それから数日が経ち、王子がたまたま門の近くを通りかかっていると人の言い争う声がしました。
何事かと近づくと、そこに見えたのはあの森の中の小屋の老人と門番の言い争う姿でした。
王子はぎょっとしました。よもやここまでやってくるとは。
門番は得体の知れない老人の話を聞こうとせず、老人は門番に言い募っています。やがて門番は老人を乱暴に追い払いました。老人は悔しげに帰っていきます。
王子は門番に近寄っていきました。

「おい、今のは?」

「あ、王子、お見苦しい所をすみません。あの老人が毎日返してほしいとしつこいものですから、まったく、よく分からない奴です。」

「毎日、ずっとなのか?」

「ええ、ずっとです。」

門番はやれやれと困ったように顔をしかめています。王子は困ったことになっな、と思いました。勝手にイルカを連れてきたことには少々申し訳なくは思いますがそれでも城で過ごすのとあの鬱蒼とした森で過ごすとのでは前者の方が良いに決まっています。

「今度あの老人が現れたら私に知らせて欲しい。」

「え、でも、」

「いいんだ、言い分も聞いてやらないとな。」

「そうですか、やっぱり王子は民思いですねえ。」

門番が言うのを苦笑して王子はその場を去りました。
そして翌日、老人はやってきました。王子は老人を応接室に通しました。相変わらず汚いなりをして醜悪な顔を今はもっと歪ませて王子を見つめています。いや、睨んでいると言っても過言ではないかもしれません。

「単刀直入に言う。返してもらいたい。」

「イルカはお前のものなのか?違うだろう、イルカはイルカ自身のものだ。誰が束縛するものではない。お前とあの鬱蒼とした森で暮らすよりもこの城で明るくみなと一緒に暮らす方がイルカのためだと思うぞ。」

老人はただ王子を睨み付けます。

「詭弁だ、お前の言うことはあの人の意志が組み込まれていない。」

老人は正論を掲げます。ですが王子とて一目惚れの相手をほいほいと帰すわけにはいきません。

「ようやくこの世界でイルカは居場所を見つけはじめたのだ。今更お前と共に暮らしても却って戸惑うだけだろう。イルカを思うならば身を引け。見苦しいぞ。」

「何を、勝手に盗んでおいて。この国の王子ともあろう者がこんな老いた者から盗みを働くなど恥ずかしいとは思わないのか。」

その言葉に王子はむっとしました。確かに盗みはよくない、だがイルカはこの老人のものではない。

「聞き捨てならないな。確かに私はイルカを連れて帰ってきたが、イルカはあの晩目を開けて私を見て再び眠りに就いたのだ。目の前で倒れた者を介抱するのは人ととして当然の行いだろう。」

「すぐそばに人のいる家があったにもかかわらずにか?介抱するならば遠くの自宅よりも近くの他人の家だろう。」

いちいちが正論で王子は段々と話すのが嫌になってきました。

「とにかく、イルカはこのまま城に住まわせる。お前は安心して森で暮らすがいい。」

「待て、あの人に会わせろ。」

老人は王子に掴みかかってきました。王子は老人の手を振り払います。老人はいとも簡単に転がりました。魔法使いかもしれないと思っていましたが本当にただ弱いだけの老人のようです。王子は余裕が出てきました。

「お前は老い先も短いだろう。これから先、イルカはずっと長く生きる。ひとりぼっちでは寂しいだろう。イルカはこの賑やかな城で暮らすのが一番なのだ。」

老人はゆっくりと起きあがりました。そして王子を睨み付けます。射殺しそうな勢いですが所詮は老いた体です。

「イルカはこの城で幸せに暮らす。お前も森で余生を静かに暮らすがいい。」

老人はそれを聞くと王子に掴みかかってきました。いびつに歪んだ老人の爪が王子の頬に傷を作ります。
騒ぎを聞きつけた衛兵が老人を取り押さえ付けました。

「王子、大事はありませんでしたか?」

衛兵の隊長が王子にかしずきます。

「大丈夫だ、老人とは言え私も油断していたのが悪い。」

「それでこの老人はどうしますか?牢に入れましょうか?」

老いた老人の体を牢に入れるのはさすがにないだろうと思いながら隊長が言うと、王子はしばらく逡巡した後、頷いた。これから先もこうして何度も城にやってくるに違いありません。それならばいっそのこと牢に入れておいた方が平穏だと思ったのです。

