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無理にも程がある。 『なにか用か?』 「こんにちは、クツワ商店と申します。本日は絨毯のご紹介にあがりました!」 だいぶん営業スマイルにも慣れてきたイルカはにこにこと笑みを絶やさずに言った。 『絨毯の販売だそうだ。』 『あ〜、絨毯、いいんじゃね?だいぶん痛んできてたしよ。』 『待て、問題があろうに、誰が対応するんじゃ。』 なにやら相談をしているらしい。言葉の端々になにやら需要のありそうなお宅らしいということが伺える。こっ、これはいけるかもしれないっ!! 「あの、お話しだけでもっ。パンフレットも色々と取りそろえております。各種様々な絨毯を取りそろえておりますのでどのような用途にも対応できますっ!!」 必死になって言えば、玄関へと続く格子扉が自動で開いた。 『入ってきてくれ。』 その言葉にイルカは喜び勇んで玄関へと続く庭を通っていった。あまり人の手が加えられていないのか、草木は伸び放題でちょっとお化け屋敷みたいだな、なんて不謹慎にも思ってしまったイルカだった。 「ごめん下さい、クツワ商店です。」 するとドアが開いて中から恰幅の良い、一見してちょっとヤクザっぽい人が出迎えてくれた。 「入ってくれ。」 その声に聞き覚えがあった。対応してくれた人だ。この人に説明するのでいいのかな? 「早速だが説明してもらおうか。」 包帯を首周りに巻いている、清廉な顔つきの男が言った。 「大きさ、色、感触、色々とございます。どのようなお部屋に敷かれる予定なのでしょうか。」 聞けば丸いサングラスをかけた男がトントンと自分が座っている絨毯を叩いた。 「こいつね、こいつの代わりを探してんの。ぼろぼろっしょ?」 見てみれば確かにぼろぼろだった。あちこちひっかき傷があったり獣の毛なんかも混じっていて、修理だとかクリーニングでどうにか補修できる状態ではない。 「大きさで言うとこんな感じですね。」 イルカはペラペラとパンフレットを開いていく。しかしこの大きさだとかなり大きさだ。それに伴って価格も大きくなるのだが。 「あの、差し出がましいことを伺いますが、こちらのお宅ではペットを飼ってらっしゃるのですか?」 「ペットはいないけど獣はうろちょろするよ。それがどうかした?」 眠たげな目をしている男が言うとイルカは考え込んだ後、口を開いた。 「大変申し訳ないのですが、今回ご紹介させていただいている絨毯は全て絹100%のものでして、ご要望の大きさの絨毯となりますと、こちらに表示されている価格くらいのものがほとんどとなってしまいます。高級なものなので感触などは自信を持って提供できますが、獣の行動などでボロボロになってしまうとなると損をされるのではないでしょうか。すぐにダメになってしまうことを考慮するならばもう少し安い、耐久性のあるものを他で購入された方が、その、いいと思います。」 イルカは断腸の思いで言うと、男たちは顔を合わせた。 「少し思い違いをしているようだが、この絨毯は大分前から使用しているからボロボロなのであって、獣のせいですぐにダメになっているのではないぞ。」 最初に案内してくれた恰幅の良い男が言うのでよくよく見てみれば、ひっかき傷は糸がほつれただけで、毛は絨毯の毛だった。この絨毯は絹ではなく毛で作られたものであったらしい。 「ふむ、あんたは信用できる人のようじゃな。価格も絨毯と見合ったもののようだし、ここいらで決めてみるとするかの。」 少々小柄な男が言うと男たちは頷いた。どうやらこの中でこの小柄な男がリーダー格であるらしい。 「これにしてくれ。」 包帯を首に巻いた男が指し示す絨毯は手触りが尤も良い部類の絨毯だった。やはり大きさもかなりもので価格もかなりのものだった。イルカの月給の2倍以上はある。いや、3倍か...。 「かしこまりました。ではお届けはお支払いを確認させていただいた5日後ということでよろしいですか?」 イルカは必要事項を書類に書いていく。高額なのでちゃんとした書類に記入しなくてはならない。