深夜2時。
やっと龍麻のマンションに辿り着いた5人は、安堵の息をついた。
骨董店若旦那の依頼で、若しくはマージャンなどの負けから止むを得ず参加した者も含めて深夜に至るまで旧校舎で鍛錬兼商品探しに勤しんでいたのだ。
何故龍麻のマンションに、と思われるかも知れないが、終電も終わったこの時刻で自宅まで帰える術が無いし、2月の丑三つ時外で時間を潰すのも辛いと言う事で龍麻宅に厄介になろうと言う訳である。
普通なら一人暮らしの女の子の家に男達がころがり込むなんて以ての外である。あるけど、自分の性別を忘れている龍麻にとって何の問題も無いことらしく、何時行っても歓迎してくれる。故につい甘えてしまうという図式が出来上がる。
しかし、こういう今までと変わらぬ接し方が一層龍麻の女性としての自覚を妨げているような気がするのはあながち間違えではないだろう。
仲間の女性達は、こうした男連中の態度をやかましく注意しているのだが、龍麻本人が頓着しないので一向に改まる様子はない。
彼等の態度が改まらないもう一つの理由は、龍麻自身が女の子扱いされる事を望まないからである。他の女の子と同じように女性として距離を置いた接し方をした際、咎めはしなかったが、どう見ても嬉しくなさそうなはっきり言って嫌そうにしたのも大きい。
彼等とてそうすべきであっても、そうすることは今までと在り方が変わってしまうようで寂しく想っていたので、龍麻が喜ばないのであれば今までどおり男同士として近くにある方を選択した。例え礼儀に反していたとしても。
その男性陣の姿勢が折角女の子同士として仲良くしたい女性陣の悋気を逆なでているのは言うまでもない。
部屋に入るとこんな時間なのに明るく暖かかった。
「電気点けっぱなしか?それともひーちゃん起きてんのか?」
京一は、リビングを見回し誰もいないのを確認した。
とテーブルの上に目を止めた。
そこにはたくさんの夜食が用意してあった。
「蓬莱寺。
まさか、受験で疲れている龍麻に我侭言ったんじゃあるまいな」
如月の詰問に慌てて京一は首を振る。
「きっと、わいと京一はんが揃って出かけたから勘付かれたんや。
それでなくとも京一はんの借金かさんどるの知っとるし」
「それじゃあ、バレバレだぜ。
甲斐性なしの相棒が悪徳商人にこき使われんのはよ。
それでなくともこの間のお宝探し(筆者注:一応、螺旋洞第48問「命懸けの清算」のことのつもりです。良しなに)もバレてんだしな」
劉と村雨が笑う。
ただし、『悪徳商人』の所で如月は眉を顰めた。
「僕達が転がり込むのはお見通しってわけか」
壬生は感心していた。
何故なら、3人分の布団が用意されていたから。
相棒と弟の他に三人の仲間、多分誰が来ることまで予測していたに違いない。
「まっ、折角のご好意だ。
有り難くごちになろうぜ」
村雨はどっかりと腰をおろし、お握りを頬張った。
「ん?これ、スクランブルエッグじゃない…んだ」
首を傾げる壬生に如月もスプーンで皿に積まれた卵料理を口に運んだ。
「味付けは和風だ。出汁巻き玉子と同じものだと思う」
「ですよね。なんでこんな風にしたんだろう?」
「きっと、和風のスクランブルエッグにでも挑戦したんだろ」
誤魔化すように京一が二人の会話を遮ると、隣で劉がそっと忍び笑いをした。
相棒と弟は知っていた。
この和風スクランブルエッグは出汁巻き玉子を作ろうとしてこうなってしまった事を。
「京一はん。そっちの三角くれへんか」
「ほい」
劉が京一から渡されたお握りをパクついていると、村雨、壬生、如月が不思議そうに二人を見ている。
「な、なんや?」
「いや、おめえ等よくそれが三角だってわかるな」
村雨の言い分も尤もである。
目の前にあるお握りはどれもかなりいびつな形をしていて、どれが丸やら三角やら常人には区別はつかない。
そのお握りを三角と認識できる劉も謎なら、どれを指して三角と言っているか判別出来る京一も謎である。
何より謎なのは、味はいつもの龍麻の味付けなのに見てくれの悪い料理の群である。
「京一君。龍麻はそんなに無理して受験勉強をしていたのかい?
