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「えっと、すみません、任務入っちゃって。」

イルカの言葉にカカシは呆然とした。もう少し詳しく状況説明をすれば、カカシは暗部の恰好をしたままだった。しかも任務後すぐにイルカに会いに来たので身体はほこりやら土やら返り血やらでボロボロだった。本人は至って元気だったが見た目が大分くたびれていたのだ。そして極めつけは、泣きそうになっているカカシの顔だった。
イルカはなんだか見ていられなくて視線を背けてしまいたかったが、そんなわけにもいかず、カカシの言葉を待った。

「あの、夏休み、終わりましたよね?アカデミーが休みで教師が任務に就く期間っていう。」

「今度は冬休みです、カカシさん。木の葉の冬休み、夏休みと同じくらいの期間、あるんです。年末から年明けにかけてはその行事の多さから任務が一年で一番多くなる季節になります。伴って大人はおろか、アカデミーの子どもたちでさえ駆り出されるんです。」

以前話していて、常識というものに少々拙い部分があるカカシだからと思って丁寧に説明をしたイルカは、だが自分の直感が正しかったことを知った。 

「冬休みなんてあるんですか!?俺全然知りませんでしたよ。アカデミー数ヶ月しか行ってませんもん。」

「え、ええ、知ってます。」

「それに俺ずっと任務しっぱなしだったから忙しい時期とか全然知らなくって。」

「わ、解ります。ですから、」

タイミング、悪すぎです、カカシさん。なんて言う言葉だけは吐いちゃいけないとイルカはぐっと我慢した。
今現在、里内は目を回さんと言わんばかりに忙しい時期となっていた。まだクリスマスですら終わっていない。なんでも屋な部分のある木の葉の任務は、商店の手伝いやらツリーの飾り付けやら、会場のセッティングなど、もう本当に猫の手も借りたいくらいの忙しさだ。クリスマスが終われば大掃除だの参拝時の破魔矢造り、羽子板作り、おみくじ作りの手伝い、蕎麦や正月料理の出前やらでてんてこまい、正月が明ければ明けたで、要人の挨拶回りに伴う要人警護で木の葉の里の忍びの半分はいなくなる。加えて餅つきだの初売りの準備の手伝いなど、恐ろしい程の量の任務が待っている。そんなわけで毎年、この時期の忍びたちは自分の時間というものを持てない。
そしてそれはイルカも同じだった。しかも間の悪いことにイルカが受けた任務は季節に関係のない一般普通の長期のもので、国外に出なくてはならなかった。

「あの、今度は一緒に、飯、食いましょうねって、」

「はい、食べたいのは俺も一緒です。けど、そうも言ってられなくて。すみません、この任務が終わったら必ず、絶対に必ず一緒に食べに行きましょうっ!」

そう言ってイルカはカカシの手をぐっとつかんだ。温かいその手の温もりに、カカシはやっと穏やかな笑みを浮かべることができた。
夏休みの終わり、病院で別れたカカシは任務に就いたものの、次から次へとやってくる任務に休む暇もなく、やっと今度は数日、フリーの日が出来たとイルカに報告しに来た足でこれだ。

「俺たちって、なんだかすれ違ってばかりですねぇ...。」

切なげに言うカカシにイルカはそうですねえ、と苦笑いで答える。
風が吹いてお互いの髪が揺れた。雪が降らないのが不思議な位の天気と寒さだった。
そんな凍えるような寒さの中で、イルカの清涼な匂いがカカシの鼻をくすぐった。
カカシはそっとイルカを抱きしめて首もとに顔を寄せた。

「この匂いともまたしばらく離れ離れですか。」

「あの、いつも思ってたんですけど、俺、そんなにせっけんの匂い、きついですか?」

カカシの行動に顔を真っ赤にしつつも抵抗しないイルカにカカシはくすくすと笑った。

「ええ、匂いますよ。大好きなんですこの匂い。ま、あなただから好きなんですけどね。」

何度も好き好きと言われてイルカはぎゅっとカカシを抱き返した。

「できるだけ、早く帰るようには努力しますから。」

イルカの言葉と身体から温もりが伝わってきて、カカシは穏やかな笑みを浮かべた。

「はい、待ってますね。」

カカシの言葉にくすぐったくなってイルカは笑みを浮かべた。
そして翌日、イルカは任地へと旅立ってしまった。カカシは暇になってしまった休日にため息を吐き、イルカの後ろ姿を見送ったのだった。

 

 

