|
歩けばうっすら汗ばむものの、秋の心地よい風が吹く季節、俺は荷物を担いで歩いていた。 「はい、」 と中から出てきたのは、黒い髪を背中まで伸ばし、前髪をきっちりと切りそろえてある、そう、人形を人間にしたらこんな感じかな、と思えるほどの美少女だった。 「あ、あの、こんにちは。」 やっとのことで言うと、少女はこんにちは、と小さく笑った。 「お父さんかお母さん、いらっしゃるかな?私はクツワ商店の者で、掛け軸の紹介をさせていただきたいんだけど。」 少女は困ったように首を傾げた。 「生憎、父も母も亡くなっております。でも私も仕事を手に持つ社会人ですのでお話を伺うことはできると思います。どうぞお上がり下さい。」 少女はそう言って中へと入っていった。俺も慌てて後に付いていく。 「こちらへどうぞ。」 少女は客間に通してくれた。掃除が行き届いており、畳のい草の香りが心を落ち着かせる。そう言えばここに来るまでの廊下から見えた中庭の木々も選定され、手入れがされていた。ちゃんと家を維持できる力を持っていると言うことだろうか。 「今、お茶をお持ちしますので少々お待ち下さい。」 少女はそう言って下がっていった。あっ、お茶なんていいのにっ、と声をかける間もなかった。 「そんなにかしこまらないでください。家に上げたのは私ですし、私も誰かと一緒にこの家でお茶を飲みたいと思っていたので。」 少女はくすりと笑った。俺は顔を赤くしながらいただきます、と言ってお茶を一口飲んだ。お、かなりおいしい。 「色々とお持ちしました。掛け軸を飾りたいお部屋などがあればお一ついかがでしょうか。お見受けしたところ、随分と年代を感じさせるお宅のようなのできっと掛け軸なんかも沢山所持されているとは思うんですけど。」 俺はそう言いつつもいくつか広げる。それらを少女は楽しそうに見ていく。少しは興味を引けただろうか。 「実は、掛け軸をかけたい部屋があるんです。一緒に見てもらえますか。」 少女に言われて俺は是非に、と二つ返事で少女についていった。 「なんとなく涼しい部屋ですね。」 と印象に思ったことをオブラートに包んで言いつつ一歩を踏み出すと、歩いた所に足跡がついた。どうやら埃が溜まっていたらしい。 「あ、あの、この部屋、」 廊下に佇んでいる少女に視線を向けると、少女は少し切なげに目を伏せて言った。 「この部屋は、私の父が自害した部屋なんです。随分放置したままでしたが、そろそろ空気の入れ替えをしようかと、やっと踏ん切りが着いたので。」 う、うわっ、そ、そうなのか。結構ナイーブな話しだな。し、しかし自害とは、少女もきっと傷ついたろうな。 「えっと、一度戻って掛け軸を見てもいいかな?」 言えば少女は頷いた。 「えーと、この部屋は静かすぎるので、この位賑やかだといいかな、なんて、あ、他にも花とかかわいらしいものや綺麗なものもあるんですよ、一緒に見ましょう。俺は、その、やっぱり部外者で、あなたの気持ちやお父さんの気持ちってのはよくわからなくてこんなの選んじまったんだけど。」 そう言って振り返ると、そこに少女はいなかった。代わりにいたのは、 「あ、か、カカシ先生、俺、また、」 どうして俺はこうもカカシ先生にセールスをしてしまうんだろう。 「か、カカシ、先生、」 「少しだけこのままで、お願いします。」 そう言われてダメなんて俺は言えないよ。俺のごつくて筋肉質な体で気持ちが落ち着くならばいくらでも抱きしめてもらっていいのだ。 「すみません、なんだかみっともない所ばかりお見せして。」 俺は首を横に振った。 「い、いいえ、そんなこと、ないですっ。俺の方がよっぽどみっともなくて恥ずかしいことばっかりして。」 「そんなことないよ、イルカ先生はいつも必死で真剣に取り組んでくれてるもの。俺はそんなイルカ先生が好きだよ。」 う、うわ、な、なんでそんなことさらりと言えるんだよ。好きだなんて、俺はそんなの、違うって分かってても恥ずかしくて困ってしまうのに。 「俺の親父は仲間を救うために任務を放棄した。その一件で仲間からも責められて、心が壊れて、幼かった俺を残してさっさと死んでしまった。後に残されたのはとても心地の良いとは言えない世間の目と、忍びとしての自分だけだった。ま、色々あって俺も神経が図太くなってここまで生きてきた。それでも未だにこの家に来る時は自分の本来の姿では来られなかった。」 俺はどうして?と首を傾げた。 「俺の姿は親父そっくりなんです。