−その訳は−





「本当にいいのか?」

アスマは目の前の男に最終通告をした。だが、ここまできた以上、この男は行くだろう。まったくめんどくせえ。

 

新たに里の者が4名、里抜けをした。先日アカデミーを襲った抜け忍に関わりのある者たちばかりだった。
すぐさまこの4名の討伐隊が新たに結成された。
敵の目的は最初の抜け忍たちと同様、木の葉の優秀なアカデミーの生徒の拉致。
事の重大さから火影は4部隊投入を表明。内、上忍8名、中忍8名、総勢16名での討伐隊だった。

討伐隊と言っても実質は追い忍。やはりあまり好かれない任務だけあって、選ばれた者は逆らえないと解っていても少々ナーバスになっている者がほとんどだった。
今回の隊長もアスマだった。めんどくさいことになったとは言いつつも、この任務が終われば煩わしかった里内の諜報活動ともおさらばなのだ。気を引き締めていかないと。
が、討伐隊の人員が決定した時、アスマはアカデミー教師であるイルカがこの討伐隊に参加していることを知ってさすがにうろたえた。
教師が追い忍!しかもあのイルカ!?どういうことだと人員が発表になった即日にイルカの家に行けば、嫌がっているかと思っていたイルカはあっさりと任務を承諾している。

「お前、追い忍なんだぞ?任務の中でも確実に後味の悪くなる任務だ。それにアカデミーの生徒はどうすんだ?」

「アカデミーの方は同僚にまかせます。それに、実はこの任務は俺、志願して参加させてもらってるんです。」

アスマは眩暈がした。志願!志願だって!!つい一ヶ月前にもそんなこと言ってた写輪眼野郎がいたことを思い出した。こいつらもしかして似たもの同士なのか?

「なんで急にそんなこと志願すんだよ。」

そんなことを言いつつも、アスマはなんとなく解っていた。

「カカシ、か?」

途端、今まで薄く笑っていたイルカの顔が強ばった。
五代目の治療を受けた今でも昏睡状態の続いている男にアスマは思いを馳せる。

「あれはお前のせいじゃねえよ。責任を感じる必要はねえ。」

「いえ、責任とかそういう問題じゃないんです。」

「ならどういう、」

イルカは笑みを浮かべた。その笑みにアスマはため息を吐いた。
この男は何を言ったところで引くことはしないだろう。
柔和な笑みを浮かべる一方で、一本、芯の入った強固な意志を持っていることも知っている。

「解った。だが任務は任務だ。くれぐれも私情ははさむなよ。」

「はい。」

イルカはアスマの顔を見ずに返事をした。

 


そして討伐隊が出発して数日。
当初、雨のせいで敵の逃走ルートがつかめなくなったかと思われていたが、カカシの決死の攻撃によって流れたリュウサの血は、優秀な忍犬たちによって追跡可能のものだった。
あの後、すぐに止んだ雨のおかげでもあった。

ターゲットは4名、最初の抜け忍の弟と、母親、恋人の女、そして上忍のナタネ。
特に恋人であったリュウサなどは、里の者に紛れて普通の生活を数年も続けていた程の者だ。
状況が悪かったとは言え、あのカカシでさえも傷を負わせるだけで手一杯だった忍びだ。
一人に対して四名の追跡者ともなればこちらが有利のようでもあるが、油断は禁物だった。

アスマは慎重に追跡していった。
だが時間がかかりすぎてしまえば敵はどこかに身を潜めてしまう。
街に潜り込まれたら探すのはもっと苦労する。移動しているこの数日が勝負だった。

そして追跡を開始して数日後、やっとそれらしい人物たちの足跡が肉眼で確認できた。
今までは追跡と言ってもそれらしい足跡も見つけられず、忍犬たちの鼻を頼りに追跡していたのだが、その形跡が残っているということは、敵の近くまでやって来れたということだ。

もう少しで気配がつかめるかもしれないのだ。
討伐隊はスピードを上げて追跡をする。そしてとうとう目当てであろう抜け忍たちの気配を感じると、アスマは忍犬たちに追わせて、一旦作戦会議をそれぞれの班のリーダーに伝達した。

「力量は弟のセンジが中忍クラス、母親のコザメも中忍クラスだな。リュウサは上忍クラスだがもしかしたら暗部クラスかもしれん。ナタネは知っての通り上忍クラスだ。今から班構成を変える。センジ追跡班は上忍1名に中忍3名、コザメ追跡班も上忍1名に中忍3名だ。リュウサは上忍3名に中忍1名、そしてナタネも上忍3名に中忍1名だ。これで行く。特にリュウサについては力量がいささか不鮮明だ、俺が入る。以上だ。」

