−  flaver 2 −





実は、と言えば何事かと思われるだろうが、アカデミーにも休みというものがある。今現在もその休みのまっただ中にあり、夏休みという期間になる。が、生徒たちは休みだが、教師もそうかと言えば決してそうではない。新学期の準備に始まり、教師としての研修なんかもある。確かに授業はないので出勤時間や、平日の望んだ時に休めるのはお得なような気がしなくもないが、決してそうではない。休み期間、それは教師にも一般普通の任務が転がり落ちてくる期間でもあった。
そして今現在、イルカは任務遂行中だった。
教師をしていたからと行って体力作りを怠っていたわけではないが、それでも一年のほとんどをアカデミーで教鞭を執っていれば、必然的に実戦での感覚が鈍ってしまうのも道理なわけで。
久しぶりのAランク任務に、イルカは少々緊張していた。
今回の任務は密書の運搬だった。国家機密レベルとまではいかないものの、大名間の重要なものらしいので、今回は上忍1名、中忍3名での基本小隊で任務にあたる。
今は敵の目につかないように獣道の林を疾走中だった。
片道の移動日数は3日、一週間もあれば帰還できる。今はその帰り道で、あと半日も行けば里が見える場所まで行ける。だが最後の最後で気を抜いて死ぬ者もいる。油断は禁物だ。
敵らしい敵との接触は一度もなかったものの、かえってそれがいつ襲撃がやってきてもおかしくないのではないかという猜疑心へと変わっている。
と、言うわけでイルカたちの班は例に漏れずピリピリしていた。

「よし、ここで一旦休息だ。」

上忍のくの一、カエデが足を止めた。そして木の根元に降り立った。イルカたちも足を止めてカエデのいる場所の近くへと足を運ぶ。

「カエデ上忍、里まではもうすぐそこです。一気に帰りませんか?」

イルカと同じ中忍のハツガが息も乱さずにカエデに言った。

「ここまで来れば里までは目と鼻の先だけど、だからと言って休息を怠って疲労した所に敵につけ込まれるのは癪だわ。最後まで気は抜けないからこそ、取れるときに取る休息は大事よ。心配しなくても休息が終わった後の移動は里まで一切休まないから。」

カエデはそう言って竹筒の水をコクリと飲んだ。

「しかし俺は初めて知ったよ。夏休みは教師も夏休みなんだと思ってた。」

イルカの隣で汗を拭っていたザクロがそう言うのを聞いて、イルカは苦笑いした。そう思っているのはきっと、お前だけじゃあるまいよ。
道中でこのザクロとは気があったのか、お互いのことを少し話していたのだ。

「夏休み期間は普通の授業期間よりもハードだからなあ。」

この任務で3件目だ。しかもランクはBが多いが、こうやってたまーにAも紛れ込んでくる。忍びとしての才を認められている、と嬉しく思う気持ちもあるが、いかんせんこの暑さと連日の研修やら花の水やりやらで、少々疲れ気味ではあった。
ま、それでも任務に支障がでることはないが。

「はあ、この任務が終わったら湯治にでも行きたいなあ。」

「イルカ、お前このくそ暑い季節に湯治とか言うなよっ。どうせ入るならプールとか水風呂だろ?」

言われてイルカは確かに普通の人はそうなんだろうなあ、と思った。

「でも俺温泉好きだからなあ。」

「温泉好きにも程があるって。」

ザクロがケタケタと笑う。明るい性格のザクロは今回の班の中でもムードメーカー的存在だった。

「さ、おしゃべりはそこまでにしてそろそろ行くよ。」

カエデの言葉にイルカたちは立ち上がる。そして里までの道無き道の獣道を跳躍する。

温泉かあ、そう言えば前回行ったのは数ヶ月前の雷の国の温泉巡りが最後だったな。あれは良い湯ばかりだった。一ヶ月もかけての湯治、もうあんなゆったりとした旅は忍びを引退しなければできないだろう。
それからカカシさん。あれから一度も会っていないけど、任務は順調だろうか。帰りを待ってます、なんてまるで恋人にでも言う言葉を吐いてしまったけれど、カカシさんも嬉しそうだったし。今度は外食の方がいいだろうか。それともまた弁当でも持って、ああ、しかし今は夏だ。暑い日差しの中で弁当を広げるというのはちょっとげんなりするかな。

