−3分前−




9月15日

今日は誕生日です、俺のね。別に感慨深いものがあるわけじゃないけど、やっぱりそれはそれ、イベントってのは大切でしょ。
コミュニケーションっていうの?やっぱり気持ちっていうのは言葉にしないと伝えられないものだってあるわけで。
今日の任務も早々に、俺は早速想い人の元へと向かった。

海野イルカ。俺この人が好きなんだよねぇ、どこがいいっていうのはちょっと口では形容しがたいんだけどさ、
もう全部、全部ね、好きなとこ、言葉でなんて言い表せないっての!

で、やっぱり好きな人には『おめでとうございます!!』って笑顔で言われたいじゃない?これは一般的な思考でしょ?

イルカ先生は花壇の整備をしていた。うーん、一生懸命雑用している姿もお素敵です、輝いてるよ、星が飛んでるよ。

「イルカせーんせっ、」

俺はイルカ先生の真後ろに立った。イルカ先生はこちらに見向きもしないでせっせと花壇の雑草を抜いている。
えーと、聞こえてるはずだよね。だってさっきアカデミーの生徒に呼ばれて顔上げてたし。

「イルカ先生、あの、」

「なんですか?ちょっと今忙しいんですよ。用があるなら手短にお願いします。」

顔をちょっとだけこちらに向けたけれども、作業を中断することなく邪険に聞いてくる。
ああ、もうちょっと話を聞いてくれたっていいじゃないの、ねえ。

俺は簡潔に述べることにした。

「今日、俺の誕生日なんですよ。」

「はぁ、」

「ぶっちゃけなんか下さいよ。言葉だけでもなんでもいいです。ね、イルカせんせっ。」

イルカ先生はふぅ、とため息を吐いて立ち上がると、こちらに振り返って、手に持っていた花を差し出した。

「これあげます。」

イルカ先生は3本の花を差し出した。その花は花びらも芯も見事なほどに、まっ茶色だった。
これだけ花らしくない色をしている花も珍しいのではないかと思えるほどだった。

「えっと、これは、」

「いらないんなら捨てます。」

「いえいえいえいえいえ、とんっでもない。ありがとうございます〜。うれしいなぁ。」

なんだか寄せ集めであまりプレゼントって感じのしないプレゼントだけど、でもイルカ先生がくれたんだもの、大切にしよう。
バレンタインのときなんてチョコの一つももらえなかったんだし、それから見れば大きな進歩だよ、これは。

俺はにこにこと笑ってその花をもらった。葉の形と茎の形状と花弁の形を見る限り、コスモスの一種なのかな?とは思うけれど。
ふと、イルカ先生を見ると、先生は眉間に皺を寄せていた。
あ、そうだよね、仕事の邪魔をして挙句に何かくれ、なんて、ちょっと図々しかったよね。今はこれで退散しようかな。

「えっと、イルカ先生は今日の予定とかは、」

「今日はずっとアカデミーにいます。午後からは受付です。時間が空くのは夜の11時過ぎです。」

あちゃあ、そっか。今日は一日ずっとお仕事なのかあ。二人っきりでお祝い、なんてできないよね、やっぱ。

「えっと、それじゃあお仕事がんばってくださいね。あの、お花ありがとうございました。」

俺はそう言って立ち去った。イルカ先生、やっぱり俺の誕生日、忘れてたのかなあ。
バレンタインの時、何もくれなくてあんまり悔しかったものだから誕生日は9月15日ですからねっ、忘れないでくださいねっ、
と念を押して言ったつもりだったけど、忘れちゃったんだよねえ。

だめだだめだ、何暗くなってんだよ。こんなことで挫けてなるものかってんだ。

実は、イルカ先生とはまだ恋人とかそういう関係じゃない。俺が一方的に好きです、好きですって毎日言ってるだけ。
イルカ先生はそんな俺に振り回されて、最初はいちいち反抗してきたけど、今では何も言わなくなった。
それでも嫌悪して拒絶されることはなかったからまだ見込みはあるっ!!と思って今までやってきたけど、
今日と言う今日はなんだかちょっとナーバスになりそうだった。

