ポロっとイルカの瞳から涙が零れ落ちた。

「うそ、だ。だって、いつから、」

「最初から気づいていたけれど、他人のふりをするからこっちも他人のふりして様子をうかがってたんだよ。今はイルカと言う名前になったの?どちらでも君には変わりないけれど。」

イルカは頭を振ってひたすら涙を流し続ける。

「泣かないで、待たせすぎたってのは自分でもよく理解してるんだ。火影様がなかなか俺を里に帰してくれなくて。でもやっと里に常駐できるようになって、ツバキを探していたら受け付けで見つけた。名前を変えたのは、その体が理由?」

その言葉にイルカは唐突に服を脱ぎ出した。ベストもアンダーも放り出して半裸になる。そしてこれが証拠とばかりに自分の平たい胸板を叩いた。

「俺は男だ、男の俺が、結婚なんかできるわけがない。」

「関係ないよ、さっきも言ったけど名前が変わっても全然関係ない。それは性別が変わっても同じことだよ。君の存在が俺をずっと生かしてくれた。人を愛するのに何に遠慮すると言うの。それともツバキは、いや、イルカは俺のこと、嫌いになった?もう、結婚なんかしたくない?」

カカシはそっとイルカの涙をぬぐった。そして頬を撫でて、髪をすく。
ずっと触れてほしかった、あの頃みたいに優しい手つきで、いつまでずっと一緒だと思っていた幼い頃の願い。でも、

「男じゃ、結婚なんかできない、俺は、だから、」

「俺のこと、まだ好き?」

イルカは最後通牒を突きつけられたが如く、顔を真っ青にして、そして小さく頷いた。許されないことだと知っている。男なのに、男になったのにまだカカシを好きでいてしまう自分がいるなどと。とんだ道化だ、誰が見ても哀れで仕方の無い自分。
が、突然にカカシに抱きしめられた。雪が溶けて水の染み付いたベストが少し冷たい、けれど懐かしい、大好きな人の腕だ。

「よかった、それなら何も心配なんかしなくていい、怖がらなくていいよ。もう、震えなくていい。」

カカシに抱きしめられて、イルカははじめて自分が震えていたことに気がついた。

そうだ、自分は怖かったのだ。かつて死の森で巨大サソリに襲われたときのように、いや、それ以上に。カカシに自分のことがばれるのが、嫌われるのが怖かった。

「約束、守りに帰ってきたよ。今度こそ結婚しよう。」

イルカはそっと、カカシの背中に腕を回した。ずっとずっと好きで、でも叶われないと諦めていた思い。待ち続けることができなくなったと嘆いた自分。

「おかえりなさい、ずっと、待っていました。」

心の奥隅で、小さく小さく縮こまりながら永遠に消えることなく燃え続けていた思い、たとえ叶わなくても、一生の宝物にしようと思っていた約束。

「好きでいていいですか?俺は、もう、あなたの子を生むことも、正式に結婚できる体でもないけれど。」

「だから、さっきからどんな姿になっても変わりがないと言ったのに、仕方のない子だね。」

カカシはイルカの体を少し離すと不安げな瞳のイルカに優しいキスを贈った。

「誓いのキス、なんてね。昔から俺の方がロマンチストだったからなあ、再会したときどんな風にしようかってこれでもかなり悩んでたんだよねぇ。でも、当初の目的は達成できたよ、再会した時には涙のキスってね。」

カカシは優しげな笑みを浮かべてイルカの手を取った。

「エンゲージリングも買ったんだよね。目測で選んだからサイズ合ってなかったらどうしようかなあ。」

カカシはどこから取り出したのか、銀に光るリングをイルカの薬指にはめた。サイズは丁度だった。

「よしっ、俺の眼力は劣ってなかったみたいだね。オルカさんたちの人前結婚はできないけど、墓前で誓い合えばいいか。新居はもう目当てのがあるから一緒に見てくれる?俺忍犬飼ってるから庭が広いのが希望でさ。イルカは犬、好き?まあ、苦手でもちゃんと克服できると思うよ。忍犬だから頭もいいしね。そこらの下忍よりよっぽど使えるから。イルカ、一生涯かけてずっと守っていくから、一緒に幸せになろうね。」

