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『泣いているのか?』 あの時、笑って違うと答えていれば何かが変わったのだろうか。 ―― 綺羅星心中 ―― ここ最近、急成長を遂げた火の国は軍事力確保のために自国に忍びの里を創立することとなった。その情報を聞いたのはいつだったか、自分には関わりあいのないことだといつものように空を見上げていた。 俺の住む滝隠れの里は四面を滝に囲まれ、自然の防壁となって敵の侵入を防いでくれていた。だが内実は閉鎖的で陰湿な風習が根強く残る古臭い土地なだけだ。 「角都、里長のお呼びだ。」 木の枝で寝転がっているところを知り合いに起こされて俺は起き上がった。今日は非番だったはずだが、緊急招集でもなさそうなのになんだ? 「入れ。」 まだ年若い、と言っても齢50はとうに過ぎた里長の声がかかり俺は部屋に入った。 「ただいま参りました。」 「うむ、顔を上げて話を聞くがよい。」 俺は短く返事をして顔を上げた。なんだか込み入った話のようだけど。 「火の国に新しく里が発足すると言う話は知っているか。」 「はい、噂話程度でしたら。」 「その里長から里作りのため、指導していただきたいと言う要請がきた。」 ははあ、そういうことか。忍びの里を始めて作るにあたって他里から人を集めて情報を収集し役立てたいということか、懸命だな。 「そこでお前にその任を任せることにした。」 は? 「あの、私めでございますか?」 「他に誰がおる。」 いや、いないけど、けど俺って忍術はそれなりに使えても内部の事務だとかシステムだとかにはまるで通じてないんですけど。 「角都はこの里でも有望な忍びの一人です。どうぞなんなりと申しつけられよ。」 いや、申し付けられてもあんまり答えられないと思うんだけど、と俺はちらりと里長を見た。里長は俺を見てにこりと笑った。あー、こりゃとんだ狸爺にしてやられたなこの人も。 「角都よ、さっそく明日にでも出発しこのお方と共に向かえ、よいな。 「は、その任、謹んで拝命いたします。」 俺は再び頭を下げた。その間、座敷にいた客人はひと言も話さなかった。ただ、こちらを見て穏やかに笑っていただけだった。使者にこんな若くて優しげな面差しの男なんかよこすから足元見られるんだぜ。俺は心の中で合掌した。 翌日、俺は使者と共に里を出発した。 「俺の地元は息詰まるだろ?」 俺の言葉に使者はそんなことはないと慌てて否定した。 「そんな遠慮しなくたっていいよ、古臭くて秘密主義で部外者にとっては居心地が悪いのはずっと前からなんだからさ。」 「でさ、里を出た早々悪いけど、俺里を作る上での内部のシステムとか全くわかんないから。あんた足元見られたんだよ。もっといかつい奴持ってこないとだめだよ、あんたやわすぎ。」 男は俺の言葉を聞いてぷっと吹き出した。なんだよ、こっちは親切で言ってやってんのにさ。 「あー、お前は正直者でいいな。なんとなくは気づいてたからそっちはまあいいんだが。」 「いいのかよ、じゃあ何のために里作りの指導者を要請なんかしてきたんだよ。」 「友好関係を保つためだな。発足して間もない里なんて目を付けられたらすぐに潰されるだろう、まずは基盤を整えられるまで時間稼ぎと言うところか。」 驚いた、そんなことを考えてんのか、火の国の忍び里は。 「結構あんたのところの里長って考えてんだな。でもこんなこと他里の俺に言っていいのかよ。」 「お前だって早々自分の本性をばらしてきたじゃないか、お相子だ。」 そう言ってそいつは愉快そうに笑った。 「なあ、あんた名前は?俺の名前は知ってんだろ?呼び捨ててもいいぜ。」 「そうか、俺の名は森羅だ。俺のことも呼び捨てにしていいぞ。お前も忍びならば力比べをしたいだろう。里に着いたら手合わせ願いたいものだな。」 「いいぜ、ま、大国の忍びほどじゃないだろうけど俺もそこそこそ強いからな、泣き見るかもしれねぇぜ。」 「それは楽しみだな。」 森羅は本当に楽しそうにそう言って歩き出した。俺もそれに続く。 だが俺は知らなかったのだ、この森羅なる男こそが火の国の忍び里の里長であろうことなどと。 「ぜってー詐欺だっ!!」 俺は叫んでいた。