手に持っていた茶色の花は風に揺れている。

「それにしても見事な茶色だねえ。雑草なのかな、まあ、雑草だから花壇から引っこ抜いたんだと思うけど。」

そういえばイルカ先生の整備していた花壇には色とりどりのコスモスが咲いていたな。
そっちのコスモスでもよさそうなものなのに、俺には雑草かあ。とーほほー。

今日はもう任務も終わったし、特別な任務も入ってないし、後は家に帰るだけなのだが、
どうにも気分が晴れなくて川の土手に座ってぼんやりとしていた。

イルカ先生、俺のことどう思ってるのかなあ。やっぱりうざい奴、とか思ってるのかなあ。
そ、そんなことないよね。でも、なんか他の人に対する時より口調がとげとげしいっていうか、
あ、でもそれは俺がしつこく好きだとかほざいてるからか。なんか墓穴掘ってるのかな、俺。

はぁ、とため息をついていると、土手の道沿いに誰かがやってくるのが見えてきた。
サクラといのだった。お互い気に食わないといつも言ってるくせに、
こうやって一緒に出かけたりするんだから結局は仲がいいんだよな。

二人は俺に気が付くと、こちらにやってきた。

「カカシ先生、なにやってるんですか、こんなところで。お昼寝?」

いのが聞いてきた。お昼寝って、もう夕方に近いのに昼寝もなにも、なあ。

「ちょーっと考え事。お前らは買い物でもしてきたわけ?」

二人の手には買い物袋が提げてあった。

「そ、今日は珍しく任務が早く終わったもんだからいのと買い物してたのよ。」

サクラがにこにこと笑って言った。うっ、何か棘を含んだ言い方だな、おい。

「あら、カカシ先生、花なんか持っちゃって、誰かにあげるの?」

花屋だけあっていのがさっそく俺の持っていた花を指差した。目聡いねえ。

「ちがーうよ。これは貰ったの、大切な人からね。」

二人は顔を見合わせてきょとんとしている。なによ、俺にだって惚れてる人はいるのよ。その態度はないんじゃない?
ちょっと憮然としていると、いのは俺の持っていた花が気になったのか、見せてくれとせがんだ。
そんなに珍しい花でもあるまいし、と俺は一本だけいのに渡した。
いのは花を眺めたり匂いを嗅いだりしていたが、納得がいくと自分で頷いて見せた。

「やっぱりねえ、これってチョコレートコスモスだわ。」

聞いたことのない名前だった。そんな名前の花があるのか?

「え、色が茶色だからチョコレートコスモスなの?」

サクラが思ったままを言ったが、いのはバカにしたようにふふん、と言って腰に手を当てた。
これは説明する気だな。まあ、俺もどんな花なのか興味がとてもあるのでおとなしく聞くことにした。

「この花はね、見た目の茶色もさることながら、なんと言っても香りがチョコレートなのよ。」

えっ、嘘っ、とサクラはいのの持っていた花をぶんどってくんくんと鼻を近づけた。

「ほんとだ、チョコレートみたいな甘いにおいがする。どっちかって言うとバニラみたいな感じかな。」

俺はあわてて自分の持っていた花の香りを嗅いだ。確かにチョコレートみたいな香りがする。
まんま市販されているチョコレートの匂いとまではいかないけれど、確かに独特のほろ苦いような甘い匂いがする。
そんなにきつい匂いではないので、花に直接鼻をくっつけないとわからなかった。

ただの雑草かと思ってたけど、意外な花だったんだなあ。

「でもおかしいわね、この花って木の葉の里じゃあんまり見かけない花なのよね、最近の卸市場でも見たことがないし。」

「いのは花の卸市場にも行ってるのか?」

「ええ、父さんは任務でいない場合が多いし、朝稽古の帰りに寄るついでにね。だから今、木の葉の里にある花は大体把握してるのよ。」

いのは自慢げに言った。店屋の子どもなだけはあるってことか。

「木の葉の里って結構派手好きだから花も原色系がよく売れるのよ。
パステル系統の色も淡い色合いもそれなりに売れるけど、こういったちょっと暗めな感じなのは売れないのよねえ。
ま、それでも香りがチョコレートだし、おもしろいって言うんで育てている愛好家は年々増えているみたいだけど。」

「ふーん、それじゃあカカシ先生の自称大切な人はこの花を育ててたってこと?」

サクラがやっぱり少し棘のある言葉で言ったが、俺は否定した。

「いやー、自称大切な人はねえ、雑草除去の時に引っこ抜いたその花をくれたまでだよ。」

棘には棘を、と返したもののサクラにはあまり有効ではなかったらしく、返って自分で言った言葉に落ち込んだ。
だが隣にいたいのがまったをかけて俺に突っかかってきた。

「それはおかしいわ。さっきも言ったように、愛好家の間だけで栽培されているような品種だから適当に生えてくるようなものじゃないし、
風媒花じゃないわ。寒さに弱いし、他のコスモスよりもちょっと手がかかるし、雑草として生えてるなんておかしいわよ。」