「イルカ、楽しそうだな。」

ザクロに言われてイルカははっとした。自然と顔がにやついていたらしい。うわー、俺なに考えてんだよ任務中に。これじゃあ教師失格だよっ。任務任務っ。
イルカは自分の顔をばんばんっと叩いた。

「ま、俺も里に帰ったら恋人が待ってんだけどな。」

「いや、俺は恋人なんていないって。」

「またまたぁ、顔がにやけてた理由が色恋以外になにがあるってんだよっ。」

「ザクロ、イルカも、私語が多いぞっ。」

カエデに言われて2人は黙り込んだ。ああ、上忍の方にまで注意を受けるなんて、本当に教師として俺はこれでいいのか!?とイルカは人知れずため息をついた。
カカシさんにもなんやかやと心配されてたし、もう少ししっかりしないと。ってなんでまたカカシさんの方に頭がいくかな、俺はっ。
その時、走っていたカエデが唐突に立ち止まった。それに続くようにイルカたちも立ち止まる。カエデは唇に指を当てて様子をうかがっている。イルカたちにはその気配が分からない。きっと上忍クラスでないと解らない程の相手なのだろう。

「敵ですか?」

ハツガが緊張した面持ちで聞く。

「解らない、数は多くないようだが。おかしいな、動きがまったくない。こちらに感づかれたのは解っているだろうに。」

カエデが眉根を寄せている。

「何か企んでいると?」

ザクロの言葉にカエデは難しい表情をした。

「偵察してくる。お前たちは気配を消しこの場で待機。敵と接触して相手が上だった場合は即刻逃げろ。里まではもうすぐの距離だ、地理はこちらの方が詳しい。頭をフルに使って逃げ通せ。」

カエデの言葉にイルカたち中忍3人は短く返事をした。それを聞いてカエデは行ってしまった。
イルカたちは指示通り、気配を消し、見つからないように隠れた。
敵だとしても里までもう少しというこの距離で一体何をしようと言うのか。返事の巻物が狙いだろうか。だがここまでの道のりとこの里近くの道とでは、こちらの方が逃げられる確率も高いし敵にとっては不利のような気がする。
イルカは頭の中でこの状況を整理した。
数分してカエデが戻ってきた。体中、傷だらけだった。

「カエデ上忍っ、」

イルカは慌てて走り寄った。敵の気配はない。
他の2人もカエデの元へと歩み寄る。カエデは立っているのがやっとの重傷だった。意識も朦朧としているようで、目に光りがない。

「カエデ上忍っ、気をしっかり。」

「私は、もうだめだ。私を置いて、里まで走れ、」

「里まではもうすぐですっ。俺が担いでいきますっ。さ、捕まって、」

イルカが背中を向けるが、カエデは頭を振る。

「だめだ、私は捨て置け、」

「カエデ上忍、諦めちゃあいけませんぜ。早くおぶさられてくださいよ。上忍だからって変なプライドは捨ててくださいよっ。」

ザクロも必死になって言っている。そうだ、こんな所で口論している場合じゃないんだっ。里に帰れば助かるかもしれないんだからっ。
イルカはカエデの手を取ると強引に担いで走り出した、他の2人もイルカを護衛するように両脇を固めて走ってくれる。敵の気配は相変わらずない。カエデが倒してくれたのだろうか、その身体を傷だらけにして。そう思えば歯ぎしりしたい衝動に駆られる。

「待っててくださいカエデ上忍、里の病院まですぐですからねっ。」

イルカが決意も新たに言うと、カエデはイルカの耳元で小さく言った。それは本当に小さな言葉で、他の2人には聞こえなかったろうし、イルカでさえも空耳か?と思えるほどの囁きだった。

「気を、抜くな、敵は...なか、に.....。」

カエデの様子を見ようと顔を向けたイルカは、そこで意識がぷつりと切れた。いや、身体も動いているし、頭だって働いている。だが、自分ではないという感覚がどんどん身体の中に広がっていく。
なんだ?この感覚は。
訝しく思いながらも、身体は動くしカエデを急いで運ばねばならないという使命もある。
疲れが出たのだろうか?そんなことは今、どうでもいい。
イルカはとにかく病院へ、と道無き道を急いだ。