「あの、しかし王子、この者は老体ですし、」

いつもの王子ならば老体には労りをと言う所なのにこの処置はいささが厳しいのではないかと隊長は思ったのでした。

「この者は森の魔法使いなのだ。私の妥協案をのんでくれなかったので暴挙に出たのだ。しばらくは反省してもらいたいのだよ。」

王子の言葉に隊長はなるほど、と頷き、老人を牢へと衛兵に命令しました。そして隊長も報告のために応接室から出て行った。
一人になった王子はため息を吐いた。ここまですることはないとも思ったが、どうにもあの老人はイルカに執着していて面白くない。恋は盲目とはよく言ったものだ。王子はイルカが自分以外の者に目を向けることに耐えられなかったのです。城の者ならばいい。自分の意志が通るのだから。だがあの老人は嫌なものを感じる、何を犠牲にしてもいいような目だった。
王子はしばらく牢に閉じこめた後に国外追放することにしました。

 

が、王子が森の魔法使いを捕らえたと言う噂は思った以上に人々の噂に上りました。
やれ魔法使いは子どもを食らっただの人を取り殺すだの毒を井戸に投げ込んだだの、噂は尾ひれを付けてどんどんふくれあがりました。
とうとう城を囲んで魔法使いを処刑にしろと暴動が起きるまでになってしまいました。
ここまできてしまうといかな王子とは言え収拾は難しくなってきました。いまさら国外追放としても国民は不服として今度は王子の威信が損なわれるでしょう。
王子は苦渋の決断で魔法使いを処刑することに決めました。魔法使いに身内のものはいません。処刑しても問題はなかったのです。少々心苦しいものがありましたがこれでイルカも自分のものになると妙な達成感も手伝って、王子は自らが責任を持って処刑の執行人になることを決意しました。せめて死に水は取ってやろうと思ったのです。
ちなみにイルカにはこんな血なまぐさい話しは向かないと示し合わせてこの話題を出さないことにしていました。
そして処刑の決行日、その日は朝から少し霧がかかっていましたが概ね晴れていました。
城の一画の広場で魔法使いは静かに座っています。王子は椅子に座って執行時間を待っています。周りの広場にはそれを見守る国民が取り囲んでいます。
そして時間となり王子は立ち上がりました。剣を掲げて老人へと向かっていきます。

「森の魔法使いよ、言い残すことはないか?」

王子の言葉に老人はぼんやりと視線をあげた。

「一目、あの人に会いたい。」

この言葉にさすがに王子は最後の言葉くらいは言うことを聞いてやろうとイルカを呼ぶように兵に命令しました。血なまぐさい場所に連れてきたくはありませんでしたが一目見せたらすぐに戻らせればよいことです。
やがて兵に連れられてイルカがやってきました。ギャラリーの異様な盛り上がりや、広場の中心に役人などが座っていることに戸惑っていたようですが、その視線が老人の所まで来ると、あっ、と声を漏らして走り出しました。

「イルカ、下がっていなさい、こいつは罪人だ。」

王子はイルカの体を押さえ込み、イルカの行く手を阻みます。イルカは王子の制止の言葉に耳も貸さず、老人に向かって叫びました。

「カカシさんっ。」

イルカの悲痛とも言える叫び声と共に老人の体が光りに包まれました。やがて現れたのは王子にも劣らぬ美しい容貌をした青年でした。
老人はもはやどこにもいません。
青年はゆっくりと王子を見やって、そしてイルカに向かって手を差しのばしました。イルカはつられるようにしてその手に向かって歩いていきます。