いのが力説する。花屋の子どもだけあって、花のことには自信があるらしい。いのがここまで言うのならばいのの言うとおりなのだろう。
そしたらおかしいのはイルカ先生の行動ってことになるなあ。
あれ、まてよ?よくよく思い返してみればなんだか色々とおかしいことが出てきたぞ。

俺は立ち上がった。そしてサクラの持っていた花を奪い返した。

「悪いけど用事思い出したから、俺は行くよ。お前らも日が暮れる前に帰れよー。」

俺はそう言って足早に目的地へと向かった。












夜も更けて11時を過ぎた頃、イルカは肩をこきこき言わせながら自宅へと向かっていた。
今日も忙しかった。そして疲れた。
いつも以上に疲れたのは間違いなくある一人の人物のせいだと言うのは解っていたが、それも仕方ないかと大して怒りは覚えない。

ま、作戦は成功したことだし、もう自分のやるべきことはやった。
イルカは鼻歌を歌いながら自宅の鍵を手にドアを開けた。が、真後ろに気配がしてばっと振り返った。

そこにはカカシがいた。

「なんですかこんな夜更けに。」

イルカは少々驚いたものの、こういったことはもう日常茶飯事となっていたので、すぐに落ち着きを取り戻した。
カカシは頭をぽりぽりと掻いてイルカの目の前に立った。

「あの、今日なんですけど、花、ありがとうございました。」

「え、ああ、別に。それで何ですか?」

花の礼は渡したその場でもらっていたし、今更また言いに来たとは思えない。
イルカは他に何か言いに来たのかとカカシを見たが、カカシはイルカを優しく見ているだけだった。

いつも以上に不可思議な行動にイルカは思わず口を開いて言った。

「茶でも飲んでいきますか?」

聞くとカカシはしっぽがあれば間違いなく振り回しているだろうと思わせるほどはしゃいで飲みますっ!!と元気よく答えた。
イルカは少し笑った。そしてカカシを家に上げる、自分は台所へと向かった。

玉露なんていい茶があるわけでもないのでいつも自分が飲んでいる番茶を入れた。
そしてちゃぶ台の前で正座しているカカシの前に湯飲みを置いた。
自分はちゃぶ台を挟んでカカシの前に座って自分の湯飲みを手に取った。

しばらくお互い無言だった。ほんとに何しに来たんだよこの人、と、いい加減胡散臭く思い始めた時、カカシが口を開いた。

「あの、今日もらった花、」

「雑草で悪かったですね。だってあんたなんでもいいって言うから。」

カカシはだが嬉しそうに笑っている。なんだよその顔は。

「あれ、雑草じゃないんでしょ。チョコレートコスモスって言うんだって聞きました。」

ぶっ

俺は飲んでいた茶を吹き出した。
誰だ余計なこと吹き込んだ奴はっ!!
俺はごほごほとむせながら、どうしてカカシがこんな状態なのかやっと解った。
作戦は失敗だ。ばれてしまった。

「ばれてしまったものは仕方ありません。そうですよ、その花は俺が育てたものです。
あんたがバレンタインデーの時にあんまりしつこかったから仕方なく育てたんです。
もういいでしょ、これ以上は突っ込まないで下さい。」

顔は赤くなっていないだろうか。
赤くなっていたとしてもそれはむせたからであって、生理的なもので他意ないんだからと言い訳できる。

「俺、図書館でずっと調べてたんです。チョコレートコスモスの育て方とか種を蒔く時期だとか。
花は花屋で買えばすぐその場で手にはいるけど、育てていたらどうしても希望の日に咲かせるのは難しい。
イルカ先生、きっと種を蒔く時期をずらしたり、色々工夫して今日咲くように調節してたんでしょ。」

「そんなの幾通りか種蒔く時期をずらせば手間なんてかかりませんよ。あんたは大袈裟すぎます。」

「でも、俺、嬉しいんですよ。バレンタインの時のことちゃんと覚えていてくれて、俺の誕生日も覚えてくれていて。
それからずっとイルカ先生が今日、どんなこと考えながらあの花壇で待っていたのかなって、
そう思ったらどうしても会いたくなって。夜分に申し訳ないなあとは思ったんですけど、やっぱりお礼が言いたくて。」

