。はたけ家にばあやがいるなど初耳であるし、今まで手伝いに向かわせた者はばあやと呼ぶには少々若すぎる者たちばかりだった。

『カカシよ、嘘をつくでない。』

『嘘じゃないですよ、現に今だってちゃんと生活できてるでしょう。任務にも出てるし服だって食事だって掃除だって行き届いてる。一体何が不満なんですか?最近ちょくちょくお手伝いいたしますって人が来るんでばあやもちょっと怒り気味なんですよ、自分がいるのにって。』

カカシの言葉は嘘を吐いているようには見えなかった。家に上がって見渡すと確かにちゃんと生活できているようでもある。

『ではそのばあやはどこにおるのじゃ、一度会わせてもらおうかの。』

『ばあやは外出中です。いつ帰ってくるかは私にも分かりません。』

カカシの言葉に納得がいかないながらも火影はその場から去り、代わりに暗部にカカシの様子を監視させ報告するよう言いつけた。
そして判明したこと、それはカカシが自分でばあやとカカシの二足のわらじをはいて生活していると言う驚愕の事実だった。
慌てて火影と医療忍者で調べてた所、カカシには術がかかっていた。ばあやと言う架空の存在をカカシの頭の中に作りあげ、一人で生活できるようにする術が。

 

 

「それから色々と調べたのじゃが、サクモは自分が死んでも息子が不自由しないようにとそのような術をかけたらしい。しかもだ、今際の際にかけたものらしく、不完全なもので外部から解術はできぬ仕組みとなっておった。解術できるのはカカシ本人のみ、ほとほと困ったものの、任務に支障がでる類のものではない。それでカカシみずから解術するのを待つということで一応の結論は出したのじゃが、門限が6時とはのう...。」

ツッコミ所はそこかっ!と思ったイルカだったが、しかしそんな理由があったとは。

「もう成人しておるのじゃから解術してもなんら不都合はないと思うのじゃが、本人の自覚がないのかそれともわざと知らないふりをしているのか、いまだに解術しておらぬのはさすがにまずいとは思うのじゃが。」

まあ、確かにに生活に不都合はない。ないがばあやが存在していて現にこうして弊害が出ている(とりあえずイルカには)となれば解術してもらった方がいいような気がするのだが。

「カカシ先生に伝えればいいんじゃないですか?ばあやは術が作り出した幻だって。」

「何度も話して聞かせたがまったく取り合わんのじゃよ。術は時間と共に薄れ弱まると言っても写輪眼など移植したから余計に外部からの解術をはねつけてしまうようになってのう、正直お手上げなのじゃよ。」

火影にここまで言わしめるカカシ先生ってすごいのかそうでないのかちょっと微妙に思ったイルカだった。
今日の食事でその辺りのことも聞かせてもらえたら嬉しいなと思いつつ、イルカは物憂げな様子の火影を奮い立たせて書類の整理整頓を促したのだった。

 

数刻後、カカシの式によって時間と待ち合わせ場所、行く店の詳細の知らせを受けたイルカはその待ち合わせ場所にいた。
アカデミー近くの木の下での待ち合わせなので少々人目に付くがそんなことは気にしない。待ち合わせ時間よりも少し早めについてしまったがまあそれも仕方ない。なにせカカシとこうやって二人だけで食事をするのは初めてなのだから。
そこにアスマがやってきた。報告書を提出して今日は人生色々で待機ではなく自宅へ戻るらしい。

「お、イルカじゃねえか、待ち合わせか?」

にやりと笑ったアスマは、お前もやるじゃねえかと小突いてきた。上忍と言ってもこの人はなかなか話しやすく、中忍の中でも好感度が高い。イルカも例に漏れずこの上忍とは割りと気軽に話しをすることのできる数少ない人物でもあった。

