−  flaver 3 −





「任務じゃ。」

と言って三代目はカカシを見やってため息を吐いた。
へっへー、やったね、とカカシは心の中で笑った。

「いやあ、なんだかすみませんねえ、無理強いさせちゃったみたいで。」

「みたい、ではなかろうに。」

三代目は額に怒りのマークを付けてわなわなと怒りを留めている。
カカシは知らぬふりでにこにこと笑っている。目的が達成するならなんのその、火影の怒りなんて怖くもなんともなかった。
イルカの暗号文をもらってからの数日、カカシは三代目にまとわりついた。

『イルカの元へ行かせろや?』

その無言のプレッシャーに、三代目はほとほと疲弊した。いかに三代目でも日々の仕事のストレス+カカシの暗部仕込みのストーカー行為に神経が病みそうだったのだ。本来ならばSランクの任務をばんばんカカシに押しつけようとしていた所を、イルカの任務に追随させる運びとならざるをえなかった。
そのストレスの大本である目の前のカカシは嫌味な程嬉しそうだった。

「嬉しそうにするでないわ、まったく、イルカもこんな奴に恋文のような暗号文を送るから悪いんじゃ。」

ぶつぶつと低い声で言えば、カカシは笑みを崩さずにきゃっきゃっ、と喜ぶ始末。
もういい、さっさと里から出て行けとばかりに三代目は任務の説明に入った。

「内容を言い渡す。」

カカシは背を正した。待ちに待った任務だ、聞く前から解っている。

「土の国に赴き、如月カズミ、タツハ上忍、両名を諜報活動にて事実関係を明らかにした後、タツハ上忍の暗殺条項に該当した場合の暗殺。別件で如月カズミには調査依頼が出ている。すぐには片を付けずに嗅ぎ回れるものは全て暴き出せ。詳しい内容はこの資料を読め。正式な通行手形を発行する。お前は表向き伝令を担った形でイルカの恋人として手紙に触発されてイルカに会いに来たこにとにでもしておけ。手紙がこちらに届いたということから、中身が暗号文だったとは見抜かれてはおらぬだろう。」

三代目はそう言ってまたため息を吐いた。イルカからの暗号文の手紙は、カカシが開封する前に開けた形跡があった。随分と慎重にまた封をしてあったが、誰かに読まれているのは確かだろう。暗号文と気付けば手紙は処分されてここには届かなかったはずだ。
だからカカシが手紙をもらって会いたくなって会いに来ました。と、言えば多少強引ながらも納得するだろう。
任務時に私情を挟むのはまずいがこれだけの長期だ。里からの伝令も担っての逢瀬ともなればそれほど不思議がられはしないだろう。

「ところでこの如月カズミの別件からの調査依頼って誰からの要請ですか?」

「そこに書いてあるじゃろう。」

「え、この人が疑ってるんですか?それはまたえらいのに睨まれましたね。」

「ま、事実かどうかはお前の調査次第だの。さっさと行ってこい。必要とあらば何人か付けるがどうする?」

「いえいえ、忍び不足なんでしょ?俺一人で平気ですよ。じゃ、手形の用意、お願いしますね。俺は明朝に立ちますんで。」

「わかった。」

カカシは軽く礼をすると執務室から出て行った。三代目の心から安堵したため息が聞こえてきそうだった。
カカシは廊下で資料を読み終えると火遁で燃やした。

「ふふふ、やっと会えるなぁ、アスマのまずい飯ともおさらばだね〜。」

と、本人が聞けば怒りに青筋が立つようなことをさらりと言ってのけ、カカシは任務の準備をするために自宅へと向かった。

 

そして翌朝、手形をもらったカカシはただイルカに会いたいがために、一般人なら10日、一般の忍びだったら5日かかる道程を、たった2日で土の国へとたどり着いたのだった。
恐ろしいまでのスピードで走り抜けてきた割りには、まったく疲労の色も出さずに如月カズミの屋敷へとやってきたカカシは、早速屋敷の中へと入れて貰った。
屋敷の主人は、カカシを快く出迎えてくれた。

