− flaver 3 −
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「えっと、すみません、任務入っちゃって。」 イルカの言葉にカカシは呆然とした。もう少し詳しく状況説明をすれば、カカシは暗部の恰好をしたままだった。しかも任務後すぐにイルカに会いに来たので身体はほこりやら土やら返り血やらでボロボロだった。本人は至って元気だったが見た目が大分くたびれていたのだ。そして極めつけは、泣きそうになっているカカシの顔だった。 「あの、夏休み、終わりましたよね?アカデミーが休みで教師が任務に就く期間っていう。」 「今度は冬休みです、カカシさん。木の葉の冬休み、夏休みと同じくらいの期間、あるんです。年末から年明けにかけてはその行事の多さから任務が一年で一番多くなる季節になります。伴って大人はおろか、アカデミーの子どもたちでさえ駆り出されるんです。」 以前話していて、常識というものに少々拙い部分があるカカシだからと思って丁寧に説明をしたイルカは、だが自分の直感が正しかったことを知った。 「冬休みなんてあるんですか!?俺全然知りませんでしたよ。アカデミー数ヶ月しか行ってませんもん。」 「え、ええ、知ってます。」 「それに俺ずっと任務しっぱなしだったから忙しい時期とか全然知らなくって。」 「わ、解ります。ですから、」 タイミング、悪すぎです、カカシさん。なんて言う言葉だけは吐いちゃいけないとイルカはぐっと我慢した。 「あの、今度は一緒に、飯、食いましょうねって、」 「はい、食べたいのは俺も一緒です。けど、そうも言ってられなくて。すみません、この任務が終わったら必ず、絶対に必ず一緒に食べに行きましょうっ!」 そう言ってイルカはカカシの手をぐっとつかんだ。温かいその手の温もりに、カカシはやっと穏やかな笑みを浮かべることができた。 「俺たちって、なんだかすれ違ってばかりですねぇ...。」 切なげに言うカカシにイルカはそうですねえ、と苦笑いで答える。 「この匂いともまたしばらく離れ離れですか。」 「あの、いつも思ってたんですけど、俺、そんなにせっけんの匂い、きついですか?」 カカシの行動に顔を真っ赤にしつつも抵抗しないイルカにカカシはくすくすと笑った。 「ええ、匂いますよ。大好きなんですこの匂い。ま、あなただから好きなんですけどね。」 何度も好き好きと言われてイルカはぎゅっとカカシを抱き返した。 「できるだけ、早く帰るようには努力しますから。」 イルカの言葉と身体から温もりが伝わってきて、カカシは穏やかな笑みを浮かべた。 「はい、待ってますね。」 カカシの言葉にくすぐったくなってイルカは笑みを浮かべた。 任地へと向かう道中、イルカはカカシの最後に見せた切なげな顔に笑みをこぼしつつ、今回の任務に思考を変えた。 任地に着いたのはそれから5日後だった。遠いんだよなあ、土の国って。切り立った山も多いし道は険しいし、ま、忍びの足だから5日で来られたけど、普通の一般市民だったら確実に10日はかかっているだろう。 「うっし、行くかっ!」 気合いを入れて、イルカはカキネを雇っていた木の葉の要人のいる屋敷へと向かった。 『はい、』 「木の葉の里から来ましたうみのイルカです。」 『伺っております、どうぞ中にお入りください。』 女性の声に言われるまま、屋敷の中に入った。 「お待たせしました。あなたがうみのさんですね。」 出てきたのはまだ若い、青年とも呼べるほどの年齢の男だった。この人が依頼主の外交官か。名前は如月カズミ。若手だが将来有望のエリートで、大名の親族に当たる人だとか。 「この度は警護の任務中に木の葉の忍びが行方不明となり、大変申し訳ありません。早速今日からでも捜索に向かいますので。」 「いや、木の葉からの長旅でお疲れでしょう。今夜はこの屋敷に泊まっていきなさい。もう夕刻に近い刻限でもあるし。」 まあ、確かにそうだけど、自分の寝床を早い内に決めておきたいし、捜索ができなくとも要人警護にあたっていた同じ木の葉の忍びに聞き取りなんかをしたかったから休むのはちょっとなあ。 「折角の申し出、大変恐縮ですが辞退致します。私も任務でこの地に参りました故。」 「随分と硬い忍びだねえ。」 いや、普通だろ? 「まあ、そう言うことなら無理にとは言わないよ。木の葉の警護の者は交代制にしてあって、任務時間外は待機室に控えて貰っている。屋敷の中での警護もしてもらっているから一度に聴取はできないだろうけど、とりあえず行ってみるといい。」 カズミはそう言って部屋までの道を口頭で案内しくれた。