−  flaver 3 −





翌日、カノコとケンを荼毘にふした。カキネは泣かなかった。
如月は軟禁。タツハは厳重に監禁した。
ジンマとカキネは木の葉の増援部隊が到着するまでこの屋敷に留まることになり、カカシとイルカは任務終了ということで里に帰ることとなった。
帰還する日、イルカは女中たちから別れの惜しみの言葉を多くかけられ、やっぱり好かれてたんだねえ、とカカシを納得させた。
ジンマはタツハの監視をしていたので見送りには来られなかったが、カキネが代わりに見送ってくれた。

「お気を付けて。」

最初に会った時よりもずっとしっかりとした子になったな、とイルカは思った。

「カキネも、増援部隊が来るまでジンマ上忍のサポートをがんばって。」

「はい。」

カキネはしっかりと返事をした。カキネに見送られて、カカシとイルカは屋敷を後にした。

「イルカ先生、木の葉に帰る前にちょっと寄りたい所があるんですが。」

「あ、はい、いいですよ。」

カカシの言葉に頷いて一緒に着いていってみれば、そこは色街だった。
まさか帰還前にこんな所に来るとは思ってなかったイルカは少々戸惑い気味だった。そんなイルカの表情にカカシはくすりと笑った。

「なんです、妬けましたか?」

「なっ、こんな朝っぱら来るんです。任務か何かなんでしょ?」

冷静に言い当てられてつまんなーい、とカカシはおどけてみせた。
やがてカカシは大きな店の前まで来ると、イルカに店先で待つように言い置いて、自分は店の中に入っていった。
カカシは以前に来た時と同じように店主に案内されて揚羽の部屋へと向かった。
部屋の中では、揚羽が正座してカカシを迎えた。以前よりも取り乱した様子はない。強い女だ。
カカシは揚羽の前に座った。そして懐から二本のかんざしを取り出した。同じ色、形の対のかんざしは、朝の光に鈍く光った。

「ひひるさんの形見です。残念ながら遺体を見つけることはできませんでした。証言によれば死体はいつも燃やして骨も残さなかったそうです。お力になれずすみません。」

カカシの言葉に揚羽は小さく笑った。

「あの子はいつもひらひら一つ所に留まろうとしない子でしたから。今も風に揺れて漂っていることでしょう。」

揚羽はカカシの手からかんざしをそっと自分の手に取って胸元に抱き寄せた。
一滴、その顔に涙が流れると、揚羽はカカシに向かって深々と頭を下げた。
カカシは立ち上がった。揚羽は顔を上げない、肩が震えている。声に出して泣きたいのを必死に堪えているのだろう。
やりきれない、だが過ぎてしまったことだ。もうどうにもならない。
カカシは店を後にした。
そして店の前で少しそわそわとしているイルカに声をかけた。

「いやあ、お待たせしてすみません。」

「いえ、大丈夫です。」

カカシの存在にほっとしたのが声にも現れていて、カカシは目を細めて空気を和ませた。イルカは先に立って歩き出した。カカシがイルカの後をついていくように歩き出す。
しばらくは二人共無言で歩き、土の国の関所を通って街道に出ると、イルカは口を開いた。

「カカシさん、今回の一件で色々とよく解らないことがあったんですけど。」

「そうでしょうねえ。答えられるものには答えますよ。」

カカシがのんびりとした歩調で歩きながら答える。

「如月とタツハはどんな利潤で繋がり、何をしていたんですか?」

「如月の女癖の悪さは周知の事実と思いますが、」

イルカが頷く。

「困ったことにかなりおかしな性癖のようでして、女を狂わせるのが大好きだったようですね。タツハは薬学にかけていい腕をしていました。狂信的と言えたとスリーマンセルの仲間が証言しています。如月は女を狂わせたい、タツハは薬を作って試したい。ここでお互いの利害関係が成立したと言うわけです。」

「じゃあ、連れてこられた女たちは、」

イルカが眉間に皺を作って言い淀む。だがカカシはやんわりと否定した。

「全員が全員に試されていたわけではないです。そんなことすればすぐに怪しまれてしまいますからね。刺客が頻繁に訪れていたと聞きましたが、女も多少含まれていたと思います。恐らくは薬の犠牲になった人たちでしょう。」

「カキネを伽に呼んだことには何か意味があったのでしょうか。」

「どちらかと言えばそれはタツハの意向でしょうね。忍びに自分の作った薬を試してみたいと思ったんでしょう。カキネは中忍になったばかりで腕もまだまだ上忍に比べると劣ります。刺客に襲われたとでも言って殺してしまってもさほど疑われないと思ったんでしょう。イルカ先生においても同じような意味合いで伽に呼ばれたんだと思いますよ。いや、しかしまさか俺まで呼ばれるとは思いませんでしたけどね。俺が上忍だって知らなかったんでしょうねえ。」