「すみません、なんだか木の葉の忍びが後から後からやってきちゃって。」

カカシがにこやかに言うと、屋敷の主人である如月はいいえ、と穏やかに微笑み返した。

「長旅でお疲れでしょう。今日はこの屋敷でお休みになってはいかがですか?」

「いえ、先に任務を優先しませんと。」

「任務、ですか。忍びの方は本当に任務がお好きですねえ。」

「仕事なんて選り好みなんてしていられませんから好きとか言う問題じゃないんですけど。まあ、でもそんなわけなんで仲間のいる場所を教えていただいていいですか?」

如月はいいですよ、と言って部屋までの道のりを案内した。
案内された部屋に行くと、柔和な笑みを浮かべた優男と、いかつい男がソファに座ってくつろいでいた。

「お疲れさん、悪いけどイルカ先生の居場所教えてくれない?伝達事項があるから。」

「えーと、木の葉の忍びなのは解るけど、一応名乗ってもらえると助かるんだけどな。」

突然入ってきたカカシに臆することなく、座ったまま優男が言うので、カカシは応えてやった。

「はたけカカシだ。あんたたちはこの屋敷の要人護衛をしている者たちだろ?」

「そうだよ、俺は隊長のタツハ、こっちはジンマ。それから悪いんだけど、うみの中忍の居場所は教えられない。」

カカシは訝しげにタツハを見た。

「なんで?」

「知らないからだよ。と、言うか、うみの中忍は逃亡した。もしくは誰かに消されたのかもね。」

「はぁ?」

「いなくなったんだ。一週間ほど前かな。」

手紙を書いた数日後と言うところか。手紙の内容がばれたのか?
それにしても任務を放棄して逃亡なんてありえない。だれかに拉致されたか、どうにもならない状況で逃げるしかたなかったか。どちらかと言うと後者の方が気持ち的には嬉しいんだけど。

「でもそれってカキネ中忍の状況と似てるね。なに?中忍にとってこの屋敷は呪われてんの?」

少しばかりからかうようにカカシが言えば、タツハは別段気にした風でもなく、そうかもね、とカカシの言葉を流した。

「そう取られてもおかしくないだろうけどそれが事実だよ。」

「そ、とりあえずイルカ先生が使ってた宿屋、教えてくれない?」

「宿屋は使っていなかったよ。この屋敷にずっといたから。」

「は?なんで?」

「カキネ中忍の代わりに俺たちの生活面の支援をしてくれていたからね。」

「それはつまり炊事洗濯掃除をさせてたってこと?イルカ先生に?」

「そうだよ。」

途端、カカシは不機嫌になった。
なんだよなんだよ、ずっとアスマのまずい飯食ってたのにあんたたちはイルカの手作りの食事を食べてたって言うのか?くっそー、羨ましい奴らめ。

「まあいいよ、じゃあ使ってた部屋っての?案内してくれる?」

タツハはくすくすと笑った。何がおかしいのか。

「うみの中忍もあんたも同じことするんだねえ。似たもの同士って言うの?」

「ま、多少は似るんじゃない?そういう仲だから。」

暗にただの関係ではないと臭わせるようなことを言えば、タツハはへえ、と物珍しそうにカカシを見やった。
あー、気にくわない。さっさと仕事終わらせてイルカを連れて里に帰ってやる、とカカシは頭の中で息巻いた。

「ジンマ、悪いけど案内してあげてくれないか。俺はこの部屋を離れるわけにはいかないから。」

いかつい男は無言で頷くとソファから立ち上がった。そして待機室から出てカカシを案内するように歩き出した。
廊下を歩きながらカカシは屋敷をじっくりと検分した。
日中なので明かりがなくとも見えるが、何か暗い感じがある屋敷だと思った。

「なに、この屋敷は女をよく連れ込んでるわけ?」

ジンマの身体が驚いたのか、一瞬不自然に動いた。カカシでなければ見落とすような些細な動作だった。

「何故、そう思う?」

ジンマがカカシに聞いてきた。ずっと黙ったままだったから声が出せないのかと思ったが、そうでもなかったらしい。

「女の匂いがする。色街の女だ。俺、これでも鼻がいいんだよね。」

ジンマにその部屋を案内されて、カカシは部屋に入った。ジンマは帰ろうとしたが、カカシはまあまあ、とジンマを部屋の中に引っ張り込んだ。
そして素早い動きで印を結ぶと、部屋の内側に薄く、気付かれないような結界を張った。