なかなか好印象だな。大名の親族とか聞いたから少しは高慢かな、とか思っていたのに。 「ありがとうございます。では早速行って参ります。」 イルカは一礼してその場を去った。屋敷内でも警護していると言うことは木の葉の忍びが近くにいると言うことか。まったく気配がつかめないから上忍以上の手練れだろう。その人たちにも聴取をしたいものだ。交代時間を聞いてこないとなあ。 「失礼します。」 入るとそこには二人の忍びがカードゲームをしていた。暇なんだなあ、そうだよなあ、任務外って言っても待機してなきゃならないんだから待ってる間は暇だよなあ。 「木の葉の中忍、うみのイルカです。この度行方不明となったカキネ中忍の捜索にまいりました。つきましては同じ任務にあたっておられたお二人にお話を伺いたいのですが。」 二人は顔を見合わせてカードを置いた。 「捜索任務か、ご苦労だったな。俺はこの護衛の副班長をしているカノコだ。こっちはケン、隊長のタツハともう一人のジンマは現在護衛中だ。」 中年で頭がスキンヘッドの男がそう言って名乗った。ケンという忍びは眼鏡をかけた真面目そうな忍びだった。護衛をしている忍びは4人、全員が上忍という情報だった。 「早速ですが行方不明になった時の状況、直前のカキネ中忍の様子をお聞かせください。」 「解った、まあ座れ。」 椅子を勧められてイルカは素直に従った。 「カキネは若いのによく働く奴だったよ。中忍になってすぐこっちに来たらしいからまだまだ下忍気分が抜けねえ仕方のない奴だったがなあ。正直行方不明になった理由は俺にはわからん。行方不明になったのは12日前だ。カキネは俺たち木の葉の忍びたちの雑用みたいな仕事をしてたんだ。炊事、洗濯、掃除、なんていうか家政婦みたいだが、俺たちにとっちゃ重要だ。実はこの屋敷の女中たちは全員この国の者たちだけなんだ。悪気はないが、護衛をしている任務柄、女中たちの作った飯に万が一にも毒や、衣服に仕込み針縫い込んだりはしないかと心配でな、そんなわけで同じ木の葉の忍びであるカキネに日常をまかせてたんだ。」 「如月様は火の国から使用人を連れて来なかったと言うことですか。」 「そうだ。忍界大戦はもう10年前に終結したとは言え、元は敵国だった国の者に生活の全てをまかせるのはどうかとは意見したんだが、外交をしている身なのだからそういった偏見で事を進めるわけにはいかないと、むしろ信頼を勝ち取るためにはこうしなければならないと言われてな、俺たちは逆らえるはずもない。だが、如月様のように外交の信頼関係のためにわざわざ危険かもしれない者たちの世話になるのは避けねばならなかった。そこでカキネの出番と言うわけだ。」 なるほど、雑用と言ってもその任務は重要だったんだな。 「それで12日前の朝もいつものように飯が出来るのを待っていたんだが、いつまで経ってもカキネの呼ぶ声が聞こえないからカキネの部屋に行ったんだが、」 「カキネ中忍には特別に部屋が用意されていたんですか?」 「ああ、俺たちはここで寝食を共にしていたが、カキネは護衛任務と言っても雑用だし、ずっとここで待機していなくてもよかったからな。それでその部屋に行ったらもぬけの殻だったと。自分の荷物が何もなかった。去るという意志があって去ったんだろう。事件に巻き込まれたにしろ、用意周到だな、手がかりがまるでなかった。それに俺たちは護衛任務を遂行しなけりゃならん身だ。仲間内が誰かいなくなってもそれを追いかけて行くわけにはいかなかった。」 カノコはため息を吐いた。 「前日、最後に会ったのはケンだ。ケン、何か変わったことはあったか?」 「いえ、俺と会話した時には何か思い悩んでいる素振りもなかったし、何かの薬剤関係の匂いや操られている感じもなかった。まあ、失踪するとは知らなかったからそんなに詳しく検分してたわけじゃないが、俺の目から見て不自然な点はなかったように思う。」 それは上忍の目、という意味だろう。中忍のカキネの不自然な点が上忍の目には止まらなかったとなると、カキネは余程面の皮が厚いか、それとも上忍以上の誰かが裏にいてカキネを操って上忍の目にもそれと解らないように仕掛けたか。 「とりあえずカキネ中忍の部屋に行ってみます。あ、それと隊長たちとの交代の時間はいつですか?」 「あと一刻ほど後に来れば交代は終わっている。詳しい交代時間は護衛の関係上班以外の誰にも言うことはできん。すまないな。」 「いえ、当然の判断です。」 立派な心がけだ。同じ木の葉と言えども、任務の機密をおいそれを他言するようであっては困るのだ。 |