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『ずる』



■桜ヶ丘中央病院―――病室■

「これ何だ?」
 うざってェ前髪の下でひーちゃんが目を見開いてんのがわかる。
 そりゃそうだよな。俺が広げてる紙に書かれてんのは、ぜーんぶオネーチャンの名前だ。大サービスで絵莉ちゃんやマリア先生の名前まであるんだぜ。
「何って。クリスマスデートの相手候補。
 さッ、ひーちゃん。誰をデートに誘うんだ?」
 お、今度は点目になった。
「あのな〜。俺が女の子とデートしたらマズイだろ〜」
 まあな。ひーちゃんホントは女の子だもんな。
 でもよ。知らなかったんだんだし。それうえ相棒の俺にも教えてくんなかったんだから、これ位のおふざけは許されるよな。
「いや〜。まさかひーちゃんにそんな事情があるとは思わなかったからよ。
 相棒としては、クリスマスの思い出作りのお手伝いをしようと、これでも知恵を絞ったんだぜ」
「はぁ…。気持ちだけ有難く受け取っとくよ」
 ため息つかれちまったぜ。やっぱ、あきれたか。
 と思ったら、またリストを眺めだしたぜ。
「しっかし、残念だな。
 俺が真っ当な男だったら、この中の誰かとデートできたんだもんな」
 言うに事欠いて、何つ〜ことを。ひーちゃんが女の子の自覚が無いのは解ってけど、女の子同士でデートなんて許さねェっていうか、ヤだぞ俺は!
 それに。
「言っとくけどな。上手くいくかどうかは、これまでのひーちゃんの行い次第で今更どうにもなんねェんだぞ」
「言ってくれるね。京一君。この俺が振られるとでも」
「…………」
 この俺様なセリフは別にひーちゃんがもてることを鼻に掛けてるからじゃねェんだ。
 実際、このリストに載ってるコでひーちゃんの誘いを断る奴はいねェと思う。
 それぞれをひーちゃんは大切に想ってるし、皆ひーちゃんを好きだ。それがわかってっから強気なこと言えるんだ。
 ひーちゃんが必要としてくれるなら、皆喜んで来んだろうな。ひーちゃんもそうするように。
 かわいそうにこの中の何人かは、ひーちゃんが女の子だって知って涙を呑んだはずだし、逆に野郎連中の中にゃ、てめえがゲイじゃなかったって狂喜した奴も結構いたはずだ。
 罪作りだぜ。ひーちゃん。

 俺は思わずズボンのポケットに残ってたもう一つのリスト――ひーちゃんが女の子だって判って、慌てて作ったやつ――を奥に突っ込んじまった。
 ハァ…。
 な、なんでもねェよ。

 何はともあれ、ひーちゃんがもてないかって言やあそんなことは無い。
 はっきり言って俺と張るぜ。
 顔良し性格良し、ついでに立派なフェミニストとくれば無理ねェよな。
 そのくせ、特定の彼女を作ろうとしないひーちゃんに俺は恋の橋渡しをしてやろうと今回のお節介を企んだわけだ。
 実はこのクリスマスデートはかなり前から考えてて、リストも12月の初めには作ってあったんだ。この前、美里とのデートは準備不足で失敗したからよ。
 まさか女の子だったとはなァ……。
「と、とにかく今日の午後退院なんだろ。
 退院祝いにラーメン奢ってやるよ。
 こんな賑やかな夜に、ひとりでボケッとしてるよかいいだろ?」
「サンキュ。京一」
 素直に喜んでくれる龍麻。
 後ろ暗い所のあるせいか胸が痛いぜ。
「じゃ、俺は一旦、学校に戻るからよッ。
 また、後でなッ」
「うん、後でな」


 …………。
 やっぱ、ずるいよな。
 バレなかったみてえだけど。
 でも、そんな悪いコトじゃねェんだから良いよな?
 あぁ?やっちまってからゴタゴタぬかすなって、そう言うなよ。
 ガラじゃねェんだ。こんな狡すっからいマネすんの。
 
 まっ、いいや。残る問題はあのバケモノ院長に捕まんねェようにひーちゃんを連れ出すコトだけだ。
 いくぜッ!!