でなければいつも上手な彼がこんなモノを作ったとは思えないよ」
「全くだ。蓬莱寺と劉が勉強の邪魔したせいで大変だったんだろう」
壬生と如月はそれぞれとても失礼な事を平然と言う。
「そりゃ違うぜ」
村雨が意味ありげな含み笑いを浮かべた。
「もし、先生がお勉強で草臥れてこんなモン作ったってんなら、京一や劉にだって、このけったいな握り飯の区別はつかねえよ。それがすぐついたって事はいつもこうだって事じゃねえのか」
「「…あ」」
壬生と如月が同時にはっとすると、観念したように京一がため息をついた。
「しょーがねェな。そうだよ。
でも、ひーちゃんに言うなよ。『こんな』とか『けったいな』なんて、気にするからな」
「…じゃあ、これは本当に龍麻が作ったものなのか」
信じられないという風に如月が漏らす。
無理ないだろう。何回か龍麻の所でご馳走になっているが、こんな料理が出てきたためしなど一度もなかったのだから。
「一つ教えてくれないか、いつもの料理は誰が作ってるのかな?」
壬生の口から出たのは、当然ともいえる疑問。
「ひーちゃんだぜ」
「アニキや」
二人が断言する。
納得がいかないではないか。
その通りの顔をしている三人に劉が説明を始めた。
「基本的にいつも飯作ってくれてんのはアニキや。
いつもと同じ味やろ」
壬生と如月が頷く。
確かに見た目は違うが、味付けは記憶にある龍麻の料理と同じで美味しい。
「ただ、その、なんや。
…アニキ、ああ見えてぶきっちょなんや。
だから、一人で料理するとこないモンが出来あがるちゅー訳や」
「んで、俺が下ごしらえとか手伝うんだよ。
まっ、全部ひーちゃんにまかせっきりってのも悪いからな」
京一のこの言葉は半分本当で半分は嘘だ。
目の前にある料理を見れば一目瞭然である。龍麻の手先はそうとう重症な不器用のようだ。
きっと、包丁を使ったり、仕上げをさせるのは危なくて見てられないのだろう。
もしかしたら、怪我の一つや二つしてるかもしれない。
だから京一が手を貸しているのだろう。
「ええか。三人さん。
しつこいようやけど、間違ってもアニキの前で今日の料理が不細工だ、なんて言わんといてや。
結構気にしとるんやから。頼むで」
「ホントだぜ。
ひーちゃんいじけちまうからな」
「…ん…?俺…どーし…た…て?」
噂をすれば影。
本人のお出ましである。
パジャマ姿で目を擦りながら現れた龍麻は、男装を解いているから男物の寝間着を身に着けていても躯の線は女性のものである。寝ぼけまなこの龍麻は可愛いくしどけなく、到底無防備に男性の前に出て良い格好ではない。
「起こしてしまってすまない。うるさかったかい?」
如才なく先の会話を隠す如月。
「よう。邪魔してるぜ。先生」
「ご馳走になってるよ。龍麻」
いつもと変わらぬ対応する村雨と壬生。
普通、頭で解っていても男だと思っていた人間が女性の姿で現れたら、多少なりとも動揺するのが普通でなかろうか。
やはり只者ではない商人、賭博師、アサシンである。
かなり寝ぼけているせいか、ろくに返事もせずキッチンに向かう。
「ひーちゃん。どーしたんだ?」
慌てて京一が後を追う。
「………み…そ…しる」
「解った。暖めりゃいいんだな。
俺がやるからひーちゃんは、寝ろ、な」
