廊下に出て次の教室へ行こうとした時、廊下に大きなマスクをした女性が立っていた。
赤いワンピースがひらひらとどこからともなく吹いてくる風に揺れている。
何故だか今まで感じなかった生暖かい風だ。そういえば夏だと言うのにこのアカデミーはずっと寒気がするほど涼しかった。今夜は熱帯夜だと予報で言っていたのではなかったかと今更になって気付いた。
やっぱり尋常じゃない。
そう思った時、女はゆっくりとした動作でマスクに手をかけた。
そして妙に甲高い声で言った。

「私、きれい?」

びくっと7班の3人の体が硬直した。最初に聞いた赤いマントの声とこの女の声には何か共通するものがある。

声はまったく似ていないがそれでも感じてしまう、そう、それはつまり...。
女はそのマスクを取り外した。
サクラが悲鳴を上げまいと口を押さえる。
女の口が裂けて歯茎が見えていた。ただ、産まれた時からの口蓋変形とか、怪我をしてしまって、とかの域ではない。
自分たちだって忍びだ。イビキ特別上忍のように体に傷を負っている忍びは少なくはないし、それら傷を負う者達に偏見などは持たないし持つ方が醜い心の持ち主であると言うことは重々承知している。
が、その女の傷はどう考えたって致死に値いする裂け具合だった。
って、言うか、どうして歯が全部犬歯なの?なんでそんな尖ってんの?
赤いワンピースの裾が揺れる。
どうやって切り抜ければいいのか、3人はイルカを見上げた。
イルカはてくてくと女に歩み寄っていくと、女の両肩に手を置いた。

「人は、なにを以て美しいと感じるのか、まずはそこから話しをしてみませんか。あなたがそのように人にご自身の外見を尋ねるという行為から示されることにおいての俺の考えとしては、あなたはには多少の対人恐怖症の気があるのではないかと言うことです。そもそも対人恐怖症というのは総称で呼ばれるもので、神経症とは言えいくつもの症例があり、その中でも外見を気にしてしまうという事をふまえた上であげられるものとしてはまず、」

それから、イルカの教師たる長い長い論説は、30分を越した。

「と、言うわけで、大丈夫です。木の葉には優秀な医療忍がいるんですよ。整形なんておちゃのこさいさいです。よろしければご案内しますよ。こんな暗いアカデミーになんていないで病院に行きましょう。怖かったらこの任務が終わったらでよければ俺、付き添いしますよ。」

にこにこと話しかけるイルカに女は無表情だった。固唾を呑んで見守る3人。
女はゆっくりとマスクを戻すと、次の瞬間にはものすごい勢いで走っていった。っていうかすごいスピードだ。忍びでもあそこまで早くは走れないんじゃないかってほど早い。
それと共に生ぬるい風も止んでしまった。
その後ろ姿をイルカは切なげに見送った。

「きっとあの傷のせいで辛い目に遭ってきたんだろうなあ。ちゃんと病院に行ってくれればいいんだけど。きっと心の傷が深くて人に理解してもらいたくて仕方なかったんだな。こんなひとけのないアカデミーに来てまで自分の姿を肯定してもらいたかったなんて。女心は複雑なんだなあ。」

確かに哀しげな話しにも聞こえるが、でもどんなに考えたってあれは人間じゃなかったよ!?大体なんでアカデミーに自分の容姿を尋ねに来るんだ!!人見知りだとか対人恐怖症だとかそれ以前の問題じゃあないのか?
そんな思考の葛藤をしている3人の子どもたちの視線に気付くことなく、イルカはさてと、と廊下を歩き出した。
「元気出して行くぞっ!」