世捨て人と言ってもその人の住まいは里からそう遠く離れているわけではなかった。だが確かに回りは閑散としていて人が寄り付くのを故意に阻んでいるような雰囲気をかもし出していた。
実際に会ったその人は普通のどこにでもいそうな人間だった。ただ、秋道家の人間にしては痩せ過ぎな気もするが俺と比較してもさほど細すぎるということはない。

「秋道、コマイさんですね?チョウザさんからの紹介で参りましたはたけカカシと言います。」

名乗るとコマイさんは無言で俺を家に上げてくれた。

「何の用だ?」

出された茶を前に俺は単刀直入に切り出した。

「秋道家に伝わる禁術を教えてもらいたい。」

コマイさんは淀んだ目で俺をじっと見つめた。諦めきった表情に少しだけ怒りのような感情が読み取れる。

「どんな術か知っているのか?極悪非道と言われても仕方のない代物だぞ。」

「知っていますよ。でも俺には必要なんです。手遅れになる前に、どうしても。」

「これから話すことは俺の実体験だ。それを踏まえてそれでもまだ教えてほしいと思うならば教えよう。」

「はい。」

それから聞いた話は、たぶんきっと誰にも話すことはできないだろう。コマイさんのためにも、秋道家のためにも、そして木の葉のためにも。

 

それから俺はコマイさんの家を後にした。これから身体を強化するためにしばらくは一人で修行しなければならない。秋道家の者でもこ困難を極める秘術を行うのに、一般的な俺の身体ではどう考えても耐えられるものではない。
夕暮れ時を過ぎて家に帰るとイルカ先生とシズクが俺の帰りを待っていた。食事は少し冷えている。

「あー、ごめんなさい。遅くなるって連絡いれればよかったですね。少し考え事をしていてぼんやりしてました。」

俺は頭をぽりぽりと掻いた。

「本当ですよ、シズクは育ち盛りなんですから。」

イルカ先生はまったく、と文句を言いながら食事を暖めなおしに台所へと向かった。
ダイニングテーブルの子供用の椅子にちょこんと座っているシズクが俺にむかってパーパー、と手を差し出してくる。俺ははいはいとその手を握った。子供特有の柔らかく体温の高い手だ。

「ほっぺもぷにぷ〜に。」

おれはつんつんとシズクのほっぺを突いた。本当にイルカ先生そっくりだ。イルカ先生の小さい頃ってこんな感じだったろうなあ、と少しにやけた。

「なーににやけてるんですか。ほら、おかず置きますからちょっとどいてくださいよ。」

イルカ先生はそう言ってテーブルに大盛りの鶏肉の照り焼きを置いた。今日はこれがメインディッシュかあ。あーあ、この温かい食事ともまたしばらくお別れかあ。
俺はよそわれたご飯を手に食欲をそそられる肉を口に入れた。
絶妙な焼き加減といい、ご飯に合う合う。

「んーうまいっ。イルカ先生のご飯はやっぱり一番だねえ。」

「おだててても何も出ませんよ?」

口でそんなことを言いながらとても嬉しそうな顔をする。そしてシズクに小さく切り分けて取り皿に乗せてやる。
どこからどう見ても幸せな構図だよなあ、でも俺は明日からまたこの光景とおさらばしないと。ま、少しの間だけだ。
しり込みしていても仕方ないので、食事も終わってイルカ先生と洗い場で手伝いをしている時に切り出した。

「イルカ先生、俺、明日からまた少し里をはなれます。」

イルカ先生は手を止めた。

「任務、ですか?今日遅かったのもそのためですか?」

イルカ先生は心配そうな、切なそうな顔をして俺をじっと見つめた。

「言えません。でも大丈夫ですよ、一ヶ月くらいで戻ります。帰ってきて早々ごめんね。」

イルカ先生は洗い物を再開しはじめた。視線を手元に落としてがしごしと力いっぱい茶碗をこする。

「俺たちは忍びです。それにカカシさんはエリート忍者ですし、俺、待ってますから。ほら、シズクもいるし、寂しくなかありません。」

泡を流して水を切って水切り籠の中に入れていく。視線はずっと手元のままだ。俺は持っていたふきんをシンクに置くとイルカ先生を背中から抱き締めた。

「ごめんね、愛してる。あなただけだからね、あなた以外はなにもいらない。」

イルカ先生は手を止めてはい、と小さく返事した。

「知って、ます。俺も、好きです。ずっと、ずっと。」

「うん、ありがと。」

「あの、じゃあ、今夜は、その、」

イルカ先生は顔を真っ赤にした。いつも少し長期で任務に出るとき、深く身体を繋げるから、今夜もそうだと思ったのだろう。

「んー、この間がんばったから今日はやめときます。それでもしてほしかったらイルカ先生だけでも俺はかまいませんよ?」

「ばっ、お、俺はいつもあんたがするから、つ、つい、条件反射、で。」

振り返ったイルカ先生はどもりながら本音を暴露する。
条件反射、なんていい響きだろうねえ。もっともっと俺に順応した身体と思考回路になってほしいなあ。
俺はにやにやと笑った。

「なに笑ってるんです。籠の中が一杯ですよ。ちゃんと拭いてくださいっ。」

「はいはーい。」

「返事は一回っ!」

「はーい、イルカ先生?」

俺はにやにやと笑みを浮かべながら食器を拭いていったのだった。

 

翌日、俺は荷物をまとめるとイルカ先生に深く深く口づけて家を出た。イルカ先生は息を切らせて真っ赤になりながらもシズクを抱えて俺を見送ってくれた。
イルカ先生、必ず帰ってくるからね。
俺は火影の執務室へと向かった。
まだ朝の早い時間だったからか、火影は執務室にはいなかった。と、したら火影邸か食堂か、ちょっと最近物騒だから賭博ってことはないだろうけど。
はたして、火影は自販機の前の休憩スペースにいた。

「火影様。」

声をかけると火影はこちらを見て首をかしげた。

「その格好はなんだ?しばらくはお前に任務はつけないと言ったろう。」

「火影様、秋道家の禁術の会得ため、肉体強化の修行に赴きます。」

その言葉に火影は拳を作って握り締めた。

「お前、本気で言ってるのか?あれはリスクが高すぎる。それにあれを使えば間違いなく、壊れるぞ。」

「覚悟のうちです。仕方ないんです、迷っている時間はありません。暗部をつけてください。用心に越したことは無いですから。」

「もう決めちまったのかい。」

「はい、もう、決めました。どんなに人から後ろ指刺されようとどうでもいい。」

「そうかい。」

火影は俯いてしまった。この人を困らせたかったわけでもない。結果としては里長として苦しませることになってしまったが。

火影は顔をあげた。

「好きにしな。上へはなんとでも言ってやる。ただし、無理だと思ったら言うんだよ。無茶だけはするんじゃない。暗部は派遣してやる、その間はあたしが責任を持つから、行ってきな。」

「はい、お願いします。」

俺は頭を下げて、そして彼女に背を向けた。
もう、後戻りはできない。