やっと戦いも終わり、冬とは思えないほど麗らかな日。
御門の創った浜離宮に集まりティーパーティでもと言う事に。
メンバーは、真神組とマリィ、御門、芙蓉、柾希。他の仲間はそれぞれ忙しく集まれなかった。
それでも、柾希と芙蓉の手ずからのお菓子と馥郁たる紅茶で楽しい時間を過ごしていた。
そんな和やかな会はたった一言で崩壊した。
「龍麻、マリィとケッコンして。
それでフランスかハワイ、オランダでいっしょにすもうネ」
夢見る少女の他愛ない願いと聞き逃すには挙げられた地名があまりに恐ろしすぎた。
フランスはかなり昔から同性同士の結婚式を挙げてくれるので有名な国。
ハワイは実際にホモカップルが式を挙げ幸せに暮らしている所。
オランダは世界初ゲイの夫婦を法的に認めた太っ腹な国。
以上を考えればマリィの台詞が普通の少女が口にするお嫁さんでない事は確実である。
炎を司る少女の放った言葉は、シベリアのブリザードより惨く冷たく皆を襲い、一部を除いて全てを凍りつかせた。
「ね?龍麻」
金の巻き毛を揺らし、龍麻の腕に両手で纏わり付く。
青い瞳の愛らしい少女と涼やかな美少年の組み合わせ。
見た目通りなら多少歳の差があっても微笑ましいものだが、如何にせん実は♀と♀である。良い訳はない。
「いいよ。マリィ。
もう少し大きくなったらね」
数少ない冷凍波の被害を逃れた者の内の一人である龍麻がニッコリと同意する。
「だぁ〜〜!!ダメだ!ダメだ!
ひーちゃんは俺んだ。
いっくらマリィだってやんねェぞ!!」
根性で凍結状態から抜け出した京一が絶叫した。
「こら!京一。誰がお前のだ。」
龍麻はマリィと向かいあっている京一を小突いた。
「こいつの言うことなんか気にしなくて良いよ。マリィ」
人一倍マリィを可愛がっている龍麻は極上の笑顔でマリィの味方をする。
当然喜んでくれるものと思っていたら、
「龍麻のバカッ!!」
と叫んで走って行ってしまった。
「何で?」
唖然としている龍麻の脇を京一がマリィを追って行く。
「俺も」
続こうとする龍麻を葵が引き止める。
「京一君に任せましょう」
「僕もそのほうが良いと思います」
尚もマリィの後を追おうとする龍麻を柾希も留めた。
納得はいかないが、女の子に甘い龍麻は逆らえなかった。
これが醍醐あたりだったら、蹴飛ばしても後を追うくせに。
勿論それを承知している醍醐は、古人に倣い『触らぬ神に祟りなし』と静観をきめこんでいる。
「待てよ。マリィ」
やっとマリィに追いついた京一は腕を捕えた。
「はなして!京一おにいちゃんになぐさめてもらいたくなんかナイ」
「何でだよ」
「マリィだってわかってるモン。龍麻は京一おにいちゃんのだって。
でも、マリィだって龍麻のことあいしてるんだから…」
必死に涙を堪えているマリィを脇に立つ樹の枝に座らせた。
枝の位置が高いのマリィと京一の目線が同じになった。
「あのよ。さっきひーちゃんは俺んだって言っちまったけど、別にひーちゃんが俺のモンって訳じゃないぜ。
ひーちゃんをマリィに取られちまうと思って叫んじまっただけだぜ」
「ウウン。龍麻は京一おにいちゃんのだよ」
真っ直ぐに京一を見詰めてマリィが断言する。
「んな事ねェよ」
「そうだモン」
「違うって!」
「ちがわナイ!!」
双方一歩も譲らず、睨み合う。
「京一おにいちゃんのウソつき!
龍麻があいしてるの自分だってわかってるクセに」
マリィのあまりの剣幕に絶句する京一。
「ハニーはダーリンのものだモン!」
やっぱりこの場合ハニーは龍麻でダーリンは自分のことだろうか?
照れてというより所在なげに頭を掻いた。
「マリィがそう言ってくれんのは嬉しいけどよ。
本当にそうじゃねェんだ」
「京一おにいちゃん?」
「俺振られちまったんだぜ」
マリィはつぶらな瞳が零れ落ちそうな程見開いた。
「ウソ…」
「ほんとだぜ。
好きだって言ったら、俺は男じゃないから京一の想いに応えられないってよ」
自嘲の笑みを口元に乗せ樹に寄り掛かった。
「そんなの百も承知だってのに、下手な言い逃れするよな。
俺のことホモ扱いするほど嫌がられるとは思わなかったぜ」
「そうじゃナイよ」
「いいって、わかってんだ。
ひーちゃんにとって俺は親友で相棒でしかねェってことはよ」
「そーじゃナイの」
「何が?
その上、ひーちゃん何っつったと思う。
京一の想いには応えられないけど、俺はずっと京一の相棒だ、とよ。
永遠に俺のことは男として見らんないって事だろ。
こうはっきり振られちまうと、未練の残しようもねェよなァ」
頭の後ろで腕を組み、くすんだ新宿の空と違う澄んだ離宮の空を見上げた。
ここのところ龍麻と京一が変だ。
二人とも沈んだ様子だし、いつも一緒にいたのに別行動が目立つ。
驚いたことに居候よろしく龍麻の家に入り浸っていた京一が自宅から登校して来た。
何で今さら。
実際、龍麻が女の子だと知れてから仲間(主に女性達)は、二人の同居を止めさせようと注意したが、全く聞き入れられなかった。それどころか相変わらず龍麻の家は男連中の溜り場であり続けたというのに。
問い質しても二人共何でもないというばかりで埒があかない。
実は、そんな訳で気分転換も兼ねて浜離宮でお茶会でもしようということになったのである。
「おねがいだからマリィのはなしをきいて!!」
京一の胸倉を両手でしっかと掴んで引き寄せた。
「龍麻はマリィとおなじなの。
だから、わかんないんだヨ」
「へっ?」
「マリィは、からだがおっきくなれなかった。
おんなじで龍麻の女の子の心もベビーのまんまなんだヨ。
だって、ずっと男の子だったんだモン」
マリィは超能力を保つ為身体的成長を止められていた。
同じように男として生きてきた龍麻は、少女としての心が成長していないということなのだろうか?
