−闇夜の燈火− 

意:切望していものに巡り逢うものの例え〈広辞苑より〉

 

“綱手……、あんただけは殺す気なかったのに…。”

この言葉に偽りはなかった。今までどんな汚い裏切りも殺しもやってきたけど、これだけは本当の言葉だった。

最初に会ったのはスリーマンセルを組んだ時。初顔合わせで猿飛先生に自来也とあんたに引き合わせられて、正直馬鹿馬鹿しいと思った。自分よりも遙か下にいる二人。劣る人間と一緒に行動した所で自分に百害あって一利無し。自分は上忍レベル、いや、火影になりえる人間。こんな奴らとつるむのは恥だとすら思った。だから猿飛先生にも正直苛々していた。自分の才能を知りながらも愚かな選択をする反面教師。

それからの日々は本当に退屈で、毎日毎日同じようなことの繰り返しでだらだらと任務をこなしていった。

それからしばらくして戦争が始まって、戦力保持のために取り急ぎ中忍となり、戦前に立つ事が多くなり、人の生き死にを間近で感じる生活が始まった。

昨日生きていた人間も今日は死んでいる。それは壮絶であると共に儚げで、美しい灯火を見ているようで何故か心地よかった。

猿飛先生とフォーマンセルを組んでの適地潜入の任に就いた時のこと、綱手が簡単なブービートラップに引っかかってしまい、態勢が崩れてしまった。しかも間の悪いことに自来也が状況もみずに綱手を助けようとしたものだから二重にトラップにひっかかり、余計に場が悪くなり、敵に進入を気付かれてしまった。仕方なく二人を助け、猿飛先生の元に戻った時にはもう後の祭りだった。

なんたる失態、なんたる恥辱。自分と猿飛先生だったらこんなへまなどしなかった。

任務が失敗に終わる云々ではなく、この二人に殺意すら覚えた。

案の定、それからすぐに敵に囲まれて身動きすらできない状態となってしまった。

「ごめん、」

気丈な綱手がか細い声でそう言ったのが聞こえた。

「なに、大したことじゃあない。これもまた経験、忍びの神と呼ばれたこのわしの術をよく見ているがいい。」

そう言って猿飛先生は見たこともない術、身震いすら覚えるほどのチャクラの質と量で、絶望的な状況を打破したのだった。

「ふぅ、こんなところじゃ。さ、お前達ここは一端引くぞ。同胞が殺されたことを知れば敵は守りを強固とするじゃろうから適地潜入は最早無理じゃ。」

その通りだ。だがもういい、猿飛先生の術も見られた、それだけでもまあ良しとしてやる。珍しく怒り心頭も引いた。

里に帰ってしばらく前戦の任務はやってこなかった。それどころか下忍に与えられるべきDランクの任務ばかりこなさねばならなくなった。この戦況の中、中忍以上の忍をDランクの任務しか与えないのはおかしいと流石に思ったが、よくよく考えてみればそれも道理のはずで、無様に失敗した前回の任務の結果を見ればDランクの任務担当にするのも頷けるというものだ。

また退屈でだらだらとした生活が始まるのかと思えば愚痴の一つでも言いたいものだったが、何故か失敗の引き金となった二人に嫌味を言う気分にはならなかった。

そんな日々が続いたある日、急ぎの用事ができてしまったからと猿飛先生は任務が終わるとすぐにどこかへ行ってしまい、仕方なく自分が任務の報告書を届けたのだが、思った以上に時間がかかってしまい、夜も更けた時刻になりやっと自宅への帰途急いでいると、自来也と綱手の声が演習場から聞こえてきた。

こんな時間にまだ修行しているのか、翌日に体の疲れが残らないよう休息を取ることも忍として重要なことだと気付かないのか、相変わらずの馬鹿たちだ。

報告に時間がかかったことでまたもや苛々としていたこともあり、ここは嫌味の一つでも言ってやろうかと演習場まで足を運ぶと、予想通り、そこでは二人がどろどろになって修行していた。

「少しは強くなったかな、あんたも私も、」

声をかけようとして、だが綱手が先に言葉を発して出て行くタイミングを失ってしまった。

「ああ、もうあんな足手まといはごめんだからな。俺だって悔しかったんだ。いつもいつも大蛇丸と猿飛先生に助けられて、同じ中忍なのにあいつには何一つ勝てやしない。だからせめてあいつの足手まといにならないよう、邪魔にならないよう、少しでも役に立てるように、強くならなくっちゃな。」

