−天国の扉−
|
翌日カカシは火影の許可を得て丹の国へと旅だった。思った通り、火影の許可はあっさりとしたものだった。 「はじめまして、私はこの大聖堂の副大司教をしているクロハと申します。大司教様はただいま公務にて席を外すことができません。『白い聖書』についてお聞きになりたいとか。私でよければお話を伺いますが。」 穏やかな笑みを浮かべた初老の男が進み出た。他の男たちはお付きの者たちと言うところか。本当は大司教の方がいいのだろうが、公務ならば仕方ない。とりあえずこのクロハと言う男に聞くことにしよう。 「実は『白い聖書』については何も知らないのです。ですから知っていること全てを教えて頂きたいのですが。」 言うとクロハは頷いた。 「少々長くなりそうです。こちらでお茶でも飲みながら話しましょう。」 そう言って背を向けてカカシに一緒に着いてくるように言うと歩き出した。他のお付きの男たちはそこで下がっていった。 「随分と広い庭ですね。東屋まである。どなたか手入れを?」 「この大聖堂で働いている庭師が丹精込めて世話をしてくれております。おかげでここは大抵の季節に何かしら花や草木が生い茂り、心を和ませてくれます。」 そうですか、とカカシは再び庭に目をやった。あそこで昼寝をしたら気持ちよさそうだな、と思って少し笑った。 「さ、どうかくつろいで下さい。長旅でお疲れでしょう。火の国からいらしたとか。」 「ええ、2週間もかかるとは思ってもいませんでした。でも、ずっと仕事一本で来ましたから、久々の休暇と思えば案外楽しいものでした。」 カカシはカップに口を付けた。柑橘系の香りのするお茶だった。割りと好ましいと思える匂いだった。勿論毒が入っていないかどうかはこっそりと確認した。 「うーん、実は私は本についてはあまり明るくはないのでこの聖書が本物かどうかは分からないのですが、伝説とまで言われ、その存在は極めて希少価値と言われていますが、実は他の2冊は所在が分かっています。」 「え、そうなんですか?」 意外だった。伝説ならば他には現存していないと思っていたのだ。 「他の2冊はそれぞれ別の所持者の元にあるのですが、そちらへ行かれた方がいいかもしれませんね。それぞれの住所をお教えしましょう。」 あまりにも淡々と事が進むのでカカシは慌てた。 「あの、随分と良くして頂いて大変ありがたいのですが、そこまでしていただいていいんですか?自分で言うのもなんですが、私は見た目にもかなり怪しいと思うんですが。」 クロハはにこにこと笑って言った。 「そうですね、確かに外見は少々奇抜だな、とは思いますが、それだけでその方を判断することはできません。それにカルツが、ああ、カルツと言うのは紹介状を書いた神父のことですが、あの者も貴方を信頼してこの地へ紹介したのですから。」 そこまで言われればカカシは瞠目する他はなかった。 「あの、よろしければ庭を散策してもよろしいですか?」 「はい、いいですよ。普段、一般人に開放していますから。今の時間、庭師のセルハがいるかもしれません。」 セルハ、その名前は確かと、カカシは鞄の中から手紙を取りだした。やはり、あのカルツと言う神父から知り合いに向けた手紙の主がセルハだった。 「あの、セルハさん?」 はい?と男は振り返った。なかなかの好青年だった。日焼けしていて健康そうな背の高い男だった。 「この手紙をカルツさんから頂いてきました。」 そう言えばクロハに教えてもらうまでカルツの名前すら知らなかったことに今更ながらカカシに気付いた。やはり、なんとなくあまりにも危機感のなさにかえって気疲れしてしまいそうになる。 「カルツからですか、わざわざすみません。」 セルハはその場で手紙の封を切った。そして中身をさらさらと読み始める。そしてカカシをちらっと見てなるほど、と頷いている。どうやら自分のことが書かれているらしいと察して居心地悪さげに辺りを見渡した。 「なるほど、白い聖書の件でこの国にいらしたんですね。長旅ご苦労様です。」 「いえまあ、仕事ですしね。それにしても手入れの行き届いた素晴らしい庭ですね。とても居心地がいい。」 カカシはなんとなく話題を変えた。セルハはありがとうございます、と人好きのする笑顔を向けてきた。人の好意の滲んだその笑顔が最近大盤振る舞いだなと、あほらしいことを考えた。 「ゆっくり見ていって下さい。ちょっとまだ春の花は咲き始めで物足りないかもしれませんが、新緑が美しい季節ですから。」 そのようですね、とカカシは改めて庭を見る。そして散策させていただきますね、とセルハと別れた。 ふと気が付くと、日が沈みかけていた。 「おまちどおさま〜。」 と、元気な声と共に料理が運ばれてきた。温かな湯気が立っている。カカシはありがとう、と言って手を付けた。 「あ、」 捕まえたはいいものの、何を話しかけていいのやら分からない。大体自分は何をしようとしていたのだろうかと自分の行動にいささか疑問が生じた。こんなこと今まで一度だってなかったのに、まるで子どものようだ。 「あの、木の葉の教会で見かけました。」 とりあえず事実を述べると、男はそう言えば、と頷いた。 「教会の椅子に座っていらした方ですか。あの時は顔の半分以上が見えなかったのでピンと来ませんでした。奇遇ですね。」 覚えていてくれた。確かにあの時自分は右目以外まったく見えなかった。うろ覚えでも仕方のないことだと思った。 「俺は仕事兼、観光に来たんですけど、あなたも観光ですか?」 言うと黒髪の男は頷いた。 「俺も仕事と、あとはまあ、道楽です。仕事仲間からはもっと真剣にやれと言われているんですが、どうにも俺の仕事の仕方は道楽に似通っていると言われてしまいまして。」 「この国には詳しいんですか?」 「ええまあ、ある程度は。」 「そうですか。この国ご出身の方ですか?」 「どうでしょう?」 あまり話したくないことなのかな、と思い、カカシは話題を変えることにした。 「俺ははたけカカシと言います。」 「俺はうみのイルカと言います。お互い、お仕事がんばりましょう。では。」 イルカはそう言って去っていった。振られちゃったな、とカカシは肩をすくめた。いつの間にか薄い霧は晴れていた。カカシは宿に戻るために足を動かした。
|