それから数週間、慣れない仕事だとか生活だとかにようやく慣れ始めた頃、ようやくお金も少し溜まり、少しだが買い物できるようになった。
今日は最低限必要なものを買いそろえるためにリサイクルショップへ行く。

「やっぱり布団はほしいですよね。」

俺が言うとイルカさんはそうですよね、と頷いた。

「最近は一段と寒くなってきましたし。」

「まあ、一組で事足りますけどね。」

にやにやと笑って言うとイルカさんは顔をほんのり赤くして俺の頭をはたいた。

「なに馬鹿なこと言ってるんですか。」

「おや、なにを想像したんですか?俺は純粋に暖を取るために二人一緒に寝るのを提案しただけですが?」

「いーえ、今の発言は絶対に不純なものが含まれてましたっ!!」

そう言うイルカさんはどこなく嬉しそうだ。その横顔を見て俺も微笑む。なにはともあれ生活用品を揃えられると言うのは気分を明るくさせる。
そしてリサイクルショップに着いて布団を二組(イルカさんが意地になったので)と、その他生活に必要だったものを色々と取りそろえた。
その帰り道、大きな荷物を軽々と抱えて土手沿いを歩いていく。まだ時間はお昼になる前だったのでどこかでお昼ご飯を買って外で食べるのもいいな、と思った。

「イルカさん、どこかで何か買って食べますか?」

「いいですね、この近くにパン屋さんがあったはずですからそこに行きましょうか。そう言えばこのあいだ作ってくれたかりんとう、また作ってくださいよ。」

パンの耳を連想したらいしイルカさんがそう言うのを聞いて俺はカズさんのことを思い出した。
数週間前のカズさんのことは、なんとなくイルカさんには話せなかった。仕事場でかかっていたニュースでカズさんの事件が報道されていたがまだ犯人は捕まらない。司法解剖の結果、暴行を加えられた時に折れた肋骨が肺を突き破って、それが死因に繋がったらしい。
さぞや苦しかったろうに。拷問の責め苦にも似た苦しみだったろうと想像が付く。吐血もしたことだろう。

「カカシさん?どうかしたんですか?」

カズさんのことを考えて少しぼんやりとしていたらしい。うあ、夫失格だな、俺。

「いえ、なんでもないですよ?さ、早く行きましょう。」

俺は慌てて歩き出したが、イルカさんはその場で立ち止まったまま動かない。

「カカシさん、この間から何か隠し事してますよね?俺、カカシさんから話してくれるのを待つつもりでした。けど、」

イルカさんは唇を噛み締めた。

「俺には話せないことなんですか?」

哀しそうな顔だった。俺、イルカさんになんて顔させてんだ。一緒に里抜けしてまで一緒にいてくれるのに。

「ごめん、イルカさん。ただちょっと俺もうまく整理できてなかったことだから。」

俺たちは土手沿いに荷物を降ろして座った。そしてカズさんのことを話した。
聞き終えるとイルカさんはそうでしたか、と神妙そうな顔つきで瞑目した。

「犯人、まだ捕まらないみたいなんです。」

「じゃあ一緒に探しましょうよ、犯人。」

え?と思って俺はイルカさんを見た。

「ここは里ではないですし、任務以外で忍術を使っても誰にも咎められませんよ。」

「でも、イルカさんも一緒って。」

「かりんとうのレシピを教えてくれた人なんでしょう?俺にだって借りはあります。さ、そうとなったらすぐに取りかかりましょう。普段は仕事で時間を割けないですから休日に動かないと。」

イルカさんは荷物を抱えて立ち上がった。なんだか随分とやる気だ。

「あの、イルカさん?その行動、ちょっと直球すぎやしませんか。」

イルカさんの背を追いかけて言えば、イルカさんは気まずそうな顔をして振り返った。

「いえ、その。俺、カカシさんの話しはもっと緊迫した俺たち自身の問題のことなのかとずっと思ってて、それで、その、カズさんには申し訳ないんですが、カズさんの話題でほっとしたと言うか。すみません、故人に対して失礼だとは思ったんですが。」