「イルカ、待てっ、」

王子の言葉も聞こえないのか、イルカは青年の手を取りました。王子は苛々してイルカの肩に手を伸ばします。

「この人に触んないで。」

人離れした美しい容貌の青年はイルカを深く抱き込んだ。

「イルカ先生、もう、あなたって人はどれだけ心配させれば気が済むんですか。さっさと帰りますよ。」

「でも、カカシさん、ここは随分と未来です。帰ろうにも、里はもうありません。」

イルカが涙声で青年に抱きつきます。今までどんなに王子が心を砕いて接しても決して見せなかった表情です。

「俺が何の策もないままひたすら待つわけないでしょ。」

青年は胸ポケットから巻物のようなものを取りだして広げ、自分の指を切って巻物に血を塗りつけました。そしてなにやら指で不思議な形を作っていきます。

「随分と俺のイルカ先生がお世話になったみたいだから一応例は言っておくよ、王子様?」

青年はにやりと笑って王子の見ている前でイルカに濃厚なキスをしました。イルカは人前だとかそんなものはもうどうでもいいらしく、むしろ青年に応えているようでした。
ぎりぎりと歯ぎしりする王子。ギャラリーは何が起こっているのかさっぱりわかっていません。
が、段々と霧が濃くなってきました。昼に近い時間なので晴れてもおかしくないのに霧は深く深く辺りを包んでいきます。数メートル先ですら見えにくくなってきました。

「では、これにてごめんつかまつる。」

随分と昔の口調で青年が言うのを聞いて見た時には、イルカを抱きかかえた青年の体が透けて半分も見えなくなっていくところでした。イルカは青年の首に腕を巻き付けてしっかりと抱きしめています。青年は言わずもがなです。

「待てっ、イルカを放せっ、置いていけっ。」

王子の叫びに青年は美しい顔でにこりと微笑んだ。

「残念だけど、イルカ先生は俺のもんだから。」

そう言ってぎゅっと抱きしめているイルカの顔は、最初に見た笑顔よりもなお輝かんばかりの満面の笑顔だった。
やがて霧は晴れ、広場には呆気にとられた王子と、何も分かっていないギャラリーたち。
王子はここにきてようやくイルカに失恋したのだと言うことを理解しました。あの老人はイルカの恋人で、何故だか知らないが老人に変化していたのでしょう。
王子は深く深くため息を吐くと事の収拾を図るために兵士を呼んだのだった。

「魔法使いは処刑した。処刑した途端に霧となって消えたのだ。」

王子の言葉に兵士は頷いて処刑は滞りなく終了した旨を伝えに走ったのだった。

 

 

「と、言うわけで俺とイルカ先生はめでたく幸せに暮らしましたとさ。はい、おしまい。」

カカシの最後の言葉に7班の3人は三者三様にぶうぶう文句を言ってきた。

「イルカ先生とカカシ先生が一緒に住んでんのにはそんな理由があったのかってばよっ!!」

「ってツッコミ所はそこじゃないでしょナルト。カカシ先生、それ、本当の話なんですか?イルカ先生もカカシ先生もずっと現代にいるじゃないですか。」

「本当だとしても何故忍びの力を使わなかったんだ。」

小さな声でそれぞれ文句を言ってきた部下たちにカカシはそうだねえ、と腕を組んだ。
ここは木の葉の託児所である。本日も遅刻してきたカカシに7班の子どもたちは腹いせにと子どものお守りの際の話し語りをカカシにさせていたのだった。
子守の子たちはすっかり寝入ってしまったが、3人の部下たちはどう考えてもおかしな話しに食いついてきたのだった。