この男は、どうしてここまで恥ずかしげもなく言えるのか、一度どんな頭の中身なのか見てやりたい。

「あの、イルカ先生、ありがとうございます。俺、本当に生まれてきてよかった。生きててよかった。ほんとに嬉しい、嬉しいです。」

ちょっ、ちょっと、なにこの人っ、泣き入ってきてるんですけど!?
普通、ここまで感動するか?ちょっと涙腺おかしいんじゃないのか?
大体自分は上忍で元暗部でエリートだってこと自覚してるのか?
本当に、どうしてこんな俺になんて構いたがるのか、まったくもって解らない。

「ああ、もう、降参ですよ、降参しますから泣きやんで下さいよ。俺がいじめてるみたいじゃないですか。」

泣きながらカカシ先生はにぱあっ、と笑った。
よくよく見ると額宛ても口布も取り外してあった。
ああ、だからこんなに表情がよく解るのか、
いつもは右目しか見えないから半分なに考えてるのか解らなくてどうしても硬くなってしまうけど、
表情が見えている今は少しだけ肩の力を抜いて話せるような気がした。

「俺ね、色々考えてたんです。」

「何をですか?」

もうどうにでもなれと開き直り、俺は戸棚から菓子入れに入ったせんべいを取り出してばりばりと頬張った。
何か食べていないとこそばゆくて堪えられなさそうだ。

「イルカ先生が今日、自分の家から育てたコスモスを持ってきて、
花壇の作業を自分から言い出して、俺が来るのをずっと待っていてくれて、
それでさりげなく、そうだとばれないように俺に育てた花を渡して。
イルカ先生、イルカ先生って、結構策士ですよね。」

だからその嬉しそうな顔をなんとかしろ、と言いたい気持ちを押し止めて別の言葉を紡ぐ。

「これでも中忍です。一個小隊を束ねるだけの頭は持っていないとまずいでしょう。
ま、今回はあっさりとばれましたがね。」

俺はすっかりぬるくなってしまった茶をすすった。
やばいなあ、ここまでしたら、もう俺の気持ちなんてばれてるかもなあ。
俺が本当はもう、あんたのこと好きになってるって。

最初は散々追いかけ回されて、マジ切れしたことだって数え切れなくて、
けど、いつの間にか必死なあんたが気になって、
最近じゃあ反抗する気もなくなってあんたの言葉を素直に聞いてる。
その言葉はなんだかこそばゆいけど嫌ではなくて。
ちっくしょう、なんだよこの乙女な心情はよ。
色黒だし、筋骨隆々で忍者らしい体つきしてるし、顔に傷だってあるし、
美しい、なんて言葉だけは絶対似合わない俺なのに、
こんな俺がいいって言ってるんだもんなあ、この写輪眼のカカシさんはよ。

俺はため息を吐いた。

「あ、あの、すみません、もう遅いですね、俺、退散した方がいいです、ね。」

寂しげに言うカカシ先生に俺はぷっと笑った。
俺の一挙一動にここまで右往左往する人もいないだろう。
仕方ない、観念してやるかぁ。

時計を見ると11時57分。まだ今日の時間は3分残っているな、よし。
俺はカカシ先生をじっと見つめた。
カカシ先生は急に雰囲気の変わった俺に背筋を伸ばしている。

「カカシ先生、お誕生日おめでとうございます。俺、あんたのことが好きですよ。」

その時のカカシ先生の顔は、しばらく忘れられそうにない。
まあ、兎にも角にもカカシ先生にとって少しはいいバースデーになったことだろう。
明日からの自分に一抹の不安はあったし、
俺の練った『そうとは知らせずにバレンタインのチョコレートとバースデーのプレゼントを渡す』作戦は失敗してしまったが、
それでも気持ちは晴れやかだった。

先ほどからまた泣き笑いを始めてしまったカカシ先生を横目に見つつ、俺は極上の笑みを浮かべた。






















後書き

わーい、カカイルで初めての話しがバースデーです。これでも結構必死でしたが意地で書き上げました。
ちゃんとチョコレートコスモスって実在するんですよ!?ローカルなラジオ番組で聞いたのが元ネタです...。
しかし会社の休憩時間にちょこちょこ書いたので真後ろに人が通るたびに冷や冷やしてました!!(仕事しろよ!)
しかし9月15日に間に合ってよかった(汗