−  flaver 2 −





翌日から、身の毛もよだつ日々が始まった。
朝、起床したらまずはカカシの来訪があり、おはようのチュウ。そして一日の予定を聞かれ、同行できるものは全て同行される。アカデミーだろうと任務だろうとおかまいなしだった。
任務で部外者が首を突っ込むのは任務遂行の妨げになると言うのに、カカシは誰にも気付かれないように身を隠して俺を見守っていた。
さすが里一番の技師、写輪眼のカカシだ。こんなところでこいつの実力を目の当たりにしなければならないとは、くそう。
一日が終わればおやすみのチュウ。そして何かあったら大変だからと家の周りに結界を張られ、家から一歩でも出ようものなら見張っていた忍犬がかけつける。
これはもう、軟禁と同じだった。苦痛で頭がおかしくなりそうだ。なんで好きでもなんでもないヤローと朝晩キスして行動をずっと一緒にしなくっちゃならないんだよっ。
思った通り、諜報活動もできやしない。苛々する、だがどうにもならない。あのカカシから目を盗んで動くなど不可能だ。

「大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いですよ。」

と言われて顔を上げた。今は公園のベンチで2人して座っている所だった。なんでこんなくそ暑い時期にベンチで男2人身を寄せ合わにゃならんのだ。

「夏ばてですか?食生活には気を付けてくださいね。あなただけの身体じゃないんですよ。」

と労りの言葉をかけるカカシをこの場でどうにか殺せないものかと口を開く。

「はたけ上忍、はたけ上忍は任務ないんですか?ずっと俺にかまっていていいんですか?」

「あー、俺きっつい任務を終わらせてきたから特別休暇もらってるんですよ。一ヶ月の有給休暇です。」

目の前が真っ暗だった。つまり俺の諜報活動期間が終わるまでずっとこんな状態だって言うのか。

「本当に大丈夫ですか?なんだったら家まで抱っこして帰りましょうか?」

やめてくれ、そんな恥さらしなことできるわけない。いや、この身体の奴だと思えばそれでもいいかもしれないが男に抱っこしてもらってあまつさえそれは恋人なんてシチュエーション、俺の精神が堪えられない。

「大丈夫です。暑さにあてられただけですから。あー、どこか店で涼みませんか?喉も渇きましたし。」

「いえ、俺は乾いてませんから。」

いや、俺が乾いてるんだよ。恋人ならもう少し気遣えよ。

カカシはにこにこと笑っているだけだった。そう言えばこいつと何かを食べたってことはないなあ。このうみのイルカって男は男のくせに料理もなかなかの腕前だとかで俺はしたくもない料理のまねごとまでして上達させたのに。そうだ、料理なんかを食わせてその中に眠り薬でも入れれば夜に動けるかもしれない。いや、いっそのこと毒でも入れるか?

「はたけ上忍、良かったらこれから家で食事でも一緒にどうですか?」

「それは誘っていると取っていいんですか?朝までずっと離しませんよ?」

「聞かなかったことにしてください。」

「はは、そんなに怯えないで下さいよ。無理強いはしないつもりだと最初に言ったでしょう?」

いや、信用ならない。こいつを家に上げることだけは避けなければ。

それにしても暑い、夏なんて大嫌いだ。だが任務なんだから仕方ない、さっさとこいつとおさらばして水風呂にでも入りたい。
いや、なんとか今できる仕事をするべきだな。里の中の諜報活動はできないが、この写輪眼のカカシの情報を根こそぎ聞き出すことはできる。やるなら今だ。

「そういえばはたけ上忍の任務ってどんなものだったんですか?終わったのならば少しかいつまんで聞かせてくださいよ。」

「そんな殺伐としたこと、あなたの耳に入れるわけにはいきませんよ。」

いや、このイルカっていう男だって忍びだろう。殺伐もなにもないだろうに。
だがカカシはそれ以降、任務のことを話そうとはしなかった。使えない奴だ。

「きっとはたけ上忍の働きはすごかったんでしょうね。」

「そうですかねえ。」

「そうですよ。きつい任務をやり遂げたからこそこんな優遇された休暇を頂戴できたんでしょうから。羨ましいです。」

「はは、ありがとうございます。褒めていただいて光栄ですよ。」

カカシはにこにこと笑っている。けっ、ビンゴブックに載ってるからって鼻高々でいられると思うなよ。お前の恋人のこの男はもうすぐ切り刻まれるんだよ、俺の手でな。
ああ、楽しみだぜ。お前が悔しがって泣き叫ぶ姿、遠目から見ててやるよ。

