熊本国体 ヨット競技 救助部参加記


「人、光る くまもと未来国体」のヨット競技救助部に参加させて頂いたので、紹介する。

9月11日(土)開会式

仕事の都合で開会式には出れず、通報部の本城氏と共に3時の飛行機で福岡に飛び、熊本駅で熊本ラーメンを食べてから三角線の終点三角を目指す。
北海道で生まれ育った本城氏からすると、九州の列車は非常にチャチだそうな。やはり暖かいからあまり隙間風の心配をしなくてよいのだろう。
三角駅からすぐの旅館「うめや」に着くと、いきなり救助部の飲み会の真っ只中。
雨乞い太鼓挨拶もそこそこに馬刺しを振る舞われ、トローっとした感触に感激する。
ヨット競技は熊本県の宇土市宇土マリーナで開催されているのだが、その地に伝わる雨乞い太鼓を開会式で打ち鳴らしたところ、とんでもない大雨となり、挨拶は一切抜きで「これから国体ヨット競技の開会を宣言します」の一言で開会式は終わったそうだ。それほど霊験あらたかな太鼓ならば、渇水の年にダムの上で打ち鳴らしてほしいものだ。そしてその日のレースも中止となって、懇親会だけは盛り上がっていたところだったようだ。

9月12日(日)救助指揮船A

救助部は2階建てプレハブの1階にある。皆が出動したあとは本多さんの奥さんだけとなるが、全員が戻ると救助部と自衛官でごった返す。
今日は救助指揮船に乗り、山本部長、小郷副部長の仕切り方を見させていただく。
熊本では海上自衛隊の掃海艇が活躍しており、A海面の指揮船には「まきしま」とB海面は「にのしま」、そしてA海面の本部艇には「まえじま」が出動している。
掃海艇というのは機雷を処理するための船だそうだが、磁気機雷が動作しないように、船はすべて磁石がくっつかない材料で作られている。つまり船体は木であり、鉄は一切使われていない。釘も錨もクレーンも磁石がつかない金属が使われている。ずいぶんと材料費と手間がかかっている船だ。
機雷の処理方法を聞いたが、まずヘリコプターでエンジン音を流して音響機雷を爆発させてしまう。次にソナーで機雷を見つけ、長い電線をトローリングのように流し、それに電流を流して船と同じような磁気を発生させ、磁気機雷を爆破させる。それでも爆発しなかったら、水中ロボットで探査し、時限爆弾を仕掛ける。それでもだめな場合は最終的にフロッグマンつまり人間の登場だ。機雷を振動で爆発させないように近づき、機雷を爆破するか、浮上させるかする。浮上した機雷は掃海艇の機関砲で爆破させる。
そんな風にしてペルシャ湾ではずいぶんと多くの機雷を処理してきたそうだ。
もっとも機雷の技術も日進月歩で進んでおり、その処理技術とイタチごっこだそうだ。

レースの準備をしているとキアゲハが飛んでくる。すかさず山本部長が「てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった」と安西冬衛の一行詩「春」を口ずさみ、高校教師としての教養を披露する。
レース第一レースが9時半に始まり、まずウインドサーフィンがリゴールなしで奇麗にスタートする。10時には470級のスタート予定だが、ちょうど高松宮もお出でになり見せ所である。しかし、全艇リゴール(フライング)で10時10分に再スタートとなる。2回目のため黒色旗が掲揚され1分前からスタートラインを割った艇は即座に失格となる1分間ルールが適用された。さすがに全艇スタートラインから下がり気味でスタートし、オールフェア。そして10時16分にシングルハンダー級がスタートする。
470級で1名落水事故が発生したが、自力で復旧し救助部の出番はなし。
第2レースを準備するが大雨が降り出し、風もなくなったため待機する。
雷が光ると同時に雷鳴が轟き、本部艇付近の船数艇の乗員に痺れを来す。どうやらすぐ近くの海に落雷したらしい。痺れですんで一安心。
もっともフィニッシュマークとなっていたクルーザーのプロペラが破損し、曳航を手伝って救助ボートは帰港する。もっとも救助指揮船は殆ど忘れられた存在でなかなか迎えがこない。自衛隊の人たちは食堂で暖かい食事を取っているが、1時間ほどひたすら迎えを待ち、陸上で冷たい弁当を食べる。

