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始めに来た町が田舎に思えるくらいの大都市にたどり着いた俺たちは、とりあえずスラム街へと赴いた。 「ねえ、なんであの人因縁つけられてんの?」 男は一瞬俺の容貌にぎょっとしたようだ。まあ、顔の傷はわざと消したりしないで晒しているからそんな反応は珍しくもないけど。 「あいつらはしゃば代を要求してんだよ。」 「ここいらはあいつらのシマなの?」 「そんなの聞いたことねえよ。今までずっとここでテント暮らししてたんだ。それなのに急に払えっつって、くそっ。」 男は歯がみして睨むようにして見ている。助けたくとも助けられないのだろう。どう見てもチンピラの方が強そうだし、巻き添えを食うと自分の立場も危うくなる。そうだな、難しい問題だ。一般常識として助けるという行為は輝かしく正当で常識的に見えるが、巻き添えを食って共倒れになってしまえば元も子もない。助けを呼びたくともホームレスの言うことを誰が聞くだろう。 「ちょっと、うざいからどっか行ってくんない?」 俺の言葉にチンピラたちはターゲットを俺に移した。因縁をつけられていたホームレスはその場に崩れる。暴力はふるわれてなかったようだ。 「あんた、俺らにいちゃもんつけるってのか?ああ?」 いちゃもんと言うよりはとりあえず下手に出てお願いしているつもりなんだが。 「どうだっていいよ。俺、人と待ち合わせしてんだよね。だからさっさと言うこと聞いてよ。」 俺が言うとチンピラがいきなり殴りかかってきた。俺はそれをわざと受けた。痛みはない。殴られた頬が赤く腫れあがったが演技だったので痛くも痒くもない。はっきり言って動きが緩慢すぎて避けるのも面倒だったんだよねえ。 「まあ、やられたらやりかえさないとね?」 俺はにっこりと笑った。そして反撃を開始した。チンピラたちは俺の攻撃に次々を倒れ、呻く。大丈夫大丈夫、ちゃんと加減したし、見た目が痛そうだけど治りは早いようにしといたから。 「ごめん、待たせちゃった?」 「いえ、大丈夫ですよ。」 俺たちは連れだって歩き出した。イルカさんの手にはスーパーの袋が握られている。 「今日のご飯はなんですか?」 「ほか弁です。」 イルカさんは少し申し訳なさそうに言った。まだ調理器具だとか冷蔵庫が揃っていないので調理をするにはもう少し稼がないとだめだろう。 「なに謝ってんですか。シャケ弁あります?」 「はい、ちゃんとありますよ。」 イルカさんは小さく笑った。ちょっと元気がない。今日の仕事、きつかったのかな? 「イルカさん、元気ない?何か嫌なことでもあった?」 覗き込むようにしてイルカさんを見ると、イルカさんはちょっと考える素振りをしたが、いいえ、と首を横に振った。 「ちゃんと働いた日は、やっぱりちゃんと手作りのご飯を食べさせてあげたかったんです。それだけですよ、大したことじゃあないです。」 俺はそれを聞くとイルカさんの手を取って走り出した。突然走り出した俺にイルカさんは慌ててついていく。俺たちは目前まで迫ったアパートに駆け込んだ。そして薄い扉を閉めるとイルカさんをぎゅっと抱きしめた。 「イルカさん、俺イルカさんが大好きです。」 イルカさんは俺の背中に手を回して抱きしめ返すと、俺もですよ、とぽんぽんと背中を優しく叩いた。 「俺はイルカさんの手作りのご飯が好きですが、イルカさんが俺のことを思ってくれる気持ちの方が何万倍も好きです。兵糧丸で数週間耐えてた時もあったんですから、それに比べれば随分と恵まれた食生活ですよ。それにイルカさんが選んで買ってきてくれたものなんですからイルカさんが用意してくれた食事に代わりはありませんよー。」 