「で、誰を待ってんだ?俺の知ってる奴か?」

「はい、カカシ先生です。」

言うとアスマはぎょっとした。

「あいつ、正式な会席でもないのに6時以降に出歩けたのか!?」

ああ、やはり上忍の間でも有名だったのか、しかし真相は知られてはいないようだ。火影に口止めをされたわけだし、ちょっとまずかったな、とイルカは思った。

「ええ、俺がお願いしてしまったんです。」

「まあ、カカシの野郎はお前さんのこと贔屓にしてるもんなあ。けど俺だって付き合いは長いがあいつと里内で普通に飲みに行ったことはないぜ。なんか門限が厳しいらしくてよ。あいつの家はちょっと変わってんだよな。」

ちょっとじゃありません、随分と変わってるんですよ、とは言えないイルカだった。

「ま、楽しんできてくれよ。二人っきりの懇親会に乱入するような無粋な真似はしねえからよ。」

アスマは豪快に笑うとその場を立ち去った。

同じ上忍で割りと誰とでも気さくに話せる兄貴肌のアスマですらカカシとは6時以降に連れだって飲みに行ったことがないとは、ばあやってすごい拘束力だ。
自分がその拘束力を振り払ってまでもカカシが飲みに行こうとしくれている存在だということはあくまでまったく天然に気付かないイルカだった。
それからほどなくしてカカシがやってくると二人は連れだって飲み屋街へと向かった。そしてカカシに案内されたのは少々小汚いが活気のある店だった。

「実はあまり自分から外食したことがなかったので、店に詳しい紅に教えてもらったんです。イルカ先生はこういう感じの店は好きですか?」

「はい、こういう店は出される料理がおいしいんですよね。紅先生が紹介してくださったのならきっと味も保証付きですね。女性は味にこだわりを持たれますから。」

イルカが言うとカカシは嬉しそうに微笑んだようだった。

それから二人はその店でやや静かに、だがお互いにふわふわと楽しい時間を過ごした。
あまり沢山話さなくても、こうやって静かな時間を共有できる存在というものをイルカは知らなかった。大抵同僚たちとは騒いで飲むし、ナルトとラーメンを食べる時も賑やかでそれはそれで楽しいのだが、カカシといる時の空間はそれらとはどれも違っていて、そして心地よかった。
やはり自分はカカシのことが好きだな、こうやって一緒の時間をたくさん共有できればそれはなんて嬉しいことだろうと一人想像して顔を赤くする。

「イルカ先生、顔赤いですよ。酒が回りましたか?」

カカシに心配されてイルカはいえ、と首を横に振った。

「そうですか、でも、イルカ先生とこうしているとなんだか安心すると言うか、妙に和んでしまう自分がいます。こうやって特別に飲みに来たことなんてなかったからちょっと緊張してたんですけどね、徒労に終わったようです。」

カカシがあんまり嬉しそうに言うものだからイルカも嬉しくなった。

「俺もです。カカシ先生とこうやって飲みに来られて良かった。あの、これからもたまにこうしてご一緒しませんか?」

「いいですね!あ、でもばあやが...。」

カカシの顔が曇る。ばあやか、とイルカは少しつまらなく思った。

「カカシ先生はそのばあやさんがお好きなんですね。心配かけまいとそんなに心を砕いてらっしゃる。」

「好き、と言うよりも絶対的な存在だったんです。今も昔も、ばあやがいなければきっと俺は一人では生きて来られなかったから。」

イルカとて一人で生きてきた。けれどやはり最小限大人の協力と言うものは多からずもあった。けれどカカシはそんな大人からの協力も全てばあやと言う自分の中の存在だけでやってきたのだ。ばあやに対する信頼関係はきっと深くて太いのだろう。
親代わりのばあやと張り合うなんて不毛だとは思うし、出会ったばかりの自分がカカシの一番になれるはずはないとは分かってはいるが、それでも頭の中の人物に負けると言うのもなんだかおもしろくない。
イルカは少々酔いも手伝ったふやけた思考で決意した。

「カカシ先生っ!」

「はい、」

「俺、負けませんからっ!!」

「え、はあ、はい。よく分かりませんががんばってください。影ながら応援してます。」

見当違いに励まされたがそれでもイルカは満足した。
こうなればあとはもう突き進むしかない。イルカは心の中で気合いを入れるとコップの中のビールをぐいっと飲み干した。

 

