|
「カカシさん、カカシさん、起きて下さい。」 イルカさんの声にうーん、と言いながら目を開けた。だが体が動かない。どうやらチャクラ切れを起こしてしまったようだ。 「次期火影様だったとは思えないていたらくですね、カカシさん。」 イルカさんは笑って俺を仰向けにさせた。そしてイルカさんの胸に抱かれるような体勢にして座らせてくれた。 「イルカさん、かわいいなあ。」 思わず言ってしまえばイルカさんは照れたように顔を赤くさせた。いつもだったら三十路も大分過ぎたおっさんに何言ってんですとか言って不機嫌になるのに、今日のイルカさんはほんとかわいいんだから。 「ひとまず今は夜のようですね、人目につかなくてよかったです。カカシさん、体が完全回復するのは一週間後ってとこですね?」 「はは、仰るとおりですよ。ま、どこも怪我もないし、イルカさんがちゃんと側にいますから作戦は大成功です。」 イルカさんは頷いた。 「ところでここは一体どこなんですか?木の葉の里ではないと言うのは分かりますけど。」 周りを見渡したが木々の生い茂る森のようだと言うのは分かったがそれ以外のことは分からない。俺は改めて考えた。だが的確な地名やなんかはまったく分かっていないのが現状だった。 「実は俺も来たことないんですよね。4代目とナルトぐらいじゃないですかね、こっちに来たことあるのは。」 「あの、ですからこっちってどこなんですか?」 「ま、朝になれば分かりますよ。今夜はとりあえずここにいましょう。何も分からないのに動き回るのは得策ではないですし、少々寒いですが我慢して下さいね。」 イルカさんはいいえと、首を横に振って荷物から毛布を取りだした。そして俺にかぶせ、二人抱き合う恰好になった。 「こうすれば暖かいですね。」 イルカさんはそう言って笑ったが、俺はちょっと納得がいかず、ぶつぶつと呟いた。 「暖めるために抱きしめるのは俺の役目なのに...。」 「なーに言ってんですか。俺にだって男の甲斐性はありますよー?」 イルカさんは少しばかりむくれた俺をぎゅうぎゅう抱きしめた。俺はあっさりと機嫌を直した。密着していることに変わりないことだし。 そして数時間後、夜明けと共に俺たちは起きた。動けない俺の代わりにイルカさんは周りの偵察に行くことになった。くそっ、ふがいないばっかりに苦労させるなんて、俺のスタミナ不足めっ!と自分に憤慨しても仕方がない。俺は心底心配だったが、イルカさんは優秀な忍だ。危険になったらすぐに逃げて下さいと念を押した。イルカさんはしっかりと頷いて行ってしまった。 そしてしばらくしてイルカさんは戻ってきた。なにやら眉間に皺を寄せている。悩んでいるような顔つきだった。 「おかえりなさい、お疲れ様でした。」 労いの言葉をかけると、イルカさんははい、只今帰りました、となんとなく心ここにあらずのような返事を返してきた。 「あの、イルカさん?」 「カカシさん、とりあえず言葉は通じましたし恰好も通常俺たちが着ている普段着とあまり変わりませんでした、顔つきだって、文化も似たところがありましたがよく分からないものも沢山あって、とりあえずカカシさんが回復するまでここをアジトにして諜報活動をすることにしたいと思います。」 「そうですね、慎重に事を進めましょう。ちなみに貨幣はさすがに木の葉と同じと言うわけにはいかなかったですか?」 「はい、単価は円と言うらしいです。残念ながらカカシさんの莫大な貯蓄もここでは意味なかったですねえ。」 はは、と笑われて俺もつられてて笑った。大体木の葉にある銀行なんてここにはないんだろうからお金を引き出すことだってできないのは予想がついていたのだが。 「俺が動けない分、今はイルカさんだけが頼りです。はは、すみませんが諜報、よろしくお願いします。」 イルカさんはそれを聞くとはりきってがんばりますっ!と元気よく答えた。何か彼のスイッチを押してしまったらしい。 「ところで俺たちが今いるこの場所はどういった位置付けにあるんでしょう?イルカさんが偵察に行っていた所は町でした?村でした?」 同じくもそもそと簡易食料を食べていたイルカさんは淀みなく報告した。 「ここはどうやら公園のようです。」 「公園って、ブランコがあるあの公園ですか?随分と広いですね。まるで森のようだと思ってしまいました。」 「ええ、ですがよくよく観察するとどうやらこの森を囲んで町が発展しているようです。周りをとり囲んでいる町がどこまで続いているかも分からなくて、とりあえず一望できる所まで行こうと思ったんですが、あ、そうだ、肝心な事を言い忘れていました。」 イルカさんが食べていた固形食料を持ったまま慌てて言った。 「カカシさん、どうやらここでは忍術がないようなんです。」 「えっ、忍術使えないんですか?」 俺は慌てた。俺なんて体力と忍術がなければはっきり言って役立たずも同然、社会不適応者だと言うのにっ。 「いえ、そういう意味ではなく、ちゃんと使えますよ?」 そう言ってイルカさんは火遁で小さな火を起こして見せた。俺はほっとした。 「ただ、チャクラをまったく感じないし、忍者のような人たちもいませんでした。武器なんかは携帯はしていないようでしたし、それだけ平和と言うことでしょうか。それとも火の国の都心のように忍びがあまりいない地域と考えるべきなんでしょうか。それでも一人も忍びらしい人物は見かけなかったんです。どう思います?」 