聞いて俺は苦笑した。なるほど、でもまあ、どちらにしろイルカさんに心配かけさせた俺が一番悪いのだ。

「一緒に犯人探しを手伝ってくれるんでしょう?カズさんもきっと許してくれますよ。実はイルカさんのこと、カズさんに話したことあるんです。」

「そうなんですか?面識ないのに知られてたってなんだか不思議な気分ですね。どんなこと話してたんですか?」

「ええ、イルカさんは俺のいい人でべっぴんさんで落とせたのは奇蹟だって、」

イルカさんはそこまで聞くとダッシュしはじめた。後ろ姿から見える首筋が赤い。ああもう、かわいいんだから。

俺はにやにやしながらゆっくりとイルカさんを追いかけたのだった。

それから家で軽くご飯を済ませた後、イルカさんと連れだってカズさんのテントがあった場所へと向かった。

数週間前のことなので証拠などはきっともうほとんど残っていないだろうけれど、それでも俺とイルカさんは聞き込みだとか目撃者探しをすることにした。
が、やはり数週間経っているとなかなか知っている人を捕まえるのは難しい。その日、日がとっぷりと沈むまで捜査をしたが、ほとんど徒労に終わり、俺とイルカさんはアパートに帰ることにした。
帰り道にて、俺とイルカさんは肩を並べて歩いていた。

「収穫なかったですねえ。」

「ええ、そうですね。カカシさんはもう諦めるつもりですか?」

「そんなわけないでしょう?俺があきらめの悪い性格だって言うの、その身に十分知らしめたつもりでしたけど?」

俺はそう言ってイルカさんの肩に腕を回した。すぐそこにイルカさんの顔があって顔を寄せればすぐにキスができそうな距離だ。

「ちょっ、道の往来でなにしてんですか。」

「いいじゃないですか。ここは木の葉じゃないし、知り合いもいないことだし、今は夜ですし。」

「ああもう。手、繋ぎますからそれで譲歩して下さい。」

そう言ってイルカさんは手を差し出した。木の葉ではそんなことまったくさせてくれなかったし、イルカさんから言い出すことは絶対にありえなかったことなので俺は多いに満足して頷いた。

「今日は布団二組買いましたが一組だけ使用することにしますか。」

「調子に乗らないで下さい。そ、そういうことはもう少し生活が向上した時に考えるんですよっ。」

て、ことは生活が向上したらOKってことだよな。これはがんばんないとね〜。

「え〜。俺、まだまだ男として枯れてるつもりないんで我慢できそうになかったら襲いますよ。あ、イルカさん、そういうのも好きでしたか?今まで気付かなくてすみません。いつも普通の方法しか試さなくって。」

「ここから先は一人で帰りますかカカシさん。そして夕食は近くのスーパーの見切り品の油が染み込んだ天ぷらにしますよ。」

「すみませんもう言いません天ぷら嫌いです。」

言えばイルカさんはにっこりと微笑んで言った。

「よろしい。」

 

 

それから、通常の日は仕事を、そして暇を見つけてはカズさんの犯人探しをする生活を始めた。が、やはりなかなか情報は集まらない。目撃者がいたとしても現場を見た人なんているはずもなく時間だけが無駄に過ぎていくようだ。
忍犬でも使えればまた違うんだろうが、次元が違うんだから無事に呼んでやれるか確証もないのに呼ぶことなぞできなかった。
イルカさんとは仕事をしている時間帯がそれぞれ違うので一緒に捜査をするわけにもいかないというのが一番の痛い所なのだが。
季節も大分寒くなってきた、そんなある日、俺はもう日常となってしまったホームレスの人たちとの会話に勤しんでいた。公園のベンチに座って手帳を広げる。
やはりホームレスの人たち同士、カズさんのことを聞くには一番の適材だろう。