俺はそう言ってイルカさんの手からビニール袋を取り上げた。畳みの上にシャケ弁とカツ弁を置いた。 「さ、食べる前に手を洗いましょっ。」 俺は台所でじゃぶじゃぶ手を洗った。イルカさんも俺に習って手を洗う。そして今日の仕事のことだとか、今日稼いだお金を出し合って物価だとかこの辺りでリサイクルショップでもあればとかの話しをしながら食事を取った。 「助けるなとは言いませんけど。カカシさん、もう少し控えめに行動して下さいね。俺たち身分を証明するものがないんですから下手に警察だとかのお世話になると後々大変です。」 「はーい、今後気を付けます。」 俺は礼儀正しく返事をした。それから歯を磨いてすぐに就寝する。実はまだこの部屋に布団はない。持ってきた毛布で二人してくるまって眠らなくてはならない。明日も肉体労働だと思えばしばらくは禁欲生活をしなければならないと言うのは重々承知だが、やはりすぐ傍に愛しい人がいるとなるとなかなか精神的に辛いものがある。 翌日、その日も日雇いの仕事だった。俺はまた土木関係の仕事でイルカさんは警備員の仕事らしい。 「よう、おっさんひなたぼっこ?」 俺は近くまで寄っていって気軽に手をあげた。まだまだこっちの世界の情報には疎いので少しでもこの辺りの情報を仕入れるためにもコミュニケーションは大切にしないとね。 「一袋どう?」 言うとおっさんはどうもー、と受け取った。イルカさんにも一袋おみやげがあるのでちょっと寛容な今日の俺だった。 「あれ、怪我してんの?昨日は殴られる前だったような気がしてたけど、あれからもしかして報復とか受けてた?」 やっぱり余計なことしちゃったのかな?とちょっと思ったが、おっさんはいいや、と苦笑した。 「ヤクザはなあ、まあ怖いけど、でも一番怖いのは若い人たちだよ。」 ナルトたちのガキ時代を思い出したが特に怖いというものではなかったような。ああ、でも他里の殺戮マシーンとして育てられたガキは怖いと言うよりも哀れに感じたな。 「怪我、若い人たちにやられたの?」 「憂さ晴らしに殴ってくんだよ。サラリーマンに社会のゴミだとか言われるのも辛いけどね。」 「ふーん。」 俺はその場にしゃがみ込んだ。今日のイルカさんの仕事は夕方から深夜までなので今から家に帰ってもいないのだ。イルカさんのいない家に帰ってもちょっと虚しいだけなのでおっさんに話し相手になってもらおう。 「兄さん、名前は?」 「俺?俺はカカシ。おっさんは?」 「俺はカズってんだ、よろしくな。」 「うんよろしくー。カズさんはここ、長いの?」 「そうでもないな、ここ1.2年ってとこだよ。あんたはここいらじゃ見ないけど、ホームレスってわけじゃないんだろ?」 「うん、まあなんとか生活してるけどほんとギリギリの生活だねえ。ま、相手がいるからがんばるけどねえ。」 言うとカズさんはにっと笑った。 「なんだよお相手がいんのかよ、やるねえ。なに、美人?」 「あー、もう、美人も美人。俺が落としたのなんて奇蹟に近い程美人だね。」 俺の惚気にカズさんはへえ〜、と感心したように頷いた。 「なに、羨ましい?でも悪いけどわけてあげないから。」 俺はにしし、と笑ってやった。カズさんはちくしょう、いいよなあ、なんて笑いながら愚痴った。 「あ、でもさ、パンの耳ってそのまま食うとちょっと食べ辛いって言うかまずいんだよね。おいしく食べられる方法って知らない?」 「あ〜、そうだなあ。やっぱり揚げパンみたいにして油であげて砂糖でまぶすのがいいんだが。」 「油で揚げるなんてそんな光熱費と揚げ油代がかかるような調理法はできないんだよ、うち貧乏だから。」 言ってにっと笑うとカズさんはそれじゃあなあ、と別の方法を教えてくれた。 