馬鹿は馬鹿なりに少しは考えていたらしい。

「だからって翌日の任務に支障が出るかもしれないほど体を痛めつけるのはどうかと思うけど。」

いきなり姿を現されて二人は心底驚いたのか、お互いに飛び退いた。

「ふふ、人を化け物見るみたいな目で見ないでくれる?」

そう言って背を向けると今度こそ家へと続く道を歩いていった。

家に帰ると誰もいない。両親も兄弟もいない。自分が一体どこの誰だったのかなんてのもわからない。そんな何も知らないままここまで生きてきた。ただ忍の才があるからと言うだけで生きながらえてきたようなものだった。

けど、何故だか今日はその一人しかいない部屋が普段より明るいような気がした。

翌日から、再び前戦での任務が与えられるようになった。どうやら猿飛先生の昨日の急ぎの用とはこれに関することだったらしい。再び前戦に赴いて足る人間かどうかを判断するためだろう。

それからの任務は、失敗することなく、実にスムーズに事が運ぶようになっていった。以前と比べると雲泥の差だった。

それから、少しずつ苛々する回数が減っていった。少しずつ、二人と会話するようになっていった。少しずつ、フォーマンセルの意味がわかってきたような気がした。

そして数年して上忍に昇格し、猿飛先生の元を離れて三人で行動をするようになっていった。

だが、戦争は激化の一途を辿っていった。






「ありえないな、断るっ!!」

その言葉の後に入った蹴りが自来也を宙高く放り投げ、100メートルは軽く吹っ飛んでいったのを見たのは、偶然のことだった。

「あんたも馬鹿ねぇ、」

吹っ飛ばされた自来也に向かって情け容赦なく言うと自来也はふんっと顔を逸らした。

「普段、片っ端から女を追いかけてるからいざって言う時に信用されないのよ。その性格が治らない限り綱手はあんたなんかに振り向いたりしないわよ。」

「そんなことはわかってるっちゅーのっ。」

吹っ飛ばされてぼろぼろになりながらも自来也は自力で立ち上がって行ってしまった。

でもね自来也、あんたは知らないだろうけど、ここにあんたよりも馬鹿な奴がいるのよ。

気付いたのはいつだったか、それはあの時の言葉が始まりだったかもしれない。

『ごめん、』

小さく呟いた、いつもは気丈な彼女のその言葉が何故か引っかかって、だから嫌味も言えなくて、でも誰にも聞けない、聞く人もいなかった。

決定的に自覚したのは、あの時だった。

たった一人の弟が死んだあの日。唯一、綱手の特別な人間。唯一、綱手が死んでも守りたいと願った人間。その弟が死んでしまった。

図らずも誕生日の翌日。

『お前あの首飾り弟にやったのか!?先代の形見でずっと大事にしてたって言ってたじゃねぇかよ。』

自来也のからかいも含んだ言葉が綱手に向けられると、綱手は相手にもせず笑って言った。

『うるさいね、あれは私のものなんだから誰にあげたっていいのよ。それに、誰にでもってわけじゃない。あたしの大切な人にあげるんだから後悔なんてしないよ。』

大切な人、その言葉は妙に胸をざわつかせた。実の弟なんだから、身内なんだから大切に思うのは当然のことだと。でもどうしてこんなに痛みが走るのだろう。

それは、醜い嫉妬だった。

弟が死んだ時、綱手には悪いけど少し喜びすら感じた。だが悲しみに震える綱手の顔を見て、これはおぞましい感情とも気が付いた。

嫉妬で人はここまで醜く、人を想うことでこんなにも身を裂かれる思いをしなくてはならないのか。思いが強すぎると、思われる相手は不幸になるかもしれない。自分の異常なまでの感情がそれを物語っていた。だから自来也のように告げるなぞできない、するつもりもない、ただ自分はあの子の側にいるだけ。

再びあの首飾りを人にやったと聞いたのはそれから数年してのことだった。

綱手は弟の一件から医療忍術の確立を掲げ、一人でも生存する小隊の構成を上層部に訴えていた。妹を戦地で亡くし、綱手の意志を尊重する若者がいて、綱手は同じ境遇から若者と懇意にしていったのだと言った。

その頃自分は敵戦地にて一人で活動していて、里に帰れる日は無いに等しく、ほとんどを戦地で過ごしていた。

だからこの話しを聞いた時はまさに寝耳に水で、柄にもなく驚いて二の句が告げなかった。

「…そう、あんたにもいい人ができたのね、おめでとう。」

居酒屋の席で言うと、綱手はありがとう、と微笑んで言った。少し陰りのある笑顔。だけどやっぱり気丈に振る舞ってこちらを心配させまいとする、その気遣いに久しぶりに少し苛々した。

