− flaver 2 −
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目の前の人間に関しての情報はない。近所の人?学校の繋がり?自分を先生と言っている所を見るとそれなりに関係があると言うことなのだろうか?ちっ、情報屋め、情報を出し惜しみしやがったのか、いや、そんなことはないはずだ。充分に金はやった。あいつらは金と比例して仕事をする。ぬかりはないはずだ。つまりは、この男に関しての情報は情報として売る価値もなかったと言うわけだ。よし、ならば他人で通そう。
額宛てで左目を隠し、口布で鼻から下を覆っているので顔全体が見えない。眠そうな目は今、どんよりとしている。 すると目の前の男はぽりぽりと頭を掻いた。銀髪が合わせてゆらゆらと揺れる。 「えーと、はたけカカシです。」
その名前を聞いて驚愕した。なんだとっ、あのはたけカカシ!?ビンゴブックで名前だけは知っていたが、まさかこんな所で会うとは。っていうかビンゴブックに載っていた姿とは違うぞ。ビンゴブックには片目の写輪眼が特徴でその殺気は遠く離れても心臓を鷲掴みにするとまで言わしめた。いや、確かに片目は隠れている。その額宛ての下に写輪眼があるわけだ。まさかこんな大物と繋がりがあったとはな、情報屋がどうして見落としたんだ。 「あの、」 と声がかかって俺はびくびくとしながら相手を見やった。 「もしかして覚えてないんですか?」 そ、そうだ、記憶が曖昧だとかなんとか言って誤魔化そう。それしかないっ、先日の任務で頭を打ったとかなんとか言えば理解を示してくれるだろう。あわよくばこのうみのイルカという男とどんな繋がりがあるのかを聞かせてもらいたいものだ。 「すみません、実は先日任務に出まして、」
人好きのする優しい笑みを浮かべれば、男も幾分口調を柔らかくする。 「聞いてます。夏休みだけれど教師も任務に行かなくてはならないのだとか。大変ですね。」 「はい、そうなんです。久しぶりの任務でどうも身体がなまっていたようで、頭を打ってしまって、記憶が曖昧な部分があるようなんです。本当、すみません。わざわざいらしてくださったのに。あ、中でお茶でもいかがですか?外は暑かったでしょう?」 男は一瞬逡巡したようだったが、頷いてサンダルを脱いだ。 「どうぞ、ただの麦茶ですが。」 言って手渡すと、カカシはいただきます、と受け取った。そしてごくごくと飲み干す。 「あの、それで大変失礼なんですが、あなたと俺はどんなお知りあいだったんでしょうか?すみません、こんな事を聞いて気分を悪くされるだろうとは思うんですけど気になって。」 と言えば、カカシは慌てて否定した。 「いえ、そんな気遣わないでくださいよ。大した仲では、なかったんですよ。」 「写輪眼のカカシさんにわざわざ自宅まで寄っていただいているのに大した仲でないわけないじゃないですかっ。俺、気になりますよっ。」 言えばカカシは目を見開いた。そしてふっと視線を逸らした。なんなんだこの間は、さっさと関係を暴露してくれよ。最近知り合った友達なのか?それともどこかで会ったのか?過去に何度か会ったのか?情報屋ですらつかめなかった情報をつかんでやらなくてはならないのに。 「あの、今日は帰ります。」 「えっ、あの、俺が忘れたからですか?俺、思い出します。がんばって思い出しますからっ。だから、」 このうみのイルカという人物になりきっての演技。演技と言う範疇を越えたその動き、感情、態度、雰囲気を見切った奴はいない。 「あの、実は俺、今日任務から帰ってきたばかりなんですよ。」 「あ、そうだったんですか。」 「あなたも任務疲れで今日は休みだったんでしょう?お疲れの所を押しかけてしまったようで、俺は顔を見に来ただけですから。別に怒ったとか言ってるわけじゃないです。」 カカシはそこまで一気に言うと玄関へと向かった。確かに怒っている感じではないが。折角情報を仕入れるチャンスだったのに、むざむざ手放すのは惜しい。写輪眼のカカシ、この男の情報ならば一体いくらでやりとりされるのか、それを思うだけで笑いがこみ上げそうだ。 「あの、またお話してもらっていいですか?」 不安げな顔をして、玄関先でサンダルを履いているカカシに言うと、カカシは一瞬戸惑ったようだったが、頷いた。そしてそのまま帰って行ってしまった。
