歩けばうっすら汗ばむものの、秋の心地よい風が吹く季節、俺は荷物を担いで歩いていた。
訪問販売である。
二度とやるもんかと思っていた俺だったが、しがない中忍の自分が任務にいちゃもんを付けるわけにもいかず(ナルトを叱った手前我が儘なんて言えるはずもない)クツワさんのご指名のままに本日も俺はセールスマンとなっていた。
だが今回はまだましになったかな、って感じなものになった。商品は掛け軸だ。木の葉はこういった掛け軸を掛けるお宅が多いのでやる気も出るってもんだぜっ!!
俺のセールスマン根性も大分板に付いてきたんじゃないかな、ははは...。
はぁ、がんばろう。
日本家屋の多い地区へとやってきた俺は、とりあえずいつものように片っ端から訪問して掛け軸を勧めていく。
俺のちょんまげが功を奏してか、前回や前々回のような苦労をしなくても1本2本と売れてくれた。
っていうか季節もいいんだよな、芸術の秋ってやつだ。
今回のノルマは5本である。もう3本売れたからあと2本だ。売れるまでご飯を食べないと決めている俺も今日ばかりはちゃんとお昼時間に飯を食うことができた。なんともありがたいことだ。
そして今回こそはカカシ先生に迷惑をかけませんようにと祈るばかりだ。
別にあちらは迷惑と思ってないのかもしれないが俺はいたたまれないのだ。
あれからたまに会うたびに圧力鍋重宝してますよ、とか忍犬たちが心地の良い絨毯を紹介してくれてありがとうと礼を言っておいてくれと言ってましたとか、ううう、ほんといたたまれないと言うか、申し訳ないと言うか。
でもまあ、役に立ってくれたのならばいいんだけどね。
お昼ご飯も終わって再びセールスをして1本売り、あと残る1本となり、俺はあと一息とばかりに日本家屋の戸をカラカラと開けてごめんください、と声をかけた。

「はい、」

と中から出てきたのは、黒い髪を背中まで伸ばし、前髪をきっちりと切りそろえてある、そう、人形を人間にしたらこんな感じかな、と思えるほどの美少女だった。

「あ、あの、こんにちは。」

やっとのことで言うと、少女はこんにちは、と小さく笑った。
うわー、本当にかわいい子だな。着ているものも着物だし、白い肌に赤い小さな唇。
う、うわ、俺、これじゃあまるでロリコンじゃないかっ。仕事に集中しないと。

「お父さんかお母さん、いらっしゃるかな?私はクツワ商店の者で、掛け軸の紹介をさせていただきたいんだけど。」

少女は困ったように首を傾げた。

「生憎、父も母も亡くなっております。でも私も仕事を手に持つ社会人ですのでお話を伺うことはできると思います。どうぞお上がり下さい。」

少女はそう言って中へと入っていった。俺も慌てて後に付いていく。
悪いこと、聞いちまったかな。でも俺もあの位の時は一人だったしなあ、でも女の子と男の子じゃあちょっと違ってくるだろうなあ。手に職があるって言ってたけど、ちゃんとした仕事なのかな。この家を受け継いだのなら相続税とか色々大変だろうに、それなのに俺は掛け軸なんて売ろうとしてるなんてっ、なんて人外非道なことをっ!
悶々と考え込んでいれば、少女の案内で部屋にたどり着いた。

「こちらへどうぞ。」

少女は客間に通してくれた。掃除が行き届いており、畳のい草の香りが心を落ち着かせる。そう言えばここに来るまでの廊下から見えた中庭の木々も選定され、手入れがされていた。ちゃんと家を維持できる力を持っていると言うことだろうか。

「今、お茶をお持ちしますので少々お待ち下さい。」

少女はそう言って下がっていった。あっ、お茶なんていいのにっ、と声をかける間もなかった。
それからほどなくして少女はお茶と茶菓子を乗せた盆を持ってやってきた。うう、セールスをしに来たのにここまで接待されてしまうと本当に申し訳ない。