カカシに再び抱きしめられて、イルカは愛しさに再び泣きそうになった。今度は思いっきり泣いてもいいだろうか。どうか、この慈しむべき瞬間がずっと続きますように。

「へっくしょいっ。」

イルカは鼻をずずっとすすった。

「あー、ごめんね、上半身裸なのすっかり忘れてた。外は吹雪いてるってのに、伴侶失格だねえ。」

カカシは床に落ちていたイルカの服を拾うとイルカに手渡した。

「でも、本当にいいんですか?俺、中忍の中でもごついほうだし、より男らしく生きてきたから最近じゃあ親父くさいなんてよく言われるようになっちまって。」

服を受け取って、イルカは自分の傷だらけの体を見た。里の内部にいたからと言って戦場に出たことがないわけではない。それなりにちゃんと任務もこなしているし、戦ったこともある。その時についた傷は男としての勲章ではあるが、いかんせん、こうなってしまった以上、カカシはやはりできるだけかわいらしい男を望むだろう。

「あー、そんなことは気にしなくていいよ。上半身裸のイルカを見ただけでちゃんと欲情できてるから。」

その言葉にイルカは笑みを浮かべるとものすごい速さで服を着込んでベストのジッパーを上げたのだった。
カカシが小さく舌打ちしたような気がしたのは気のせい、だと思いたい。

 

それから、カカシとイルカはカカシの選んだ庭付き一戸建ての家に共に住み始めた。結婚はできないが、火影に頼んで養子縁組の手続きをしてもらった。
ロマンチストだと自称したカカシは本当にロマンチストで、たぶんイルカがツバキとして生きていても絶対にしようとはしなかったであろう乙女チックなことを所望してきてたまに困るが、おおむね幸せだった。
慰霊碑の前で自分たちだけで共に生きていくと誓い合ったその日に二人は枕を共にした。
寝物語にイルカはそれまで話せなかった、何故男として生きていくことになったのか、そして生きていくためのけじめのために自分で付けた顔の傷について話した。
カカシはそれらを黙って聞いていたが、傷のことを話し終えると、静かに怒りを露にして、二度とそんな真似はしないでほしいとイルカの髪をすきながら懇願した。

「一歩間違えば失明していたかもしれない。俺のことで悩んで苦しんで付けたなら俺も同罪だけど、お願いだから自分の命を捨てるようなことしないで。イルカがいなくなったら、俺はきっとイルカの後を追うから。」

イルカはカカシに撫でられながらまどろみの淵で頷いた。

「あなたと共に生きると決めたから、あぶない真似はしません。」

「本当かなあ?イルカは小さい時からおてんばでなかなか人の言うこと聞かないからなあ。」

「俺はもうしっかりとした大人ですよ、だい、じょう、ぶ、」

イルカはむにゃむにゃと言って寝入ってしまった。
その寝顔を見ながらカカシは仕方ないなあ、とシーツをかぶって自分も眠りに着いたのだった。
が、自分の担当クラスの生徒が持ち出した禁術の巻物の事件で、裏切り者の同僚に風魔手裏剣を投げられ背中で受け、九死に一生を得るのはこの数ヵ月後の話である。

 

 

おわり

はいっ、と、言うわけでお疲れ様でしたっ!
なんて微妙な、本当にこれはBLなのかっ!?
またしても過去話が話の半分とかちょっと考えられない不思議な作風になってしまっておおお、まあ、いっか(マテマテ
ちなみに最初、イルカの少女時代(ぁ)の名前はシャチでしたがちょっとあんまりかな、と思ってツバキにしました(笑
ツバキは普通、漢字で「椿」と書きますが、「海石榴」と書いてツバキとは読むと書かれてあって海つながりで縁起がいいと思ってつけましだかそんなエピソードはまったく生かされることなく終わりましたとか自分、もっと考えようやと思った次第にてございますorz
地元に雪が降ったから雪の話しです単純ですわかりやすいですつまり単細胞です☆
もう少し2人以外の人間を使ってみませんかと頭の中で誰かが囁いています。
あまり二人だけの世界だと世界が小さくなってしまうとかなんかまじめに語ってしまいました待て以下次号(いつの話だよ
ここまで読んでくださってありがとうございました〜♪