数日後、その日は登校日だとかで、夏休みの期間の中でも子どもたちが学校にやってくるという日だった。 「イルカせんせいっ、」 と、体当たりしてきたのはうずまきナルト。なにやら大人たちから一線置かれて接している子どものようで、調べてみればなんと九尾を腹の中に飼っているとのことだ。こんなすごい情報、他の里に売りつけたら俺、これから先働かなくていいんじゃねえか?と思った程だった。 「イルカ先生ってばじじむさいことばっか言うなってばよっ。」 「じ、じじむさいとはなんだっ。まだ俺は20代だってのっ。」 「うしし、わかってるって。でも最近一楽で会わねえから先生の方こそ夏ばてしんのかと思ってたぜ。」 「失礼な。先生は夏休みの間も任務して働いてんだっ。ラーメン食いに行く暇もないんだぞ。」 ナルトはふ〜ん、と言って解ったのか解ってないのかあいまいに返事した。 「そういやイルカ先生、石鹸の匂いはもういいのか?」 ナルトの隣にいた少年が言った。確かキバという子だったな。肩に犬を乗せて勝ち気そうな顔を自分に向けている。 「えーと、なんだっけ?」 とぼけてあはは、と笑うとキバは呆れたのかため息を吐いた。このくそガキがっ。 「前に自分は石鹸くさくないか?って聞いてきたことあるじゃんか。それでその時は匂いもしないし、赤丸にも嗅がせてみたけど大した匂いはしてないって言って。そしたらなんか先生考え込んだから何か重要なことかと思って気にしてやったのに。」 気にしてやったのにだとお?何様のつもりだっ。でもまあいい、どうでもいい話しのようだ。 「そっか、すまなかったな。ちょっとぼんやりしててな。今日も暑いからなあ。」 「まったくだぜ、赤丸も暑さは好きじゃねえからばて気味なんだよな。」 肩に乗っている赤丸は舌を出してはっ、はっ、と息をしている。暑いのだろうな、毛皮だって着ているし。 言ってやればキバは頷いた。そういえば忍犬のブリーダーの家系の子どもだとか言っていたな。 「んじゃ、帰って水浴びでもさせてやるかあ。」 キバはそう言うとだるそうにしながら教室を出て行った。 「んじゃ、俺も帰るってばよ、先生またな〜。」 そう言ってナルトも帰っていった。はいはい、さようなら、願わくばもう二度と会いたくないよ。 「気を付けて帰れよ〜。」 俺は笑って見送った。 それから出席簿を手にとって自分も職員室へと戻ることにした。 「はたけ上忍、どうされたんですか?」 上忍が何の用もなくアカデミーに来ることはない。 「あなたに会いに来たんですよ。」 と言ってカカシは笑った。 「えっ、そうなんですか?えっと、そうしたらまだ職員会議があるのでもうしばらく待っててもらっていいですか?1時間くらいで終わるとは思うんですが。」 「解りました。では食堂で待っています。」 カカシはそう言って去っていった。 「お待たせしましたっ。」 カカシは読んでいた本をポーチにしまった。 「いえ、お気になさらず。」 俺はカカシの前の席に座った。 「この間は失礼しました、なんだかすがってしまって。どうにも記憶が曖昧だと不安で。」 「そうですよね、不安でしょう。今日はあなたに話しておきたいことがあって来ました。とても重要なことです。俺とあなたにとって。」 ごくりと喉が鳴った。なんだ、重要って、一体どんなことなんだっ? カカシは俺をじっと見つめている。真剣な表情だ。以前に会った時のぼんやりとした雰囲気が嘘のようだった。 