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忍びとは、いかなる任務も完遂するべし。 ピンポーン 「すみませーん。」 イルカはチャイムを鳴らした。 『はい、』 インターフォンに出たのは主婦らしい女性の声。 「こんにちは、本日はこちらの商品のご紹介を、」 ガチャン、とインターフォンは切れた。 「と、言うか、この真夏の最中にこれを売れって言うのも無理があるよな。」 とイルカは持っていた商売道具を見た。 ピンポーン。 「はいはい、ちょっと待ってね。」 と中から出てきたのは上半身どころか下半身まで素っ裸の水が滴った男だった。 「こんにちはー、本日圧力鍋のご紹介にあがりましたクツワ商店の者ですー!」 「はあ、そうですか。まあ上がってください。」 男はぽたりぽたりと滴を落としながらイルカを室内に案内した。イルカはセールスをしていて室内に呼ばれたことが初めてだったので満面の笑みを浮かべておじゃましまーす、と中に入った。 「で、圧力鍋ってなんですか?」 男は突っ立ったままのイルカが持っていた鍋を指さして言った。 「はいっ、この圧力鍋というものは、」 とイルカは慌てて説明をはじめた。セールスと言ってもその商品の内容を頭にたたき込まなくては始まらない。イルカはセールスを始める前にこの商品の説明書を丹念に読み、できる料理のレシピも3.4個覚えたほどだった。 「と、言うわけでなんといっても圧力鍋のすごいところは時間短縮とその具材を柔らかく煮ることのできる性能、そして一度火から下ろして煮込むので火を見る必要がない。これは便利ですよ!」 「はあ、便利ですか、ところでどんな料理が作れるんです?」 きたな!とイルカは説明をはじめた。 「まずは煮込み料理、カレーにシチューにおでん、変わったところでは炊き込みご飯やスパゲッティ、ジャムなんかも作れますよっ!」 「ははあ、色々作れるんですね〜。」 そう男が言った所で腹が鳴った。イルカの腹である。 「あー、そう言えば俺も腹が減りました。試しに何か作ってくれたら購入します。」 男はそう言ってにこりと笑った。イルカはえっ!?と驚きに目を見開いた。 「ほ、本当ですか?」 震えまいとする声で聞けば、男はにっこりと笑って本当ですよ〜、と言った。 「あ、いえ、そこまで喜んでもらうとこちらも嬉しいですよ。着替えますからその間に作っててもらえます?材料は適当に使っていいですから。」 男はそう言ってクローゼットの中から服やらインナーやらを取り出し始めた。 「あ、あの〜、」 イルカが声をかけると男は顔を上げた。 「カカシ先生...。」 「なんですかイルカ先生。」 カカシはイルカに気付いていたらしい。いや、そりゃあ気付くだろう、なんたって何度も会っている。 「あと10分ほどでできます。カレー、お好きですか?」 「ええ、好きですよ。結構辛いのも大丈夫です。イルカ先生も一緒に食べていって下さい。」 カカシは立ち上がって本をチェストに置いた。 「え、でも俺、いや、私は任務中なので。」 「まだいくつか売るんですか?」 「いえ、今日はカカシ先生であがりです。でも帰って報告しないと。」 「お昼ご飯くらい食べる時間はあるでしょ?それとも一食分しか作らなかったですか?」 「いえ、3.4人前ほど作りました。」 「そりゃあ結構。ところでおいくらですか?」 カカシはポケットから財布を取りだした。イルカは慌ててパンフレットを取りだして価格を確認してお金を徴収させてもらった。 「あの、ほんとすみません、購入していただいた上にご相伴に与っちゃって。」 「いえいえ、強引に誘ったのは俺なんですから。さ、頂きましょう。」 カカシは手を合わせて合掌した。イルカも合掌してカレーを口に入れる。 「あ、イルカ先生今ビールが飲みたいって思ったでしょ?顔に書いてありますよ〜。」 カカシはそう言ってくすくすと笑った。口元を覆っていた口布を降ろしてカレーをパクついて食べているとまるで普通の同僚みたいだな、なんて思った。 「あの、今回購入していただいたのは、同業者の俺、あ、いや、私に同情したからでしょうか?本当は買いたくもなかったのに憐れんで心が動かされたと言うのなら、その、」 買ってもらえればそれではいおしまい、とすればいいのだろうが、イルカはなんとなくそういう考えは嫌だった。今日初めて訪問販売と言う仕事をして、戸惑うことも苛つくことも悲しく思うこともあったが、それでも最終的に顔見知りの、しかも上役である上忍に同情して買ってもらって終了と言う結果は何か違うと感じたのだ。 「あー、そういうわけじゃないですよ。あなたが一生懸命説明してくれて、教えてくれたレシピがおいしそうだったから購入しようと思ったんですよ。冷蔵庫を見ておわかりかと思うんですが、俺は料理するの好きなんですよ。今まで里外の任務が多くてなかなか作る暇もなかったんですが上忍師になって時間にも余裕ができましたから張り切って作ろうと思ったんです。ずっと里外にいたものだから圧力鍋なんてものが存在することも今日イルカ先生に教えてもらって初めて知ったんですよ。感謝こそすれ同情なんかはしませんよ。だいたいいらないものを買うほど俺は馬鹿じゃないですよ。」 カカシはそう言って笑った。それを聞いてイルカは顔を真っ赤した。俺はなんて失礼なことを聞いたんだっ。同情して買ったんじゃないかなんて疑ったりして、自分が恥ずかしい。心が汚れているからそうやって人を疑っちまうんだ。 「でもこれで俺も色々と料理に挑戦できます。いいもの教えてくれてありがとう、イルカ先生。」 カカシが朗らかに笑うので、イルカはいたたまれなく思いつつも、気分が浮上した。 「お気に召してもらえれば光栄です。料理、がんばってくださいね、カカシ先生。」 言えばカカシ先生はがんばります、と言ってくれたのだった。 「そうですか、売れましたか。いや〜、忍者にセールスマンをしてもらうのは過酷かと思ったんですが、さすが木の葉ですね。1つとは言え利益は高いんで嬉しいです、ありがとうございます。」 クツワはそう言って何度も礼を言ってくれた。そう言われるとイルカも嬉しい。 「しかしあなただけでしたね、売ってくれたのは。約束通り今度からセールスマン手伝いの依頼する時はあなたを指名させていただきますね。」 クツワはにこりと笑った。 「あの、クツワ様、それはどういう理由で...?」 クツワに再び視線を戻すと、 「おや、最初に聞いておられませんでしたか?このたび中忍の方十数名にセールスマンをしてもらって素質のありそうな人を次回の依頼で使用する運びとなっているんですが。」 クツワはにこにこと笑ってだいぶん薄くなってきた頭か額か分からない微妙なラインにハンカチをあてて汗を拭っている。悪意はまったく見えない。イルカにだけ話しが通っていなかったのだろう、しかも故意に。 「火影様...?」 「そういうことじゃ、イルカ、がんばるのじゃよ。」 火影の笑みにイルカは撃沈した。
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