そして数ヶ月後、イルカは夫婦の前に立っていた。奥さんは涙が流れ、止まることがなく、その肩を抱くようにして旦那がイルカに向かって頭を下げた。そして、彼らはイルカの家を後にした。その後ろ姿を見送るイルカ、そしてその横に立つカカシ。

「お疲れ様です、イルカさん。」

カカシの言葉にイルカは少し泣きそうになって歪ませていた顔に笑みを浮かばせた。

 

里に帰ってきたイルカは早速あの鈴を使って他の二つの声も持ち主に返すことにした。
男の子の声は薄い半透明な空気となってどこかへ行ってしまったが、女の子の声は出てくる気配がなかった。
最初はやり方を間違えたかな?と思って何度も繰り返し鈴を鳴らしていたイルカだったが、どうにも出てくる気配もなく、ボタンを押せば再び声が聞こえてきた。
イルカは仕方なくそのおもちゃを持ち歩いてその声の主を捜すことにした。木の葉にいる者ではないかもしれないし、昔のものだったら人は覚えていないかもしれない。それにイルカとて毎日仕事があるので探す時間は限られている。
だが今も、少し前のカカシのように声が出ずに困っているかと思うとどうにもイルカは居ても立ってもいられないのだった。そしてそんな状況が続いて数ヶ月が過ぎた頃、イルカは何故だか再びあの老婆と出会うことになった。しかも老婆の方からイルカに会いに来たのである。
アカデミーの校庭の端で座っていたどこなく見覚えのある老婆を見つけたイルカはもしやと思って近づいてみれば彼女だったのだった。
老婆曰く、言い忘れていたことがあったらしい。

「お前さんのように声を戻したいと言ってきた人間は初めてだったからねえ、すっかりそのことを忘れていたんだよ。戻らない声があるってことをね。」

ビンゴ、今一番知りたかったことである。

「その顔、戻らない声があったんだね。」

「ええ、どうやってもダメで、この声なんだけど。」

イルカは持ち歩いていた箱を取りだした。そしてボタンを押して少女の声を流す。

「なるほどねえ。この声の主は死んでいるよ。」

「え、死んでる?それって、」

「言っておくけど、声を奪ったら死ぬなんてことはないよ。わたしだってそこまで非道じゃないさ。だが、この子は死んだ。それが事実さ。名前までは覚えていないが、確かこの子の両親が自分は木の葉の住人だと言っていたよ。半年ほど前に取引したからそんなに時間も経っていない。わたしが知っているのはそこまでさ。あんたのことだからきっと何か気になっていると思ってわたしまでおせっかい心が身に付いちまったよ。」

老婆はそう言って微かに笑って立ち上がった。そして今度こそ、もう会うことはないよ、と言い置いて去っていった。イルカはその後ろ姿を見て頭を下げた。
そして木の葉で最近、もしくは半年以内に亡くなった少女がいないかを探し回った。そしてとうとう、その家を見つけた。最近病気で娘を亡くしたらしい。イルカは最初、その両親にすぐに会いに行こうとしたが、カカシに止められた。

「イルカさん、悲しい考えですが、両親が揃っていた時に取引で娘の声を差し出す親ですよ。もしかしたら両親はさほど娘を愛していなかったかもしれません。それにもしも愛していたとして、親という親が全員、死んでしまった娘の声を再び聞きたいと思うでしょうか?余計に悲しみが募って苦しくはなる人もいるかもしれない。それにこんな不思議な話を信じるかどうも分からない。」

「でも、この声があるってことだけでも知らせたいんです。」

「ではひとまず手紙を出しましょう。それでこの話しを信じて来るか来ないかはその両親次第です。」

カカシの言葉にイルカは渋々納得して手紙を送った。確かにカカシの言うとおりでもあるのだ。

そして数週間後、イルカの家の元に喪服を着た夫婦がやってきた。その時はカカシが来ていたが、イルカは夫婦を居間に通した。そして箱を彼らの前に置いた。

「これが、手紙に書いた箱です。」

イルカは青いボタンを押しながらこんにちは、と声を入れた。そして赤いボタンを押す。

『こんにちは』

小さなかわいらしい声が聞こえてきた。それを聞いて奥さんがわっと泣き出した。旦那さんの方も顔を歪めてなんとも言えない顔をしている。

「これは、あの老婆にもらいました。困っていたところを助けたお礼と言って。」

イルカの言葉に旦那さんはなるほど、理解したのか頷いた。

「私たちは、声楽を生業として生きている者です。興行の地へ行くために砂漠を旅していましたが、水がなくなり、途方に暮れていた所であの老婆に出会ったのです。最初は私が自分の声を差し出すと言いましたが、妻がそれを止めました。その時の興行は私の声が主役として扱ってもらうものだったので。そして妻が自分の声をと差しだそうとしましたが、妻もまた声楽を生業としている身です。どれほどの苦痛であるかは痛いほどわかりました。それを感じていたのでしょう、娘が言い出したのです。自分はまだ声を使って仕事をしているわけでもない。お父さんとお母さんの声が好きだから自分の声をあげる、と。私も妻も反対しました。ですがこのままでは一家全員が死ぬことになります。暑さで朦朧として、何が正しくて、何が正しくないのかもよく分からなくなっていました。そして、私たちは、娘の声を、」

旦那さんは口を噤んだ。どれほどの後悔が自分を襲ったことだろう。それは隣で未だ涙を止められない奥さんを見ても分かることだった。

「あなたの手紙を読んだとき、にわかには信じられませんでしたが、それでも娘の声が再び聞けるのならばと、決心して今日やってきた次第です。心構えをしていたつもりでしたが、妻にはまだ心の整理はできていなかったようです。お見苦しいところをすみません。」

「いえ、それでどうされますか?この声を持って帰られますか?」

イルカの言葉に旦那さんは力強く頷いた。
イルカは手に持っていた箱を手渡した。旦那さんはその箱を受け取ると、赤いボタンを押した。中からはかわいらしい女の子の声が流れてくる。
旦那さんがイルカに向かって深く頭を下げた。そして奥さんを促して立ち上がらせるとイルカに向かって何度も頭を下げて、そして帰っていった。

 

カカシがイルカの肩を抱き寄せた。言葉がなくとも、こうして体をくっつけているだけでこんなにも心を癒してくれる。包み込んでくれる空気はこんなにも雄弁にイルカに向かっていたわってくれている。それがこんなにも嬉しい。

「さ、お茶でも煎れましょう。」

耳元で囁かれたカカシの言葉に、イルカは微笑んで頷いたのだった。

 

 

おわり

はいっ、と、言うわけでお疲れ様でした!!
あああ、なんか、なんか暗いのが続いてますね、どうしたんですかね弾けるカカイル魂はっ!!
こう、なんでしょう、男くさいイルカを書きたいのに書ききれなかった感がひしひしと伝わってきます。
なんででしょう、あれですか、アンジェラアキがBGMだからでしょうか。今度はサンボマスターをBGMにするべきでしょうか!?
本当はもっとあの暗部の後輩をいやな奴にしたかったんですがそれも出し切れませんでしたね〜、ほら、あんまりやりすぎるとイルカ先生が可哀相だしねっ!!
つまり何が書きたかったと言えば、井上ボイスはやっぱいいねっ!!ってことですね、うん。