任地へと向かう道中、イルカはカカシの最後に見せた切なげな顔に笑みをこぼしつつ、今回の任務に思考を変えた。
国外の、しかも単独任務は実を言うとかなり久しぶりだった。身体がなまっているとは思わないし、鍛錬はいつだってしている。だから不安はないのだが、火影様に自分が相応しいと言われて見た内容は、一体何に対して自分に相応しいと言わしめたのか、ちょっとそこの所が解らなくて首を傾げた。
今回の任務は国外に滞在している要人警護をしていた、とある一人の木の葉の忍びの捜索だった。最近、同じ任務にあたっていた隊長からその忍びの姿が見えなくなったとの連絡があり、何かの事件に巻き込まれたか、或いは寝返ったか、調べてほしいとの内容だった。要人の警護は上忍が数名あたっているので、要人警護の任務に支障はないが、そちらの任務をおろそかにして、忍びの捜索をすることもできない。
行方不明になった忍びは自分と同じ中忍だが、力量はどうやらイルカよりも下らしい。要人警護とは言え、主に雑用をしていたらしい。名前はカキネというくノ一で、年は自分よりも大分下、大事がなければいいが。
しかしどうして行方不明になったのやら。あっさりと見つかり、保護できればすぐに帰ることができる。もしも手に負えないような状況だったら助っ人を呼んで対策班を設立しなければならないだろう。
己も忍びだ、やる時はやらねばなるまい。もしかしたら思ったよりも時間がかかるかもしれない。カカシは心配するだろうか。
任務でお互いに会えない日々が続いていて、会えてもすぐに任務だなんだ別れなくてはならなかった。お互いにまともに顔を合わせられたのがこの間で、数日やっと休暇が取れたと言うのに、イルカの方が任務で里を離れなくてはならないなんて。折角恋人になったと言うのに、まったく甘い雰囲気になれないのはお互い忍びという職業柄仕方ないのかもしれないが。ま、この忍び不足の折り、そんな我が儘も言ってはいられない。
それにカカシの方がよっぽど大変な任務をしてるんだから、自分の任務なんて軽いもんだ。
イルカはそう思って任地へと向かって跳躍した。

 

任地に着いたのはそれから5日後だった。遠いんだよなあ、土の国って。切り立った山も多いし道は険しいし、ま、忍びの足だから5日で来られたけど、普通の一般市民だったら確実に10日はかかっているだろう。
イルカは土の国の関所で通行手形を見せて入国した。正規の入国者なのだから正々堂々としていればいいのだが、外国となるとなんだか緊張してしまう。
しっかりしろ、とイルカは両手で自分の頬を叩いた。

「うっし、行くかっ!」

気合いを入れて、イルカはカキネを雇っていた木の葉の要人のいる屋敷へと向かった。
屋敷はすぐに見つかった。外交官のその地位はかなり高い。屋敷がでかければ敷地もでかいらしく、森のような広大な敷地にその屋敷はぽつんと建っていた。迷うかと思っていたが、標識があったのですぐに見つかった。これで迷っていたら子ども以下だろう。
イルカは早速屋敷の呼び鈴を押した。

『はい、』

「木の葉の里から来ましたうみのイルカです。」

『伺っております、どうぞ中にお入りください。』

女性の声に言われるまま、屋敷の中に入った。
そして出てきた女性にここでお待ちくださいと言われてその場で待機の姿勢を取った。
ふむ、外見もさることながら中身もなかなか豪勢な造りだ。正直火影様の屋敷よりも上だと思った。まあ、火影様は里長で中心人物ではあるけれど、ものすごい金持ちと言うわけじゃない。が、確かに火影様の邸宅は豪奢とは言えないが、重要な巻物や書類が保管されているからその守りは強固で、里外の者の侵入は不可能だろう。それに火影様がいるのだからその目を盗んで何かをしようなんてできない。暗部だって出入りしているし、ある意味里の中で一番安全な場所なのかもなあ。そういえば九尾に襲われた後、孤児になったイルカは火影様の屋敷に一時住まわせてもらってたこともあった。孤児になった子は他にも沢山いて、自分は早々出て行ってしまったけれど。

「お待たせしました。あなたがうみのさんですね。」

出てきたのはまだ若い、青年とも呼べるほどの年齢の男だった。この人が依頼主の外交官か。名前は如月カズミ。若手だが将来有望のエリートで、大名の親族に当たる人だとか。

「この度は警護の任務中に木の葉の忍びが行方不明となり、大変申し訳ありません。早速今日からでも捜索に向かいますので。」

「いや、木の葉からの長旅でお疲れでしょう。今夜はこの屋敷に泊まっていきなさい。もう夕刻に近い刻限でもあるし。」

まあ、確かにそうだけど、自分の寝床を早い内に決めておきたいし、捜索ができなくとも要人警護にあたっていた同じ木の葉の忍びに聞き取りなんかをしたかったから休むのはちょっとなあ。

「折角の申し出、大変恐縮ですが辞退致します。私も任務でこの地に参りました故。」

「随分と硬い忍びだねえ。」

いや、普通だろ?

