3年後、カカシさんが帰還するという知らせが届いた。緊急時以外の連絡は取ってはならないという制約があったため、手紙や式なども一切使えなかった。実質3年間は一度も意識の疎通を図れなかったことになる。再会の感動もひとしおに違いない。

「とうちゃ、ごちそ?」

髪を二つに括った女の子がとてとて台所までやってきた。

「ああ、今日は父さんの大事な人が帰ってくる日だからな、シズクの好きなものも沢山作るぞ。」

そう言って頭を撫でてやると、シズクは嬉しそうに笑ってくるくると回って水色のワンピースをひらめかせた。
そう、俺は無事に女の子を出産した。それはもう大変なものだった。女の人ってほんとすげえよ。でもそれだけシズクが愛しくて仕方がない。
今年で2歳になったシズクは見た目、俺にそっくりだ。どうせなら美人なカカシさんに似ればよかったとは思うけど、まあ、女の子はお父さんに似ると幸せになるって聞くしな。ん?俺が産んだらお母さん似なのか?いやいや、俺は母さんじゃないよ、父さんだって。
今はたまにナルトやサクラが遊びに来てくれる。仕事は育児休暇がこの間明けたばかりでアカデミーの事務仕事を手伝っている。忍びの育成に力を入れている木の葉は育児をする者にとってかなり待遇が良い。残念ながらシズクは忍びとしての力も俺に似てさほど特出してすごいものはないらしいが、ま、人間、仕事は忍びだけじゃないしな。

 

それから俺はカカシさんの好物も用意してシズクと共に彼の帰りを待つことにした。
3年前、カカシさんが里外に旅立ってから俺はカカシさんの生家である一軒家で住んでいる。彼が待つならばそこで待っていてほしいと強く希望したからだ。暗に帰ってきたらずっとそこで一生を過ごすのだと言われているようで嬉しかった。
一人で住むには広すぎるこの家も、カカシさんとシズクがいればきっと賑やかになるだろう。今でもシズクのおかげで賑やかだけどね。
だが、そんなほくほくした思いも長くは続かなかった。その日、カカシさんは帰ってこなかったのだ。予定が狂ったのだろうか。育ち盛りのシズクにご飯を食べさせないのはよくないので仕方なく食事はしたが、それでもカカシさんの好物だけはラップをかけて冷蔵庫にしまった。
帰還は今日になるって綱手様も言ってらしたのに。でも忍びなんて予測不能なことがあって当たり前の家業だ。何があってもおかしくはない。
シズクを休ませてから一人、俺は台所の椅子に座ってなんとはなしに起きていた。
もう日付が変わって数時間、そろそろ空も明るくなってくる時間だ。結局徹夜で待ってしまうことになってしまった。今日の仕事、うたた寝しそうだ。
そうだ、今日、綱手様に聞いてみよう。あの人が約束を違えるなんて、しかもこんなに待ち続けた帰還の日時を狂わせるなんてありえない。
何かあったに違いない。
その時、ゆらりと身に覚えのある気配がして俺は立ち上がった。そして急いで玄関へと走っていく。
玄関の戸に施錠はしていない、あの人がいつ帰ってきてもいいように開けたままだ。
俺は長い廊下を走った。そして玄関にたどり着いた。
そこに、ずっと求めていた人がいた。
ほの暗い玄関先の明かりの下、彼は満身創痍でそこに佇んでいた。

「カカシ、さん。」

「遅くなってごめんね。ちょっと邪魔が入ってね。俺の好物、用意してくれてる?」

カカシさんは所々に切り傷を負っていた。おそらく戦闘に巻き込まれたのだ。しかも相手はカカシさんですら手傷を負わせるほどの敵。

「はい、はいっ、俺、沢山準備したんですっ。カカシさんの好きなもの用意して、でもあんまり遅いから冷蔵庫にしまっちゃったんです。でもすぐに温めなおしますからっ。カカシさんはその間、風呂に入ってらしてください。それから傷の手当も、深い傷はないですか?」

俺は自分でもあんまり嬉しくて、てんぱってしまって、べらべらとよくしゃべってしまう。

「イルカ先生、」

深い落ち着きのある声が響く。

「ただいま。」

その言葉を聞いた途端、俺は涙を流していた。

「お、かえりなさい。カカシさん、俺、ずっと待ってました。あなただけをずっと。」

「うん、ありがとう、俺も会いたかったよ。イルカ先生。」

カカシさんはそっと腕を伸ばしてきて俺をぎゅっと抱き締めた。カカシさんの匂いがする。どうしてこんなに泣けてくるんだ。俺は男なのに。簡単に泣いてはいけないってのに。

「ひっ、が、ががじざん、、お゛れっ、」

ぼろぼろ泣いて、鼻声になってしまった俺をカカシさんはさらにぎゅうぎゅう抱き締めてくる。苦しいくらいだけど、それくらいが丁度いい。愛している、愛してる。こんなに人を好きになるなんてもう二度とない。

「これからはずっと一緒です。この家で2人、ずっと暮らしていきましょうね。」

それを聞いて俺はぷっと笑った。カカシさんがおや?と不思議そうな顔をして笑っている。泣いた子がもう笑ったとでも思っているのだろう。

「2人じゃないですよ、3人です。」

抱き合ったまま、カカシさんは不思議そうな顔を少し困惑顔に変えていく。この人は、しらばっくれるつもりか?まったく。

「カカシさん、忘れたとは言わせませんよ。俺に禁術使って妊娠させたでしょ?ちゃーんと子供は産みましたからね。名前もシズクって言って。あ、勝手に命名してしまいましたけど、いいですよね。カカシさんには必要最低限しか連絡取れなかったし。」

カカシさんは少し何か考えていたようだったが、すぐに笑顔になった。

「シズクって、女の子ですか?」

「ええ、かわいい子です。今は眠っていますが、寝顔だけでも見ますか?俺、結構親ばかだとは思いますが本当にかわいい子なんですよっ。」

「そうですか。でもまずはあなたを堪能したいんですが。」

俺はかっと自分の顔に熱が集まったのを感じた。この人は、本当にもう。

「だ、だめです。ちゃんとお風呂に入って、ご飯も食べて、今日は休んでください。子供もいるんですから。」

「3年、ずっと離れてたんだよ。欲しくてたまらないのはイルカ先生も同じだと思ってたけど?」

流し目でそんなこと言われて俺はさらに困ってしまう。だってカカシさんは明らかに突発的な戦闘で疲れているはずだ。俺だって今日も仕事だ。けど、でも、今日くらいは許してもらおうか。
俺は、目を少しさ迷わせて己の理性と格闘した結果、自らカカシさんの唇に口付けを落としたのだった。