頷くと、その場でフラフラと立っている。
「まだ、何かあるんか?」
今度は劉が尋ねる。
「…………雛………り…んご……」
「雛乃はんがりんごくれたんか。それ剥けばええんやな」
心得たとばかりに今度は劉がキッチンに消えていった。
紫龍黎光組は僅かな言の葉で龍麻の意思を汲み取る相棒と弟の機転をうらやましく思った。
何故だか解らないが、まだ龍麻は此処に立っているのだ。
「――龍麻。疲れてるんだからベットに戻ったほうが良くないかい?」
恐る恐る如月が声を掛けるが反応がない。
今にも上瞼と下瞼がくっ付きそうな瞳でぼーーっとしている。
「おーーい。先生。起きてるか〜」
村雨が龍麻の目の前で手をひらひらさせるが、やはり無反応。
「そんな格好で何時までもいると風邪をひいてしまうよ。龍麻」
意を決した兄弟子が弟弟子の頬を軽く叩いた。
「…え?」
やっと、半覚醒したのか、龍麻の瞳に三人が映る。
「ごめ…。あの…。でん…き…も…ふはいって…るから、…ぶん…ちょ…つ…てか…ねて」
わからない。
途切れ途切れの龍麻の台詞は解読が難しい。
頭を捻る三人。
いくら寝ぼけていても三人の当惑が伝わったのか龍麻が布団を指差した。
「あぁ。
電気毛布で布団が暖かくなってるから、自分で調節して、寝ればいいんだね」
真っ先に龍麻の言いたいことを理解したのは壬生だった。やはり何のかんの言っても対の龍の片割れである。
やっと意思の疎通が適ったので安心して微笑む龍麻。
そのはんなゃりとした笑顔があどけなく、いつもと違い危なっかしく感じるが、そこが又可愛らしくもある。
自分だってやっと受験が終わったばかりで疲れているだろうに、それでも遅くに訪ねてくるであろう自分達の為にあれこれ気配りしてくれる龍麻の心尽くしが嬉しかった。
何時でも好意を隠すことなく示してくれる。態度だけでなく、尋ねれば即答で自分達を好きだと大切だと言うだろう。あまりにあけすけで疑いようのない想い。
どちらかと言えば、素直でない集まりの紫龍黎光組には照れ臭くて心地良い。
「すまねえな。先生」
「ありがとう。龍麻」
「今度店に寄っておくれ。このお礼に美味しいお茶をご馳走するよ」
それぞれ想いのままに礼を口にすると、さっきと同じくあどけない笑みで龍麻は応え、覚束ない足取りで自室に帰ろうとした。
心配で見送っていると、下に置いてあった壬生のマフラーに足を取られこけた。
ストーンと仰向けに倒れる龍麻を三人が受け止めた。
「大丈夫かい?龍麻」
「先生?」
壬生と村雨が声を掛けるが返事がない。
「……zzzz」
ない訳である。転んだ事を物ともせずお休みである。
しばし一同無言。
そんなに眠かったのか思う反面よくこの状態で寝てられるものだと呆れてしまう。
「――――龍麻軽過ぎると思わないか?ちゃんと食事してないんじゃ…」
「いきなり何だよ。骨董屋。
出るトコ出てる割に軽いかもしんねえけど、軽過ぎって程じゃあるめえ」
頭から首にかけて支えている村雨が、如月が支えている上半身を眺めていると、両手が塞がってるはずなのに村雨の頭に小柄が刺さった。
「村雨さん。死にたいんでしたら言って下さい。
何時でも僕がお手伝いしますよ」
忍者のように直接行動にでれなかったアサシンが口頭で威嚇する。