「じゃあ俺帰るわ。カズさんまたね〜。」 俺は立ち上がってバイバイと手を振った。 家に帰ると早速火遁の応用でパンの耳を焼いた。トースターがないので仕方がない。それから家のコンロで砂糖を水で溶かして飴状になったものをパンの耳に絡めてあとは乾燥させる。これで終了だ。 「お仕事お疲れ様です。仕事はどうでした?」 一間しかないので玄関から入ってきたらすぐにお出迎えができるのは嬉しい。 「ええ、まあ、見回る仕事だったんですが、ビルの中を迷いそうになりましたよ。複雑で乱雑すぎるんですよ。えっと、それはともかくカカシさんこれどうしたんです?」 イルカさんの視線の先には、山盛りのかりんとうもどきのパンの耳があった。 「へへ、実はパンの耳が安売りしてまして、知り合った人に簡単にできるかりんとうの作り方を聞いて作ってみたんです。」 そう、カズさんに教えてもらったのはこれなのだった。 「どうやって作ったんですか?」 「それは秘密です。どうします?今食べますか?それとも朝食にします?」 「今日少し食べて朝食にします。牛乳と一緒に食べたら美味しそうですよね。」 イルカさんはなんとなく嬉しそうだ。俺も嬉しくなって一つつまんで食べた。イルカさんも口に入れる。 「丁度いい甘さです。疲れた体に甘いものはいいんですよね。」 イルカさんはもう少し食べたいけど止まらなくなりそうなんで今日はここで打ち止めです。なんて言って笑った。 俺は基本的に甘いのは苦手なんだけど、それでもうまく感じたんだからそれなりに成功したと言っていいだろう。 そして翌朝、俺はまだ眠っているイルカさんをそのままにして仕事の斡旋所へと向かった。昨日が遅かったのでイルカさんは今日、お昼まで休んでまた深夜枠の仕事に行くのだろう。少しでも疲れが取れるように休ませてあげないと。 「あ、お、おかえりなさい、カカシさん。」 手と口をべたべたにしたイルカさんは少し恥ずかしそうにしている。子どもみたいでかわいい。俺はくすくすと笑ってスーパーの袋から牛乳をイルカさんに渡した。 「ただいまです。おいしいですか?」 俺は自分のぶんの牛乳と、一緒に買ってきた賞味期限が今日切れるフルーツヨーグルトを袋から出した。 「さすがにかりんとうだけじゃあすっきりしないからね。デザートです。」 イルカさんは幸せそうにへへ、と笑った。 「なんか昨日からカカシさんには俺の願望ばっかり叶えてもらっちゃってますねえ。」 「牛乳とヨーグルトを用意しただけでそんだけ喜んでもらえるなら本望ですよ。」 どうせなら食後のコーヒーでもいれてあげたいくらいだがサイフォンなんかないしなあ。ま、いつか買えるといいけれど。 が、翌日、その道を歩いていたらカズさんのテントの前に雑草ではあるが沢山の花が置いてあった。 「あんた、カカシって言うんだろ。カズさんが楽しそうに話してたよ。」 そう言ってカズさんのテントに手を合わせた。それでもう確定した。 「元気そうだったのに、なんで?」 「暴行だよ。犯人捕まってないからどんな奴がやったか知らないけどよ。」 数日前にすれ違った若者たちが頭によぎった。あいつらとも限らないだろうが。 「下手なチンピラよりたちが悪い。チンピラは俺たちを恐喝して脅すし騙すが理由もなく殺したりはしねえよ。」 おじさんはため息を吐いてワンカップの酒を置いた。 「いやな世の中になったもんだよ。どうせ捕まっても大した実刑は受けないだろうしな。」 そう言っておじさんは去っていった。俺は何も言えなかった。 「かりんとうのお礼、言い損ねちゃったねえ。」 オビトと同じだ。死んでからどんなに悔いを改めてももう遅いのだ。 「早く帰ってこないかな。」 |