場所は民家から離れた一軒家、他里の忍びたちは里の中心部から離れた場所、しかも他里の者同士があまりかち合わないようにてんでばらばらの場所で宿泊させられている。その一つ、俺が寝泊りしている家で俺は男を前に喚いていた。 「あんたなんで言わないんだよっ、おかげで俺馬鹿見たじゃねえかよ。」 そう、あの後俺たちがその里に着いた途端、大勢の人に出迎えられ、自分の歓迎にしちゃあなんか様子がおかしいと思っていたら、隣を歩いていた森羅に向かってみんなあれこれ言っていたのだった。 「だから悪かったと言っているだろう。他里の現状をこの目で見てみたかったのだ。だがなかなか抜け出せなくてな、なにせ里を発足させたばかりなものだから。」 「だから他の人間に頼めばよかったろ?なんで里長直々に来るんだよ、おかげで俺失礼な態度取りまくりじゃねーかよ。」 そう、態度を急に改めろといわれても一度ため口調になってしまった俺は敬語にするのが癪で口調はそのままになってしまっているのだ。まあ、それは2人きりの場合に限りだが。 「それは別にいいのではないか?角都は客人扱いだし、俺はどちらかと言うと接待をせねばならぬ立場だろう。」 俺は脱力して座り込んだ。こいつに何を言っても無駄だ。 「まあまあ、今日は酒を持ってきたんだ、角都は酒いけるか?」 「まあ、飲めなくはないけどさほど強くねえよ。」 言うと森羅はそうかと頷いて包みから一升瓶とつまみの入った弁当箱をちゃぶ台に広げた。へえ、なかなかうまそうだ。 「これ、どっかで買ってきたのか?」 「ああ、酒は先日火の国からやってきた使者の手土産だ。つまみは俺が作った、うまいぞ。」 自分で言うかよ、と俺は思ったが口にしないでおいた。森羅は酒を盃に注いで俺に手渡してきた。俺はそれを渋々受け取り、森羅は自分の分も注ぐと俺の盃に杯を重ねた。 「木の葉の里へようこそ。」 森羅があんまり嬉しそうに言うので、俺は口を尖らせながらも邪魔するぜ、と呟いてから盃の中身をぐい飲みしたのだった。 それからどうしたかと言うとたまに森羅はふらりと現れては酒を共にしたり飯を一緒に食ったりしている。いつも執務を放り投げてくるわけではないようで、ちゃんと仕事を終わらせて一息つけるときにやってくるので大抵少しお疲れ気味だった。 「滝隠れの忍びと戦うのは初めてだからな、お手柔らかな頼むぞ。」 「俺も木の葉の忍びと戦うのは初めてだよ。ま、俺の実力じゃあ森羅には叶わないかもしんねえけど、気ぃ抜いたら地獄見るからな。」 言うと森羅は不適に笑った。 「楽しみだ。」 が、実際森羅は強かった。 「角都、大丈夫か?」 森羅が穏やかに笑ってやってきて俺の肩に手を廻してきた。ちぇっ、こういう気遣いがまた嫌味じゃないから文句も言えないんだよな。 「別に、怪我してるわけじゃねえし。くっそー、修行してんのに全然強くなってねえのかよー。」 俺は森羅の腕を跳ね除けるように背を伸ばした。が、元々ふらふらしていたのだからうまくバランスを取ることができずに後ろに体重がいってそのまま体が斜めになってしまった。 「わっ、」 そのまま倒れるか?と思った瞬間、俺は森羅に抱きかかえられていた。腕をしっかりと体に巻きつけられ、森羅の胸がすぐそこにある。 「角都?」 森羅の呼びかけに俺ははっとした。思わず掴んでいたのか、森羅の服をぎゅっと握っていたのだ。 「ば、ばーかっ、さっさと離せよなっ。」 自分のことは棚において俺は森羅の服を離すとすっくと立ち上がった。 「今日はこのへんで勘弁してやらあ、また飯でも持って来いってんだ。」 俺はそう言い捨てると自分の家へと走って戻っていった。 だがそれからと言うもの、俺はどんどんおかしくなっていった。俺はそれほど性欲は強くないと思う。と、言うか普通だと思う。女の子のことをかわいいと思うしふわふわした体は大好物だし。確かに木の葉に来てからはご無沙汰だがそれでも自分で管理できないほど溜まってるはずはない。適度に処理してるはずなんだ。 「なのになーんで俺はこんなのを朝一で洗ってんだかなー?」 俺はパンツをじゃぶじゃぶと洗いながらぶつぶつと呟いていた。しかもだ、最初は夢も見ないでいたのが、最近朧げながら夢を見るようになっていた。しかもいつも決まって出てくるのは森羅だった。 