「だあ〜。軽い冗談だろ。
マジになんなよ。いくら俺様だって先生をどうこうする訳ねえだろ」
「ったく。
でも、如月さん。龍麻は女の子なんですから、軽過ぎという事はないと思いますよ」
ウエストと膝裏を支えている壬生が隣の如月を窺うと呆然としていた。
「…そ、そうだ。
龍麻は女性だったんだ。
こんな時間に此処にいるのは失礼だ。
帰らないと…」
「おいおい、如月。大丈夫か?」
どうやら、頭で理解していた『龍麻は女子である』という事実を改めて突きつけられ、混乱してしまったらしい。
例え相手が玄武たる自分にとって主である黄龍であろうとも、気に入らなければ従う如月ではない。しかし、信にそぐうとなれば全幅の信頼を置いてしまうのも如月である。
その相手は男であろうが女であろうが関係ない。だから、龍麻が望むままに男同士として接してきたのだが、祖父に育てられ古臭い躾を受けた彼には、深夜女性宅にいる無礼さに耐えられなくなったのだろう。
「…い、いや。駄目だ。
こんな頼りない龍麻は一人にするなんて出来ないし…。
かといって、このまま此処にいる訳にはいかないし…。
そうだ!美里さんにでも連絡して来て貰おう」
「んな。必要ねえよ」
「何を言う。村雨。
龍麻をこのままほっとけないだろう」
「落ち着いて下さい。如月さん」
「しかし、壬生」
「大丈夫ですよ。
だから京一君がいるんじゃないですか」
「え…」
「何のために京一の奴がいつも先生にべったりだと思ってんだ。
その為じゃねえか」
「あ…」
憑き物が落ちたように黙る如月。
龍麻の傍らにいつもいる京一。親友として相棒として一緒に在るのは、龍麻を一人にしない為。
京一だって女の子の独り暮らしの家に四六時中入り浸っているのが、まずい事だという事ぐらいわかっている。
それでもそうするのは、如月の言葉を借りれば『ほっとけない』から。
勿論、一緒にいて居心地が良いというのも理由の一つではあるが、主な理由は何より龍麻の為。
「おまっとーさん。味噌汁暖まったぜ」
「りんごも持ってきたで」
台所から戻った二人が目にしたものは、男三人に抱えられ眠りこけてる龍麻の姿。
どういう状況でそうなったか予想がつくのが哀しい。
「………言っとくけどな、そうやって何時まで待っててもひーちゃん起きねェぞ」
相棒に断言されてしまえばそうなのだろう。
止むを得ずこのままベットに運ぶことにする。
起こさぬようそおっとそおっと龍麻を運ぶ三人。手が塞がっているのでドアをあけたりする為京一、劉も一緒である。
しかし、京一と村雨は思った。
転んでも寝とぼけてられる奴がそうそうな事で起きるもんか、と。
こんな風に大仰にしなくても誰が一人で抱いて移動したほうがずっと早いのではないか、と。
言ったところで龍麻至上主義の如月や兄弟子としてというより無条件に龍麻に甘い壬生や何が何でもアニキ大事の劉には通用しないので黙っていたが。
寝室のドアの奥から聞こえて来る低いモーター音が聞こえる。
いぶかしく思ったが、危険な気配は感じられないのでドアを開けると そこには、予想通りベッドの脇に2組の布団が用意してあった。
予想外だったのは、手前の布団が乾燥機にかけられ膨らんででいた事。
これはどういう事なのだろうか?