自分達を導くリーダーとしての龍麻。優しく穏やかで良く言えばおおらかな――人によってはおおざっぱなだけだとも言うが―――龍麻に慣れてしまって、内にある幼いままの少女の心に気が付かなかった、と。
「わかった?」
「……な、なんとなく…な」
「ありがと」
何故ここでマリィに礼を言われなければならないのだろうか?
「マリィのいうコトまじめに聞いてくれて」
「んなのあったりめェだろ」
たとえ姿は子供であろうとも、マリィは自分達と二つしか違わないのだ。
見た目に騙され命を賭けた戦いを共にした仲間を見誤る京一ではない。
いくら身体の成長は止められているといっても積み重なる月日が心に何の変化ももたらさないはずはない。多少、世間知らずであっても子供扱いなどできはしない。
「コイはもーもくってホントだネ」
京一が自分を一人前と認めてくれたのが嬉しかったのかマリィがはしゃぐ。
「葵おねえちゃんが京一おにいちゃんはあたまがきれるってほめてたのに、こんなコトもわかんなくなっちゃうんだモン」
「面目ねェ」
口惜しいがその通りなので言い返せない。
「だいたいさっきのノロケかとマリィ思っちゃったヨ」
「何が?」
「『俺は男じゃないから京一の想いに応えられない』って男だったらOKってコトでしょ。
それって京一を好きって言ってるのとおんなじなんだモン」
確かに。
「でも、どうせだったら素直に好きって言ってくれりゃいいのによ」
「それはムリだヨ。
龍麻はじぶんのコト男の子だっておもいこんでるんだモン。
きっと、京一おにいちゃんにじぶんのコト好きって言われて京一おにいちゃんは男が好きなんだと思っちゃったんだヨ。
でも、じぶんはホンモノの男の子じゃないから京一おにいちゃんに好かれるシカクがないってかんがえたんだと思うナ」
要するに。
自分に惚れた京一をゲイであると勘違いし、本物の男でない自分は相棒でいるしかないと的外れな結論に至ってしまったのだろう。いくら男稼業が身に染みているとはいえ、とんだ思い違いをしてくれるものである。
嫌われていた訳でないと判り安堵する反面どうしようもなく気が抜けるのを止められなかった。
そんな京一にマリィは胸元を握っていた手を肩に移した。
「だいじょうぶ!
マリィが龍麻のおねえちゃんになったげる。
それで龍麻をステキなレディにしてあげるから」
自分を元気付けようとしてくれるマリィの気持ちは嬉しかったが、妹同然のマリィに赤子扱いされている想い人が哀れになった。
これではどっちが年上だかわかったもんじゃない。
いや、きっと…。
恐い結論に達しそうになって京一は思考を放り投げた。
「頼りにしてるぜ」
「マリィにまかせておけば、ノープラブレムネッ!!」
「おっし、マリィに負けないレディにしてくれよ。期待してっからな」
そう言いながら両手を取り、恭しく樹から下ろした。
「じゃ、戻るとすっか。きっと、ひーちゃんマリィの事心配してヤキモキしてっぞ」
「ウン」
二人並んで皆の所に戻る途中、京一の足取りが重くなった。
「なァ、マリィ。ひーちゃんのおねーちゃんになっちまっていいのか?
お嫁さんになりたかったんだろう」
このままマリィの好意に甘えっぱなしでいいのだろか?
自分は救われたが、マリィは失恋したのだ。たとえ覚悟していたことだとしても。
「いいノ。
だって龍麻が言ってたモン。好きなヒトをシアワセにしてあげるのがイチバンなんだって」
いかにもお人好しの龍麻の言いそうなことである。
愛する人の幸せを願う。当たり前でありながらそうするのが難しいこと。
ましてや愛する者が自分以外の人間を慕っている時は、そうするのは辛い。
あえてそれを出来るマリィに尊敬を禁じ得なかった。
だが、そういった彼女の成長を促したのは他でもない龍麻なのだ。惜しむことなく愛情を注ぎ怯え萎縮したマリィを解き放ったのだから。
考えればマリィが龍麻を好きになったのも当然の成り行きといえるだろう。
マリィにとって不幸だったのは初恋の王子様が、呪いをかけられた蛙ではなく宿星に縛られ己を男と思い込んだ女の子だったこと。
「それにネ。
ハツコイはみのらないって言うんでしょ」
健気なマリィの発言にどう答えて良いものやら京一が言葉に詰まっていると、マリィが京一の正面に移動した。
ちょっとイタズラを企んでいる様なでも何処となく真剣な瞳で京一を見上げた。
「でも、龍麻のハツコイはみのるよネ?」
首を傾げ微笑みながら京一の答えを待つ。
龍麻の初恋?
マリィが望む答えは。
きっと…。
応える京一も片頬をあげたいつもの自信たっぷりの表情になった。
「おう!もちろんダーリンはハニーのものだぜ」
蛇足ながら付け加えさせて頂くと、この後龍麻と京一は元通りに戻り皆を安心させた。
そして姉としての使命に目覚めたマリィにより龍麻の淑女教育が始まった………が、遅々として教育ははかどらなかったことを記しておこう。
【end】