「なんだか楽しそうですね。」

言われて知らない間に自分が笑みを浮かべていたことに気が付かなかった。でも己は出していない。あくまでもうみのイルカとしての笑みだ。

「いやあ、恋人が里一番の技師かと思うとなんだか嬉しくなってきまして。」

「そうですか、それはよかったです。」

「これからもがんばって任務してくださいね。」

カカシは始終にこにこと笑って頷いていた。恋人であるこのイルカって男がそんなに好きなのかねえ。こんなごつごつしたもさい男のどこがいいってんだか。顔は悪くとも抱き心地のいい女の方がいいに決まってんのによ、こいつの趣味だけはわけわかんねえよ、馬鹿馬鹿しい。

「ああ、なんだか夕立が来そうですね。今日はもう帰りましょうか。」

カカシが立ち上がった。やれやれ、やっとこの男から解放される。ま、家まで送られるし、家に入ってからも監視のようなものは続けられるので解放らしい解放ではないだろうが。
カカシの後についていきながら、俺は人知れず心の中でため息を吐いた。
早くこの身体の持ち主殺しておさらばしたい。諜報活動は中途半端な所ではあったが丸々全部なにもできなかったわけではない。少しは情報をつかめているんだからそれだけ持ち帰ってもおつりが出るくらいだ。
いっそのこと予定を繰り上げるのもいいかもしれないな。このままずっと神経を病むような日常を繰り返していてもどうにもならないだろう。改善される余地はない。
家に到着していつものようにキスをされ、自分で作ったご飯を食べ、風呂に入り、布団の中で俺は決意した。
もう限界だ。明日か明後日にはもうこの里を出よう。予定が繰り上がったところでこれは仕方のないことだ。予想の範疇を越えている。臨機応変に対応するのが常とは言えど、限界が見えてしまえばどうにもならない。
俺は布団の中でどうやってカカシの恋人であるこの男を殺そうか、にやにやと笑いながら考えた。
どうせならあの男を罪悪感で苛まれるような死に方がいい。そうだ、今まで散々俺を追いつめたご褒美だ。ありがたく受け取るがいいさ。
俺はとうとうくすくすと笑い出した。
はたけカカシ、お前の歪んだ顔をよーく見せてくれよ?

 

 

翌日は元々入っていたらしい任務があり、それをこなした。勿論カカシは見えない所で俺を見守るとは聞こえのいい、ストーカー行為をしていた。
そして次の日の朝、カカシはいつものようにやってきた。ぼんやりとしたように見えてこいつの頭はもう眠気などなく、冴え渡っていることだろう。恐ろしい男だ。
だが、俺は今日決行する。
いつものように口に軽くキスされると、俺はいつもとは違い、家の中に逃げ帰らずに玄関先に留まった。
カカシはいつもと違う俺の様子に小首を傾げている。

「はたけ上忍。俺、決心しました。」

「決心、ですか。一体どうなさったんですか?」

「今日、慰霊碑に報告してきます。」

「慰霊碑、ですか。」

「はい、今まで俺はずっとひとりぼっちで誰にも本当の自分は出せませんでした。ですがはたけ上忍、あなたになら。俺のことをここまで思ってくれるあなたがいてくださるなら、俺は自分をさらけ出すことができると思うんです。」

俺は揺らぎのない瞳でカカシを見た。カカシも俺をじっと見ている。

「俺、今日は慰霊碑にあなたとのことを両親に報告しようと思います。そして帰ってきたら、その時はあなたに抱かれたいと思います。」

カカシは驚きに目を見開いている。それはそうだろう。今までずっと好きだとか愛しているだとか、恋人らしい言葉を言ったことはなかったのだから。これは決定打のはずだ。目の前のカカシは予想通り声すら出ないほど驚愕している。いいざまだなあ、カカシ。

「ですが一つだけ約束してほしいんです。俺は一人で両親と話したい。ですからはたけ上忍。ほんの一刻でいいんです。俺を一人にしてくれませんか?」

至極真っ当な言葉だ。これで否定されればこのイルカという男を信用していないと逆に詰め寄られるだろう。カカシ、お前に否定することはできない。それに終われば抱けるんだ、こんなことは願ったり叶ったりだろう?写輪眼のカカシさんよう。
カカシはそれから少し考えていたようだが、最後にはちゃんと頷いた。