まあ、それは前回の圧力鍋も同じなのだが。 「ではお名前をこちらに、お支払いはどのように。」 「小切手で良いかな。金の管理は主にしてもらっておるから主の名前になるのじゃが。」 え、主?なんのことだ?と疑問に思っていると、遠くから足音が聞こえてきた。ゆっくりとこの部屋に向かってくる。 「なんだ、丁度来る所だったんじゃん。変化のし損だったかな。」 サングラスの男はそう言って苦笑している。 「あれ、イルカ先生、なんでこの家に?って言うかお前らどうして変化してんの?」 そこにいたのははたけカカシだった。 「あ、の、ここは、カカシ先生の家なんですか?でもマンションは、引っ越しされたんですか?」 俺は頭が真っ白になった。と、言うか、ありえん。 「カカシの知り合いか。絨毯の訪問販売と言うので説明してもらっておった所じゃ。1つ購入するから支払いを頼むぞ。」 小柄な男はそう言ってぼぼんと白い煙を上げた。他の男たちも煙をあげていく。そして次に現れたのは8匹の忍犬だった。 「あ、あのっ、カカシ先生、俺、あ、いや私は、その、」 「まあまあイルカ先生、落ち着いてください。この家は母方の実家でして、祖父母も死別したんで俺が受け継いだんです。手入れするのが面倒くさいんで今は忍犬たちの普段の家として使ってるんです。ですから正確には俺が所持している忍犬たちの家なんですよ。あのマンションの部屋が正真正銘、俺の家ですから安心して下さい。」 この豪邸が忍犬たちの家、たしかに寂れてはいるがそれでもかなりの敷地の豪邸なんだぞ...。上忍って言うのは底が知れない、とイルカは今更ながらに思った。 「それから、お前たちが絨毯を購入したいんならしてもいいんじゃない?ボロボロだったもんねえ。でもお金はお前たちの給料の口座から落とすからね。」 忍犬たちは了解、とばかりに短く吼えた。 「さてと、支払い方法は、うん、小切手ね。お、結構いいの買うんじゃないの?ま、たまの贅沢だ、好きにしな。」 カカシはパンフレットに○で囲まれた購入予定の絨毯を見てにこりと笑った。 「そう言えばイルカ先生、これから一緒に飯、どうですか?ちょっと夕食には早い時間ですけど、この間の圧力鍋で煮込んだ角煮がいい味出ましてね。」 カカシの提案にイルカはぎょっとした。確かにお昼ご飯も食べてないので腹は空きまくりだが、しかし中忍の自分が上忍の手料理を食うってのはどう考えてもまずいだろう。 「と、とんでもないっ、それに報告しないとっ。早いと言っても5時過ぎてますし。」 精一杯の言い訳をしてみたイルカだったが、カカシはそんなことですか、とからからと笑った。嫌な予感のするイルカ。 「では報告が済んでからいらして下さいね。お中元でもらった素麺が余って仕方ないんで誰かと一緒に消費したいと常々思ってたんですよ。」 お中元の素麺の消費、イルカにも経験がある。もらって嬉しいのだが独り身にとっては毎日続く素麺地獄。 「い、いや、しかし、」 それでも躊躇していると、たたみかけるようにカカシが言葉を付け加える。 「家庭菜園にも少し手を付けてまして、茄子とトマトがなかなかの豊作なんですが、食べる前に熟れすぎになるか腐らせちゃいそうな勢いなのでそれを消化するのも手伝って下さい。イルカ先生は茄子とトマト、大丈夫ですか?」 「え、はい、」 「それは良かった。素麺と一緒に肉詰めした揚げ茄子の煮浸しとトマトサラダも作っておきます。ああ、そうなったら準備しないとね。では俺はこれで失礼します。小切手は明日から使えるようにしてありますから。では失礼。」 カカシ先生はそう言ってサインした小切手をイルカに手渡すと、本当に瞬く間に消えてしまった。瞬身の術を使ったらしい。 「圧力鍋か、最近よくその名前を耳にするがそなたに関わりがあったのか。カカシは喜んで使っておるぞ。」 パグ犬の忍犬が感心したように頷くのを見て俺はそうかぁ、と魂が半分抜けたような思いでそれを聞いていた。
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