 

翌日、イルカは弁当を作った。こうなったらとにかくアタックしまくるしかない。とりあえずお弁当を差し入れて好感度を上げてみようと言う作戦である。
受付所で確認すると今日のカカシ班の任務は牧場の手伝いらしい。
イルカはお昼休みになるの時計を睨んで待った。そんな尋常ならざる様子のイルカをやや引いた目で見る同僚たち。
そしてお昼休みに突入した途端、イルカは椅子をがたんと言わせて立ち上がった。

「い、イルカ?」

「ちょっと外に出てくる。」

イルカは真剣な表情でそう言うと荷物を持って瞬身を使って牧場へと向かった。
一体どんな用事なんだと後に残された同僚たちは首を傾げるばかりだった。

 

牧場に着くとカカシたちはこれからお昼時間のようだった。よっし、とイルカは気合いを入れる。
イルカの姿に気付いてナルトが嬉しそうにイルカに走り寄ってきた。

「あっれー、イルカ先生じゃん。なになに、どうかしたのかってばよ。」

「ああ、まあちょっとな。」

イルカは口を濁しつつ、ナルトの頭を撫でた。

「何か任務のことで変更でもありましたか?」

カカシが言うのを慌ててイルカは否定した。

「いえ、そういうことではないんです。実はお弁当を作ったのでカカシ先生に食べてもらおうと思って。ほら、あの、昨日は結局驕って頂きましたし、そのお礼も兼ねて。」

「え、俺にですか!ありがとうございます。嬉しいなあ。」

カカシはにこにこと覆面越しでも十分に分かるほど嬉しそうに笑っている。

「あれ、でもカカシ先生っていつもお弁当持ってきてなかったか?」

ナルトの言葉にカカシは気まずげにう、と声を漏らした。サクラがばかっ、と言ってナルトの頭をはたいた。

「そうだったんですか。」

イルカはしゅんとした。そうだよな、ばあやがいるならお弁当を持参していてもおかしくはなかった。それを見越さずに急にお弁当を作ってきたなんて、かっこ悪いよな。

「カカシの弁当は俺たちで食えばいいだろう。」

サスケがフォローを入れれば、カカシはそうだなお前ら食えと言い出した。

「あの、でもそしたらナルトたちが食べ過ぎになるんじゃ。」

イルカの心配の声にカカシはいいんですよ、と必死になって否定する。

「こいつらどうせ成長期ですし、多少食べ過ぎになっても大丈夫でしょう。サクラも良かったら食えよ。」

「私はダイエット中だから遠慮しとくわ。」

それからナルトたちと木陰に座ってお昼タイムとなった。
イルカのお弁当は食べ盛りの大人の食欲をくすぐるような肉を中心に野菜もちゃんと入れたものだった。ご飯もおむすびにして食べやすいようにバリエーションもいくつか揃えた。多少料理に自信のあったイルカの力作である。

「おいしそうですね、いただきます。」

カカシはは口布をはずさぬままにイルカのお弁当を食べ出した。イルカは自分の分も一緒に作ってきたので一緒に食べ出す。そしてそんな異様な光景を尻目にカカシのお弁当をついばむ7班の子どもたち。

「カカシ先生の弁当、野菜が多いってばよ〜。」

食べていたナルトが文句を言ってきた。少々カカシのお弁当の中身が気になっていたイルカがナルトたちが広げていたカカシのお弁当を覗くと、確かに野菜が多い。煮物を中心に、だが野菜だけでなく、色んな具材を使って彩りよく丁寧に詰め込まれている。熟年の技のようだと思った。