「大蛇丸、どうした?酒がすすんでいないぞ。」

「なんでもないわ、ちょっと任務疲れが残っているだけよ。」

「お前はずっと戦地にいるからな。大丈夫なのか?少し経絡系のマッサージでもしてやろうか?」

心配そうに聞いてくる綱手の顔がおかしくて、ぷっと笑ってしまった。

「わ、笑うな大蛇丸。なかなか私のマッサージは効くんだぞ。昔ながらのものを応用しつつ自分流に編み出したもので、点穴をついて相手のチャクラの流れをだな、」

「わかったわかった、そう熱くならなくてもいいわよ。お願いするわ。」

そう言って差し出した手を綱手は嬉しそうに取ってマッサージを始めた。

ああ、綱手、あんたは本当に残酷ね。ただ側にいたいと願っているこの心をこんなにも傷つける。あの首飾りは大切な人にしかあげないとあんたは言っていたわね、そして今度は実の弟でもなく、身内でもなく、一人の男をあんたは選んだ。そして嬉しそうにこの自分に話す。

一瞬視界が真っ暗になったかと思う程の黒い感情が、頭をよぎった。自分の実力ならば、綱手、あんたをこのまま、

「大蛇丸、どう、少しは回復したでしょ?」

得意げに笑った綱手が自分の手を掴んでいた。確かに体の疲れが少し緩やかに取れている気がした。無理にではない、自然に治癒していく癒しの効能。これがあんたの力なのよね。

「ありがとう、大分楽になったわ。」

「でしょ、馬鹿にしないでよね!」

ええ、馬鹿にしないわ。あんたの健気さを笑ったりはしない。あんたは幸せになるべきよ。私のどす黒い感情の下ではなく、共に笑いあってゆける最愛の人と。

だが、彼女はまたもや絶望の苦しみを味合わなくてはならなかった。

その知らせを聞いた時にはもう、彼女は里を出て行った後だった。抜け忍ではなくただ、付き人のシズネと共に里を去ったのだ。

里に帰ってきて、珍しく自来也と休暇が一緒になり、飲みに誘われて居酒屋で酒を酌み交わしながら聞いたのだ。その頃自来也は教官として忍を育てており、かつての猿飛先生と自分たちのようにフォーマンセルで戦地に赴いていた。今回は綱手が前戦に出ているのかとさして気にもせずに自来也に綱手のことを聞いたのだ。

「知らなかったのか、綱手はこの里を出た。」

顔には出さなかったが、驚愕し、心は乱れた。

「ダンが、ああ、ダンっていうのは綱手の思い人で、あの首飾りをもらった奴なんだが。戦地で綱手の目の前で死んだそうだ。綱手は血でどろどろになりながら必死になって助けようしたが、駄目だったそうだ。それから綱手は、ずっと苦しんでいたらしい。それが理由でどうやら血液恐怖症になっちまったみたいで、一切の医療すら手に着かない状況が続いて、そしてある日とうとう里を去った。」

「何も、言ってくれなかったのね、あの子は。」

「戦地にいる俺たちに余計な気を遣わせて、それでまた俺たちが死んだりすればもう、綱手は立ち直れんだろう。何も言わず去ることで綱手は俺たちに余計な気を、心配をかけさせまいと思ったのかもな。」

自来也はチッと舌打ちした。そしてぐいっと酒を飲む。今日はやけ酒になりそうね、自来也。でも悪いけど付きあえない、もう決意してしまったから。

綱手、あんたが望もうと望むまいと、もうどちらでもかまわない。

「自来也、ここは私がおごってあげるから好きなだけ飲んでいくといいわ。」

「なんだよ、付きあってくんねーのか?」

「悪いけど、ちょっとやりたいことができたから。」

「そうか、無理すんなよ。お前は昔からやり遂げるためにはどんなことも背負い込もうとする悪い癖があるからな。」

自来也はもう顔を赤くしてほろ酔い加減に入ってきている。自来也、あんたのことも嫌いじゃなかった。けど、これから私がやろうとすることは、きっと許さないでしょうね。あんたはいつでも正しいことを突き進む。正しく、厳しく、人にとって善とされる部分を引っ張っていこうとする。でもそれには多くの犠牲が伴うことも知っている。どんな苦痛も、どんなしがらみも断ち切ってしまわなければならない。そして綱手はその鎖を断ち切ることが出来ずにこの里を去ってしまった。そして私は…。

居酒屋を出て家路とは逆方向へと足を向けた。これからは、鬼になる。

「あの禁忌の術を、確立しなくてはね。」

誰のためでもない、自分のために。






教官の話がきたのはそれからまた数年後のこと。

戦争はまだまだ続いていたけれど、忍の数は増えない、死んでいくからだ。自然と教官になる者も減っていく。長年前戦で戦ってきた者に休暇のつもりの意味もあったらいしいが、生憎誰かを指導し育むなんてことは願い下げだった。それに、なにより研究に費やす時間がほしかった。前戦で任務を迅速に終え、開いた時間を研究に費やす、それがここ最近の行程となっていた。

