− flaver 3 −
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カキネの部屋は屋根裏部屋かと思っていたが、違っていた。ちゃんとした使用人の部屋だった。なんか優遇されてんなあ。くノ一だからかねえ。自分が以前要人護衛した時に泊まった部屋は吹きさらしの屋根裏部屋で、しかも板の間だった。そこに男4人で雑魚寝、しかも布団もなにもなかった。あの時のやりきれなさはなかったよなあ。外なら野宿でもなんでもするけど、まさか立派な屋敷の中であんな風に眠ることになろうとは。屋敷に泊まるって聞かなければ寝袋持参したのに。 「失礼します、うみのイルカです。」 「如月様と会っていた時に見てました。派遣、お疲れ様です。」 柔和な笑みを浮かべて優男が言った。 「いえ、任務ですから。えっと、隊長はどちらですか?」 「あ、俺ですよ?」 優男風の男が言った。ふむ、こちらがタツハ隊長か、もう一人のごつい男がジンマ上忍というわけか。しかしジンマ上忍、木の葉の額宛てしてなかったら、絶対夜盗とかに間違われるような風貌してるなあ、人は見た目で判断しちゃいけないし、自分もそうだと思わないけど、子どもがいたらちょっと泣きそうかもしれない。 「ではお二人にお話を聞いてもよろしいですか?」 「カノコに聞いた通りだよ。前日まで彼女に不審な点はなかった。どこに行ってしまったのか、何かの事件に巻き込まれてしまったのか、まだ年若いくノ一の子だ。すぐにでも探しに行きたかったんだが、隊長自らが動いて指揮をおろそかにするわけにはいかないし、こういっちゃなんだが如月様は結構よく狙われるお方だ。今日も刺客がいたものだから殺して骨も残らぬ程に消してきた所なんだ。」 うあ、あっさり言うなあ、この人。しかし死体から敵の情報を探ることができるのだからそんなにすぐに始末してしまってはまずいのでは。 「今、どうしてそんになすぐに始末するのかって思ったでしょう?」 あ、顔に出てたかなあ。忍びとしてこれ、致命傷なんじゃ...。 「はは、まあそう落ち込まないでよ。普通なら死体を探って刺客の素性を調べたりもするんだけど、こう頻繁だと全てを調べるには時間がかかってしまうし、如月様はさほど敵についての詮索に興味がないようでね。警護するのが優先で、敵の詮索は二の次だからよほど調べる価値のありそうな刺客以外はすぐに始末することにしているんだ。」 情報の一つ一つを確認していけば、いずれ刺客の数の減少にも繋がるとは思うのだが、雇っている本人がいいと言っているのならばこちら側の要求を無理に押しつけることもできない。苦しい立場だな。 「ジンマ、ちょっと席を外してくれるかな?」 「はい、では外に行ってきます。」 ジンマ上忍は静かに外に出て行った。その後ろ姿をしっかりと見届けてからタツハ隊長は語りだした。 「実はカキネには内々に諜報活動をさせていた。」 依頼書の報告にも書かれていなかったぞ、そんなこと。 「なにを目的とした諜報ですか?」 「この仲間内に裏切り者がいないかどうか、だ。」 耳を疑った。この4人の中に裏切り者がいるかもしれなかったって言うのか?いや、今現在も裏切り者がいるっていうのか? 「もしかしたら、」 「そう、もしかしたら、カキネにばれてカキネをそれと解らないように連れ去って口封じをしたかもしれない。このことは火影様にも知らせていない。」 「ちょっ、そんな重大なことをどうして報告しないんですか。隊長としての責任能力を問われますよ?」 「いや、だから裏切り者を暴いてから火影様に報告しようとしてたんだよ。それなのにこんなことになっちゃって。正直ね、もう疲れたよ。」 ふっざけるなっ。何が疲れただ。こんなことしている間にもカキネは、くそっ、この隊長、おかしいんじゃないのか!? 「ただでさえこんな状況だってのに、刺客は増えるは衣食住は各自で賄わないといけなくなるはで、本当に心労が絶えないよ。」 タツハの柔和な顔がここで初めて歪んだ。う、上忍って色んな事を考えたり指揮したり、その責任能力は重大なんだとは思うけど。けど、 「うみの中忍。」 「はいっ、」 「隊長としても頼む、どうかカキネを無事に連れ帰ってきてほしい。できることはなんでも協力しよう。彼女はこの班の中で安らぎだったんだ。彼女がいなくなって、彼女の存在がどれだけ自分たちにとって必要だったか解ったんだよ。ここは異国で、俺たちは異端者だ。そんな中での俺たちは仲間以外に信頼する者がいなかった。それなのに裏切り者がいるかもしれないと感じた時、何かが破綻して俺は精神的にもまいってしまった。カキネの一件が片づいたら、俺はこの任務から降りることにしている。」 「タツハ隊長、」 「これでもまだ隊長しての責任感は残っているんだよ。」 苦笑したタツハ隊長の顔は苦渋に満ちていた。この人も苦しんでいるのだろう。 「解りました。俺も持てる力でもってタツハ隊長たちの任務に協力しましょう。」 タツハは首を傾げた。イルカが任務を遂行するのに自分たちの証言などで協力するのは解るが、イルカが自分たちの護衛に関する任務に協力するというのはよく解らないと思ったのだろう。 