「そんなにかしこまらないでください。家に上げたのは私ですし、私も誰かと一緒にこの家でお茶を飲みたいと思っていたので。」

少女はくすりと笑った。俺は顔を赤くしながらいただきます、と言ってお茶を一口飲んだ。お、かなりおいしい。
それからちょっとした世間話などをして一段落して、俺は荷物から掛け軸を取りだした。
古いものから新しいもの、絵だけのもの、文字だけのもの、結構な数を携えてきたので気に入るものがあればいいのだけれど。

「色々とお持ちしました。掛け軸を飾りたいお部屋などがあればお一ついかがでしょうか。お見受けしたところ、随分と年代を感じさせるお宅のようなのできっと掛け軸なんかも沢山所持されているとは思うんですけど。」

俺はそう言いつつもいくつか広げる。それらを少女は楽しそうに見ていく。少しは興味を引けただろうか。

「実は、掛け軸をかけたい部屋があるんです。一緒に見てもらえますか。」

少女に言われて俺は是非に、と二つ返事で少女についていった。
そしてたどり着いたところは日陰で日の当たらない、薄暗い部屋だった。
なるほど、こういう薄暗い部屋に置くならば少し華やかなものなんかで明るくした方がいいだろうか。

「なんとなく涼しい部屋ですね。」

と印象に思ったことをオブラートに包んで言いつつ一歩を踏み出すと、歩いた所に足跡がついた。どうやら埃が溜まっていたらしい。
え?と思ってよくよく見ると、この部屋だけ掃除がされていないようだった。廊下も庭も玄関もちゃんと綺麗にされていたのにどうしてこの部屋だけ掃除されていないんだ?よくよく見れば障子戸の障子すら随分と張り替えていないように見える。

「あ、あの、この部屋、」

廊下に佇んでいる少女に視線を向けると、少女は少し切なげに目を伏せて言った。

「この部屋は、私の父が自害した部屋なんです。随分放置したままでしたが、そろそろ空気の入れ替えをしようかと、やっと踏ん切りが着いたので。」

う、うわっ、そ、そうなのか。結構ナイーブな話しだな。し、しかし自害とは、少女もきっと傷ついたろうな。
この部屋に掛け軸か、どんなものがいいだろう。俺だったらどんなものがいいだろうか。一人、この部屋で自害したお父さんの気持ちになって、なって、ってなれるわけがない。

「えっと、一度戻って掛け軸を見てもいいかな?」

言えば少女は頷いた。
俺は部屋に戻って持っていた掛け軸を片っ端から広げていった。
風景、人物像、草花、色々ある、仏教の言葉なんかもあった。けれど何か違う、どんなものがいいだろう、あの部屋に合うもの。あの少女を慰められるもの。折角少女は踏ん切りを付けてあの部屋を開放すると言っているのだから、だから、あの部屋には、と探していて、俺は一本の掛け軸を手に取った。
少女はその部屋の前でずっと待っていたようだ。やはりまだ中に入るのは戸惑われるのだろうか。そりゃそうだ、誰だってそんな悲しいことがあった部屋に入るのは辛い。
俺は持ってきた掛け軸を、その部屋の床の間の金具に引っかけた。
それは、雀が数匹米をついばんでいる様を描いたものだった。見た目、かなり賑やかなものだ。

「えーと、この部屋は静かすぎるので、この位賑やかだといいかな、なんて、あ、他にも花とかかわいらしいものや綺麗なものもあるんですよ、一緒に見ましょう。俺は、その、やっぱり部外者で、あなたの気持ちやお父さんの気持ちってのはよくわからなくてこんなの選んじまったんだけど。」

そう言って振り返ると、そこに少女はいなかった。代わりにいたのは、
はたけカカシだった。
俺はあまりのショックにあんぐりと口を開けたまま彼を凝視していた。

「あ、か、カカシ先生、俺、また、」

どうして俺はこうもカカシ先生にセールスをしてしまうんだろう。
カカシ先生は泣き笑いのような、切なげな目をしている。そしてこの部屋に一歩一歩文歩いてきて、俺の腕をそっと掴んでそのまま抱き寄せた。
って、ええっ!?お、俺、抱きしめられてるっ!?な、なんでっ!?