「ばあやの好みに合わせて作られてるからどうしても年配向けのお弁当になっちゃうんだよね。その点イルカ先生のお弁当は元気が出そうなものばかりでいいですね。」

カカシはそう言って唐揚げにぱくついた。

「ありがとうございます。あのっ、カカシ先生のお好きなものってなんですか?」

「あー、茄子とあとは魚系が好きですね。白身魚よりもさんまとかの青身魚が好きですけど、それがなにか?」

「あのっ、これからお弁当、カカシ先生に作ってきていいですか?弁当、自分の分も作ってるんですけど、一人作るのも二人作るのも同じですし、良かったら。」

なんだか自分の元担任と上司がものすごい展開になってきている、と、言うか恐ろしくてこの先は想像したくないとサスケとサクラは思った。ちなみにナルトは文句を言っていた割りには気に入ったらしく、カカシの弁当に夢中になっている。

「いいんですか?甘えてしまって。」

「いいんです、あの、カカシ先生さえ良ければ。」

「ではお願いします。イルカ先生のお手製のお弁当が食べられるなら、任務もばりばりできそうです。」

その日、成人男子のキラキラとした二人だけの世界に触れたくない2人&欠食児童は涼しい風の吹く木陰の下でなんとも言えないお昼休みを過ごすはめになったのであった。

 

それから里内で任務のある日はいつもイルカはカカシのためにお弁当を持ってお昼休みに7班の元へと日参するようになった。
もはや7班の子達は何も言わない。イルカの同僚たちも何も言わない、恐ろしいからだ。
正常な目で見ればイルカの行動は質の悪いストーカーのような行為ではあったが、それを受けているカカシ本人が不快感どころかかなり嬉しそうなので放っておくことにしたのだった。
そしてそんな日々が過ぎ、たまの恒例となった二人だけの飲み会の帰り道、イルカはカカシを土手沿いに誘い出した。
月夜の晩で辺りは明るい。
時間も時間で人も通らず、二人だけが川岸をぼんやりと見つめていた。さわさわと涼やかな風が二人の間を通り抜ける。

「カカシさん、あの、」

静かな空気の中でイルカが戸惑いがちにカカシの名を呼んだ。カカシはイルカの方に顔を向けて優しく微笑んでいる。心が見透かされているようだと顔を赤くするイルカ。自分の気持ちはもう気付かれているだろうか、でも言わずには言われない。だって、こんなに好きなんだ。

「あなたが、好きです。」

イルカは顔を真っ赤にして叫ぶようにした思いを伝えた。今日こそはと思ってずっと機会をうかがっていたのだ。例え応えてもらえなくても、それでもカカシ先生を思う自分の気持ちだけは曲げられないから。

「俺も、あなたが好きです。」

カカシの返事にイルカは心の中でガッツポーズを取った。
よっしっ!!ここまでがんばった俺よ天晴れなりっ!!
下心あっての行動ではあったが、純粋にカカシのことが好きでやっているのだし、誰にも迷惑はかかっていないのでいいだろう。
よもや最初から両思いだったとは気付かないイルカだった。
それからは二人で過ごす時間がぐっと増えた。
休日は勿論、任務後もイルカの部屋で一緒に過ごす。が、ただ一点、どうしてもカカシはイルカの家に泊まっていこうとはしなかった。どんなにイルカが精一杯泊まっていってください、今日は遅いしと引き留めてもだめだった。
確かに自分はむさい男で中忍で釣り合わないとは思うし紅先生みたいにぼんきゅっぼんの魅惑的な体をしているわけでもないけど、好きなんだ。でもやっぱりばあやには負けてしまうんだ。こんなに好きなのに。
親代わりの存在は大きいだろうとは思う。けれど、つきあい始めて数ヶ月、自分たちはキスすらまともにしていないのだ。
イルカのもやもやは限界を迎えようとしていた。
そしてとうとうある日、その日もカカシはイルカ宅で晩ご飯を食べた後、帰宅の準備をはじめた。ばあやの言うとおりに口布をして手甲をはめて、忍びたる正装をかちっと決めるカカシ。
それは確かに勇ましく好ましいカカシのスタイルであったが、今日と言う今日はもうイルカは我慢できなかった。

「カカシ先生っ、お願いですっ。泊まっていって下さい。お、俺とばあやとどっちが大切なんですかっ!どちらを優先するんですかっ!俺はっ、俺はカカシ先生のことがこんなに好きなのにっ!!」

