どちらでも 1
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「か、カカシさんのばーかっ!!」 「なっ、なに言ってんですかっ。」 「ばかったらばかっ、ばーかばーかばーかっ!」 「あのねえ、そう何度も連呼しないでくれませんかイルカさん。俺だって人間なんですから何も感じないわけじゃないんですよ?あ、あれ、イルカさん?」 よくよく見てみると、イルカさんの目が潤んでいた。 「そんなわけで一緒に里抜けして下さい。」 イルカさんは俺の背中に腕を回して静かに涙を流した。声にならない声で何度も頷いてくれた。もう、それだけで惚れ直しちゃう。かわいいね、イルカせんせ。 5代目火影が退任して6代目火影の座に就いたのはハト派の一派の一人で、家庭的な男だった。その男が体調不良とやらですぐに7代目火影をたてることになり、白羽の矢が立ったのが俺だった。しかし俺はまだ若い。火影になるには貫禄共に里に忠誠を誓う誠意が必要だとかで、6代目火影の娘さんと政略結婚せいと言うお達しが出たのが一昨日。そう言えば4代目の奥さんは里の上層部の娘さんだったなあ、ま、俺の恋人はイルカさんだけなので火影はともかく結婚はできないから適当に断ろうかなあ、などと悠長に構えていたら翌日にはいつ頃祝言を挙げるか、着任式はいつがいいんだと上層部が言い出してきた。 「実は娘はお前に惚れているらしくてな。」 と言ってきた。おいおい、ちょっと待て。まさか火影を辞めるのは俺と娘をくっつかせるためだとか言うんじゃないだろうな?と訝しげに問う目を向ければ目をそらされた。 「それで具体的にどうしますか?カカシさん単体ならともかく中忍である俺が一緒にいれば追い忍にすぐに追いつかれてしまいます。任務に出て死んだと思わせるのがいいでしょうが。」 ようやくなだめて泣きやんでもらって今後の事を話していれば、イルカさんの意見を言う顔は曇る。まあ、そうだねえ、でも俺とイルカさんが恋仲だって言うのは一部には知れ渡ってるんだよねえ。時期をずらしたとしても任務に出て二人とも死亡しましたとか言ったらそりゃあ裏があると思われても仕方ない。それに上層部のあの行動の早さ。このままだと任務どうこう言う前に火影にされてしまいそうだ。 「ちょっと時間的に無理があります。火影は明日にでも祝言を挙げようとでも言うかのように催促してます。少々強引ですが里抜けは強行します。」 「どこに逃げるんですか?あなたはビンゴブックに載ってる程有名なんですよ?里を抜けたとなったら木の葉だけでなく他の里からも刺客がやってくるのは目に見えてます。」 イルカさんの目が心配そうに揺れている。この人は、自分のことよりも俺の事を思って心を痛めている。自分の立場の方がよっぽど危ういと言うのに。 「えーと、まあ、俺の理論が正しければその辺りもなんとかなります。」 「理論って、それどういうことなんですか?」 作戦ならともかく理論と言うのに解せないものを感じたのだろう。イルカさんが問いかけるような目を向けてくる。 「ま、とりあえず今から出発しますから用意して下さい。」 「えっ、今からですか?」 イルカさんは目を見開いた。まあ驚くのも無理はない。 時間にして夜の8時を少し過ぎた頃だろうか。 「ええ、今からです。俺、あちこち行って結婚を回避するのに助言を聞き回ってたので今頃は上層部で俺が結婚を嫌がってるって知られていると思うんです。行動は早い方がいいです。明日になればどうなっているか分かったもんじゃないですからね。」 何せどこに行っても誰に聞いても火影になれるのは素晴らしいことだし、結婚もめでたいことだと言われるのだ。そのたびに曖昧な返事をしていれば訝しがられても仕方ないだろう。 「あの、ナルトにだけはお別れを。あの子だけは、」 イルカさんが懇願した。 「ナルトをまだ子ども扱いしてるんですね。もう立派な上忍なのに。」 言われて少しむくれてしまったイルカさんに苦笑した。 「仕方のない人ですね、少しだけですよ。さ、すぐに準備して下さい。」 イルカさんはありがとうございますと言って準備に取りかかった。俺も準備に取りかかる。ちなみにここは俺たちの家だった。数年前から俺たちは同棲しているのだ。 ナルトの家に着けば、ナルトはご飯を食べている最中だった。今では自分で料理をするらしく、ちゃんと野菜も魚も好き嫌いなく食べている。こいつも成長したもんだ。 「あれ、イルカ先生にカカシ先生じゃん。二人そろってどうしたの?」 がっちりとした体格になって、身長も体重も俺を超してしまった。子どもの成長ってのはどうしてこうも感慨深いものがあるんだろう。 「ちょーっとね、入るぞ。って、うわっ、おっまえの部屋きったないな、ちゃんと片付けろよ。」 俺は勝手知ったる他人の家とばかりに遠慮なくずかずか入っていった。ナルトが慌てて俺の後についていってガサゴソと適当に片付けていく。 「う、うっさいなっ。ゴミの日にはちゃんと捨ててるってばよっ。」 イルカさんは苦笑いしながらもナルトの家に入ってくる。 「で、何かあったのか?」 ナルトが聞いてくる。ダイニングテーブルに座っていた俺とイルカさんは顔を見合わせて笑った。