「ってなんだよ寂しいって、あほか俺はっ。大体俺はあいつの飯と忍術が目的で別にあいつのことなんてどうとも思っちゃいねえのによ。」 俺は再び文句を言いながらパンツを水ですすいだのだった。 次にやってきたのは一ヶ月ほど経った頃だった。することと言ったら修行と家事くらいで俺はほとんど暇をもてあましていた。それでも何故だか里の中心部に行くことも憚られて、森羅のいるであろう火影の屋敷になぞ以ての外だった。 その日は夜半を過ぎての来訪だった。いつもは日中に来るのに珍しいこともあるものだと俺は森羅を迎え入れた。 「久しぶりだな、仕事忙しかったのか?」 森羅の持ってきた重箱を広げながら俺はあたりさわりのないことを口にしていた。久しぶりだったから少し緊張しているのかもしれない。森羅相手に緊張ってのもおかしな気分だが。 「今日はえらく無口じゃねえか、酒でも飲むか?お前がくれたやつまだ残ってんだぜ。」 一人で飲んでも良かったが、どうせなら森羅と共にと思って残しておいた酒だ。 「祝言を挙げることになってな。」 ぽつりと言った森羅の言葉に俺は全ての動きを止めた。 「泣いているのか、角都。」 静かに言う森羅の言葉にそんなわけないだろばーか。なんて、笑って否定していつものように憎まれ口を叩きたいのに、わななく唇は言葉を紡げずにいつまで経っても無言のままで。 「角都。」 森羅がちゃぶ台をよかして俺を抱き締めてきた。本当なら男同士でなにやってんだと突き放すべきなのに、その暖かな体温に涙が溢れてきて止まらなかった。 「俺はお前が心底愛しいよ、角都。」 「ど、して?」 ならば何故嫁を娶るのだ。どうして壁を作るのだ。 「俺は里のために全てを投げ打ち、身を投じてきた。今回の祝言もその一環に過ぎない。有体に言えば政略結婚だ。娶る女はさる大国の大名の娘でな、双方の利害は著しく一致しているのだ。そこに付け込まない手はない。」 そうだ、森羅はなによりも里長としての責任が重くのしかかる。俺にとやかく言う資格はない。ついさっき気づいたこの恋心も、なにもかもを失くしてしまわねばならないのだろうか。 「けれど角都、嫁を娶ろうと里長であろうとお前を愛しく思う気持ちに偽りはない。」 その言葉を嬉しいと感じてしまう俺を、人は浅はかで愚かと罵るだろうか。それでも俺は歓喜に震える胸の内を偽ることができなくて。 そしてその日初めて俺は森羅に体を開いた。望むことも望まれることもなんでもしたい、この男が欲しくて欲しくて羞恥に赤く染まりながらも着物の裾を手繰り寄せて自ら足を開いて見せた。 それから、森羅は無事祝言を挙げた。 一際深く突き上げられて森羅が吐精した。尻たぶをつかまれて最後の一滴まで俺の中で搾り取らせてから己を引き抜く。 「ちくしょう、俺はもっと淡白だったはずなのに、ここ数年で淫乱になっちまったじゃねえか。」 言えば森羅は面映ゆそうに笑う。 「それはそれは、俺のおかげだな。」 そうだ、お前のせいだ。お前が求めるから、俺が欲しがるから、その成れの果てだ。今更の話だ。だがたまには嫌味の一つくらい言いたくもなるっての。今では陰間でも通用するぞってな位からだの都合がよろしくなったと自負できる。いや、自慢にはまったくならないが。 「急ぎの用事か?」 「ああ、実はやってる最中に式が来て知らせていったのだ。まあ、それほどの急用と言うわけではないだろうが念のためにな。次に来るときはもう少しゆっくりしていくことにしよう。」 森羅はすっかり準備を整えると俺の頭を優しく撫でた。俺はしょうがねえな、と口を尖らせながらも行ってこい、と力強く森羅を送り出した。 「あの、どちら様ですか。」 言えば都の向こうの人はため息を吐いたようだった。 「こちらに火影が来ていたと思うが、どうやらもう発ったらしいな。」 なるほど、火影がなかなか来ないからわざわざ向かえに来たのにすれ違ってしまったというわけか。 「火影様なら一足先に向かわれたようです。今からでも遅くはないと思いますから追いかけられると良いでしょう。」 俺はそれだけ言うと戸から離れようとした。 「折角なので上がらせてもらおう。」 男はいきなり戸口を強引に開けて入ってきた。あまりのことに目を見開いたが俺も忍びのはしくれ、着物をしっかりと着こんで取りあえず体制を整えた。 