「解りました。あなたの意志がそこまでとは、俺は誤解していたようです。さ、慰霊碑に行ってきてください。俺はあなたの家で待っていますよ。」

カカシはそう言って俺と入れ違いに家に入ろうとした。

「あの、はたけ上忍、」

俺はカカシを立ち止まらせた。そして初めて自分の方からキスをしようと顔を近づけた。だが、それはカカシの手によって遮られた。

「だめですよ、ここでそんなことされちゃあ。俺の理性が吹っ飛んでしまいます。ちゃんと戻ってきた時に、ね。」

ふふん、随分と殊勝なことだな。だがお前はここで二度とこのイルカって男に生きては会えないんだよ。後悔したって知らないぜ。ま、俺にはどうでもいいこった。カカシを信用させるために嫌々キスしようとしたわけだが、しなくて済んでほっとしたぜ。
どうがんばった所で男とキスするなんざ狂気の沙汰だからな。
俺は今までにない程の笑みを浮かべて慰霊碑のある演習場へと向かった。
筋書きはこうだ。本当はカカシのことなぞ好きではなかったが日々の無理強いで精神がおかしくなりそうだったイルカは両親の前、つまり慰霊碑の前で自害する。側にはカカシのことをつらつらと恨みがましく書いた遺書を置いて。帰りの遅いイルカを心配して慰霊碑に駆けつけた時にはもう身体は冷たくなっている。

ああ、なんていい筋書きだ。これでカカシは後悔するだろう、いい気味だ。
俺はこいつの身体から抜け出してこいつを自殺のように見せかけて殺し、誰にも知られないように里から出る。これでいい、何もかもがうまくいく。
俺は神妙な面持ちを造りながらも心の中でほくそ笑んだ。

 

慰霊碑の前まで着くと、俺は誰もいないか細心の注意を払った。
よし、大丈夫だ、誰もいない。
俺は印を結んだ。

「開呪の印っ。」

俺の意識はイルカの身体から抜けていき、イルカの影法師からするするとはい上がった。
イルカは倒れ、俺が外へと出る。

「やれやれ、まったくお前のせいで苦労したぜ。」

足下に転がっているイルカを軽く蹴り上げた。ぴくりとも動かない。この状態は死んでいない。が、長期間にわたって精神を乗っ取っていたのだ。精神の疲労は恐ろしいものだろう。早々起きることはない。
俺はくくく、と笑った。

「さあ、死ぬかぁ?」

俺は木の葉のクナイを手に持った。
そしてイルカを後から抱きかかえて自殺に思えるように自分で刺したかのように見せかけるためにクナイをイルカの首もとに当てる。
が、その腕が動かない。

「な、なに?」

腕が、取られている、と、言うか、この気配、なんでだ、どうして、こいつがここにいるわけが、
次の瞬間、俺の手のクナイは取り上げられ、殴り飛ばされていた。
どうしてだ、どうしてなんだっ。誰にも俺だと気付かれてはいないはずなのにどうしてだっ。今まで俺の術を見破った者はいない。あれは完璧な術だ、身内ですらも騙し通すことができるものなんだ。失敗したことなんかない、どうしてなんだっ。
どうして、どうして、と頭の中でそれだけが回っている。殴られた顔は痛みなぞ感じない程に、どうしてなんだっ!

「どうしてお前がここにいる、写輪眼っ!!」

俺は驚愕におののき、叫んでいた。
カカシはふう、と息を吐いた。その目に感情の起伏は見られない。何もない、無だ。

「長かったよ、お前が出て行くのをどれほど待ちわびたか。」

カカシは俺に近づいていく。実力でこいつには敵うはずはない。抵抗するだけ無駄なことは解っている。だが、ガチガチと歯が音を立てる、肌に鳥肌が立つ、こいつの殺気で狂いそうだ、誰か助けてくれ、俺は、殺されるのか...。

「本当ならお前を殺したいんだけど、尋問部隊に引き渡さないとねえ。俺はこれでも里には従順なのよ?」

カカシはにこりと笑った。その笑顔は身を凍らせた。尋問、俺はもう、ここまでなのか。

「でもねえ、私怨があるからもう一発殴っておくね。大丈夫、木の葉の医療は他の里に比べても高レベルだから。」

カカシはそう言って俺の目の前まで来ると俺の首をつかんで立ち上がらせた。そして何の抵抗もできない俺の腹に、強烈な蹴りを入れたのだった。
どかっ、と音がして骨が折れるような音がした。内蔵もやられたかもしれない。

「ぐふっ、ううぅ、」

俺はあまりの痛みに意識を手放した。
ちくしょう、こんなところで、こんな奴に、あんな屈辱的なことまでしたのに、やられるなんて...。