「まあ、そう言うな。お前は優秀だ、お前の元で修行した者ならばきっと、この戦も良い方向へと持っていくことができる。戦力としてもそうだが、平和に穏やかに集結する糸口を掴むことのできる者がこの先必要になってくる。お前はその者を育てられる器を持っている。」

教官を辞退しに行った時、猿飛先生に、いや、火影にそう言われてため息を吐いた。

「火影様にそこまで仰って頂いて恐縮です。けど、私は、」

「そう急ぐこともあるまい、とりあえず一人だけ推薦しておいた。一週間、試験的に指導してみろ。それでもだめだと言うならば仕方ない。お前をまた戦地に送らねばならない。大蛇丸、お前、いや、なんでもない。」

一瞬、自分の研究のことが気付かれたかと思ったが、猿飛先生の顔は駄々っ子を叱る時のような、困ったような、それでいて幸せそうな顔をしていたから、悟られてはいないと安堵した。まだ、誰にも知られるわけにはいかないのだ。

翌日、待ち合わせ場所に来たのはくの一だった。綱手と同じくの一。

「みたらしあんこです。三忍と謳われたうちのお一人でいらっしゃる大蛇丸様に指導していただけると聞いて、楽しみにしてきましたっ。ご指導よろしくお願いしますっ。」

いやに元気な声が辺りに響く。

「あんたが張り切るのはいいけど、私あんたの教官になんてなりたくないの。」

「えっ、でも火影様が直々にあたしを指名してくれたって、」

「どうしても指導してほしかったら私をその気にさせてみなさい。この一週間でそれができなかったら教官を降りる、火影様にも承諾済みよ。」

いやらしく相手を心理的に追い込む。こうすれば、経験の浅いくの一なぞ何も出来なくてオロオロするだけ。

「わかりました。では三忍と謳われた大蛇丸様に一撃加える、この条件なら飲んでくれますか?」

この子のデータは粗方わかっている。戦地での実戦はゼロ、アカデミーを卒業したばかりで基礎の忍術しか使えない。そんな子が私に一撃でも当てられることができるだろうか。一週間という比較的長い時間の中でも、それはかなり低い確率と言えた。

その度胸だけでも褒めてあげてもいい。

「その条件、飲みましょう。いつでもきなさい。」

言ってすぐに煙になって消えると私は演習場に来ていた。

ここで綱手は自来也と共に夜遅くまで修行していたっけね。もう随分と昔の話しのように思えた。そしてもう、二度とあの子はここに帰ってこない。どんなにこの私が切願しても無理。私では、あの子の特別にはなれない。仲間としては信頼しているし少しは大切に思ってはくれているだろうけど、首飾りをくれるような、そんな大切な人にはなりえない。それは自分が一番知っている。

「綱手、」

名を呼ぶとあの笑顔が甦ってくる。あの気丈で、それでいてすぐに泣いてしまうあの子の笑顔が。

「大蛇丸様っ、」

もう嗅ぎ付けられたか、猿飛先生の推薦した子だけはあると言うことね。

「あら、もうここがわかったの。優秀ね。」

目の前まで走ってきたみたらしあんこのすぐ目の前で、私はまた煙になって消えた。

それから数日はずっと鬼ごっこをしていた。追いつかれて目の前まできたらすぐに消える、その繰り返し。いい加減スタミナも切れて足もがくがくして倒れてしまっても手出しはしない。必死にならなければ私をつかまえられるなんてこと、できないでしょうけど、力をただ闇雲に使うだけでは馬鹿も同じ、もっと裏の裏をかく戦術で攻めなければ私に一撃なんて当てられない。それを理解しないことには、ただ疲労して終わるだけよ。

「大蛇丸、お前サドだったのか?」

たまたま逃げた場所に自来也がいて、話しに捕まってしまった。一緒にフォーマンセルで育てているという三人の子どもを引き連れていた。

「何の事かしら。」

「少しは労うってことも覚えろ、みたらしあんこは今年のアカデミーを卒業した奴らの中でも一番の成績だった奴だぞ。それをお前は無茶なことを。」

「無茶じゃないわ、あちらから言い出したことなのよ。この私に一撃入れたら認めてもらえるかってね。」

「認めて貰えるも何も、みたらしあんこはお前の指導の下に置かれると決まっていた子だろう、何を今更。」

「酷なことをしていると思う?自来也。でも私なんかの下で修行するよりも、あんたの下で育った方が、確実に平和への道を紡げる忍を育成できるのよ。」

「大蛇丸、」

自来也が難しい顔をしている。あんたのそういう顔は似合わないわね。

「まあ、あの子の根性は認めてあげてもいいけどね。」

「大蛇丸様っ、」

もう何度聞いたかわからないあの子の声、目の前まで来るのを待ってから残酷に微笑む。

「優秀ね、さすがアカデミーを主席で卒業しただけあるわ。」

そう言って私はまた煙になって消えた。

ねえ自来也、さっきの言葉は本当なのよ。あんたは怪訝そうな顔をしていたけど、あんたならきっとこの里を担っていける忍を育てられるわ。それにね、私だってこの里が好きだった、あの子が泣かなければね。