「家主の許可も得ないで随分と勝手をされますね。木の葉の里長が嘆きますよ。」 嫌味を言えば男は面白くなさそうに腕を組んで俺をじろりと睨みつけた。 「こんな家、面白くもなんともないでしょう。こちらは少々体調を崩していますのでね、おもてなしなぞできませんよ。」 暗に帰れと言っているのに男はじっと俺を見下ろしたまま動かない。なんだよこの威圧感は、と俺はにらみ返した。 「あいつ、趣味悪くなったな。」 俺はかっとしたが耐えた。 「なんのことを仰っているのかよく分からないのですが。」 「身に覚えはあるだろう。あいつと昼間からずっと淫行に耽っていたろうに。」 俺は頭が真っ白になった。誰にも悟られてはいけないはずなのにどうしてこいつは知っているのだ。 「失礼ですが何か証拠でもあるんですか。あまりに戯れが過ぎますと私も容赦しませんよ。」 「証拠、証拠ならまだ残っているだろう。」 男はいきなり俺に覆いかぶさってきた。咄嗟に受身を取ったが背中からもろ板の間に肩をぶつけて呻いた。ちくしょう、なんだってこんな目に、と思っている猶予も与えられず男は俺の着物の間に手を突っ込み、足の間に手を這わせてきた。 「てめっ、なにしやがるっ、離せっ、離せよこの野郎っ。」 だが相手は俺よりも強く、まったく歯が立たない。足をばたつかせてもすぐに押さえ込まれて身動きを封じられた。 「離せっ、離せよ、ちくしょう、ちくしょうっ、」 さっきまで森羅と繋がっていた場所に男の指が入ってくる。気持ち悪くて吐きそうだ。助けてくれる者なぞいない、俺はこのままこの男に嬲られるのか。 「これが証拠だ。体調の悪い者が体の中にこんなものを入れるはずがないだろう。それに先ほどまでここにあいつが来ていたんだろう。一目瞭然ではないか。」 俺はそいつを睨みつけた。こうなってしまっては命を懸けてこいつを葬り去るだけだ。俺が死んだとしてもそれはそれで仕方がない。俺は隠し持っていた武器を手にした。 「ほう、立ち向かうか、意気込みはいいが相手は選んだほうがいいだろう。それに話は最後まで聞くものだ。何を勘違いしているのか知らないが俺は忠告しに来ただけだ。」 忠告、だと?つまりこいつは以前より俺と森羅のことを知っていたというのか? 「誰から聞いた。」 「そんなことはどうでもいい。悪いことは言わん、身を引け。」 俺は眉間に皺を寄せた。そんなこと、そんな当然の意見なぞとうに考えつくした。それでも止められないからこうして逢瀬を繰り返しているというのに。 「断る。」 「あの男はこの里を創立しこれからを担っていくよう定められた男だ。そこにお前のいる場所はない。馬鹿でないならば分かるだろう、あの男は天性の火影なのだ。」 知っているさそんなこと、初めて会ったときからあいつはそうだった。そんなこと百も承知だ。 「先日誕生した一子のためにも人に言えぬ後ろ暗い関係なぞ清算しろ。それが一番の方法だ。」 そんなこと、言われずとも分かっている。 「うるさい、うるさいんだよっ。ほっとけよ、かまうなよあっちいけよ。ここから出ていけよ。」 俺は俯いて力なく罵倒した。相手になんら効果がないであろう弱弱しい声しか出せず、俺はうな垂れる。 「よく考えろ、お互いのために何が一番の良策かをな。」 男はそれだけ言うと立ち去っていった。 「ちくしょう、ちくしょう、」 俺はその場でずっとひざを抱えて座っていた。日がとっぷりと暮れてもその場所から動けずにいた。 「あーあ、まったく俺って奴はほんと毒されてんよなあ。」 冷たい雫を滴らせながら俺は風呂場から出た。縁側に出て夜風にあたった。今夜は新月か、月も出ておらず星の瞬きだけが目に写る。 「角都っ、」 唐突に呼ばれて俺は振り返った。縁側の庭先に息を切らせた森羅が立っていた。なんでここにいるんだ、仕事があるんじゃなかったのか?俺は呆けた顔で森羅を見つめた。 「なにやってんだ森羅、仕事はどうしたよ。」 笑って言えば森羅は俺をいきなり抱き締めてきた。 「なにやってんだよばーか。俺風呂上りだから冷たいぞ。」 森羅の頭をばしばし叩いてやれば、森羅の腕はなおさら強く抱き締めてきた。 「今日、不快な思いをしただろう。あいつには制裁を加えておいたからそれで許してほしい。」 