「か、カカシ、先生、」

「少しだけこのままで、お願いします。」

そう言われてダメなんて俺は言えないよ。俺のごつくて筋肉質な体で気持ちが落ち着くならばいくらでも抱きしめてもらっていいのだ。
少女はカカシ先生だったのか、でもどうして変化をしてたんだろう。俺を騙すため?そんな必要どこにある?でも、カカシ先生の話は嘘じゃないと思った。お父さんのことは知らなかったけれど、でもきっとこの部屋で。カカシ先生はその時、何を思って、何を失ったのだろう。
俺は少しでも、カカシ先生のために何かをしてあげられているだろうか。
少しでも心慰められたなら、とても嬉しい。って、なんだよ、これじゃあまるで、まるで、恋のようじゃないか。
しばらくして、カカシ先生は俺を開放した。

「すみません、なんだかみっともない所ばかりお見せして。」

俺は首を横に振った。

「い、いいえ、そんなこと、ないですっ。俺の方がよっぽどみっともなくて恥ずかしいことばっかりして。」

「そんなことないよ、イルカ先生はいつも必死で真剣に取り組んでくれてるもの。俺はそんなイルカ先生が好きだよ。」

う、うわ、な、なんでそんなことさらりと言えるんだよ。好きだなんて、俺はそんなの、違うって分かってても恥ずかしくて困ってしまうのに。
聞いてくれる?とカカシ先生は俺の手を取った。俺は頷く。

「俺の親父は仲間を救うために任務を放棄した。その一件で仲間からも責められて、心が壊れて、幼かった俺を残してさっさと死んでしまった。後に残されたのはとても心地の良いとは言えない世間の目と、忍びとしての自分だけだった。ま、色々あって俺も神経が図太くなってここまで生きてきた。それでも未だにこの家に来る時は自分の本来の姿では来られなかった。」

俺はどうして?と首を傾げた。

「俺の姿は親父そっくりなんです。近所の人たちは俺の姿を見れば親父を思い出す。親父を思い出せば、自ずと自害した件も思い出す。俺はそれが耐えられなくて、この家ではあの少女の姿を借りて過ごしてたんです。それだけじゃない、俺は親父が許せなくて、俺を残して自分だけ楽になった人を許せなくてずっとこの部屋だけは封印してきた。けど、なんでかな、いつも一生懸命なイルカ先生を見てたら、俺は何に固執してたんだろうって馬鹿馬鹿しく思ったんです。本当はとっくに許していたのに、それに気付かせてくれたのはイルカ先生だから。」

カカシ先生は俺から視線を逸らして掛け軸を見た。

「今度この家に来る時は、本来の俺の姿で来ることにします。この家にやましいことはなにもないんだから。」

気付かせてくれてありがとう、と言って、カカシ先生は耳元で囁いた。その時微かに、唇が耳に触れた。
わああああ、と俺は顔を真っ赤にして慌てて玄関から飛び出した。
どうしようどうしよう、心臓が、どうしてこんなに早く打つんだ、偶然だ、偶然触れただけなんだ、それなのに俺はまるで逃げるみたいに、カカシ先生もきっと呆れた。
俺は、俺は恥ずかしい。
人気のない公園でしゃがんで悶々と考え込んでいた俺だったが、ふと、荷物も何もかもをカカシ先生の家に置いてきたことに気が付いた。
俺、もうほんと馬鹿だ。掛け軸も広げっぱなしで散らかってるし、でもどうやって会えば、いや、カカシ先生は俺が走っていっただけだと思っているに違いない。俺が勝手に勘違いしたただけなんだから。
俺は立ち上がった。