それからまた日は過ぎ、とうとう一週間後になってしまった。その日は本当にしつこかった。いくら巻いても巻いても追いかけてくる。ぼろぼろになっても傷を作っても立ち止まったりせずに突っ込んでくる。この一週間追いかけ続けて、疲労だって相当なはずなのにこの体力はどこから?ああ、なるほど、何か特殊な兵糧丸を使ったわね。あれは一時的に体力を上げるけど、効果が切れると何らかの副作用も出てしまう。改良をするべきものだけど、医療忍術の要であった綱手がいなくなって、人手も足りなくて研究がおろそかになっていたはず。そんな危ないものを使ってまで、私に追いつきたいと言うのかしら。本当に馬鹿な子ね。

とうとう刻限も深夜になって日付が変わろうという時になり、息が切れて、ボロぞうきんのようになって倒れてしまったみたらしあんこの前に私はいた。

「無様な姿ね、私が難い?」

ふらふらとした面持ちで私を見上げたその子は、少し笑って言った。

「あたし、アカデミーで一番の成績だったんです。いつもそれが自慢で、勝ち気で、先生も私のこと認めてて、他の子たちなんて目じゃなかった。てんで下のあたしから見れば幼児も同じ。だから大蛇丸様に一撃当てるのも、難しいけどきっとできるって思ってた。でも、こんなに、こんなにがんばってもできないなんて、」

そう言ってうずくまるようにしてその子は肩を震わせた。泣いているのだろう。

そっと近寄っていくと、がばっと起きあがって、これが最後の力であろう、クナイを投げつけてきた。

だが、クナイを投げつけられた私は消えて、みたらしあんこの真後ろに立っていた。

「それは分身よ。」

みたらしあんこは今度こそ倒れてしまった。

「あはは、本当に大蛇丸様、あなたには敵わない。」

そう言って笑ったみたらしあんこの顔は、無理をして笑っているようで、今にも泣きそうで、あの子を思い出した。

「綱手、」

「え?」

「クナイ、まだ持ってる?」

「は、はい、」

力の入らない手で懐からクナイを取り出したあんこは、けれど手渡す力すらないのか、クナイを持ったまま地面にぶらりと手を付けている。

「すみません、もう、ほんとに力が出なくて。」

「仕方ないわね、」

クナイを持ったままのあんこの手を掴むと、私はそれを自分の腕に突き刺した。

「大蛇丸様っ、」

「これで一撃あたったわね、みたらしあんこ、アンタを正式に私の部下として扱う。覚悟しなさい。」

「はいっ、お願いします大蛇丸様。」

目にうっすらと涙すら浮かべて、そしてそのままあんこは気を失ってしまった。まあ、ここまでやったら気絶もするだろけど。

それからあんこと行動を共にするようになって月日は過ぎ、研究も終盤を迎えた頃、とうとう猿飛先生にばれてしまった。まだまだ研究をしたかったけれど、この里ではここまでが限界だったか。

「大蛇丸、貴様、これはどういうことだ!!?」

あなたが来るとは思っても見なかった、猿飛先生。あなたには感謝している、この自分に色々なことを教えてくれた、偉大なプロフェッサー。けれど、これは譲れない。

「お前は一体何を望んでいる?」

「全てですよ。」

己にとっての全て。この実験もその一端にすぎない。そのためには、悪にもなりきる。そうでないとこれは完成しないから。

死なぬ程度に猿飛先生達を痛めつけて部屋から去るとき、一度振り返って見たあなたの顔を忘れない。こんなに辛そうな顔をさせているのは紛れもなく自分自身。

それから追いかけてきた自来也も、辛そうな顔をしていた。これで里に残った三忍はお前だけになってしまう。

「何でだ…。何でお前が…。俺たちは“三忍”と呼ばれ…、ガキの頃からの同志じゃなかったのか!?」

「どこまでもめでたい奴ね、自来也。」

そう言った時の自来也の顔は悲痛そのものだった。

「何をするにも考えが足りない。そんなんだから私がやっていた事にも気が付かないのよ…。」

「…もう、考え直してはくれないのか…、大蛇丸…。」

「笑止…、馬鹿にも程がある。」

分かっているよ、あの時からずっと、馬鹿なのは自分の方だってね。

それから死闘を繰り広げ、自来也も殺さずに捨て置き、そのまま木の葉の里を去った。

あんこ、お前にも酷なことをした。けれどお前は鬼ごっこが得意だから、私をすぐに追いかけてきてしまう。何度も諦めずに追いかけてくるのでしょうね、だから呪印術を使わなくてはならなかった。それがある限り私には逆らえない、私を追いかけ、私を殺そうとし、私によって殺されることがないように。