ナルトに気を遣わせてしまっている。いけない大人だな。だがイルカさんは言い淀むことなく言った。 「ナルト、俺とカカシさんは里を抜ける。」 「な、どうしてっ。だってカカシ先生は、この里にとってもうかけがえのない程の存在で、イルカ先生だって、アカデミーはどうすんだよ。こないだだってまた入学してきたガキたちにって、あんな楽しそうに準備してたじゃんかっ。」 ナルトが言っていることは本当だ。イルカさんは今年も新しく入学してくるアカデミー生のクラスを担当するのだとそれは嬉しそうに準備を進めていた。それは俺もよく知っている。 「ナルト、カカシさんが7代目火影に就任することが決まった。」 ナルトは黙って聞いている。 「伴って6代目の娘さんと祝言を挙げる運びとなった。」 ナルトがはっとして顔を上げた。俺をじっと見つめる真っ青な瞳が微かに潤んでいる。 「もう決定事項だ。誰にも止められない。」 「そんなっ、だって先生たちは...。」 ナルトはイルカさんの言葉を遮るようにいきり立ったが、語尾が段々と小さくなっていった。しゅんとしてしまった様子が、まるで叱られた子どものようにひどく頼りない。そんな風に感じてしまい、不謹慎ながら少し心の中で微笑んでしまった。下忍だった時を懐かしく思い出す。 「まあな、俺とイルカ先生は愛し合ってる。尋常ではない位にな。」 俺のその言葉はあまりにもはっきりと俺たちの関係を肯定している。隣を見るとイルカさんの目元が赤い。どうやら照れているらしい。確かに大っぴらに人に話したことなかったからなあ。 「ま、そんなわけなんで悪いけどさよならだ。」 話しは終わりだと俺は立ち上がる。 「ナルト、ごめんな。お前の成長をずっと側で見ていてやりたかったけど、お前はもう一人でも大丈夫だ。仲間も友人もいる。」 イルカさんがナルトの金色の髪をさやさやと撫でた。 「元気でな。」 イルカさんの言葉を最後に俺たちは玄関へと向かった。 「待ってくれよっ。」 ナルトも立ち上がった。引き留められるかと少し身構えたが、ナルトの目は真剣だが反抗的な物を感じなかった。ただ、慈しみの籠もったものだけがそこにあった。 「俺も手伝うってばよ。」 「ばっ、何言ってんだっ。里抜けの手引きしたなんて知れたらお前だってただじゃ済まされないんだぞっ。」 イルカさんは声を荒げた。 「気付かれないようにすればいいんだろ?へへ、俺だって伊達に上忍してないってばよっ。」 俺は苦笑いしつつも好きなようにしろ、と笑って肯定してやった。ぶっちゃけここで押し問答を繰り返している時間ですら惜しいと言うのも理由の一つだったが。まったく、仕方のない奴だ。 「カカシさん?」 訝しんでイルカさんが声をかけてきた。 「里を抜けてもどうせ追っ手が来るんで、いっそのこと時空間を飛び越えて別の次元に行きます。」 イルカさんが呆然とした顔をしている。意味がよく分からないようだ。 「あの、それは一体どういう...?」 「丁度ナルトもいるのでたぶんですがうまくいきます。」 「え、あの、たぶんの確率なんですか?もしかして先ほどの理論ってこのことですか?カカシさんのことを信用していないわけではないですが、その、」 まあ、戸惑うのも仕方のないことだ。だがここにナルトという存在がいる。俺の万華鏡写輪眼だけでは少々心許なかったが、ナルトの遺伝的特異体質である時空間忍術を使えばなんとかなるだろう。現にナルトはもう理解しているのか、印の組みを考えているようだ。 「カカシ先生の言いたいことは分かるってばよ。万華鏡写輪眼と俺の時空間忍術で別の時空へ飛ぶってんだろ?俺が移動する時に一瞬だけ通り過ぎるようなだけの場所だから恐ろしくおかしな所ってわけじゃないみたいだけど。」 ナルトの言葉に俺は頷いた。 「十分だよ。まあ、四代目もなんか色々やっていたみたいだし、危険な場所ではないことは確かだね。ナルトだってそう思ったから移動に通り過ぎてるんでしょ?」 「うーん、まあね。でもほんと、よくわかんない所だってばよ。こっちと似ているようで全然違うし。」 二人だけの会話にイルカさんは少し焦れてきているようだ。少し不機嫌な顔つきになってきている。 「二人とも、一体何の話しをしてるんです?俺にはさっぱり分かりませんよ。」 「里抜けのための忍術の話しですよ。なーに、心配はいりません。きっと大丈夫ですから。ナルト、じゃあ頼むな。」 「うん、解った。あ、そうだ、これ持ってってよ。」 ナルトは餞別とばかりに一本のクナイを投げてよこした。一瞬、ナルトは今まで見たどの顔よりも真剣な顔つきになっていたが、次にはにいっといつものように笑うと術に集中しはじめた。ほんと、お前には苦労かけるねえ。 沸き上がってくるチャクラの量に自然と身体が戦慄く。 「イルカ先生、こちらへっ。」 俺の言葉にイルカさんは素早く移動して俺の側に寄った。 「俺の肩をつかんでいて下さい。絶対に離さないでください。いいですね、どんなことがあっても離してはいけません。」 真剣な物言いにイルカさんも真剣に頷く。
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