「ピピッ、ピピッ、ピピッ」
乾燥終了を告げる電子音が鳴り響いた。
皆驚いて停止していると、やおら龍麻が目を覚まし、乾燥機のタイマーを入り状態に戻し自分のベッドではなく隣に敷いてある布団に潜り込んだ。
「…きょ…い…。食…おわ……た…、お…せ…」
声を掛ける隙もなく龍麻は眠ってしまった。
「相棒の旦那。説明してくれねえかい」
村雨が龍麻の不可解な行動の説明を京一に求めたのも無理からぬこと。
「あ?あぁ。そりゃ…」
「君と劉君が寒い思いをしないように、かな?」
京一の言葉を壬生が先取りした。
「そのとーり。
この家にゃ電気毛布は3枚しかねェからな。
残る手段は、乾燥機だけだろ。だから、タイマー終わるたんびに起きて入れ直してたんだろうぜ」
「アニキらしいわ。こないしてくれるんは嬉しいけど、寝ててくれてかまへんのになぁ」
相好を崩す劉とは逆に如月は渋い顔をした。
「それで龍麻が蓬莱寺の布団に寝てる訳か」
「ははっ、先生は面白えな。
文明の利器がなくなったら人力で布団を暖めるってか」
「笑い事じゃねェって、寒がりのくせしてこんな事したら最後に自分が寒い思いすんだろうが。
おい、村雨。お前血の気が多そうだから電気毛布なくてもいいよな」
確かに紫龍黎光組の中では村雨が一番血の気が多そうである。
だが、面と向かって言われればなかなか失礼な京一の台詞である。
「言ってくれるぜ。
パンダパンツ一丁で新宿をマラソンする奴ほどじゃねえつもりだがな。
まあ、先生が寒い思いすんじゃ可哀想だ持ってきな」
「わい、取ってくるわ」
古傷を抉られ頬を引くつかせる京一を尻目に劉がリビングに戻った。
劉の持ってきた電気毛布でベッドを整えると、京一は龍麻を起こそうと声を掛けた。
「ひーちゃん。起きろよ」
「………ん〜…」
僅かに反応したかと思えば、そのまま布団に潜ってしまった。
ため息を吐き布団の上からポンポンと叩く。
「ひーちゃん。起きろって」
やや間が空いて、もそもそと黒い頭が出てきて、目が覗いた。
「………きょ……。も……、寝……か…」
「おう。だから、ひーちゃんもべッドに戻れよ、な」
「う…ん…」
起きてるんだか寝てるんだか判らないような動作でのろのろとベッドに移ろうとする龍麻。
「あ…。…きょ……は?」
布団に入ろうとしない京一に龍麻が気付いた。
「や…り、さむ…?」
「そんなことないぜ」
慌てて布団に入ろうとする京一に龍麻が抱きついた。
「ひ、ひーちゃん!?」
「きょ…ち…だ…けさ…い…おも…さ…て、ごめ…。
きょ…は、俺があ…た…てや…」
これだけ言うとそのまま本格的に眠ってしまった。
ギャラリーがいなければ抱き返したいところだが、如何せんツワモノ共の前でそれをするのは、あまりにも命知らずだ。
「じゃあな。残りの飯は俺らが平らげといてやるから、ゆっくり寝ろや」
「そうやな、村雨はん。雛乃はんのりんごもメチャ美味やで」
意外にも皆平然としている。
てっきり袋叩きにでもあうかと思っていたので、拍子抜けした。
しかし、よく考えれば京一だって夜食の途中だったのだから腹が減っている。この様子では食いっぱぐれてしまう。
「ち、ちょっと待てよ。俺のメ…」
「黙れ。抱き枕。大人しく寝ろ。
龍麻の睡眠を邪魔したら、捨て置かないから肝に命じておけ。いいな」
如月は、京一の動きを厳命で封じ出て行き、
「あ、京一君。
後で、今日『は』ってどういう意味だか説明して貰うよ」
壬生は、京一の心臓を台詞で止めて部屋を後にした。
残された京一はすきっ腹と龍麻を抱え、布団を被った。
本当は、如月達は京一をそのままにしときたくはなかった。
けれど、龍麻のあの言葉を聞いてしまっては、二人を引き離すことは出来なかった。
「京一にだけ寒い思いさせて、ごめん」
最後言った言葉。
彼らは、既に切れ切れの龍麻の台詞を理解出来るようになっていた。
でも、理解出来なければ良かったと自分達の聡さを呪わないでもない。そうすれば、心置きなく二人の邪魔ができたから。