「どういうつもりだ。」

ジンマは動揺することなく、カカシに問うた。
カカシはホルスターからクナイを取り出して、恐るべきスピードでジンマの首筋に刃を当てた。

「俺、あんまり余裕ないんだよね。ずっと恋人と会ってないから。」

ジンマは答えない。カカシは唯一見えている右目を細めて笑った。

「あんたからはその恋人の匂いがする。さっさと教えてくれないとどうなるか知らないよ?」

口調はおどけているが、本気だとその殺気が言っている。同じ木の葉でも容赦しないと言うことか。

「うみの中忍は、生きている。」

ジンマが言えば、カカシは矢継ぎ早に次の質問をする。

「どこにいる?」

「洞窟だ。この屋敷の森の井戸からその坑道に繋がっている。俺はたまたまその坑道を知って、そこに匿ったんだ。」

「なんで匿う必要があったの?」

「それは、」

「んー、いいや、時間ないからさっさと行くよ。この結界、どんな奴にも結界を張ってるって気付かれないけど、持続時間短いから。」

カカシがそう言っている間にも結界はどんどん薄れていく。

「安心しなよ、あんたがそこまで慎重にするっとことは、それだけリスクがあるんだろう。気付かれないように行くよ。」

カカシはそう言ってとん、とジンマの背中を押して部屋から出した。
ジンマが部屋を振り返って見ると、窓が開いており、そこにはもうカカシの姿はなかった。
瞬身の術を使ったのだろう。自分よりも遙かに強い相手だ。恐らくこの屋敷にいる木の葉の上忍の誰よりも。
ジンマはその表情に何も現すことなく、待機室へと帰る廊下を歩きだした。

 

森の中の井戸はどこかとカカシは気配を消しつつ探していた。森は広く、木々が生い茂り、井戸なんてどこにあるのか見当もつかないが、ここで分身でもして探せば誰かに気付かれてしまうだろう。
地道に探すしかないとカカシはその身を低く低くして集中して探す。
と、同じような森の中の景色で、少しだけ違和感のある場所があった。どこにでもある蔦の巻き付いた大木が何本も生えているその場所、その木の根元にひっそり、腰の丈ほどもある草むらがあった。
緑が深すぎる。カカシはそっと草むらをかき分けていった。そして見つけた。
ボロボロに崩れ果て、水も枯れてしまった古井戸が。微かにイルカの匂いがしていた。
カカシはにやりと笑うと井戸の中に入った。井戸の底にたどり着けば、崩れかけた壁から風が吹いてくる。中は暗い。カカシは火ではなく、明るい光だけを現す印を結んで中を進んでいった。
が、しばらく進めば、どこからか地上と繋がっている所があるのか、日の光が洞窟を照らしていった。
カカシは光の印を解くと、イルカの匂いが残るその場所までひたすら歩いていった。
ふと、誰かの話し声が聞こえた。その匂い、声、チャクラ、間違えるはずはないっ。

「イルカ先生っ!!」

カカシは誰がいるともおかまいなしで声のする場所に飛び込んでいった。
洞窟の中でも広めなその場所にその人はいた。

「かっ、カカシさんっ!?どうしてあなたが、えっ、ええええっ!!」

イルカは驚愕しているらしい。ああ、もうかれこれ一ヶ月半ぶりなんじゃない?
カカシはイルカに抱きついた。思いっきりその匂いを胸の中に吸い込む。
自分だけが知っているイルカの匂い。こんなに愛しいのに会えなかったなんて。

「もうっ、心配させないでよっ。無事でよかったーっ。」

抱きつかれたイルカは、カカシの腕を解くこともなくただ、笑みを浮かべた。

「わざわざ来てくださったんですね、ありがとうございます。」

「いいんですよ、でもなんでイルカ先生ここにいるんですか?」

「それには色々と事情がありましてね。」

イルカは苦笑しつつ、カカシの腕をやんわりと解いた。そしてすぐ側であまりの出来事に硬直していたカキネに気付いてわたわたとカカシから離れた。
顔を赤くしながらも、イルカはカカシを紹介した。

「カキネ中忍、こちらが暗号文を送ったはたけ上忍です。」

「はじめまして、カキネです。この度は私の一件で色々とご迷惑を、」

「あ〜、大丈夫。あなたの一件だけで来たわけじゃないからね。」

「と、言うと?」

イルカがカカシに問うた。

「まあ、別筋からもちょっと要請がありまして。イルカ先生とずっとイチャイチャしていたいんですけど、そんなわけで俺はこれから諜報活動に従事しなけりゃならないんですよ。ところで最初にも聞きましたがイルカ先生と、それからカキネ中忍も、なんでこんな所で姿眩ましてんです?」