それからはまさに修羅の道を突き通した。どんなことでもやった、どんな卑怯なことも、卑劣なことも、残酷で無慈悲に人の憎しみを掻き立てることすら快感と感じる程までに突き通していった。

いつしか、心は奥深くまで凍結していった。

音の里を立ち上げ、木の葉の里を襲う好機を見つけ、木の葉崩しのために下忍に成り代わり中忍試験を受けた時、懐かしい顔を見た。

みたらしあんこ、かつての愛弟子。もうあの子は自分を過去の汚点としか見ないだろうけど。

「私の役目よね、大蛇丸。」

氷のように冷たい言葉で吐き出される言葉、全身で拒否する背中。そんなに闘気をまとっていても、

「無理よ、」

その言葉を完全に無視するように攻撃してきた。私の教えた禁術を使って自決する気負いだったのだろう。でもね、

「影分身よ…。」

言って煙になった私の影分身に愕然とするあんこを見ても、少しも胸は痛まなかった。

「お前を使い捨てにしたこと、まだ根に持ってるんだ…、アハ…。」

わざと逆撫でするような言葉をはきかけて、煽ることでますますもって戦意を喪失させていく。呪印の力も手伝って、あんこはもう闘う意志をなくしてしまった。それでいい、これ以上過去の因縁にとらわれて深追いはしない方がいい。でないと、お前を殺してしまうから。

それから中忍試験は進み、我愛羅の暴走をきっかけに木の葉崩しが始まった。猿飛先生はいつでも襲撃に備えていたのか、火影の服の下に忍者服を着用していた。

ああ、あなたは本当に変わらない。あなたを殺す動機なぞ、きっと他の者から見ればただの八つ当たりで、愚鈍で、理解しがたい理由なのだろうけど、私にとってはなさねばならない事だった。

「師であるワシを殺すのに……、多少の悲しみを感じる心を、持ち合わせておるのか?」

言われて初めて知らず知らずのうちに滲んでいた涙腺を指摘されて、まだ心は完璧なまでに凍結できていないのだと指摘されたようで、少し苛ついたりもしたけれど。

「あくびをして涙が出ただけですよ……。」

うそぶいて口を両端に上げて笑って見せると、先生も笑って言った。

「フン…、そんなことだろうと思ったわい…。」

それからは技の応酬の繰り返しが続いた。先生は年のせいもあってか押され気味で、でも必死になって闘っていた。自分を諌めるため、自分自身を叱咤するかのように苦渋の滲んだ表情で。

「ワシが貴様を四代目に選べなかったのも…、その歪んだ思想ゆえ…。」

火影か、かつてはそれが望みだった時もあった。けれど、もうそんなことはどうでもいい。私はただ、綱手に絶望しか与えてこなかった木の葉の里を消して、もう二度とあんな顔をさせないために、全てを無に帰したいだけ。

猿飛先生は、自らの命と引き換えにする術を使って、最後の最後までプロフェッサーの名に恥じぬ見事な技を披露してくれた。

「共に逝けぬのは残念じゃが…、…我が弟子よ、いずれ、あの世で会おう。」

猿飛先生、あなたは自分を殺した相手ですら、まだ弟子と言ってくれるんですね。

私の両腕と共に死神に連れて行かれてしまうその刹那ですら、笑顔を向けてくれたあなたに敬服したい衝動すら覚えた。

だが、部下の前でそんな姿を晒すわけにはいかない。私は私を貫き通さねばならない。上に立つ者として、残虐な行いを臆面もなくやってきた自分を律するためにも。

本当はね、猿飛先生。本当は、馬鹿な自分を殺せるならば殺してもらっても、良かった。里を抜けた時も、本気で殺してくれるなら殺されても良かった。この狂気を止められるものなら、止めてほしかった。けれどあなたは人体実験で何人もの忍を殺してきた私を目の前にしても、私を本気で殺そうとはしなかった。自来也もそうだった、仲間意識が強すぎて、私を殺せなかった。それがこの結果に繋がってしまった。

