「よーし、じゃあみんな揃ったな〜?準備し忘れたものはないか?大丈夫だな、じゃあ行くぞ!!」

イルカは先頭に立って歩き出した。後に続く7班の子どもたちはなんとなくそわそわとしている。それもそのはず、普段は来ない所に自分たちはいるのだ。
そう、夜のアカデミーである。
何故この4人が夜のアカデミー、しかも寝静まった真夜中、人っこ一人いない時間帯にいるのかと言うと、それには訳がある。

 

数時間前。

受付でいつものように報告書に受理のハンコを押していたイルカは、隣にいる火影がなんだか浮かない顔をしている事が気になっていた。しかもそれはここ数日ずっとだ。聞こう聞こうと思いつつも、何せ相手は火影だ。何か重大なことで思い悩んでいたならば自分にはどうすることもできない。しかしこう毎日ため息を吐かれていてはこちらまで気が滅入る。
イルカは人の少なくなった時間を見計らって、思い切って火影に聞いてみた。

「あの、火影様、ここ数日何か心配事でもあるんですか?お顔が優れないようですけど。」

控えめに聞いてみれば、火影はその言葉を待っていましたと言わんばかりにイルカに向き直った。この態度、目測を見誤ったかとイルカはちょっと思った。

「実はここ最近、アカデミーで不審な出来事が起こっているらしいのじゃ。」

「らしい、ですか?」

起こっているならば即刻に調査せねばならない。だがらしい、という不確定なものになってしまうとどうにも一歩踏み込めない。
大体アカデミーなら自分が毎日行っている。不審な出来事が起きていれば自分の耳に入ってくるはずなのに全く入ってこないのは何故だ?

「あの、私にはまったく耳に入って来てないんですが、情報源はどこからなんですか?」

「ああ、それはお主のいない時間帯に起きていることだからじゃよ。つまり真夜中のアカデミーじゃ。受付とアカデミーは隣接しておるであろう?いずれも真夜中に報告書を提出した者がそれらを目の当たりにしておるのじゃ。任務後で精神が高ぶっておったり極度の疲労で幻覚が見えていた可能性もあるが、皆健常で虚言癖がある者たちでもない。だからと言って鵜呑みにするにもどうにも馬鹿馬鹿しいと思うものばかりでの。」

まったく話しの内容が伝わってこない。

「あの、結局どういうことなんですか?」

「つまり、夜のアカデミーでおばけが出るらしいんじゃ。」

「はぁ〜?」

イルカは開いた口がふさがらなかった。今の世の中におばけ?確かに今は夏真っ盛りで肝試しをするにはもってこいの季節ではあったが、夜中に報告書を提出するような忍びとして成熟した者たちが言う台詞か?
それは火影も承知しているのか、だから困っておる、と呟いた。

「わしだとてこんなことで悩むのも馬鹿馬鹿しいとは思う。じゃが、この所頻繁にそんな報告が来ての。だからと言って忍びを使って調査させるのも木の葉の威信がどうにも邪魔をする。じゃが放っておくわけにもいかぬ。侵入者が幻術を見せているのかとも思ったのじゃが、そんな形跡は皆無であるしその前にわしが気付かぬはずがない。」

イルカはげんなりとした。そこで自分に頼み事となればもう決まったようなものだ。

「イルカよ、お主、この件について調べてはみんか?正式な任務にはならんが甘栗甘のかき氷くらいならおごるぞ。」

かき氷か、いいなあ。イルカの気持ちはちょっと揺らいだ。

「そうですね、でも万が一にも侵入者が忍び込んでいないとも限らないので補佐をつけてもいいですか?」

「ふむ、して誰をあげるのじゃ?」

「7班なんてどうですか?カカシ先生は今現在上忍の任務中であいつら修行ばっかりで退屈だって言ってましたからね。」

「ふむ、ナルトたちか、いいじゃろう。解決したら7班にもかき氷をおごるからの。イルカよ、頼んだぞ。」

火影はやっと肩の荷が下りたと言わんばかりに破顔した。

 