「でさ、思い出せた?あの頃のカズさんの一日のサイクル。」

「いや、カズさんはどうだったか知らないけど、ここいらの奴らは大抵なあ、」

どんな細かいことでもそれが犯人に通じる鍵となることもあるんだからと俺はカズさんのことを逐一聞いていってるのだった。ここいらのホームレスの方々とはおおかた一度は話しをきいている。
今日もそうして話しを聞いていたのだがやはりめぼしい収穫はなかった。ホームレスの人と別れて公園のベンチでぼんやりと難しいなあ、なんて思った。

「おいおっさん。」

声をかけられて顔を向けるとそこには数人のいかにもな恰好をしたチンピラがいた。

「なに?」

おっさんの自覚が少々あったので答えてやった。

「最近ここらでホームレスと仲良くしてるってのはあんたか?」

「まあ、そうだね。」

「ツラ、貸してもらおうか。」

「いいよ。」

俺は立ち上がった。そして連れてこられたのはひとけのない廃墟みたいな場所だった。
そいつらは俺を取り囲むとにやにやと笑い出した。まあ、多勢に無勢と言うか、どう見てもケンカになったら勝ち目がなさそうではある。対、一般の人だったらね。

「いろいろ嗅ぎ回ってるらしいじゃん。」

「いろいろと思う所があってね。」

チンピラの一人が俺に向かって殴りかかってきた。俺の態度が気にくわなかったと見える。が、俺はその拳を手のひらで受け取るとそのままひねり挙げた。

「わざわざ着いてきてやったのにその対応はなってないね。どこの回し者なんだ、お前ら。」

男たちは答えずにまとめてやってきた。俺が少々の手練れだと分かって大勢で攻撃することにしたらしい。

「お前たち、ホームレス殺人事件に関わりのある奴らなんだな?」

一撃も俺に決められないまま、俺の攻撃によって地面に顔を付けていく男たちに向かって聞いた。

「くそっ、」

一人が舌打ちをしてナイフのようなものを取りだした。お、武器使うのか。拳じゃらちがあかないと思ったらしいな。
俺はクナイを取りだした。最低限の武器は常時所持している。何があるか分かったもんじゃないからね。
狙いを俺の腹に定めて差し込んでくる。が、俺はクナイでナイフをはじき飛ばしてそいつの顔面を軽く殴ってやった。そいつはあっけなく倒れた。なんと言うか、弱いなあ。
全員をのした俺は一人の腕を取った。

「お前ら弱いね。人を襲うならもっと腕を磨けよ、情けない。で、さっきの質問なんだけどさ。どうなの?お前らが殺したの?言わないと腕の骨折るよ?」

俺は腕にぎしぎしと力を込める。

「ま、まて、俺たちは頼まれただけだ。何も知らねえよっ。」

「ほんと?」

俺はぐぐぐ、と腕を反対方向へと曲げていく。

「ほ、本当だっ。俺たちは荒木さんに頼まれて。」

「荒木?誰だそれ。どこにいる。教えろよ。」

男は躊躇したようだった。が、俺が力を込めていくとあっさりと白状した。

「長谷川組の幹部だ。」

長谷川組?もしかしてヤクザなのか?うわー、なんでそこまでいくんだよ。
こいつらが犯人かと思ったがそうではなかったらしい。やれやれ、でもまあ、これで一歩前進だな。
俺はその長谷川組どやらがある場所を聞き出してそいつらを放置して帰ることにした。
アパートに帰るとイルカさんはもう帰ってきていた。ご飯の準備をしているようだ。今日は焼きそばかな?

「イルカさんただいま〜。いい匂いですね。」

「カカシさんおかえりなさい。あれ、何か良いことありました?」

台所から顔を向けたイルカさんが俺を見てにこりと笑った。

「ええ、今日はカズさんの件で収穫がありましてね。」

「それは良かったです。ご飯、今できますからね。」

「はーい、大人しく待ってます。」

俺はこの間買った折りたたみ式の小さな卓袱台を組み立てた。しばらくしてイルカさんはフライパンに入ったままの焼きそばを持ってきた。ワークナビの雑誌を鍋敷きにする。ほこほこと湯気があがっておいしそうだ。
手を洗って早速いただく。