制裁って、里長が民に暴力ふるっていいのかよ、信用がた落ちだぞ。 「森羅、俺のためにそんなことすんなよ。里長だろ?民に暴力をふるって解決させても意味無いだろうが。」 「今回に限って言えばその道理は例外として処理させてもらった。大体お前のためではない、俺のためだ。俺が腹立たしかったから殴りつけたまでだ。殺してはいないから安心しておけ。」 安心と言われても、つまり半殺しなんじゃないかそれは。 「らしくねえな、いつもの温和で思慮深いお前はどこに行ったんだ?」 「俺だって人間だ。愛する者のために怒ることもせずにへらへら笑うだけの腰抜けと勘違いするな。」 ああ言えばこう言う。今日の森羅はまったくらしくない。けれど俺は先ほどまでの暗い考えがすっかり落としてしまった。俺はほんとお手軽でいい。 「ま、今回に限って言えば犬に咬まれたとでも思うことにするからよ、ちゃんとあいつと仲直りしろよ?愛人の件で揉めて険悪になったってしょうがねえだろ。見た感じお前にとって右腕的な存在だろ?大切にしとけ。」 にっと笑って言ってやると森羅は苦笑してそうだな、と腕の拘束を緩めた。 「お前とこうして夜空を見るのは初めてかもしれねえな。『誰かさん』は風流なんか楽しむ前に本能に従って行動するからよ。」 「それはそれは惜しいことをしていたな。だが『誰かさん』があまりにも愛おしいものだから風流なぞ眼中になくなってしまうことを忘れてもらっては困るな。」 俺はぷっと笑った。そして森羅の額に自分の額を付き合わせた。至近距離で森羅の目と合う。 「しょうがねえな、その『誰かさん』たちはよ。」 「ああ、仕様の無いやつらだ。だが嫌いではないな、お前はどうだ。」 「俺も、嫌いじゃない。」 どちらからともなく、俺たちは唇を合わせた。 翌朝、森羅は朝早く出かけていった。聞けば仕事をほっぽってやってきたらしい。よっぽど腹に据えかねたんだな。それも俺のことで。だめだだめだと思いながらもちょっと嬉しく思ってしまう自分が恥ずかしい。 「あんた、大丈夫か?」 昨日の一件ですっかり敬語という言葉をこの男に対して使うことを躊躇わなくなった俺は心配になって聞いてみた。 「まあ、死ぬかもしれないとは思ったがな。」 やっぱり半殺しにしたんじゃねえか森羅のやつ。 「死ななくてなによりだったな。」 「まあな。」 沈黙が降りて俺は頭をぽりぽりと掻いた。 「それで今日の用事はなんだ?また身を引けって話だったら聞かねえぞ。こちとらそんなことは百も承知なんだ。」 言えば男は小さくため息を付くと腕を組んだ。 「その件はまあ、俺の範疇を超えたからもういい。今日やってきたのはお前に謝罪するためだ。」 「森羅に言われて、か?」 「一応は自己判断によるものだ。男とは言え誰かの情人に失礼を働いたのは否めん。」 確かに人の中に指突っ込んでこれが証拠だとか抜かすような奴は人非人だろう。それを理解しただけこいつは賢いということか。 「ま、許してやるよ。俺はねちねちいつまでも根に持つタイプじゃねえからよ。」 あっけらかんと笑って言えば男はどことなく気の抜けた表情でまた小さくため息を付いた。「兄者がお前を好ましく思う気持ちがなんとなく理解できたな。」 「そんなの理解されてもなあ、俺に惚れるなよ?」 からからと笑っていた俺だったが、やがて笑いは止まった。 「ちょっと待て、お前、兄って言ったか?」 「なんだ、知らなかったのか。俺は森羅の弟だ。万が一のことがあった場合にとお前のことを聞いて知っているのだ。あいつに聞かなかったのか?今回の一件で話したものだとばかり思っていたが。」 「そんなのひと言だって聞いてねえよっ。」 「まあ、身内に愛人を紹介するのは気恥ずかしいと思ったのかもな。あいつはまじめを地で行ってる奴だから変なところで融通が利かんのだ。」 融通云々の問題か?門外不出で内密の関係なんだから誰かに関係を話すなら俺にも言えばいいのによ。 「ちなみに昨日の制裁は兄弟げんかと言うことで示し合わせてあるから心配するな。木の葉の民に余計な不安を抱かせるほど兄者の手腕はぬるくない。」 はあ、さようですか。
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