と、いう理由から、イルカは早速7班を召集して真夜中のアカデミーにやってきたのだった。

「しっかしおばけだってよ、そんなの木の葉丸でも信じないぜ〜?」

ナルトはにしし、と笑って気もそぞろだ。3人の中で一番浮ついている。

「ちょっと、ばかでかい声出さないでよ。サスケく〜ん、ね、一緒に歩きましょうよ。真夜中のアカデミーってなんか不気味よね〜?」

サクラがしなを作ってサスケに近寄っていったが、当のサスケはくだらない任務で呼びやがって、と少し機嫌が悪いようだ。サクラの言葉に返事さえしない。
ちなみに明かりは付けずに各自懐中電灯を持っての見回りである。侵入者に警戒されないためと言うようなかっこいいものではなく、ただ単に電気代がもったいなかっただけである。

「あ、先生、行く前にちょっとトイレに行って来ていい?額宛てがずれちゃって。」

どんな時でも女の子らしくありたいサクラ、どうやらセットを決めすぎて額宛てをゆるく結んでしまってずれてきているらしい。

「よし、じゃあ待ってるから行っておいで。」

ちょっと出鼻を挫かれてしまったイルカだったが、思わぬことで卒業してしまった生徒たちとこうやって任務を一緒にできることになって、内心とても喜んでいた。実は一番浮ついているのはイルカかもしれなかった。

「でも昔流行ったよなあ、学校の怪談っつってよ、7不思議とか数えたもんだってばよ。」

ナルトが懐かしそうにうんうんと一人で頷いている。

「ほう、お前いくつ知ってんだ?」

「8つだってばよ。」

「なんだよ7つ以上あんのか?噂なんていい加減なもんだな。」

イルカは苦笑する。
その時、トイレから悲鳴が聞こえてきた。サクラのものだ。3人は真顔になってトイレに向かう。一瞬女子トイレに駆け込むのか?と思いつつも今は緊急事態だ、サクラも分かってくれるだろうとトイレに入る。

「サクラっ、どうしたんだっ!」

イルカが先頭になって入ると、トイレの中はどよどよと淀んだ空気が流れていた。入り口付近で涙目になっているサクラをナルトとサスケにまかせてイルカはただならぬ様子のトイレに入っていく。

「サクラ、何があった?」

サスケに問われてサクラは怖々と口を開いた。

「き、急に、こ、声がして、」

声?と聞き耳を立てたその時、天井からかどこからか分からないが、低いような高いような、不思議な声が聞こえてきた。

「赤いマント着せてやろうか...?」

その声を聞いてサクラは震え、ナルトは硬直し、さすがのサスケも冷や汗を伝わせる。
が、その時、イルカの取った行動は。

「こんっの痴漢がっ!!自分のしてる事が恥ずかしいと思わないのか?相手は幼いまだ子どもだぞ?それを覗きなんかしやがって、しかも何が赤いマントだ今は夏だってのっ!!色情狂っ!変態っ!親不孝者っ!世間様に謝れこのやろうっ!!」

イルカの罵倒にどよどよしていた空気が薄れていった。そしてトイレはいつものトイレに戻った。

「ん?どこに行ったんだ?くそっ、叱りつけるのに夢中になっちまった。サクラ、大丈夫か?怪我はないか?ひどいことされなかったか?」

イルカはサクラに向かって穏やかな笑みを見せた。

「だ、大丈夫。驚いてただけだから。」

やや顔を引きつらせながら答えたサクラにイルカは優しく頭を撫でた。

「そっか、偉かったな。しかしまだ痴漢がアカデミーにいるかもしれんからな。みんな、気を引き締めていくぞ。一般人がこんな夜中に痴漢に来るなんて、世の中も世知辛くなっちまったもんだ。」

イルカはまったく、とため息を吐いてトイレから出た。ぎくしゃくとしながらもそれに続く7班の子どもたち。

「ね、ねえ、今のって痴漢じゃなかったわよね?だって、あんなおどろおどろした空気、尋常じゃないわよ。」

イルカに聞こえないようにサクラが言い出すと、ナルトもサスケも頷いた。

「確かに、この世のものとは思えない感じだった。あれは、」

サスケの言葉を切るようにイルカが元気な声で呼んだ。

「おーいお前ら、行くぞー!!」

再び先頭に立って歩き出したイルカに、この任務、もしかしてかなりやばい方向のものなんじゃ、と気分を思いっきり暗くした3人は、それでもとぼとぼと歩き出したのだった。