 なんか拍子抜けするぐれえいつもと同じ。
 途中、ちょっとハプニングがあったけど、ラーメン食ってそこら辺ブラブラして、いつも通りひーちゃん家に二人で帰った。
 言っとくけど、俺は上がりこむ気はなかったからな。
 送るだけのつもりだったんだ。
 さすがに今までみてえに泊まったり出来ねェ、と思ってたんだけど…。
 帰ろうとしたら、ひーちゃんがビックリして寂しそうな顔したからほだされたんだよ。
 一見そうは見えねェんだけど俺にはわかんだ。
 わかっちまったら見て見ぬふりは出来ねェよ。
 きっといつもは家族とクリスマスしてたと思うぜ。仲良いって言ってたし。
 なのに今年は一人ぼっちだぜ。寂しくねェって言ったら嘘だろ?
 けど、寂しいとは言えねェんだよな。ひーちゃん。

 わーーーーー!!!!
 前言撤回。
 いつも通りじゃねェ!
 先に風呂をもらった俺はひーちゃん家に置いてあるスウェットの上下を着込んで、いつもと同じに布団の上でテレビ見てゴロゴロしてた。ちなみに布団はひーちゃんのベッドの隣に敷いてあった…。
 確かにいつもそうだったんだけど…。そりゃ、男同士だと思ってたからそうしてたんだ。
 実はひーちゃん家に泊まりに来るヤツは多くてよ。入り浸ってる俺は別にしても、よく来んのは劉に雨紋。時々、顔見せんのが醍醐や如月それに紫暮。たまに諸羽と壬生ついでにコスモのバカ二人。そんなわけだからかち合うことも多い。特に雨紋なんかGROWのメンバーまで連れてきやがるからリビングは満員になっちまう、必然俺がひーちゃんの部屋に寝ることが多くて、何時の間にか俺専用の布団は、他のヤツがいなくてもここに敷かれるようになった。
 ひーちゃん!ちったァ自分が女の子だって考えろよ。
 だいたい仲間の女の子が遊びにきても、女の子が男の部屋に長居しちゃいけないって、夜7時には送ってたのはお前だろ〜〜〜。
 そう言った本人が男を泊めるばかりか、そんなカッコで現れんな!
 どんなカッコかって?パジャマ姿だよ。白と青のストライプで男モンの。
 別に慌てることようなカッコじゃねェって?
 おお有りだ。
 胸があんだよ。
 何?当たり前だ。
 そうだけど、今までは風呂上りでもそんなカッコじゃなかったんだよ。まっ平らだったんだぞ。ちゃんとしまってあったんだ、わかんねェように。
 驚くのも無理ねェだろ?
 それにひーちゃんってば、結構胸があんだよ。
 小蒔なんか目じゃねェぞ。マリア先生や藤崎にゃおよばねェけど、美里と同じぐらいなんじゃねェか。もしかしなくても結構グラマー?
 あわわわわわ。
「どうした?京一」
 人の気も知らねェで、こいつはバレたんだからいいやとでも思ってんだろうな。バレたからこそヤバイつーに!
 いや、俺が気をしっかり持てばいいんだよな。
 風呂上りのひーちゃんのホッぺがほんのりピンクで色っぽいなんて思っちゃいけねェんだ。
 いいな!俺。
 ……じ、自信ねェ……。