「イルカ先生。」

真後ろから声がして俺はその場から飛び退いた。そこにはカカシ先生が俺の荷物を持って立っていた。ああああ、俺はまたなんてことをさせてんだこの人に。

「す、すみません、散らかしてほったらかしにしたまんま、なにやってんだか、ほんと。」

「イルカ先生。」

「あの、掛け軸もなんかすみません、俺はどうも情緒がないって言うか、人の気持ちも考えないで、そういえばナルトの奴にも散々俺は鈍感だの鼻血ブーだの、」

「イルカ先生ってば、」

カカシ先生がすぐ側に立って俺の手を取る。

「あ、あの、」

「イルカ先生の悪い所はそうやって悪く考える所ですよ。俺は嬉しかったんですよ。本当に。圧力鍋は気に入ってるし、忍犬たちは外で買い物なんかできないから前々から絨毯が欲しいって言ってたけど俺がなかなか買いに行けないからってあなたが訪問販売に来てくれた時にとても嬉しがってた。あいつらの変化した姿、俺でもなかなか見られないのに。それに、一生懸命掛け軸を選んでくれて嬉しかった。きっと、あれなら親父も寂しくないです。何よりも仲間を重んじる人だったし、思い出せば、あの人は自分から騒ぐような人じゃなかったけど、仲間の賑やかな所を遠くから見るのが好きな人だったから。」

「そ、そうですか。それなら良かった、です。」

カカシ先生は荷物を俺に手渡した。

「さて、販売員さん、今日の代金はおいくらですか?」

カカシ先生はそう言って初めての時と同じようにポケットから財布を取り出した。

「あ、あの、あれは、差し上げます。俺から、お父さんに贈り物で。」

「そんなの悪いですよ。大体親父はもう死んでるんですから贈り物なんてしなくていいんです。」

「あの、では封印解除のお祝いと言うことで。」

「イルカ先生、商売人が商品を贈呈なんかしちゃだめでしょ。俺はイルカ先生が勧めてくれたあの掛け軸が気に入って、欲しいと思ったからお金を出して購入するんです。それとも俺はそんなに貧乏そうに見えますか?」

「そっ、そんなわけないですっ。」

俺の慌てた様子にカカシさんはにこりと笑うので、俺はおずおずとこれだけです、と電卓を差し出した。

「じゃあイルカ先生、またおすすめのものがあったら教えてくださいね。」

支払いも滞りなく終わり、荷物をまとめているとカカシさんがそう言ってきた。
立ち上がり俺が頷くとカカシ先生は約束ですよ、と言って去っていった。
俺はぼんやりとその後ろ姿を見送って、そしてもう間違いなく思った。
カカシ先生が、好きだ。

 

受付に戻っていつものようにクツワさんに本日の売り上げ報告をした。少々上の空ではあったが許してほしい。

「しかし本当に海野さんには一緒に来てもらいたいくらいですよ。」

「ははは、クツワ殿にそこまで言わしめるとは、イルカのセールスの腕も上達したようですな。のう、イルカよ。」

「は、はい?」

「なんじゃ、聞いておらんかったのか、クツワ殿も今日で最後だと言うのに。」

「え、あの、どういう話しでしたっけ?」

上の空だった自分を叱咤し反省しつつ聞けば、火影は困った奴じゃのう、と言いつつも口を開いた。

「クツワ殿が火の国に新店をかまえられるとのことで、お主のセールス任務も今日で終了じゃと言うておった所じゃ。」

「えっ、ちょっ、それはっ、」

困る、とは言えない。だって、嫌々やってたの火影様にはバレバレだったもんなあ。今更次回からがんばれそうですなんて都合のいいことは言えないわけだけど。
カカシ先生にまたセールスするって約束してしまったのに、約束した即日にもうできませんなんて、そんなのってないよ。
それでもやはり受付業務として笑顔をクツワさんに向けた。

「出店おめでとうございます。商売繁盛を祈ってます。がんばってください。」

「はい、海野さんには大変お世話になりまして。今回の出店も海野さんの売り上げで随分早く進めることができたんですよ。火の国にいらした時には是非寄ってください。特割りしますからね。」

クツワさんの眩しいほどの笑顔に俺はよろしくお願いします、と言うだけで精一杯だった。