うっ、うっ、とイルカは泣き出した。自分だってこんな幼稚な真似はしたくない。けれどあんまりじゃないか、カカシはイルカを好きだと言ってくれた、けれどカカシはばあや以上にイルカを求めてはくれないのだ。
浅ましい、卑しい、カカシの一番でないと嫌だなんてどの口が言うか。分かってはいるが止められない。
イルカはこれ以上みっともない自分を晒したくなくて家から飛び出した。
演習場にたどり着いてしくしくとイルカは声を殺すことなく泣き声を上げた。
カカシは、追って来なかった。それが意図することは、所詮自分はやはりそれだけの人間だったと言うことだ。それが悲しく、苦しくて、でもカカシを嫌いになんかなれなくて、イルカはひたすら泣き続けた。
どれくらいそうしていたのか、イルカは泣きやんでいたが泣きはらしていたまぶたは重く、そして体もだるかった。泣くのは結構体力を使う。普段あまり泣かない者はなおさらだろう。
ここにいても仕方ないとイルカは立ち上がった。その時、背後に影が差した。ちなみに今は月明かりの明るい満月の夜である。
気配でわかる。カカシだ、カカシがやってきたのだ、ここに、自分を追ってやってきてくれたのだっ!
イルカは喜び勇んで振り向いた。果たしてそこにはカカシが立っていた。しゅんとして猫背がもっと丸くなっている。

「カカシ先生、」

「イルカ先生、今夜はばあやに無断だけど、あなたと、あなたと過ごしたい。」

カカシは苦渋に満ちた、けれどはっきりとそう言い切った。あのばあやの言うことには逆らったことのないと言っていたカカシがである。

「カカシ先生っ!」

イルカはカカシに抱きついた。抱きしめ返すカカシ。二人はしばらく抱擁の余韻に浸った後、手を繋いでイルカの家に仲良く帰っていったのだった。

 

そして翌朝、ベッドの中でカカシはイルカを正面から抱き込みながらぽつりぽつりと呟くように語り出した。

「今までごめんね、イルカ先生。いつも晩ご飯をごちそうになった後、あなたがかわいくいかないでって引き留めてくれてたのは知ってました。けれどばあやの存在がやはり頭の中にあってどうしてもあなたの誘いに乗れなかった。半分はあなたのおねだりがあんまりかわいいからもう少し見ていたいって気持ちもあったんですけど。」

へらりと笑うカカシの頬をイルカは軽くつねってやった。

「いたた、痛いですよ、イルカ先生。でもね、あなたと一晩明かして、ばあやの術は解除しました。」

それを聞いてイルカは多少驚いた。あんなに大切にしていたばあやの存在をそんなにあっさりと解いてしまうとは。今更ながら自分勝手の我が儘でカカシが大切にしてきたばあやの存在を消させてしまったことにイルカは罪悪感を感じた。

「すみません、あなたの大切な存在だったのに。」

「ああ、そんな顔しないで、イルカ先生。本当はばあやの術はいつでも解けたんです。でもしなかったのは、親父が残してくれた最後の術だったから。でも親父は俺を不幸にするためにこの術を施してくれたんじゃなくて、俺の幸せを願ってしてくれたんですから、幸せになった今なら解くことができました。あなたのおかけです。やっと親離れできました。これからは門限なんかありませんからいつまででもイチャイチャしますから覚悟してくださいね。」

「も、もうっ、好きにしてくださいっ。」

真っ赤になった顔を見られたくてとうとうイルカは布団を頭からかぶって隠れてしまった。

「はい、好きにしますね。」

カカシは愛おしげに目を細めたのだった。

 

おわり

はいっ、お疲れ様でしたっ!!
なんですか甘甘ですか、なんて言うかもうちょっとサクモ話しは暗くするはずだったんですがなにやら微妙にほの明るくなってしまいました。
ま、まあいいんですけどね。もうちょっと長くしようかとか思ったんですが余計な部分をくっつけても長いだけなので短編にてお送りしました〜。
ちなみにお題は広辞苑から。恋敵と同意義です〜。