「ちょっと分かりませんねえ。もう少し詳しく調べてみないことには。でも注意は怠らない方がいいです。忍術を知らない人たちかもしれないと思ってはいても、忍術の代わりになるものが発達しているかもしれませんし。油断は禁物です。」 と、言うわけでそれからイルカさんには偵察がてら食料や衣服の調達をしてもらうことにした。 「なんですかこれ、武器、じゃないですよね?」 色とりどりの塊を指させば、イルカさんは苦笑して答えてくれた。 「実は俺もよく分からなくて歩いている人に暗示をかけて聞いたんですけど、車っていうものだそうです。人を乗せて高速で移動する機械のようですね。列車に似ているもののようですが。」 「イルカさん今まで暗示をかけて人に聞いてたんですか?」 「ええ、最初の頃は普通にあれはなんですかとか聞いてたんですけど、そのうち心に余裕が出てきて相手の顔が観察できるようになってくると、相手の自分を見る目がなんとも言えない怪訝そうなものなのに気が付きまして。当たり前の日常のことを聞いていると言うのは聞かれる側としては不気味に映るんですよね。それを失念してて、それで暗示をかけて聞くようにしたんです。そうすれば不審がられずに聞きたい情報を素早く入手できますから。」 俺はなるほど、と頷いた。それから俺はイルカさんの案内を受けてこの町のことを観察していった。確かに木の葉と似通った所は多いが木の葉よりも発達した場所だというのが分かってきた。 「一番大きい紙幣が一万円札です。次に5千円札、」 イルカさんは机に並べていく。こういう所はなんとなく先生って感じだなと思った。もう、こっちの世界で先生になることはないだろうけど。 「ちょっとカカシさん、ちゃんと聞いてるんですか?」 「はは、聞いてますって。支払い方は木の葉と変わらないようですし、計算方法も同じで覚えやすいです。」 「それならいいんですけど。それでこれからのことなんですけど、とりあえず働くにしろ住む場所を決めるにしろ身分証明書が必要なんですよ。」 それはこの一週間の内でも何度か聞いた単語だった。どうやらこの世界では身分証明書がないととりあえず何もできないようだ。まあ、それは木の葉だって似たようなところはあるだろうが。 「身分証明書を持たない人たちだっているはずですよ。そういった薄暗い部分ってこの町にはないんですか?」 「スラム街と言うことですね。」 イルカさんは眉間に皺を寄せた。まあ、確かに今までは忍びという暗い家業とは言え、堂々と生活していたものが、後ろ暗い生活をしなければならないとなると気分も滅入るだろう。けど、謝ったりはしない。間違ったことなどはしていない。イルカさんが好きだから、だから逃げてきたんだ。誰に何と言われようともその気持ちに偽りはないのだから。 「カカシさん?」 あ、暗い顔してたかな。だめだな、これからの生活を考えれば気弱になったっておかしくないのだ。俺が盛り上げていかないと。 「イルカさんはどんな仕事に就きたいです?やっぱり学校のとはいかなくても先生がしたいですよね?」 イルカさんは黙って立ち上がった。あれ、なんだろ、ちょっと空気かひやっとしたような気がした。 「あの、イルカさん?」 「カカシさん、何を勘違いしているのか知りませんけど、俺は生半可な気持ちで里抜けに同意したわけじゃないですよ。それこそあなたとならどんな生活だって這いつくばってでもするつもりですよ。この何も分からない世界で先生をしたいだあ?誰がそんな甘ったれたことがしたいと言いましたか!俺は生きるために働きたいと言ってるんです。日々パチンコで稼ぐようなやり方は俺の道徳観念に反するので日雇いでもなんでも自分の力で稼ぐような仕事をしたいんです。それなのにあなたときたら、」 イルカさんの剣幕にしゅんとなりつつも俺は上目遣いで彼を見る。 「だって、イルカさん、スラム街の事を言った時に眉間に皺を寄せたから、そういった暗い場所で生活するのは耐えられないのかと思って。」 俺は言い訳めいた反論をしたが、それを聞くとイルカさんはなんだ、と肩の力を抜いた。 「そんなことでしたか。まあ、勘違いをさせてしまったようなので謝っておきます。すみません。でも別にスラム街が嫌だと言う理由でしかめっ面をしたわけじゃないですよ。実はスラム街がこの町に存在しないのではないかという考えが浮上してまして。」 「え、ないんですか?」 どんな町でも光り在るところに影は在ると言われるように暗い部分はあるはずだ。それなのにこの町にはそれがないと言うのか?そんなお綺麗な世界だと言うのか、みながみな飢えもなく正義の元に生活していると言うのか? 「やくざや日雇い労働者、ホームレスといった人たちがいる場所というものがどうにもオブラートに隠されているような気がするんです。誰に聞いてもうわさ話すらないのが現状で。まあ、最悪この町になければ別の町に移り住むことも俺たちにとっては苦じゃないですしね。」 そう言って笑ったイルカさんの顔はとてもかっこいいと思った。俺は嬉しくなって笑い返した。よかった、イルカさんがイルカさんでよかった。この人がこの人だからこそ、俺は選んだんだ。そして愛している。大切な感情だ。 「暖かいご飯もいいですが、どうせならイルカさんの手料理が食べたかったですね。」 俺は煮魚の身を口に運びながら呟いた。イルカさんは落ち着いたらいくらでも作りますよ、と笑ってくれた。
|