部下たちと共に木の葉を去る間際、少しだけ、あなたの為に心の中で泣いた。






「殺すぞ、コラァ、」

大義名分のため、腕を治すため近づいたあんたに、もう癖になってしまった相手を侮辱する行為で、あんたは殺意すら向けて威嚇してきた。それでも、私は聞いてみたくて、交渉とはよく言う、本当はそれが目的であるのに、まだ完全な完成ではないけれど、生贄があればなんとかできるようになっていた穢土転生の術を囁きかけた。

「…お前の愛した弟と男を生き返らせてあげるわ。私の開発した禁術でね。」

狼狽するあんたの顔は、未だに引きずり続けているその断ち切れぬ鎖を意味していて、見ているこちらが辛くなる程だった。

「二人に会いたくないの?綱手…。」

自覚しているわ、私は卑怯者よ。こうやって悪に手を染め、どう考えても異常としか思えない方法であんたに悪魔の囁きを吐きかける。感情が黒く染まってしまっても、二人を生き返らせたいと願うかどうか。

画策し、混乱しているであろう頭の中を悟られないため、もしくはこちらの真意を測るために、或いは自分の頭によぎった過去の記憶を振り払うためか、綱手は言った。

「お前は何をするつもりだ?」

分かり切ったことを聞く。

「…欲しいモノを頂くついでに…、今度こそ完璧に木の葉を潰すのよ。」

それはつまり、あんたを指すのだけれど、とは死んでも口にはしないけど。

一週間の猶予の後に返事をもらうと言い残して去った私に、カブトが無表情に聞いてきた。

「いつもの大蛇丸様らしくないですね。」

なんのことかと思った。いつもの私なぞ、お前に見せるわけがない。

「どうにも方法が甘いですよ。どうして一週間の猶予など与える必要があるんです。あの女の弱点なんて分かっているんでしょう。」

血液恐怖症、目の前で血を垂らして見せたら震えてしまった。まだ克服はしていないのだろう、哀れな子。

「かつての仲間だった者へのささやかな心遣いよ。優しいでしょう?」

「脅迫しているのに優しいも何もないと思いますがね。」

にやっと笑ったカブトに私もついつい醜悪な笑顔を返してしまった。

それからすぐに一週間は過ぎ、約束の場所に綱手は一人でやってきた。

「腕は治すわ…。…その代わり里には手を出すな。」

それが決断なの、綱手。あんたにとって里は苦しみしか産みはしなかったのに、まだ守りたいと思っているの?それほど、あんたはあの里を愛しているのね。

「……いいでしょう。」

そっと綱手に向かって手を差しのばした。最後にその手に触れたのはいつだったしらね。あの時は、あんた自ら私を癒すために手を取ってくれたけれど。

そこにクナイが飛んできて私と綱手はお互い後ろに飛び退いた。横を見上げるとカブトが投げたものだと分かった。そしてそれで理解してしまった、綱手の本当の決意。

「二人に…もう一度だけでもいい…もう一度だけでもいいから会いたかった。」

ならば何故?私の言うことを聞かないの?

「でも、本当にもうすぐ会える…そう肌で感じた瞬間に…気付いちまった…自分がどうしようもないバカヤローだってな……。」

そう、それがあんたの答えなのね。

「二人の命を懸けた大切な夢、その夢が叶うことが私の想いでもあった。やっぱりこの想いだけは朽ちてくれないんだよ。」

そう言って泣きながら笑った顔は、思い描いてきたあんたの理想像そのままで、こちらが泣きそうだった。そうね、あんたは、そういう子だったものね。

「交渉決裂ね…。」

端っから言うことを聞いてくれるとは思っていなかったけれどね。

それからはカブトが私の代わりに闘ってくれたけれど、シズネと自来也、あの九尾の子まで現れてしまって私も闘わざるをえない状況になってしまった。

あんたとだけは戦いたくなかったのよ、綱手。それでも血を見て硬直してしまったあんたは退いて、私は自来也と再び闘うこととなった。

思えば一番苦労を背負い込んでしまったのはあんたね、自来也。綱手も里を出て、私は里を裏切り、そして師である猿飛先生を弟子である私に殺されて。まるで生きていくことが罪であるかのように里の汚点を見て来なければならなかった。

「忍者とは、忍び堪える者のことなんだよ。」

自来也に言われて私は少し笑った。そんなこと、分かっている。一体何十年忍んで堪えてきたと思っているの自来也。あんたの想像以上と言ったら驚いてくれるかしらね。でも本心は明かさぬまま、悪である私は口の両端を上げて笑って言った。

「見解の相違ね。」

そう言った直後にものすごい音と突煙が上がって、見るとカブトが九尾の子に攻撃されていた。カブトはもう戦える状況ではないらしい。

だがそれ以上に目を引くもの、それは九尾の子にあの首飾りをかける綱手、あんたの姿だった。何があってその首飾りをその子に差し出したのかは分からないけれど、その首飾りは今でも大切で、あんたにとって思い出が深すぎるものでしょう?それをまだ会って間もないであろうその子に差し出す理由はなんなの?