近所の人たちは俺の姿を見れば親父を思い出す。親父を思い出せば、自ずと自害した件も思い出す。俺はそれが耐えられなくて、この家ではあの少女の姿を借りて過ごしてたんです。それだけじゃない、俺は親父が許せなくて、俺を残して自分だけ楽になった人を許せなくてずっとこの部屋だけは封印してきた。けど、なんでかな、いつも一生懸命なイルカ先生を見てたら、俺は何に固執してたんだろうって馬鹿馬鹿しく思ったんです。本当はとっくに許していたのに、それに気付かせてくれたのはイルカ先生だから。」 カカシ先生は俺から視線を逸らして掛け軸を見た。 「今度この家に来る時は、本来の俺の姿で来ることにします。この家にやましいことはなにもないんだから。」 気付かせてくれてありがとう、と言って、カカシ先生は耳元で囁いた。その時微かに、唇が耳に触れた。 「イルカ先生。」 真後ろから声がして俺はその場から飛び退いた。そこにはカカシ先生が俺の荷物を持って立っていた。ああああ、俺はまたなんてことをさせてんだこの人に。 「す、すみません、散らかしてほったらかしにしたまんま、なにやってんだか、ほんと。」 「イルカ先生。」 「あの、掛け軸もなんかすみません、俺はどうも情緒がないって言うか、人の気持ちも考えないで、そういえばナルトの奴にも散々俺は鈍感だの鼻血ブーだの、」 「イルカ先生ってば、」 カカシ先生がすぐ側に立って俺の手を取る。 「あ、あの、」 「イルカ先生の悪い所はそうやって悪く考える所ですよ。俺は嬉しかったんですよ。本当に。圧力鍋は気に入ってるし、忍犬たちは外で買い物なんかできないから前々から絨毯が欲しいって言ってたけど俺がなかなか買いに行けないからってあなたが訪問販売に来てくれた時にとても嬉しがってた。あいつらの変化した姿、俺でもなかなか見られないのに。それに、一生懸命掛け軸を選んでくれて嬉しかった。きっと、あれなら親父も寂しくないです。何よりも仲間を重んじる人だったし、思い出せば、あの人は自分から騒ぐような人じゃなかったけど、仲間の賑やかな所を遠くから見るのが好きな人だったから。」 「そ、そうですか。それなら良かった、です。」 カカシ先生は荷物を俺に手渡した。 「さて、販売員さん、今日の代金はおいくらですか?」 カカシ先生はそう言って初めての時と同じようにポケットから財布を取り出した。 「あ、あの、あれは、差し上げます。俺から、お父さんに贈り物で。」 「そんなの悪いですよ。大体親父はもう死んでるんですから贈り物なんてしなくていいんです。」 「あの、では封印解除のお祝いと言うことで。」 「イルカ先生、商売人が商品を贈呈なんかしちゃだめでしょ。俺はイルカ先生が勧めてくれたあの掛け軸が気に入って、欲しいと思ったからお金を出して購入するんです。それとも俺はそんなに貧乏そうに見えますか?」 「そっ、そんなわけないですっ。」 俺の慌てた様子にカカシさんはにこりと笑うので、俺はおずおずとこれだけです、と電卓を差し出した。 「じゃあイルカ先生、またおすすめのものがあったら教えてくださいね。」 支払いも滞りなく終わり、荷物をまとめているとカカシさんがそう言ってきた。 受付に戻っていつものようにクツワさんに本日の売り上げ報告をした。少々上の空ではあったが許してほしい。 「ははは、クツワ殿にそこまで言わしめるとは、イルカのセールスの腕も上達したようですな。のう、イルカよ。」 「は、はい?」 「なんじゃ、聞いておらんかったのか、クツワ殿も今日で最後だと言うのに。」 「え、あの、どういう話しでしたっけ?」 上の空だった自分を叱咤し反省しつつ聞けば、火影は困った奴じゃのう、と言いつつも口を開いた。 「クツワ殿が火の国に新店をかまえられるとのことで、お主のセールス任務も今日で終了じゃと言うておった所じゃ。」 「えっ、ちょっ、それはっ、」 困る、とは言えない。だって、嫌々やってたの火影様にはバレバレだったもんなあ。今更次回からがんばれそうですなんて都合のいいことは言えないわけだけど。 「出店おめでとうございます。商売繁盛を祈ってます。がんばってください。」 「はい、海野さんには大変お世話になりまして。今回の出店も海野さんの売り上げで随分早く進めることができたんですよ。火の国にいらした時には是非寄ってください。特割りしますからね。」 クツワさんの眩しいほどの笑顔に俺はよろしくお願いします、と言うだけで精一杯だった。
|