イルカとカキネは顔を見合わせて互いにため息を吐き、イルカは話し出した。

「実は二人とも共通したことがきっかけでここにいるんですが、」

「共通?中忍ってことですか?」

「ああ、そう言えばそうですね。いや、そうではなくて。実は、如月様が無類の女好きでして、俺もカキネ中忍もその、伽に呼ばれまして。」

顔を赤くしてイルカが言えば、カカシはにこにこと笑って言った。

「万死に値する。」

「ちょっと、殺さないで下さいよ!?相手は大名で要人なんですよ、殺したら抜け忍扱いですよ。それに本当に相手したわけでじゃないんですからっ、その前に逃げてきたからここに隠れてるんですよ。」

「わーかってますよ、俺だってそれ位の常識はあります。でもまあ、本当に相手してたら俺が殺したなんて解らないようにバラすだけですから。ははははは。」

笑えねえ...。
イルカとカキネはずーんと暗くなった。

「所で二人はあの如月とタツハについて何か知り得た情報ってありますか?」

イルカとカキネは首を振った。

「残念ながら何もつかめていないんです。あれから俺も調べてたんですけど、何も出てこなくて。」

「それはまた珍しい。ガセネタすらないんですか。」

「ないです。私は一ヶ月以上ずっと外から探っていましたが、まったく不自然な所はありませんでした。」

カキネが言うと、カカシは少し困ったように笑って言った。

「そんなの当たり前ですよ?なんで悪巧みを不自然に見せなきゃならないんですか。悪行であればある程自然にいつも通りに何もかもを進めていかなけりゃ、持続して行動できないじゃないですか。」

確かにその通りだ。だがこれだけ長期間ずっと調べているのに少しの尻尾も出さないなんて、そんな神業的なことが可能なのだろうか。

「まあ、発想の転換って奴ですよ。日常どこにでもあって、自然で当たり前で疑うことなんかないような事の水面下で何かが行われている。全てを疑ってかからないとね。相手は上忍もついている。忍びの目で見てもそうと解らないように行動するようにし向けるのは当たり前でしょう。忍びなら裏の裏をかけってね。」

カカシはからからと笑った。なんとも陽気だ。

「そんなわけでさっさと仕事を終わらせて帰りたいですから、仕事してきます。イルカ先生の元気な顔も見れましたからね。」

「えっ、もう行くんですか、」

と思わず口をついてしまった言葉にイルカははっとして口を噤んだ。そして居たたまれずにカカシから顔を背けた。
カカシは現れている右目を少しばかり大きく見開いたが、すぐに優しい笑みになってイルカを慈しむように見つめた。

「大丈夫ですよ。仕事が終わったらすぐに来ます。足が着くとまずいんでしばらくはここにも来ませんが、どうか身体には気を付けて下さい。」

カカシはそう言ってイルカの手を両手でつかむと、思いを断ち切るようにして元来た道を振り返ることなく去って行ってしまった。
残された二人はそんな嵐のような来訪にただただ呆然としていた。

「なんだか、私の存在があまり目に入ってない感じでしたねえ。」

カキネが言うのを聞いてイルカは慌ててそんなことはないと否定した。

カキネはそんなイルカにぷっと吹き出した。

「恋人同士なんですよね?だったら当然のことですよ。でもすごいですねえ、普通、恋人だって任務を勝手に自分の都合のいいものに替えることなんてできないし、手紙を出したの、10日くらい前だっておっしゃいましたよね?」

イルカが頷くと、カキネはにっこりと微笑んだ。

「手紙を見てすぐに来たってことじゃないですか。それにすぐにこの場所も突き止めちゃうし、うみの中忍が羨ましいです。あんなすごい人が恋人なんて。」

イルカは顔を真っ赤にしながらも微笑んで見せた。そう何度も恋人恋人と連呼されるのはかなり気恥ずかしいが、褒められてなんだか自分のことのように嬉しい。同じ忍びとして尊敬できる相手でもあり、最愛の人でもある。
本当の気持ちを言えば、この任務は自分が担ったもので、できればカカシの力になりたい。
もっと力があったならば。アカデミー教師が悪いってわけじゃないけど、こうも実力の差を見せつけられたら、ちょっと凹んでしまう。
逃げてきた手前、下手に動くことの方がカカシの動きの妨害となるだろう。ここは悔しいがカカシを信じて待つしかない。

「どうかご武運を。」

イルカはカキネに聞こえないように口の中で祈り呟いた。