−  flaver 3 −





「なあ、俺って、なんなのかなあ。」

「...。」

「俺、もしかして恋人じゃなかったのかなあ。」

「...。」

「俺、抜け忍になっていい?」

「いい加減、俺の食事の邪魔をする生活、やめてくんねえか?」

目の前のアスマは持っていた箸を置いた。こめかみに青筋が浮かび上がっていた。それがなんだってのさ。

「イルカ先生が、」

「任務だろ、こないだったから何十回、何百回聞いたと思ってんだ。」

「まだ帰ってこない。」

「教師っつったって任務が入ればやんなきゃなんねえだろうし、長期に渡る任務だってこなさなきゃなんねえだろうが。お前だって長期の任務に何度もあたってきたんじゃねえのか?って何度言わせんだよ。」

「アスマの飯、まずい。」

「なら食うな。」

カカシはぶつくさ文句を言いながらアスマの作った男の料理を頬張った。男の料理だけあっておおざっぱで味付けの濃い鍋だった。

「まずい、」

「食うな。」

「まずい、」

「...。」

アスマはもう何も言うまいと箸を手に持って再び食いはじめた。

「あーあ、なんかやんなっちゃうなあ。俺も長期の任務、申請しよっかなあ。」

「イルカがいつ戻ってくるかも解らないのに長期の任務に行ってまた行き違いになったらどうしようってこないだ言ってなかったか?」

そういやそんなこと言ったかも。明日帰ってくるかもしれない、明後日かも、一ヶ月後かも。そう思って早一ヶ月が過ぎた。どう考えても遅すぎる。

「おい、ぶーたれるな、飯がまずくなる。」

「元からまずいだろ〜?」

カカシは白滝をつついてぽちゃん、と自分の取り皿の器に落とした。

「まずそうに食うな。」

「だってまずいもん。」

アスマは鍋に残っていた具を全てさらうようにして自分の器に無理矢理入れた。溢れてるよアスマ、そんなにがっつかなくてもいいだろうに、誰も食べやしないって。

「イルカを心から同情するぜ。ったく、こんな疫病神に好かれちまって可哀相に。」

心底憐れみを込めた目で見られてカカシはふふん、と鼻で笑った。

「なに?羨ましいってわけ?」

アスマは、うっせぇよっ。と言って焼け食いとばかりに口に思いっきり頬張った。何かに似てるなあ、あれだ、リスだよ、口の袋にクルミとかひまわりの種を思いっきり詰め込んでぷくーってなったやつ。
あははははっ、180度キャラ違うよ、笑えるぜっ。

「何笑ってんだよ。」

「べーつにー。」

カカシは白滝を無理矢理口に押し込んで箸を置いた。

「ごっそさーん。まずかったけどなんとか食ったよ。」

「お前ほんとに失礼な奴だな。毎晩タダ飯食いやがって、少しは食費入れろ。」

「やだよ、アスマ家のエンゲル係数なんて知ったこっちゃないし、入れてほしかったらもっとうまい飯作ってよ。イルカ先生の飯はこれの100倍はうまいんだから。」

それが食わせてもらってる奴に言う台詞か?とアスマはぶち切れそうになりながらも堪えて、それはよかったことで、とどうでもいいことのように言った。カカシは興味がなくなったのか、立ち上がった。

「帰る。」

「おう、とっとと帰って寝ろや。」

邪魔者を排除するかの如く追いやるアスマに舌打ちしてカカシは部屋から出て行った。
イルカが任務に行って数日、折角もらった休日は案の定本当に味気ないもので、任務をしている時の方がよっぽどましな精神状態だった。だってイルカ先生がいないと寂しい。休日も終わって任務をこなす毎日が戻り、任務から帰ってきて自宅の冷たい部屋で一人飯を食うのを虚しいと痛感するほどに。
そこで昔からの知人だったアスマに人身御供になってもらって、まずいアスマの飯を食っているのだが。

