−天国の扉−
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そして翌朝、カカシは朝食もそこそこにテイルのいる病院へと向かった。 「後遺症もないと聞きました。早く退院できるといいんですが。」 カカシが言うとテイルはふむ、そうだの、と相変わらずの口調で返事をする。 「テイルさん、残念なお話があります。白い聖書、2冊ともなくなっていました。昨日あなたを襲ったのは、聖書を盗んでいった奴でしょうか。記憶に残っていることはありませんか?なんでもいいので気が付いたことを教えて下さい。」 「はたけさん、あんたの言った通り、わしを襲った奴は聖書が目的だったようだ。わしから聖書を奪っていきおった。どうやら男のようだったが、どんな奴か、その特徴は分からなかった。覆面をしていたし、後から殴られて意識ももうろうとしておったからの。頼りない証言ですまないな。」 「いえ、テイルさんが無事でなによりですよ。ただ、刈り終わった雑草をなんとかしたいので、本当に早く退院してほしいんですけどね。」 言うとテイルははっはっはっ、と豪快に笑った。 「雑草か、そうだったな、まだお前さんの肉体労働は終わっておらなんだの。それでは可哀相じゃな。雑草は庭の隅にある四角の枠の中に入れてくれればいい。それから、」 とテイルは机の上にあった自分の服に手を伸ばした。そこから出てきたのは、もう奪われてしまったと思っていた白い聖書だった。 「1冊は無事だったんですか!?」 「ああ、お前さんのじゃ。とっさに服の中に隠して、わしの蔵書をわざと強調して見せてやったからこちらの聖書には気付いていなかったはずじゃ。」 カカシは何故?と言葉にせずにテイルに問いかけた。 「見くびるな。盗人がやってきたのはわしの屋敷じゃ。狙いが白い聖書だったのならば狙っていたのはわしの蔵書である聖書の方じゃ。お前さんの聖書はなんにも関係ないわい。じゃから、これは持っていくがいい。調べられたのは途中までじゃったが、恐らくは本物であろう、インクも用紙も寸分違わぬ。わしは純粋に古書が好きなだけであったからその聖書に関する諸々の怪しげな噂なんぞには興味がなくてな。お前さんの知りたいことを教えてあげられそうにない。だが、もう一人の聖書の所持者はこてこての信者じゃからな。興味深い話しが聞けるじゃろう。」 テイルはそう言ってカカシに聖書を手渡した。確かに火影の図書室から出てきたものだ。 「どなたですか?」 「はたけカカシと申します。実は白い聖書の件で先日大聖堂へ赴いたのですが、こちらへのご紹介を頂きまして、よろしければお話を伺いたいのですが、聖書所持者のソネノさんはいらっしゃいますか?」 言うと、中で数人が相談するような密やかな声が聞こえてしばらくして、先ほどの声の主とは違う声が答えてくれた。 「すみません、実は神父が出払っておりまして、男性を教会の中に入れるわけにはいかないのです。」 「え?それはどういう意味ですか?」 「国外からいらした方ですか?」 「はい。」 「それならばご存じないのも道理ですね。実はこの教会はシスターの学校も兼ねており、男子禁制なのです。普段、神父がいる時は神父と同席して男性と話すことはできるのですが。ちなみに私が聖書所持者のソネノです。ドア越しで話すことも実はあまり良いことではありません。神父は明日には帰ってまいります。ですから明日にまたいらして下さい。」 声の主は申し訳なさそうに話した。しきたりがあるのでは仕方ない。 「では最後に一つだけ、実はもう1冊の聖書所持者のテイルさんが昨日何者かに襲われ、聖書を奪われました。あなたの聖書も狙われるかもしれません。どうか戸締まりには十分に気を付けて下さい。」 「そうですか、テイル様が。分かりました、警戒します。ご忠告をありがとうございました。」 「いえ、では失礼します。」 カカシは踵を返した。寄宿学校のようだから一人になると言うことはなさそうだが、それでも心配だった。テイルを守りきれなかったことがどうにも頭から離れないカカシだった。 「あなたがはたけ様ですね、シスターたちから聞いています。白い聖書のことでソネノに話しを聞きたいとか。どうぞ中にお入り下さい。ソネノ、こちらに来なさい。」 神父に呼ばれてやって来たのは、まだ幼さを残す顔立ちの女性だった。少女と言っても過言ではないだろう。 「昨日はご忠告をありがとうございました。テイル様はお体大丈夫でしたでしょうか?」 「命に別状はないようです。先日もちゃんと朝食を召し上がっていたくらいですから、退院も遠いことではないでしょう。」 ソネノはそうですか、とほっとした様子だった。 「白い聖書についてお聞きになりたいことがおありとか。どのようなことでしょうか?」 「聖書についての言い伝えや謂われを教えて頂きたいのです。」 「知ってどうなさるおつもりですか?」 どうする、それは火影の探求心を満たすことしか理由にはない。それで納得してくれればいいのだけれど。 「これは依頼主の図書室から出てきたものでして、先日テイルさんに本物か偽物か検証してもらったものです。検証結果、本物だと言われました。依頼主はこの聖書についての詳しい由来を知りたいとのことなので、それを調査しているのです。偽物ならすぐに本国に帰れたんですがね。」 一呼吸置いてカカシはソネノをじっと見つめた。 「そうですか、そんなことが。」 ソネノはカカシの聖書を手に取った。 「確かに私が持っているものとそっくりです。では私の知っている話しをしましょう。と、言っても大した話しではありませんが。」 そう前置きして少女は話し出した。 