ははは、と笑うカカシの言葉にイルカが驚愕に目を見開いた。

「か、カカシさんまで呼ばれたんですか!?」

「ええ、結構きわどい所までいきましたよ。」

笑って言う恋人に、イルカは腹から沸き上がる感情を沸々と煮えたぎらせる。

「あ、あなた何考えてるんですかっ。どこにわざわざきわどいところまでいく人がいますかっ。そんな必要ないでしょう!?」

「立派に必要性はありますよ。そうした方が相手は油断するでしょう?油断させておいて一気に潰す。忍びたるもの相手の不意を突いての攻撃は得意としなくては。」

それはそうですが、とイルカはまだぶつぶつ言っている。

「それにきわどい所と言っても別に身体には触らせてませんよ。薬を飲んだだけです。」

イルカは今度こそ言葉を無くしてカカシを凝視した。

「薬って、その発狂させるって言う薬ですかっ!?」

「ええ、結構きついものでしたね。相手には虚勢を張っていましたが、もう少しきついものだったらちょっとラリっていたかもしれないです。まあ、飲んだ直後はさすがにふらふらしてしまいましたが。」

イルカは立ち止まってため息を吐いた。そして、もういいです、と一言言い置いてさっさと歩き出す。カカシは慌ててイルカの後をついていく。

「あの、何か怒らせるようなこと言いました?俺、暗部なんであの位の薬には耐性があるんで大丈夫なんですよ?それともやっぱり帰り際に立ち寄った色街のことを怒ってるんですか?本当にあれは任務で行ってただけで別にそういうことしてたわけじゃ、ああ、くそっ、こんなこと言いたいんじゃないんですけど、イルカ先生っ。」

カカシの言葉にはまったく耳も貸さず、イルカの歩調はどんどん早くなっていき、カカシはひたすら着いていく。カカシの運動能力ならばイルカに追いつくなんてことは造作もないのだが、イルカは確実に怒っている。相手を力ずくで立ち止まらせて、無理矢理訳を言わせるのなんてことも簡単にできるのだが、それでは意味がないとカカシは思った。
だからイルカの気が済むまで歩かせよう、そしてそれまではずっとひたすらその後ろ姿を見ていようとカカシは思った。
それからはずっと無言だった。ただ帰り道を歩いているだけなのだ。必要なことは態度でなんとなく解ってしまう。
そしてとうとう夕刻になり、野宿する段になってイルカはやっと口を開いた。

「今日はここで休みましょう。」

近くに川も流れており、適当に柔らかそうな草地があった。カカシは頷いた。
そして火を起こし、携帯の食物で夕食にする。
お互いに向き合って火に当たっていると、心なしかイルカの顔が優しくなったような気がした。カカシは耐え切れなくなって口を開く。

「イルカ先生が好きなんです。」

突然に何を言い出すのかとイルカはカカシを見やった。だがカカシは至極真剣で、イルカはただただカカシの言葉の先を待つ。

「だからあなたが俺の何に対して怒っているのか知りたいんです。ここまで来るのに色々考えてましたけど、解らないんです。俺はその、どうにも一本調子が外れているというか、疎通が図れない時があるようで。それが他人だったら別にいいんです。理解し合えなければまあそれでもいいかと思ってそのままにして去ればいいことなんです。でも、相手がイルカ先生だとそういうわけにもいかないんです。あなたが好きだから、あなたが俺に対して何をそんなに怒っているのか、俺に原因があるんだとしたら何が原因だったのか、知りたいんです。」

イルカは立ち上がってカカシの隣に腰を落とした。そして真横にいるカカシの目をじっと見つめた。

「怒ってるんじゃないんです、呆れてるんです。しかもあなたにでなく自分に対してです。」

「何故です?イルカ先生が自分に立腹する場面がどこにありました?」

「カカシさんを危険な目に遭わせてしまったことです。この任務は元々俺が担うものでした。それなのにここまで足を運ばせて、その上危険なことまでさせて。俺にもっと力があればそんなことさせずに済んだのに。いつだってそうなんです。カカシさんにいつも助けてもらってばかりで、俺は何も返せていない。」

イルカは顔を俯けてしまった。
カカシはイルカの身体をそっと自分の腕に包み込んだ。

「色々返してもらってますし、助けてももらっていますよ。あなたはいつだって俺を笑顔で迎えてくれるし、あなたの存在それだけで俺は幸せにしてもらってるんです。こうやってくっついて抱きしめていることが俺にとってどれだけ幸福なことなのか、イルカ先生は知らないだけなんですよ。」

カカシはくすくすと笑った。
イルカはカカシの腕から顔を覗かせてその不安げな瞳をカカシに向けた。

「俺は、あなたの必要とされるべき人物なんでしょうか?」

「何を今更、反対にあなたは必要ないですなんて言われたら監禁して閉じこめますよ?」

半分本気にして言ったカカシだったが、イルカはその言葉にくすりと笑った。
あ、笑ってくれた。
カカシはここにきてようやく安堵の息を吐いた。今まではずっと任務をしているという気構えから、イルカと共にいても心底落ち着くことはできなかったが、こうやってお互いに微笑み合っていれば、それだけであったかくなってぎゅっとしたくなった。
カカシはぎゅうぎゅうイルカを抱きしめてその温もりを逃すまいとする。暖かさと共に匂い立つイルカの香りに、カカシは悲しくもないのに涙が出そうだった。

「イルカ先生、好き。」

「俺も好きですよ、カカシさん。」

返ってきた言葉にカカシはこのうえない幸せの笑みを浮かべた。

 

この後の隠しが裏にあります。
内容的に飛ばしてもあまり影響はないかと思われますので興味のない方は下のNEXTへどうぞです。