雨で始まった国体ヨット競技は閉会式まで雨が続き、うねりと強風という悪コンデションの中で開催されたが、ボランティア、漁船船長、自衛隊からなる救助部員の活躍により、大過なく運営する事が出来、選手には厳しい環境で戦い抜いた満足感を、そして運営する我々にはやり遂げた誇りと感動を残して終わった。
救助部員そしてサポート頂いた皆さんに感謝すると共に、救助状況について報告する。
要請救助、強制救助、曳航で36件の救助活動(下表)と、リタイヤ受付、沈艇監視、入出港監視などを行った。
| 要請救助 | 強制救助 | 曳航 | 合計 | |
| 8日(トライアルレース) | 18 | 2 | 11 | 20 |
| 9日 | 6 | 1 | 6 | 7 |
| 10日 | 6 | 0 | 0 | 6 |
| 11日 | 3 | 0 | 1 | 3 |
| 12日(ノーレース) | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 合計 | 33 | 3 | 18 | 36 |
【 】は感想、反省事項
・ 「のと」を昨年はB海面の西側に配置したが、A海面が見えないため、両海面の中間の海岸近くに配置することとした。
【喫水の浅い(1.7m)「のと」だからこそ出来た位置だが、非常に監視しやすかった】
・ 救助艇を昨年は海面全体に配置したが、風下が危険なため、各マークに1艇ずつ配置し、残りを風下に集中することにした。
・ うねりと強風のため20件もの救助を行った。
・ トライアルレースと言う事で300艇ものヨットが一度に海面に出て順番にレースを行ったため、海面が非常に混雑した。
・ 出港時点からこれが国体レベルかと思われるヨットが何艇かいたが、案の定、それらのヨットの救助を行う事となった。
・ テトラポットの近くでシーホッパーの強制救助を行ったが、艇体に穴が空いて水船になったのと、マストが抜けてしまったためにシートを縛る所がなく、曳航が困難だった。
【末木委員長】救助は人命救助を目的とし、船の保全はサービスである。ほかに沈艇が続出している状況においては、船を放棄してもかまわない。
→今後は選手を救助した後は、船の保全に時間がかかるようならアンカリングして、他の沈艇救助に向かうこととした。
・ 「のと」で監視頂いた成影司令よりアドバイスを頂き、次の指示を行った。
1. 「まだ大丈夫」と考えた時点では「もう危ない」。早めの判断をする。
2. 状況は現場を見ている救助艇が一番良く知っている。「どうしましょうか」ではなく、「こうします」「こうして下さい」と救助艇から救助指揮艇に連絡する。
3. 行動を起こす時、終わった時、状況が変化した時は必ず報告する。
・ 夕方行われた競技運営説明会にて、ビーチのスロープが滑りやすいので、ワイヤーブラシを用意してくれたらみんなで藻を取ろうとの提案があり、実行されることに。全国の皆さんの協力を受けて運営されることに感謝。
・ ハーバーを出たときからレース海面にいけるかな、と心配するほどのウインドサーフィンが3艇いたが、結局彼女たちは途中でリタイアし、曳航されながら寄港することになった。
・ レース艇以外はレース海面より外に排除したが、運営艇も排除してしまったり、排除した船がテトラポット近くまでいって逆に心配になって戻したり、排除のレベルがやや混乱した。
【救助艇はレース海面のすぐ外側にいることとし、そのラインを目標として、丁寧な言葉で排除することとした。】
【完沈した場合はマストが砂に刺さるが、漁礁として岩を貼り付けてあるところがあるそうで、その場合はマストが船を突き破ることとなる。「のと」より海岸にいる沈艇は強制救助することとした。】
・ 昨日までと打って変わって風速は1m以下となり、救助部員は部室で待機する。
・ そろそろ弁当が配布されるころ出艇となり、ゴムボートの上で雨に打たれながら、うねりに翻弄されながら弁当を食べることとなる。全員文句も言わず、任務を果たしてくれる救助部員に感謝!