「まずね、この話しは100%事実よ。ついこないだ一ヶ月程イルカ先生と俺が不在だった時があったでしょ、あの時にバタバタやってたってわけ。」

「何があったんだ?」

サスケが珍しく言及してきた。

「天変地異さ。」

カカシは回想した。
一ヶ月前、天槍という天変地異がイルカを襲った。天槍とはその名の通り、天から槍のようなものが飛来して、衝突したものを結晶化させてしまう現象である。
そして運悪くイルカはその天槍に衝突して結晶化してしまった。こうなってしまったらもう何をしてもどんなことをしても結晶が解けることはない。無理強いすれば結晶ごとイルカが砕ける。結晶が剥がれ落ちるまでの長い年月をひたすら待つしかなかった。そう、その結晶化は永劫とも思われる時間の後に解けるらしい。
カカシはいつまででもイルカの結晶化が解けるのを待つつもりでいたが、それが何百、何千年後かもしれないと聞かされて、カカシはかつての師である男から聞き及んでいたこの世の果てに住むと言う呪術師の元へと向かった。そしてそこで呪いをかけてもらった。カカシの持つ忍びとしての能力や優れている部分を全て差し出して代わりに永遠の命をもらう。解術の方法はただ一つ、変わり果てた姿でイルカに自分が誰かを気付かせること。
そして長い長い時間の後、イルカの結晶は少しずつ解けてきた。が、あと少しと言うところでどこぞの王子とやらがイルカをさらっていった。
老人としての力しかないカカシはそれこそ必死になって返してくれるように、一目でも会わせてほしいと願い出たがなかなか会わせてくれない。あの王子はイルカに対して嫌な目で見ていた。自分と同じ、イルカを欲する目だ。
やがてカカシは王子と対面することができた。だが何もしていないと言うのに何故か処刑されることになってしまった。これは最後のチャンスだった。王子は心の底からの悪者ではない。そこを利用してイルカを呼ばせた。
そしてイルカと再会し予定通りに解術も成功した。あとは口寄せの逆を記した巻物で現代に戻ってくるだけ
そうこうして戻ってきたのが数日前。
部下たちは納得したようなそうでないような微妙な顔をしていたが、寝入っていた子守の子どもたちが起き出してきて再び子守任務の再開となった。
そしてその日の任務はなんとか終了して報告書を提出して解散となった。
夕焼けの空を見ながら土手沿いを歩いていると、後ろからイルカが駆けてきた。どうやら受付ですれ違って会えなかったが仕事は終了していたらしい。
カカシに追いついて隣に並んだイルカにカカシはにこりと微笑んだ。

「今日、部下たちに一ヶ月前のおとぎばなしを聞かせてやったんですが半信半疑でしたよ。」

イルカは呆れたようにため息を吐いた。

「カカシさん、話したんですか?あれ、一応極秘扱いだったんですけど。」

「まあいいじゃないですか、ここ一ヶ月俺たちがどうしていたか不明だったんですから。心配させちゃった詫びですよ。でもまあ、嘘みたいな本当の話ですからねえ。」

「そうですね、まるで夢のようでしたが、俺は絶対に忘れませんよ。カカシさんが助けに来てくれたこと。」

「実際に助けに来てくれたのはイルカ先生でしたけどね〜。」

「なに言ってるんですか。いつになるかわからない長い時間ずっと俺の目が覚めるのを待ち続けてくれたんですから、カカシさんが助けに来てくれたんですよ。でなけりゃ俺はカカシさんも誰も知らない未来で一人、生きなくてはならなかったんですから。感謝してるんですよ、これでも。」

「ま、本物の王子に勝ったってのはなかなか気分が良かったですよ。」

しれっとして言ったカカシの言葉は実はかなりの嫉妬が含まれていたがイルカは気付かぬふりをしてカカシの手を取った。

「俺は、王子様より魔法使いが好きですよ。」

「当たり前ですよ、あなたは俺のものなんです。俺が魔法使いだろうがおじいちゃんだろうが俺のもんなんです。」

堂々と言ってのける権利がカカシにはあるし、イルカも同意する。

「はいはい、その通りですとも。」

イルカは笑顔になってカカシの手を繋いだまま一緒に土手沿いを歩く。
二度とこんな日は来ないのだと絶望した未来、老人の姿になっても愛しい存在のカカシ、もうこの手を自ら離すことはない。それはなにもかもがおとぎばなしの彼方からきた奇蹟。

 

おわり

 


はい、と、言うわけでお疲れ様でした!!っていうかまた短編かよっ!!てな感じですが、ま、まあ、思いつきネタなんでっ!
しかしどうして私の書く文章はこう、説明的なものが多いのかって言うかね、ちゃんとどうしてこうなったのかって解説しないと気が済まないんですよきっと。
そ、そんなことじゃ魅力的な物書きにはなれないわよっ!まあ、疑問に残るよりはいいかな、なんて思ってしまう辺りがもうダメっぽいです。
イメージ的に天槍はエヴァの映画版の2号機が量産型のロンギヌスの槍に刺される感じのもちっと綺麗にした感じでって、そんなの知ったこっちゃないとか、うん、てなわけで逃げますっ!!