ナルトは困っていた。
さっきから腹の具合が悪い。でも最初のサクラのトイレ騒動からトイレに行く気がまったくしない。と、言うか行きたくない。が、サクラやサスケの前で最悪な事態になるのだけは勘弁願いたい。
どうすればいい?どうすればいい?段々と腹痛の起きる回数も増え、間隔も短くなってきているようだ。このままではやばい。
とうとう歩みの止まってしまったナルトに、サクラが大丈夫?と声をかけてきた。
いつもだったらなにやってんのよ!と罵倒される所だが、異常な現象が続いているからか、今日の彼女はいつもにはない程優しい。だがその優しさが今は辛い。
できれば、今だけは近寄ってもらいたくない。ぶるぶると体が震える。

「おいナルト、何かあったのか?」

いつもだったらドベと言ってくるサスケまで心配顔だ。

「イルカ先生ちょっと待って、ナルトの様子がおかしいの。」

サクラが先頭を歩いていたイルカを呼び止める。その声は必死だ。だらだらと汗が流れる。
どうしよう、どうしよう。

「ナルト、どうした?腹が痛いのか?」

ビンゴである。だが肯定したらトイレに行かなくてはならない。トイレの恐怖と最悪な状況とを天秤にかけて、彼にとっては究極の選択を迫られ、ナルトはトイレの恐怖に立ち向かうことにした。
頷いてみせるとサクラとサスケは明らかにほっとした様子だった。彼らの中ではもっとやばいことが頭の中を駆けめぐっていたのだろう。腹痛ならば万々歳と言うわけではなかったがとりあえず安心だ。

「もうっ、さっさと行ってきないよっ、馬鹿ね。待っててあげるから、ほら早くっ。」

サクラが少しだけ笑ってナルトを促す。
サスケもしょうがない奴だな、とそれとなくほっとした様子だ。

「何も怖いことないぞ。アカデミーのトイレなんていつも行ってるじゃねえか。さ、行ってこい。」

イルカのまったく無責任な言葉に3人の子どもたちはやや引きつった笑みを浮かべたが、とりあえずナルトはみんなからの励まし(?)に元気づけられてトイレへと走っていった。
トイレに恐る恐る入り、腹の痛みと闘い、水に流してナルトはトイレットペーパーに手を伸ばした。
が、運の悪いことに紙が切れていた。
あっちゃ〜、とナルトは自分の不運を呪った。幸い、イルカたちはわざわざナルトの跡を追ってきてくれて、トイレの近くで待機してくれている。
声を上げれば気付いてくれるだろう。
ナルトはイルカを呼ぼうと口を開けた。が、その時どよどよとした空気が流れてきた。
この感じは味わったことがある。そう、その感じとは...。

「赤い紙がいいか〜?青い紙がいいか〜?」

その声にナルトは自分が男だと忍びだとか言う概念を捨てた。と、言うか絶対俺じゃなくたって叫んでるっ!!
ぎゃあ、と言うナルトの声にやっぱりかっ!とサクラとサスケは戦慄した。
イルカがまたしても痴漢かっ!?と、やはり場違いな勘違いをして共にトイレに向かう。が、その足を止めて2人の前に立つ。

「お前たちはトイレの前で待っていろ。万が一俺が痴漢を取り逃がした時、お前たちが捕縛するんだ、いいな!」

痴漢だったら捕縛することも可能だが、それが人外のものだったらどうしようもない。
だが2人はイルカの言葉に頷いた。ここで反論したって意味がない。今はナルトを一刻も早く助けてやるのが先決だ。
イルカはよし、と頷くとトイレに入っていった。

「ナルトっ、大丈夫かっ!?」

イルカの存在にほっとしてナルトは涙声でせんせぇ〜、とか細い声を上げた。
いつも元気なナルトがこんなに気弱な声を出して、とイルカは怒りに震えた。
なまじかわいがっていた生徒なだけにその怒りは沸点を突破する勢いだった。

「赤い紙がいいか〜?青い紙がいいか〜?」

どこからともなく聞こえてきた声にイルカはぷちっと血管をぶち切った。

「紙に赤いも青いもあるかっ!紙は白に決まってんだろうがっ!!大体俺は昔っから薔薇の印刷されてる匂い付きのトイレットペーパーが気にくわなかったんだっ!花ならまだしも文字まで印刷されてて巻くごとに格言やらなにやらでくるくるくるくる、ああっ、苛々するっ!流して捨てるものでまで知識を補わなくちゃ脳みそは皺を刻めんのかっちゅうのっ!!」

はー、はー、と息を切らしてそう言うとそれっきり声は聞こえなくなった。そう言えば気配もない。そもそも人の気配なんかあったっけ?

「ん〜?幻聴か?昨日も寝るの遅かったからなあ、寝不足はいかんな。」

イルカは少々自分の生活を振り返って反省しつつ、頬を叩いて気合いを入れ直した。

「で、ナルト、どうした?さっき声を上げてただろ?」

どよどよした空気がなくなり、イルカの声で我に返ったナルトは紙がなくて、と呟いた。

「ああ、そうなのか。」

イルカは補充用のトイレットペーパーを個室に向かって投げ入れた。

「まったく、紙がないならないって言えばいいのに。叫ばなくてもちゃんと聞こえる場所にいるんだから、しょうがない奴だな。俺はてっきりまた痴漢かと思って慌てちまったじゃないか。ま、男子トイレに痴漢しに来る奴はいないと思うがな。」

イルカはからからと笑うとトイレから出て行った。
後に残されたナルトは虚ろな目でトイレットペーパーを見つめた。その口元には乾いた笑みが浮かんでいた。