・ 11時過ぎに風が出てきたなと思っていると突然に8m台に。
・ B海面の青森のFJがラダーを損傷し操船不能に。女子ウインドサーフィンが迫ってきたためにレース海面からまず離そうとB6が曳航し始めたが、切り上がってしまい、なかなか進まない。
・ 結局、2艇のウインドサーファーから進路を避けたとして救済要求が出され、救助部員はプロテスト委員会の審問を受けた。・・・結果的には障害物として扱われ、救済要求は却下された。
【B6は「邪魔だ、どけー」と女性ウインドサーファーから怒鳴られたそうだが、一生懸命救助活動しているのは見てわかると思うけれど、お互い気配りしたいものだ。】
・ 救助部懇親会に自衛隊からも参加いただき、大いに盛り上がる。
・ 今日も朝はほとんど無風状態にて、「のと」以外は部室で待機。大漁鍋も弁当も部室で食べ、ようやく人並みの昼食となる。(私はのとで皮をパリパリに仕上げたフライドチキンなどおいしい昼食をいただく)
・ 2時半頃より風が吹き始め、シーホッパーの完沈救助を始め、救助活動を実施。
・ 15m以上の風が吹き荒れ、波を軽く2mを超えているため、残念ながらノーレースとなる。
・ 競技役員解散式の後、金川先生を担いで海に落としたが、ついでに高桑も落とされ、携帯電話が駄目になった他、貝のついた係船索を掴んだため傷だらけに。救助部長が救護室に行くという不名誉な事になった。
・救助数を集約すると全ての救助艇が救助を行っている。その中でも4件の救助を行ったA1,A警戒艇,B1,B4にささやかな記念品を授与する。
・ 皆さん本当によく協力していただいた。
・ 昨年はお互いに遠慮があったが、2年目の本番は見張りや連絡を進んでやっていただき本当に助かった。
・ A・B海面の真ん中に停泊していただき、とても監視しやすかった。海面の目標としても強制救助の目標ラインとしても非常に効果的だった。うねりが大きく海風で危険な岸近くに停めていただいた奥村艦長をはじめのとの皆さんに感謝する。
・ 直前に発着水路部長が部室に来てエール交換した事が幸いしてか、情報連絡がスムーズになる。
・ 両海面とも適切な指示をタイムリーに実施頂き、スムーズな大会運営に大いに貢献した。
・ 昨年は各海面6艇だったが、今年は7艇を配置した。1艇の違いは大きかった。
・ 風下に多く配置したのは効果的だった。
・ やや耳の遠い船長さんとの会話に苦労したようだが、曳航に、弁当配達に活躍頂いた。
・ 救助母船に固定無線と携帯無線を2機ずつ配置頂いたおかげで、連絡がとてもスムーズに行われた。
・ 昼間はほとんどいないと言う事でエアコンを省略されたが、待機時間が長かったため、やはり設置すべきだった。
・ ゴムボートで食べる弁当はおにぎりの方が良い。
昨年のリハーサル国体で活躍してくれた医科薬科大学が試験で全面的に来られなくなり、続いて富山大学も半数以上が試験と卒業研究で来られなくなるなど苦労したが、運輸関係や電力を中心とした社会人が忙しい所を協力して頂き、なんとか必要人数が確保できた。
救助に関しては素人の寄せ集めだったが、最終日にはヨットの入出港時にテトラポット沿いにきれいに配置する、沈艇を見つけたら速やかに接近し状況を報告して適確な救助活動に入るなど、見る見る洗練された救助のプロ集団に変わってきた。
本当に皆、自ら進んでよくやってくれ、重大なけがもなく国体と言う大きな大会を終わる事が出来た事に感謝する。自衛隊の皆さん、漁船の船長にも感謝を贈りたい。
そして人の命を守るという大切な仕事を成し遂げる事が出来た事に、全員が誇りを持った活き活きとした表情で解散式を迎えた。素晴らしい仕事を与えて頂いた事にも感謝する。
これで終わるのではなく、せっかくのこの和を、J24のレースや今後のレース運営で継続していく事となった。この和を大切にして、いくつになっても感動を持ち続けたい。