アスマの班にいたイルカはアスマをじっと見つめている。アスマはその視線を無視したい気持ちに駆られたが、そんなわけにもいかず、ため息を吐きながらも言った。

「それと、リュウサ追跡班の中忍は海野中忍に決定だ。おらおら、お前らさっさとどの班に行くか決めろ、時間ねえぞっ。」

だから私情は挟むなと言ったのに、とアスマはげんなりとしたが、強引に置いてこなかった自分も悪い。
それに上忍同士の戦いとなるだろう。中忍であるイルカの出番はあまりないと思われた。

それからすぐに班の再構成が終了し、忍犬たちの追跡の後を追って今まで以上にスピードを上げる。
自分たちの追跡は相手にももうばれているだろう。誤魔化しっこなしだ。
それから逃走ルートが別れることのなく、抜け忍たちの姿がとうとう肉眼で確認できる所まで追いついた。

まずは敵を分散させてそれぞれの追跡班に託さねばならない。
それぞれが目当ての標的に襲いかかって連係プレーができないように攻撃を仕掛け、攻撃を避けながらもお互いの距離を開けていく。ここまではますまずの出だしだ。
アスマ率いる追跡班もリュウサ一人を引き離すように攻撃していく。
リュウサはすっかりくの一の恰好をしていた。降ろしていた髪もひっつめて縛っている。弱々しい印象などまるでない。気の強さがありありと伺える。

「あら、海野さんじゃない。お久しぶりですね。」

追跡班の中にイルカを見つけると、途端にリュウサは親しげに話し出した。
口調は柔らかいが顔は冷笑を浮かべている。

「あの男はもうくたばりました?実はあのクナイ全てに毒が塗り込んであったんでどんな風に苦しんで死んでいったのかいささか興味があって。教えてくださらない?」

リュウサはそう言ってけらけらと笑った。
イルカは目の前を跳躍していく仲間の上忍の後について行っている。その顔に表情はない。
少し開けた場所でリュウサは立ち止まった。

「さあさ、やりましょう。ずっと逃げていたばかりだったから飽きていた所だったんです。子どもの拉致も失敗しちゃったし、あなたたちを思う存分に殺したって罰は当たらないわよね?」

リュウサはそう言ってクナイを手に持った。

「随分とおしゃべりだな、どっちにしろお前は今からお仕置きだ。」

アスマは愛用のアイアンナックルを手にした。他の木の葉の忍びたちも戦闘態勢に入る。
リュウサは先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けてきた。カカシと対戦した時とはまったく違う。
小柄な身体の動きは俊敏で、上忍ですらなかなか捕らえることが出来ないようだ。
やはり暗部クラスのようだ。イルカ以外の上忍3人を相手にしてすら余裕が見える。
腕を怪我しているはずなのに、印を結んでさえおらず忍術ですら発動していないというのに焦りは追跡班に出てくる。

イルカはじっとその戦闘を見ていたが、隙あらばと手裏剣を投げて注意を引きつける。
リュウサはそんなイルカににっこりと微笑むと、目にも止まらぬ早さでクナイをイルカに向かって投げつけた。
イルカは逃げることも出来ずに、クナイを足に受けた。
すぐにしびれが広がっていったのか、身体を痙攣させていく。

「なんで中忍なんか連れてきたんです?足手まといなだけなのに、私も見くびられたものですね。」

イルカの様子を見て満足そうに言ったリュウサはアスマに向かって切りかかっていく。 
イルカの半端でない毒の効果に、そのクナイに触れたらイチコロだという意識が高まってうまいように接近できずに攻撃ができない。

アスマを援護していた他の上忍が襲いかかるが、リュウサは手刀によってあっという間に気絶させた。

「殺すのはいつでもできるので今はあなた一人に絞ります。」

わざわざ解説してくれる嫌味な相手にアスマは不敵に笑った。

「けっ、お前はなあ、甘すぎんだよ。」

「そうですか?そんなこと敵に言われたの初めてです。さて、どうやって殺しましょう?あの写輪眼と同じようにクナイで針山のように突き刺してあげればいいですか?」

舌なめずりをして笑うくの一に、アスマは鼻で笑って応えた。

「その必要はなあ、ねえんだよ。」

クナイを振り上げたリュウサの背中にドスっと何かが刺さった。
なに?と後ろを振り返るまでにもドスドスと連続して身体に刃物が刺さっていく。
リュウサの背後に、イルカが立っていた。