「よう、如月。良いのかい?先生と京一を二人っきりにして。
ヤりゃしねえだろうが、イタズラぐらいしてるかもしんねえぞ。戻って監視した方が良かねえか?」
リビングに戻り、夜食を再会してすぐ村雨が憮然としている如月に話しかけた。
「村雨。僕を愚弄するつもりか」
「へ?」
「確かに蓬莱寺は軽薄で愚かだが、龍麻の信頼を裏切るような奴じゃない。
あの義を重んじ、情に篤い男がそんなことできる訳はなかろう。
そんな事も見抜けないと思っているのか」
「そうですね。
京一君にとって龍麻の信頼は自分の命より大事でしょう」
「そうそう。
アニキにとって京一はんが一番安心出来る相手だって事は誇りやもんな」
壬生と劉も同意する。
「悪かったって。
あんまりあっさり二人っきりにしてやったから、ついよ」
村雨は素直に手を合わせ謝った。
「考えようによっちゃあ哀れだねえ。
あんな美人と一つ布団の中だってのに何にもできねえんだから」
「寝不足にならないと良いけど」
「ならへん、ならへん。
下手すりゃ今頃高いびきやで」
壬生の心配を劉が却下する。
「あれ位のことで動揺しとったら、毎日アニキと一緒になんておられへんって。
風呂上りなんかTシャツ姿でうろついたりするんやで。それだけやないし。
わいも慣れてしもうた」
紫龍黎光組は、眩暈を覚えた。
まさか、そこまで女性としての自覚が無かったとは。
やはり女性としての自覚を促すため、自分達も心を入れ替えなければいけないのではないかと反省した。
「無邪気にも程があるね」
壬生は額を抑えた。
「邪心のないこと。若しくは深く考えず単純なこと。またはあどけなくて、可愛いこと…、か。
確かに先生は無邪気だな」
「ふっ、だが龍麻を見ていると無邪気というのは、邪気が無いのではなく邪気を知らない事だと思わざるを得ないな」
「なんでやねん。如月はん。
アニキのドコが邪(よこしま)だって言うんや」
「やれやれ。おめえも餓鬼だな。劉。
わかんねえのかよ」
村雨の子供扱いに劉がふて腐れる。
「だってそうだろう。
本人は男同士だと思って態度を変えてないが、真実を知ってしまった我々にとって、彼――彼女は女性としか思えない。
龍麻が望むから今までどおり接してるに過ぎない」
「そうや。それのドコが…」
「だからだよ。劉君。
今、龍麻のやっている事を他の女性がやったらと考えてごらん」
壬生にまで諭され考え込む劉。
・深夜に男を自宅に入れてしまう。
・パジャマ姿で出てくる。
・男に抱きついて寝てしまう。
「……あかん…」
龍麻以外の誰かがやったら誘っていると取られても仕方の無い行為。
勿論、そうじゃないことも仲間である自分達にしかしないことも承知しているが、これを普通の男相手にやったら襲われても文句は言えない。
言い訳するなら、仲間内で最も強い龍麻なら襲われても撃退できるから大丈夫だといえる位か。
それでも、していいことではないだろう。
「意識せず騎士の忠誠を試す麗しく残酷な姫君」
壬生が呟くと如月が苦笑する。
「言い得て妙だな」
「さしずめ無邪気姫ってところか」
「ぴったりや。村雨はん」
「弟子と違って蓬莱寺は騎士という柄ではないがな」
「でも、王子様っていう感じでもないですよ」
「あいつが王子様ってえ面かよ、せいぜい素浪人がいいとこだ」
「それを言ってしまったら龍麻だってお姫様より王子様の方がしっくりきますよ」
「あはは。
キッツいツッコミやなぁ」
などと他愛無い会話を交わしながら残りの夜食を片付けていく。
その頃京一はイブの夜(筆者注:「ずる」の時の事です)がばれて吊るし上げを食らうのとあくまで黙秘を通して吊るし上げを食らうのとどちらがマシだろうかと思い悩んでいた。
「京一にだけ寒い思いさせて、ごめん。
今日は俺が暖めてやる」
無邪気な姫君の一言が波紋をもたらした一夜。
御本人だけが安らかにお休みである。
【終】