14時40分過ぎにようやく風が少し吹いてきたので、レースの再開が決定され、再び出動する。
15時35分にスナイプ級スタート。15時50分にシーホッパーSR級がスタート。
スタート前にトラブルでリタイアし曳航した艇が救助部としての初仕事。レース中にも落水が2件、沈(転覆)が2件あったが、いずれも自力復帰した。
この日の反省点は
・ 救助指揮船は忘れられる。→運航部でなく、救助部自身で送り迎えや弁当配布を行うべし。
・ A海面とB海面が近いとマークを誤認したり、応援艇が他海面のレース艇の邪魔になる。
   →海面は出来るだけ離す。
・ レース予定が延びると燃料が心配。→指揮船に連絡して補給に戻る。
・ レース終了したクラスの船が帰港するときにレース艇の邪魔になる。
   →帰港ルートをフィニッシュマーク付近の救助艇から指示する。
・ ハンドマイクが濡れて故障する。→ナイロンで包んで使用する。


9月13日(月)救助ボート

今日は最前線の救助ボート(6人乗りゴムボート、25馬力船外エンジン)16艇のうち、A海面のリーダー艇に乗せて頂く。
救助艇救助員は野口さん。海上自衛隊の操縦士は大山氏、フロッグマンは柳橋氏。
柳橋氏の階級はわからないが、今回来ているフロッグマンの殆どを育てた人で、ペルシャ湾の機雷除去にも参加したフロッグマンの第一人者だ。筋肉盛り盛りで厳しい顔の中にも笑顔がやさしい、まさに教官タイプの人だ。
今日の天気は昨日と打って変わって晴天。しかし風が乱れている。南風が北風に変わるような大振れだ。しかも安定するのを待っているうちに、全くの無風になってしまい、午前のレースを諦め帰港する。
ウインドサーフィン、スナイプ級、シーホッパーをまとめて4〜5艇ずつ曳航しマリーナに着くと470級が出艇の準備をしている。えーそれはないでしょ。でもしょうがないので弁当を積み込み、ガソリンを補給してすぐに出る。みんなも頭にきたのか弁当を3個取り落とし、それも補給。
海上で待機するが、ない風を待っても無い物はない。自衛隊のゴムボートは何故か黒色のため、暑くてたまらなく、泳いで体を冷やす。
レース海面のゴミ拾いをしたりしてもなかなか時間が過ぎない。
ようやく15時に中止決定。またレース艇を曳航して帰港する。ウインドサーフィンの曳航には浮くロープを流し、掴まらせていた。なかなかよいアイデアだ。

夜は「全国都道府県代表者懇親会」が宇土市内で開催され、富山から12名が参加。
開会式で挨拶できなかった面々が次々と挨拶する。宇土市長は雨乞い太鼓で大雨を降らせてしまったことを詫び、風を呼ぶ太鼓がアトラクションに鳴らされる。
掃海艇まきしまの片山艦長と無風で待機状態のときに何をすべきかで盛り上がる。救助艇のトライアルが提案され、2隻の救助指揮船を3周回って、皆からオッズを集めればどうかということになった。また、自衛隊のカレーはおいしいそうで、前もってお願いしておけばご馳走して頂けそうだ。
終わってから富山県勢だけでマクドナルドに陣取り、アイスクリームを食べながらミーティング。富山への飛行機チケットが5枚しか確保できなかったので、13名のうち5名が自動車、3名が夜の小松便となるが、熾烈なくじ引きで決定する。