「ばか、な、あの毒で倒れぬ者など、」

「ここにいるでしょう。」

イルカは持っていたクナイをなおも投げ続ける。
避けようとするリュウサは、だが先ほどまで対峙していたアスマの存在を一瞬忘れていたために、あっさりとアスマに拘束されてしまった。持っていた手のクナイは手刀で打ち落とされている。

「これでも教師です。的を外すことはしません。」

「そいつは結構だなあ、」

アスマが言うとイルカはクナイをまた投げ続ける。
それは胴体と言わず、腕、足、そして顔にまで突き刺さる。

叫ぶリュウサ、それを冷静な目で見ているイルカ。
クナイで見えるところは全て覆い尽くしてしまったイルカに、アスマはさすがに制止の言葉を吐いた。

「もういいだろう、死んでる。」

拘束していたアスマが言うのだ、死んだのだろう。
アスマはクナイの山となったリュウサを放り投げた。

「随分と残酷なことするんだな、イルカ先生。」

気を失っている木の葉の仲間を起こしていくアスマに、手にも取っていたクナイをしまっていたイルカは肯定するでも否定するでもなく、微笑んだ。

「少し、カカシ先生の気持ちが分かりましたから。」

起きていく木の葉の上忍たちに拳骨をお見舞いしながらもアスマはもう一つ気になっていたことを聞いた。

「イルカは元々毒の効かない身体なのか?」

「実は五代目に解毒薬を作ってもらっていたんです。時間がなくて1つしか作れなかったと言って俺に託してくれました。中忍の俺なら油断もするだろうし、伏兵として役に立つだろうと。」

五代目かよっ。アスマは脱力した。ま、でもそのおかげで助かったわけだ。
少々恐ろしいものも見たが、夢に見るほどのものでもない。

アスマに起こされた上忍二人は、クナイの山になっているリュウサを見て怪訝そうな顔をアスマに向けた。
俺じゃないっつの、と言いたいのを堪えて、アスマは二人にリュウサの消却処理を申し渡した。

その後、アスマ達は他の班とも合流し、抜け忍、その他の討伐は各々成功したとの報告を受けた。
怪我人は少々でたものの、死人は出さず、討伐はおおむね良しという結果に終わった。

あとは里に帰るだけだったが、今まで全力疾走していただけあって討伐隊は疲れていた。
その夜は野宿をし、翌朝に帰還するという方向になった。

皆が寝静まったのを確認してイルカはそっとテントを抜け出した。

「まてまてまて、隊長に隠れてどこ行くんだ?」

暗闇の中、まったく気配のしなかった木の裏側からの声にイルカは動きを止めた。

「トイレに、」

木の裏側から声の主がひょっこりと出てきた。空は曇っていて月明かりも届かずよくは見えないが、アスマに違いなかった。

「トイレか、荷物背負ってか?」

イルカの背中にはしっかりと荷物があり、どう見たところで今から出発する姿だった。
イルカは口ごもった。

「おいおい、そんなんじゃアカデミーの生徒に笑われるぜ。」

言われてイルカは俯いてしまった。
確かに自分は今、隊の統制を乱す行為をしようとしている。
一人勝手に里に帰ろうなどと、許されることではない。

「まあ、気持ちも解るが、あと2.3日もすりゃあ里に帰れんだ。少しは我慢しろよ。」

イルカはばっ、と顔を上げた。

「その間にカカシ先生が万が一にも死んでしまったらどうするんですか?俺は、助けられるだけ助けてもらって、一度だって感謝の気持ちも、何も伝えていないのにっ。」

アスマはぽりぽりと頭を掻いた。

「これは、黙っておこうかと思ったんだが、」

今度はアスマが口をもごもごとさせて言い淀んでいる。だがため息を吐くと諦めた口調で言った。

「さっき五代目から式がきた。討伐が成功した旨を知らせるために式を送って、その返事だったんだが、」

アスマは一旦言葉を切った。五代目、という言葉にイルカの身体が強ばったのが解った。
これから言われる事柄がカカシに関係しているものだと悟ったのだろう。

「目ぇ、覚ましたってよ。」

イルカは脱力してその場にへたり込んでしまった。
堪えられなくなったのか、うずくまって嗚咽をかみ殺している。

かける言葉もなくてアスマはその場から立ち去った。一人にしてやった方がいいだろう。
目を覚ましたカカシ自らがイルカに式で知らせてくれるなと言ったらしいので言わずにおいてやろうと思ったが、一人で帰ろうとするのを引き留めるためには仕方ない、よな?
まあ、直接会って自分の口でもう大丈夫だと言いたかったんだろうがな。
ふと見上げると雲の隙間から月が見え隠れしていた。朧月夜ってやつだな。
アスマは任務で禁煙していた煙草に火を付けた。そして紫煙を吐き出した。