「躊躇しても仕方ないですから言います。あなたと俺は恋人の関係でした。」 「えっ、」 「心の底から愛し合っていました。」 ひいぃっ、そういう関係だったのか!?最悪だっ、くそっ、そんな性癖だなんて聞いてないぞっ、俺は男色が死ぬ程嫌いなんだよっ。 「あ、あの、でも同僚はそんなこと一言も、」 恋人だったら職員室の前にいたカカシについて冷やかしの一つもあっただろうに。それに身近に恋人がいるような形跡は何一つなかったぞっ。 「2人の関係は誰にも知られないように秘密裏にしてきました。里の誰もが知ることはありませんでした。日常生活でも俺との間が解るようなものは何一つ身につけず、ただ、俺との愛だけが2人の証でした。」 うわー、うわー、もう、最悪だよっ、そんなくさい台詞吐くなよっ。 「あの、でも、俺、あなたとの記憶がまるでないんです。いきなり恋人とか言われても、困ります。」 普通はこう言えば引くよな。相手を思えば無体な真似はしないはずだ。 「そうでしょうね。ですが俺は諦めるつもりはないです。あなたに恋人である俺を思い出してもらうまで、いや、いっそのこと最初からやり直しましょう。恋人として生活すれば理解できると思います。」 いや、できねえよ、くそったれがっ! 「でも俺は男ですし、この機会に普通の性癖に戻られた方がはたけ上忍のためになると思いますよ。」 言うとカカシは深くため息を吐いた。俺の方がため息吐きたいくらいだ。もう、さっさと諦めてくれよ。こんなことが重要な話しかよっ、最悪だっ。これからはこいつに会わないように行動しよう。怖気が走るわ。 「もうこんな不毛な会話はしたくありません。」 俺だってもうさっさと帰って諜報活動したいよ。だが、そんな俺の思考とはまったくかけ離れた言葉が降ってきた。 「上忍命令です。俺と恋人になりなさい。」 はあっ?こんなことに上忍命令を出すなよ。里内での命令、しかも私情のものは御法度なはずだ。 「はたけ上忍、そんな命令はきけません。俺にも人権というものがありますから。」 カカシはぽりぽりと頭を掻いた。そして剣呑な態度でこちらをじっと見つめる。その目が怖い。さっさと帰ってくれよっ。 「仕方ないですね。この手はあまり使いたくなかったんですが、」 と行って左目を覆っていた額宛てを上に上げた。そして3つの巴が刻まれている赤い目を晒した。そ、それは、写輪眼かっ。初めて見たが、これほどまでに強い圧力がかかるなんて。いや、そんなことよりもどうして戦闘中でもないのに写輪眼が出てくるんだっ。 「写輪眼を、使ってどうするつもりですか。」 「あなたが恋人にならないと言うならばこの写輪眼で言うことを聞かせるまでです。なに、身体に危害を加えるつもりはありませんよ。強い暗示をかけるだけです。あなたと俺は恋人同士だからこれからずっと四六時中一緒、どんなことがあっても離れない。あなたと俺は一心同体。ね、いい考えでしょ?」 目は笑っているが決して冗談ではないことが伺えた。これはまずいっ、やめてくれっ。そんなことされたら俺の計画がパアだ。何もかもがダメになっちまうっ、それだけは断固拒否しなくては。一ヶ月だけなんだ。正確に言えばあと20日程度だ。それだけ我慢すればこの里ともこの身体ともおさらばだっ。 「解りました。恋人になれるよう努力します。だから写輪眼を使用するのはやめてください。」 俺はがっくりと肩を落とした。これから先の事を思えばもうお先真っ暗だ。諜報活動らしい活動も控えないといけない。相手に気付かれないように細心の注意を払わないと。 「よかったです。無理矢理強引に恋人になるのは本意ではなかったんです。」 してるじゃねえかよ無理強いを。 「一緒にいれば少しずつ慣れていきますよ。大丈夫です、誠心誠意あなたを愛しましょう。」 カカシはそう言ってにこりと笑った。薄く開いている瞼から、赤く禍々しい写輪眼が覗いていた。 |