「それから、聖書は人を選ぶそうです。」 「選ぶ?」 「聖書の持ち主として相応しいかどうかを不思議な力で判断すると。はたけ様はきっと聖書に認められた人なのでしょうね。」 カカシは首を振った。 「私はただ、調査のために持ち歩いているに過ぎませんよ。選ばれたも何も、所有者は依頼主ですし。」 だがソネノは首を横に振った。 「いいえ、聖書はその持ち主以外は拒みます。とても不思議な話ですが、過去に私の家系以外の者がこの聖書を引き継ごうとして、なんやかやとあって結局私の血筋に戻ってきてしまったことがあったそうです。本は持ち主を選びます。きっとあなたはこの聖書を持つに相応しい人なのでしょう。」 ソネノはにこりと笑った。少女らしい、あどけない笑顔だった。 「すみません、大変身勝手ではありますが、こちらで用心棒として置いてくれませんか?どうにもテイルさんを襲った犯人が今度はソネノさんの聖書を狙ってくるような気がしてならないんです。」 神父とソネノは顔を見合わせた。そして神父は申し訳なさそうに言った。 「先日ソネノから聞いたと思いますが、ここは教会であると共にシスターの学校でもあります。通常、この宿舎にはシスターしかいません。神父である私自身も、日中は共に行動していますが、夕食後のミサ以降は別の練で寝泊まりをしています。非常時であるとは言え、男性であるあなたをこの教会に宿泊させるわけにはいかないんです。例外を一度認めてしまえば、例外を認めてしまった私たちの立場は弱いものになってしまいます。ここはそういう場所なのです。どうかご理解の程を。」 思ったよりもしきたりは厳しいようだ。カカシは謝罪した。 「そうですか、いえ、こちらこそすみません。どうも軽い気持ちで申し入れてしまったようで。」 「いえ、どうかお気になさらず。お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします。」 カカシは逆に頭を下げてきた二人に丁寧に礼を述べると教会を出た。 「おいしそうですね。」 声をかけられてカカシは顔を上げた。考え事をしていたからか、気配に気付かなかった。いや、一般人だったからだろうか。注意散漫だったな。 「こんにちは、イルカさん。お昼はまだですか?」 「ええ。」 イルカはカカシの隣に座った。カカシはお一つどうぞ?とジャガイモを揚げた食べ物を差し出した。 「この国の観光はどうですか?」 「いやあ、仕事が思ったよりも忙しくて観光は出来ずじまいになりそうです。イルカさんはどうですか?」 「俺の方はうまくいってなくて、一進一退と言うところです。」 イルカは困ったように少し笑った。 「仕事、うまくいくといいですね。」 「ええ、そうですね。ありがとうございます。飲み物買ってきましょう。何がいいですか?」 イルカに言われてカカシはコーヒーを頼んだ。イルカは小走りに行ってしまった。 「この国はコーヒーよりもお茶の方が好まれているようですね。イルカさんもお茶派ですか?」 「そうですね、コーヒーよりはお茶の方が好きです。香りのついたお茶は特に好きですね。果実や香辛料の香りのするものは心が落ち着きます。」 イルカはそう言うと美味しそうにお茶を飲んだ。 「この間はタオル、ありがとうございました。」 「いえ、草むしりは無事終わりましたか?」 「いえ、それが途中なんです。実はあの後、屋敷の主人が賊に襲われまして、病院に運んだりと慌ただしくて。」 「そうなのですか。ご主人は大丈夫ですか?」 「ええ、命に別状はないそうです。見舞いに行きましたらちゃんと元気に食事をされていましたから。」 そうですか、とイルカはほっとした様子だった。 「これで失礼します。コーヒー、ごちそうさまでした。」 カカシはイルカにそう言うと歩き出した。気配も移動する。やはり自分についているようだ。 「カカシさん、途中まで一緒に行きますよ。」 イルカも一緒についてきた。尾行人がいなければ誠に嬉しいところだったが、このまま一緒にいればとばっちりを食うかもしれない。それだけは免れたい。 「すみません、ちょっと人と用事があるもので。また、お会いしましょう。」 「いえ、でも一緒に行きます。同行させて下さい。」 カカシは首を傾げた。ここまで執拗にしてくるには何か訳があるのかもしれない。 「イルカさん、どうかしたんですか?何か俺に用事でも?」 「あ、いえ、そう言う訳では。」 どうもはっきりとしない。彼らしくない。 人影が現れてカカシは周りを見渡した。数人の覆面をした男たちが囲んでいる。見渡せば公園の、あまり人のいない場所に立っていることに今更ながらに気が付いた。 「聖書を渡してもらおうか。素直に言うことを聞けば手荒な真似はしない。」 くぐもった声で一人が言った。 「テイルさんを襲ったのもあんたたちか?」 返事はない。 「イルカさん、俺は腕に覚えがあります。あなたは下がっていて下さい。」 「いえ、そう言うわけにはいきません。」 「イルカさん?」 疑問の言葉を投げかけたが、それを隙と見たのか男たちが襲ってきた。いつまでも聖書を渡そうとしないカカシに焦れたのだろう。 「イルカさんっ!」 だが、イルカはうまい具合に攻撃を避けていく。そして急所を突いていく。カカシほどではないが、体術の心得があるようだ。 「なんじゃここは、木の葉ではないな。」 渋い顔の小型犬が周りを見渡して言った。 「ここは丹の国だよ。あの逃げていく覆面の男たちを追跡して居場所を突き止めたら報告して頂戴。」 「わかった。」 パックンは男たちを追いかけていった。その後ろ姿を見送ってカカシはイルカの元へと帰った。 |