「まったく、めんどくせえ奴らだぜ。」

 

 

里に帰ってイルカは荷物も置かずにカカシのいる病院へと向かった。
任務であちこち泥がついていたりぼろぼろだったりしていたが、そんなものは構わなかった。
一刻も早くカカシに会いたかった。

カカシの病室の前まで来るとイルカは深呼吸した。そして戸をノックした。
中からはい、と声がしてイルカが中に入る。

ベッドの上で上半身を起こしたカカシがいた。ああ、生きている。本当だ、良かった。
イルカは泣きそうになりながらもぐっと堪えた。

「あの、身体の方は、」

「ええ、外傷がひどいとばかり思っていたら毒の方がやばかったらしいですね。まさか全てのクナイに毒が仕込んであるとは思いもしませんでしたよ。それよりもイルカ先生の方こそ任務お疲れ様でした。五代目からアスマの式の報告を聞きましたよ、あの女をあなたが倒したんですってね。聞けば暗部クラスのくの一だったとか。イルカ先生も無茶というか、命知らずと言うか、」

イルカは微笑んだ。

「恋は人を狂わせるそうですから。」

カカシは目を見開いた。額宛てをしていないために両目が見えている。イルカにその色違いの目をまっすぐに向けている。
イルカは荷物を降ろしてベッドの側にあった椅子に座った。

「人のことをどうだとか言う資格、俺にはなかった。」

カカシはなんのことかと首を傾げた。

「俺はカカシ先生よりもむごい方法で殺したんです。人としての尊厳だとか、苦しめないようにだとか、そんなのきれい事でしかなかった。俺はあの女にクナイを突き刺していた間、ひどく満ち足りていました。これでカカシ先生の痛みが少しは理解できただろう?と。クナイで身体が見えなくなるまで突き刺して、アスマ先生に制止の言葉をかけられて、やっと俺は自分を止めることが出来ました。」

イルカはそっとカカシの手を取った。

「あなたの気持ちが、少し解りました。」

カカシはイルカの手をつかみ返すとそのまま自分の口に寄せた。口当てもしていないので、カカシの口の感触が直にイルカの手に伝わった。

「じゃあ、俺が今から言う言葉も、否定しないでくださいね。」

カカシの言葉にイルカは頷く。

「俺のために殺してくれてありかどうごさいました。この手で殺してくれたんでしょう?俺を思って。嬉しいです。」

イルカは慈しみを込めた眼差しでカカシを見ている。教師である自分は、人として道徳を教える立場の自分だったならば、こんな時、カカシの言葉に嫌悪を示したであろう。だが、今、この時の自分は確かに満足していた。カカシの言葉に素直に微笑むことができた。

「あなたが好きですから、当然です。」

言ったイルカにカカシは笑みを浮かべて目を細めた。そしてイルカの胸にそっと手を置いた。

「手に入れた。」

「なにをですか?」

「欲しいと思った人の心です。覚悟してください。人の心が本気で欲しいなんて思ったのはあなたが初めてなんですから。」

「それは光栄ですね。俺も随分と嫉妬深い人間なんですよ。」

「そうなんですか、イルカ先生はなんでも許してくれそうな人間かと勝手に想像してましたよ。」

「とんでもない。俺はそんな聖人君子じゃないですよ。人も殺すし、嫉妬もします。まずは、今度からおしろいの匂いがしたら許しませんから。」

あの時の事を覚えていたらしい。アンコの言うとおりだったな、浮気をした夫に詰め寄る妻のような。

カカシはくすりと笑った。

「女なんか抱いてませんよ。イルカ先生は抜け忍討伐隊の一員になりましたから話しますが、色街に通っていたのは任務のためです。抜け忍の情報収集をするためでした。なんだったらアスマに聞いてもらってもいいですよ?指示したのはアスマですから。」

イルカは聞いた途端、顔を真っ赤にした。そんなこと、考えもしなかった。任務のためだったなどと。

「はは、誤解がこれで一つ解けましたね。」

カカシはしてやったりと笑っている。イルカは苦笑してカカシに軽くキスをした。

突然のことに少し呆然としていたカカシに、

「これでチャラですよ。」

とイルカが言えば、カカシは満足そうに見上げてにやりと笑った。

「いいでしょう、許します。」

 

おわり

 



お互いに敵討ちしてます話になりました。
カカシ先生微妙に壊れてますが改めて読んでみたら結構まともだったことに気が付きました。
なかなか狂気めいた話しは難しいですね〜。