 あれ?
 風呂っていいのか。いくら退院したとはいえあんな大怪我したのに。
「ひーちゃん。風呂なんか入って良かったのか?怪我治ったばっかなんだろ」
「OK。OK。心配性だな。京一は」
「でもよ」
「ったく。もう傷だってちゃんと塞がったんだぞ。ほら」
 なんと、ボタンを外して傷を見せようとしてる。
 何すんだ。コラ!!!
 そんなコトしちゃいけません!!
 俺は速攻でひーちゃんの手を抑えたんだけど、間に合わなくて既にボタンは幾つか外された後だった。
 手が触れた弾みで上着の左肩が落ちまって、思いのほか細い肩が露わになった。
 そこに走る赤い傷。
 きっと右の脇腹まで続いてる。
 俺が龍麻を護れなかった痕。
「な。もう治ってるだろ」
 龍麻は笑顔で俺に言う。
 俺に気なんか遣うなよ。
 切ねェだろ。
 でも、二度とこんなコトさせねェからな。
 誓うように龍麻の肩に――傷痕に額づけた。
「俺、強くなるぜ。もう、ひーちゃんをこんな目に遭わせねェ」
 何で強くなりたくなったのかやっと解ったぜ。
 俺は龍麻を護る力が欲しくなったんだ。
「京一…。
 何言ってんだよ。これは俺が油断してたからじゃないか」
 そんな優しい嘘つくなよ。
 俺分かってんだぜ。あの時、ひーちゃんが俺達を護る為に柳生の野郎を足止めしたの。
 俺達を庇ったんだよな。そのせいで大怪我したんだ。
 それでも俺達を傷付けたくないからホントのコトは言わねェんだよな。
 情けなくて気付いてるって言えねェけど。
 
「…っくしゅん」
 しまった!ひーちゃんは病み上がりの風呂上りだった。
 慌てて頭を離してパジャマの前を合わせた。
「わりィ。身体冷えちまったな。もっかい風呂入った方がいいんじゃねェか?」
「めんどいからいい」
「でもな。風邪引いちまうぜ」
「布団に入っちゃえば、大丈夫」
 て言って、ベッドに潜ろうとするひーちゃんを引っ張った。
 倒れてくる身体をそのまま腕の中に抱え込んだ。
 すっぽり腕に収まるひーちゃんの身体はホントに冷たかった。
 俺のせい…か。こんなになるまで我慢させちまったのかよ。
 ああ、もう。ちくしょう!
 俺のバカ野郎!!

「ん。やっぱり京一は暖かいな」

 暢気な声に我にかえるとひーちゃんは俺の腕の中で幸せそうにぬくぬくしてた。
 そんなひーちゃん見てたらイライラしてたのがいっぺんに飛んでっちまったぜ。
 面白いよな。
 普通、甘え下手な人間って甘やかされんのもイヤがるだろ。
 だけど、ひーちゃんは、自分から人に甘えらんねえのにこうやって甘やかされんのはいいんだぜ。変なヤツ。
 誰もこんなひーちゃんに気付いてない。そりゃそうだよな。いつも俺達をさり気なく、けど迷うこと無く導いてくれるひーちゃんが実は『甘やかされ』だ、なんて思いもしねェんだろうな。
 こんなコト知ってんのは俺だけで。
 こうやってひーちゃん甘やかしてやれんのも俺だけだもんな。

 ―――わかったよ。こうなりゃトコトン甘やかしてやるぜ。

「ひーちゃん。俺も寒いからこのまま布団に入っちまおうぜ。暖かいからよ」
「そ…だな」
 すでに眠そうだったひーちゃんは俺の提案をあっさり受け入れた。
 言葉通り二人で布団に潜る。
 もちろん俺はひーちゃんを抱いたままだ。
 暫くすると布団はまだ冷たいってのにひーちゃんは眠っちまった。やっぱし疲れてたんだな。
 俺は起こさないよう、すやすや寝息をたてるひーちゃんをそっと覗き込んだ。
 可愛い寝顔してくれちゃって、まぁ。
 信頼されてるって言やあ聞こえはいいけど、意識してねェってのも正解だよな。
 しかたねェか。ずっと男だって生きてきたんだし。
 急に女の子になれったって無理だよな。
 今は腕の中でぐっすり眠るひーちゃんを護れることで良しとするぜ。
 こうやって二人っきりで過ごせるだけでも十分ぜーたくだもんな。
 
 俺はずるしたお陰で手に入れたこの幸福に浸ることにした。
 え?ひきょうもんだって。
 うるせえな。いいだろうちょっと位ずるしたって。
 俺だって惚れた相手を独り占めにしたいんだよ。
 ずるした事ぐれえ目ェつぶってくれたって罰あたらないぜ。
 誰に言ってるんだって?
 あんたにだよ。
 ひーちゃんには内緒にしといてくれ。頼むぜ。
 な。


【お終い】






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