「やっぱり小さくても冷蔵庫があるっていいですね。食材が長持ちますし。」

「そうですね、イルカさんの手料理が食べられるってのは嬉しいですからね。」

イルカさんはへへ、と笑って青のりをふりかけた。
それからご飯を食べ終わって一息吐くと、俺は今日あった事をイルカさんに話した。

「では犯人までもう一息って所ですね。その長谷川組へはどうやって攻め込むつもりですか?」

「うーん、犯人がその荒木って人とも限らないのでしばらくは家に忍び込んで情報を集めてきます。いきなり行っても相手が誰か解らなければ探すのが大変ですし。」

「分かりました。では犯人が分かり次第、俺もお供します。結論としてカカシさんは犯人自ら警察に出頭させたいと思っているんですよね?」

「ええ、任務でもないのに人を殺すのは嫌ですし、この世界では認められないでしょうからね。この世界のことはこの世界の法律にまかせたいと思います。まあ、抵抗したらある程度は思い知らせますけどね。」

イルカさんは苦笑しながらも同意して頷いた。ま、もしもイルカさんに何かしでかしたらこの世界の法だとかそんなことは関係なく殺すけどね。
青のりついてますよ、なんて言って笑っているイルカさんに俺も微笑み返した。

 

それから俺は仕事が終わるとその長谷川組とやらの家に忍び込むことにした。なかなか大きな屋敷で、忍び込むには丁度いい。あんまり小さい家だったらなかなか難しいんだよね。
見回っているいかつい男が庭などに徘徊していたが特に苦にもならず屋根裏に忍び込んだ。
そして調べてみて分かったことは、荒木という男はこの長谷川組の中でも上にいる人らしく、頭の右腕と称されている男だったようだ。ホームレスを殺して一体何の特があるのか。かえって自分の身を危うくするだけだと思うんだが。大体俺をリンチしろと指示したとか言うのも納得いかない。荒木だったらどちらかと言うと自分で始末つけそうだけど。
それくらい、荒木と言う男は一本筋が通っているようにも見えた。卑怯なことはあまりしなさそうだけど、ま、人は見かけじゃないしな。
長谷川組の屋敷には組長とその家族、そして荒木などの幹部が常に出入りし、組員が警護しているようだ。うーん、なかなか楽しい家だ。
とりあえずこの家に出入りしている奴ら全員の行動をチェックすることにした。
長谷川組の組長には若い妻と、その妻が産んだとは思えない、ほとんど妻と年が近いんじゃないかと思われる息子たちが3人いる。素行の良さそうな奴もいればほとんどチンピラと変わらない奴もいる。
そうやって一週間ほど探っていた俺だったが、とある日の夜、荒川が組長に呼ばれた。何か重要そうなことらしいので屋根裏で聞き耳を立てた。
部屋の中で荒木は組長の前で正座して表情も変えずに頭を下げた。

「申し訳ありません。」

「そうか、まだ見つからんか。」

「はい、なかなかの手練れだと思われます。こちらの情報が漏れたのでこちらに何か仕掛けてくるかと思っていたのですが。」

「うむ、おかしな奴はやってこないな。」

組長はやれやれとため息を吐いた。

「まったく、次から次と問題を起こしてくれる。我が息子ながらあれにはほとほと困らせてくれる。」

「こちらが下手に出て賄賂を送って受け取るような輩であれば良いのですが。」

「もう良い。こちらに赴いてきた時に考えよう。」

「はい、では失礼します。」

荒木は部屋から下がっていった。
うーん、今の話しが俺に該当することだとしたら、俺はこの長谷川組に行った方がいいってことかね。
俺は屋敷を後にしてイルカさんに相談することにした。
イルカさんは深夜の仕事から帰ってきた所だったので少し疲れていたが俺の話をちゃんと聞いてくれた。

「では明日にでも行きましょうか。」

「え、いいんですか?明日は休みの日じゃないですよ?」

「なに言ってるんですか。やっと犯人を突き止められるかもしれないんですから。」

イルカさんはにこりと笑った。ありがとう、イルカさん。犯人が自首したらカズさんのテントのあった場所に花を手向けようと思った。