「あの子、よろしくないわね…。」

「案じずともナルトの身に心配は無いのぉ…。」

「…そういう意味じゃないわよ…。」

体の心配ではない、綱手にとってあの子は、特別な人と結論づけられてしまった、私の頭の中で。それはつまり、私の嫉妬を一心に浴びる対象となってしまったと言うこと。

どうして私はその首飾りを得られる人物になり得ないのだろう。いつでも自問自答してきたその答えはきっと誰も答えることはできないのだろう。

気が付けば、私は九尾の子めがけて刃を向けて突っ込んで行っていた。

だが、刃は九尾の子に触れることなく、一人の体の盾によって阻まれてしまった。

綱手、あんただった。

溢れるあんたの血は、あんたの胸にどくどくと流れた。

「綱手……、あんただけは殺す気なかったのに…。」

この言葉は嘘じゃない。あんたが大切だったから、綱手。

でも、こんなに近くにいるのに私はあんたに触れることはできないのね。触れているのは刃だけ、なんて哀れな生き物。触れたくとも猿飛先生に持ってゆかれてしまったこの両腕は最早動くことすら叶わない。

刃を引き抜いて再び九尾の子どもを殺そうとして、だがまたあんたは己が盾になって防ぐ。

そうして何度も阻まれて、最後にはかばうあんたに憎しみすら感じるようになって、蹴りたくもないのに蹴ってしまう、殺したくもないのに殺してやると吼えてしまう。一体いつから、私はこんなに自分を押し殺して生きるようになってしまったのだろう。

とうとうあんたは血液恐怖症すら克服して、私に立ち向かってきた。

九尾の子は、あんたにそこまでの決意を固めさせたのね。

私は下がって口寄せの術で三忍の二人と闘った。けれど戦況はこちらがどう考えても不利で、退却せざるをえないまでに追いつめられてしまった。

最後にもう一度だけ綱手、あんたに触れてみたくて、捕まえようとしてみたけれど、あんたは私を見事に殴ってくれたわね。

顔もぼろぼろになって、繕えないまでに体力を消費してしまった私は、最後にもう一度、かつて三忍と謳われていた二人を仰ぎ見た。

「綱手…、本当の不老不死、それが私…。我、不滅!」

悪らしく捨て台詞を吐いてみたけれど、胸の内のわだかまりが晴れることはなく、私はカブトと共に姿を消した。

音の里に帰って、ぼろぼろになってしまった体を休ませるため、自室へと下がってかつての同士に思いをはせた。

綱手、どんな術を使ったか分からないけれど、若い肉体のままだった。私は年老いた姿のあんたも見てみてかったけどね。きっと、どんなに皺が増えようが、体力が落ちていようが、あんたの泣きそうな笑顔は変わらないだろとう思ってたから。

それにしても、やはりあんたの意志は予想通りだったわね。穢土転生の禁術ではあんた、きっと喜ばないだろうし、そんな術を開発した私を嫌悪するだろうけど、私にはこの方法でしかあんたを喜ばせてあげられる方法が見つからなかった。他の方法では私は他の人々に敵わない。この醜悪で歪んでしまった感情から産まれる物は、最早それ以外を産む術を知らない。

あんたは火影として里に帰っていく。首飾りは九尾の子に引き継がれていく。

何もかも、私の意志とはかけ離れていく。それでも私は私のこの黒い感情の赴くまま、綱手、あんたのために日々禁術の研究を続けていく。あんたの意志と関わりなく。もう止めることはできないのよ。

「綱手…。」

今度会う時は、お互いまた敵同士になってしまうのかしら。もしも違う立場で会うことができれば、また酒でも酌み交わしたいものね。その時には、色んな話しをしたいものだわ。音の里と命名したのには理由があるとか、本当はずっと綱手を大切に想っていたとか。

二度と、そんな日が来ることはないと知りつつも、そんな馬鹿な考えが頭をよぎる。

「音の字は、正しくは闇の隠し字。門の中に音ありき、即ち闇。私に似合いの里の名でしょう?綱手。」

言って見上げた夜空に月はなく、朔月は自分の胸中に消えぬ灯火を思い出させた。














あとがき

ありえねーーー!!
っていうか私、実はそんなに大蛇丸好きじゃないんですけどね。(マテ)
しかしこのCP、まったくと言っていい程見かけませんね。どうしてかなあ?まぁ、マイナーだろうなっていうのは分かりますが。
しかしあれですね、NARUTOで初めて書いた二次小説がこれってどうよ!?観点ずれてるのかなぁ?