9月14日(火)指揮船B

今日の午前で国体日程は終了するが、予定された5レースのうち1レースしか成立していないため、全種目1レースずつ実施す黒板に救助艇と沈艇の位置を表示ることになり、B海面の指揮船「にのしま」に乗せて頂く。救助部は田川副部長と本多先生、通信部は自衛隊の赤林さん、熊本さん。
昨日の太鼓が台風まで呼んだらしく、海面には白波が立っている。
スタート前に既に沈艇が出ている。山形、埼玉が結局リタイアし帰港した。9時6分にゼネラルリゴールの後、1分間ルールが適用され、9時16分に少年女子FJ級36艇がオールフェアでスタートする。続いて9時22分に少年女子シーホッパーSR級がスタート。
上マーク、第2マーク、第3マークで続々と沈している。
波があるため、救助艇もなかなか近づけない。10数艇沈し、5艇救助する。衝突による沈も発生しているようだ。
富山のFJも第2マークで沈し、なかなか起きて来ない。救助を求めないので見守るしかないが、少女の体重でこの風の強さでは負けてしまうようだ。
ゴールした艇から帰港しているが、マリーナの入り口で沈が発生し、救助艇が気づいていない。しかも岸壁にだんだんと近づいていく。救助艇に無線で要請するが、波のため思うように進まないようだ。そうこうしているうちに自力で復帰し一安心する。
なんとか全艇が復帰し、10時10分に少年男子FJ級、10時16分に少年男子SR級がスタートする。11時12分に全艇がゴールし、全種目が2レース消化することが出来た。最終日はずいぶんと救助が大変だったが、怪我が出ず、本当によかった。
14時から閉会式。地元熊本が総合優勝し、皆で称える。富山県勢は成年男子470級が2位、成年男子種別7位、あとはボチボチと言う結果。
最後に宇土市の田口市長から次回開催地の新湊市分家市長に引き継がれ、すべての大会日程は終了する。
反省点
・ 救助艇が気づかない沈艇がありうる。→指揮艇での全体把握と適切な指示が必要。
・ 波が出ると救助艇の動きが困難。→指揮艇での救助艇位置の把握を確実に行い、近くの艇を指示する。
・ 救助艇の判別が指揮艇からは困難。→分かりやすい標識を救助艇に付けるか、無線で位置を把握しておく必要がある。

救助部の皆さんに別れを告げ、富山勢13名で熊本市内のキャッスルホテルに向かう。
シャワーを浴びてから馬刺しを食べに出かけ、しっかりと堪能してから熊本ラーメンとロッテリアのアイスクリームでとどめを刺す。

9月15日(水)台風の中 帰富

朝6時ごろから太鼓の音で目が覚める。熊本は太鼓が好きなところだ。今日は藤崎八幡宮の例大祭で、鉦や太鼓で飾り立てた馬を追う「馬追い」が60組も出ている。
加藤清正公が朝鮮出兵から無事帰国し、兵を引き連れてお礼参りしたことが起源だそうで、昔は「滅ぼした」から「ボッシタ!ボッシタ!」と掛け声をかけていたそうだが、韓国への遠慮から今は「ドウカイ!ドウカイ!」と掛け声をかけながら熊本市内を練り歩くそうだ。

13時の飛行機に乗るために福岡空港に着くと、台風のために場合によっては富山空港でなく大阪空港に降りるか福岡空港に引き返すこともあると言う。結局は最悪クジを引いたと思われた車組が一番安全・確実であり、本当に人生は分からないものだ。
30分後れで飛行機は出発し、富山上空で高度を下げ始めると確かに揺れ方がいつもと違う。下を見ると神通川は真茶色で物凄い水嵩だ。翼から白い煙も出ており、不時着のために燃料を捨てているのかと疑う。(実際は単なる霧だったようだ。)我が家上空をとおりすぎ、これで見納めかと目に焼き付ける。しかし高度がなかなか下がらない。富山空港を過ぎ、こりゃ大阪空港かな、と諦めかけた時に飛行機はUターンし、高度を下げて無事にランドオン。 さすがに拍手が沸き起こりましたねー。