「炊事洗濯掃除、俺がやりましょう。」 「は?」 タツハ隊長は一瞬呆けた顔をした。 「料理は割りと得意な方です。その代わりカキネ中忍の部屋をお借りします。」 「うみの中忍、それはカキネの代わりをすると言うことなのかい?」 「あくまでもカキネ中忍が戻ってくるまでの間です。なにぶん男なのでくノ一のカキネ中忍と比較されれば見劣りもするでしょうが。」 「いや、やってくれるって言うんならそれは願ったりなんだが、君の任務に支障が出るのでは?」 「まあ、出るかもしれませんが日常的にやっていることをいつもよりも大目にこなす程度ですからさほど時間は取られないでしょう。あ、先ほど如月様に泊まって行くように言われていたのに結局居座ることになってしまったので、詫びとお願いをしてきてもいいでしょうか?」 「そうか、では俺も一緒に行こう。すまないな、隊長なのに愚痴を言ってしまって君に気を遣わせてしまった。」 まあ、否定しないけど、衣食足りてなんとやら、とね。それ位日常にとっては大切なことなんだから見過ごしておくわけにもいかない。それにカキネ中忍が戻ってくるまでだ。そんなに長い間のことではないだろう。 三週間後、イルカは如月邸の炊事場に立っていた。 「それで旦那様ったらにまた違う女の人をねぇ、」 「今週で4人目ね、記録更新したんじゃないの?」 「やだあ、きゃははははっ、」 イルカは彼女たちに知られないようにため息を吐いた。そう、如月様は非常に女好きだった。最初の頃は気にしていなかったのだが、女を取り替える頻度が半端でないことが明るみに出てくると、閉口せずにはいられなかった。 「うみのさん、こっちでお茶でもどう?」 女中の一人が手招きした。どうするべきか、しかし情報収集は必要だ。例えそれが井戸端会議であろうとどんな小さな情報も情報だ。 イルカはお茶を頂くことにした。 「えーと、ではご一緒します。」 女中たちは休憩所の畳の部屋に入っていく。続いてイルカもサンダルを脱いで休憩室に入った。中に5人も入ったら一杯になりそうな部屋に3人の女中+イルカで、丁度良い空間ができあがる。 「でもねえ、やっぱり異常すぎよ、奥さんになる人は大変よねえ。」 「奥方ができてもあれは絶対浮気をする質と見たわ。かわいそうにねえ。」 「そう言えばうみのさんに恋人はいないの?ここ一ヶ月ずっとこっちにいるから、恋人がいたら遠距離になっちゃうわねえ。」 「そういう時はとにかく連絡を取り合ってなだめてすかして甘い言葉をあげるのよ。少しは気晴らしになるわよ。何よりも放っておくっていうのが最大の禁止事項よ。」 はははは、とイルカはため息を吐いた。恋人ねえ、いるにはいるけど相手は自分より強い男だしなあ。それに忍びだし、甘い言葉ってナンデスカ?って感じだ。 「ため息なんか吐いちゃって、うみのさんも隅に置けないわねえ。」 「手紙の一つでも書かないと本当に愛想尽かされちゃうわよ?」 手紙かあ、そう言えばここまで滞在期間が長いとは思ってなかったから手紙の一つでも書いた方がいいんだろうか。 「書こうかな...。」 「そうこなくっちゃねえ、」 「うみのさんも男だったのねえ、」 勝手に盛り上がっている女中達に愛想笑いして、俺は飲みかけていたお茶を一気に飲み干した。 「あ、そうだ、うみのさん、サツマイモ沢山あるのよ。持っていかない?」 女中の一人がそう言って台所からさつまいもを箱ごと持ってきた。重いだろうにここまで持ってこなくても、だが気遣いが嬉しい。 「すごい量ですね、どうしたんです?」 「実家が農家でね、今年は豊作だからって。形もいびつで色が薄いのがちょっと見栄え悪いけど、味はいいから、好きなだけ持ってってちょうだいよ。」 女中はにこにこと笑っている。最初はぎくしゃくとしていたが、根はいい人達なのだ。こんな人たちが食事や服に毒を仕掛けるとは思えないけど、ま、忍びは任地でとにかく人を疑ってかからないといけない職業だからなあ。 「あんたたちも家に持ち帰っていいわよ。」 女中仲間にも持っていけと促す女中に自然と笑みが浮かんだ。女中たちは思い思いに遠慮なく、とサツマイモを取っていく。さすがにここまで無造作に取っていけば、中に毒が仕込んであるなんてことはないだろう。 「子どもにお菓子でも作ろうからしねえ。」 「スイートポテトやかりんとうもいいわねえ。」 女中たちはさつまいも料理の話しに花を咲かせている。 「あれ、もしかして、」 イルカは部屋に灯してあったろうそくで紙をあぶった。すると茶色い色の文字が浮かび上がってきた。 『二月の二人に心せよ』 何かのキーワードだ。ここまで用心しているとなると、余程相手は油断ならぬ人物ということか。 「如月、なのか...?」 出てきた名前にがっくりとくる。要人警護の要人が関係してるってのかよ。とほほ。 「たつはる、立春、二月の季語。」 イルカは頭を抱えた。勘弁してくれよ〜、隊長が裏切り者だって言うのかあ?だめだ、もうどうすることもできん。 「手紙、書くかあ。」 イルカは机に向かって座ると筆記用具を手に取った。 |