「はあ、イルカ先生、何の任務してんのかねえ。」

手こずっているのだろうか。それでもいいが、無事に帰ってきて欲しい。願いはそれだけだった。長期になったっていいから、忍びに危険は付きものだって解っているけど、心配せずにはいられなかった。
カカシはもういつもの癖となってしまったイルカの家にやってきていた。もしかしたら帰ってきているかもしれない、そう思って毎晩、帰る時にはイルカの家に一度は寄るのだった。
とりあえず今日もまだ帰ってきてはいないようで、その家は真っ暗だった。人の気配もない。
ため息を吐いてポストの中身をチェックする。まるでストーカーのような行為だったが、イルカもここまで長期になるとは思っていなかったのか、新聞受けに入らなくなったらこちらへどうぞ、と書いてあった代わりの箱の中は新聞で溢れてしまったので、カカシが家の中に運んでいるのだった。
今日もポストの中には新聞が押し込まれている。カカシはそれを取った。その瞬間、ぽとりと新聞以外のものが落ちた。ダイレクトメール?と思って手にとってカカシは目を見開いた。そしていつものように勝手知ったるイルカの家に合い鍵も使わずに勝手に家に上がり込むと部屋の明かりを付けた。
そして手元の手紙を凝視するように見つめた。それはイルカからの手紙だった。自分の家に自分が手紙?だが宛名は『はたけカカシ様』となっている。そう言えばイルカの家には頻繁に自分は出入りしていたけど、イルカは自分の家に一度も来たことなかったかもしれない。それに住所を知っているとも思えないし。とにかく自分宛の手紙だ、これは開けてもいいと言うことだろう。
カカシは少々緊張しながら封を開けた。
中の手紙は思ったよりも短い内容だった。
『カカシ殿

立春過ぎて未だ花がその蕾を見せぬ月の頃

貴方と再び出会えたあの時を忘れる事なく

胸の高鳴りは今、この時も止まることなく

会えぬ時は貴方を思い、切なく心揺れます

冷めやらぬ恋情に巡り合わせよと願い震え

炎燃ゆるこの想いは貴方を探り求め止まぬ

イルカより』

 

イルカ先生、そんなに俺のことをっ!!
なーんてキラキラ目を輝かせてみたが虚しくなってため息を吐いた。
解ってますよ、これは暗号文だ。
何というか、嬉しいんだけど嬉しくないような、微妙な気持ちだった。手紙をもらってそれは恋文のようだけど実際は暗号文で他の人たちにも見せなくてはならない。
ま、暗号文と解った今、この手紙は至急に然るべき処置を執らねばならないだろう。とにかくこれは事実を知っているであろう、あの人に聞きにいかねばなるまい。
そしてあわよくば、増援部隊を出してくれないもんかねえ。そうすりゃ自分は堂々と行けるのに。
明かりを消して家を出ると街中を跳躍した。目指すは火影邸。

 

カカシは暗部の時と同じように勝手に窓から火影邸に入ると、執務室の前に立ってノックした。そして中の人物に了解も得ずに室内に進入して火影のいる机の真ん前に立った。

「三代目、お話があります。」

「カカシ、わしはもう寝ようと思っとったんじゃがのう。年寄りは労れと習わなんだか?」

なーに言ってんだか。どうせ気配なんか気付いてたくせに。
って、そんなこと言ってる場合じゃないっての!カカシはイルカからの手紙を三代目に突きだした。

「イルカ先生から暗号文が届きました。解読を。」

言われて三代目は目の前の手紙を手に取った。そしてふむふむと目を動かしていく。

「ほっ、随分と熱烈な恋文じゃな、カカシ。」

夏の一件でカカシとイルカの仲がただの友人ではないと感づいていての言葉だろう。カカシは舌打ちしたい気持ちを押し止めて三代目に詰め寄った。

「そうなんですよー!もう、熱烈すぎて今すぐに会いに行って抱擁したいくらいですよ!!ですからさっさと解読してください。」

三代目はにやにやとカカシの方を見ていたが、解っとるわい、と大きく息を吐いて文をじっと見た。その顔は先ほどまでのにやついた顔ではない。さすがは火影、頭の切り替えも素早いな。

「これは少し調べないと解らんな。カカシ、お前は家に戻っておれ。」

「しかし、今こうしている間にもイルカ先生が窮地に立たされているかもしれないんですよ?」

「だからと言って何の下調べもせずに敵地へ乗り込んでいったとして、冷静さを欠いた行動で誰かが犠牲になったらどうする?その時、後悔するのはイルカでも誰でもなく、お前じゃ。安心するがいい、この手紙は今すぐ救援を要するような類のものではない。それでもまあ、早く調べるに越したことはない。優先して調べておこう。解読して話せる内容だったらお前にも伝える。」

何も言えなくなってカカシははい、と短く返事して執務室から出て行った。
確かに三代目の言うとおりなんだけどさ、心配なんだから仕方ないだろ?
自宅へと戻る道すがら、カカシは夜空を見上げた。月のない夜だ。隠密活動にはもってこいの夜。イルカ、どうか無事で。

「浮気なんかしてたらやーですよ?」

呟いた言葉は誰に向かうでもなく、夜空に消えた。