「まあ、そう言うことなら無理にとは言わないよ。木の葉の警護の者は交代制にしてあって、任務時間外は待機室に控えて貰っている。屋敷の中での警護もしてもらっているから一度に聴取はできないだろうけど、とりあえず行ってみるといい。」

カズミはそう言って部屋までの道を口頭で案内しくれた。なかなか好印象だな。大名の親族とか聞いたから少しは高慢かな、とか思っていたのに。

「ありがとうございます。では早速行って参ります。」

イルカは一礼してその場を去った。屋敷内でも警護していると言うことは木の葉の忍びが近くにいると言うことか。まったく気配がつかめないから上忍以上の手練れだろう。その人たちにも聴取をしたいものだ。交代時間を聞いてこないとなあ。
イルカは案内された部屋へと向かい、そしてドアをノックした。

「失礼します。」

入るとそこには二人の忍びがカードゲームをしていた。暇なんだなあ、そうだよなあ、任務外って言っても待機してなきゃならないんだから待ってる間は暇だよなあ。

「木の葉の中忍、うみのイルカです。この度行方不明となったカキネ中忍の捜索にまいりました。つきましては同じ任務にあたっておられたお二人にお話を伺いたいのですが。」

二人は顔を見合わせてカードを置いた。

「捜索任務か、ご苦労だったな。俺はこの護衛の副班長をしているカノコだ。こっちはケン、隊長のタツハともう一人のジンマは現在護衛中だ。」

中年で頭がスキンヘッドの男がそう言って名乗った。ケンという忍びは眼鏡をかけた真面目そうな忍びだった。護衛をしている忍びは4人、全員が上忍という情報だった。

「早速ですが行方不明になった時の状況、直前のカキネ中忍の様子をお聞かせください。」

「解った、まあ座れ。」

椅子を勧められてイルカは素直に従った。

「カキネは若いのによく働く奴だったよ。中忍になってすぐこっちに来たらしいからまだまだ下忍気分が抜けねえ仕方のない奴だったがなあ。正直行方不明になった理由は俺にはわからん。行方不明になったのは12日前だ。カキネは俺たち木の葉の忍びたちの雑用みたいな仕事をしてたんだ。炊事、洗濯、掃除、なんていうか家政婦みたいだが、俺たちにとっちゃ重要だ。実はこの屋敷の女中たちは全員この国の者たちだけなんだ。悪気はないが、護衛をしている任務柄、女中たちの作った飯に万が一にも毒や、衣服に仕込み針縫い込んだりはしないかと心配でな、そんなわけで同じ木の葉の忍びであるカキネに日常をまかせてたんだ。」

「如月様は火の国から使用人を連れて来なかったと言うことですか。」

「そうだ。忍界大戦はもう10年前に終結したとは言え、元は敵国だった国の者に生活の全てをまかせるのはどうかとは意見したんだが、外交をしている身なのだからそういった偏見で事を進めるわけにはいかないと、むしろ信頼を勝ち取るためにはこうしなければならないと言われてな、俺たちは逆らえるはずもない。だが、如月様のように外交の信頼関係のためにわざわざ危険かもしれない者たちの世話になるのは避けねばならなかった。そこでカキネの出番と言うわけだ。」

なるほど、雑用と言ってもその任務は重要だったんだな。

「それで12日前の朝もいつものように飯が出来るのを待っていたんだが、いつまで経ってもカキネの呼ぶ声が聞こえないからカキネの部屋に行ったんだが、」

「カキネ中忍には特別に部屋が用意されていたんですか?」

「ああ、俺たちはここで寝食を共にしていたが、カキネは護衛任務と言っても雑用だし、ずっとここで待機していなくてもよかったからな。それでその部屋に行ったらもぬけの殻だったと。自分の荷物が何もなかった。去るという意志があって去ったんだろう。事件に巻き込まれたにしろ、用意周到だな、手がかりがまるでなかった。それに俺たちは護衛任務を遂行しなけりゃならん身だ。仲間内が誰かいなくなってもそれを追いかけて行くわけにはいかなかった。」

カノコはため息を吐いた。

「前日、最後に会ったのはケンだ。ケン、何か変わったことはあったか?」

「いえ、俺と会話した時には何か思い悩んでいる素振りもなかったし、何かの薬剤関係の匂いや操られている感じもなかった。まあ、失踪するとは知らなかったからそんなに詳しく検分してたわけじゃないが、俺の目から見て不自然な点はなかったように思う。」

それは上忍の目、という意味だろう。中忍のカキネの不自然な点が上忍の目には止まらなかったとなると、カキネは余程面の皮が厚いか、それとも上忍以上の誰かが裏にいてカキネを操って上忍の目にもそれと解らないように仕掛けたか。
疑心暗鬼になってしまえばいくらでも疑うこととができる。
とりあえずはカキネの部屋に行ってみよう。手がかりがまるでなかったとは言われたが、自分の目で確かめてみないことには始まらない。
イルカは立ち上がった。

「とりあえずカキネ中忍の部屋に行ってみます。あ、それと隊長たちとの交代の時間はいつですか?」

「あと一刻ほど後に来れば交代は終わっている。詳しい交代時間は護衛の関係上班以外の誰にも言うことはできん。すまないな。」

「いえ、当然の判断です。」

立派な心がけだ。同じ木の葉と言えども、任務の機密をおいそれを他言するようであっては困るのだ。
カノコに案内されて、今度はカキネの部屋へと向かった。
刻限は夕刻を過ぎ、とっぷりと日が暮れてしまった。ちょっと腹が減ったなあ。移動中はずっと簡易食物ばかり食べてたからなあ。あったかい飯が食べたい..。そういやカカシさん、どうしてるのかなあ、ちゃんと自炊してんのかなあ。
窓から見える宵の明星に、イルカは不謹慎にもくすりと笑った。