『泣いているのか?』

あの時、笑って違うと答えていれば何かが変わったのだろうか。
少なくとも、俺がここまで長く生きることはなかったろう。
あいつが、あんな顔で死ぬなと言うものだから。

 

―― 綺羅星心中 ――

 

ここ最近、急成長を遂げた火の国は軍事力確保のために自国に忍びの里を創立することとなった。その情報を聞いたのはいつだったか、自分には関わりあいのないことだといつものように空を見上げていた。

俺の住む滝隠れの里は四面を滝に囲まれ、自然の防壁となって敵の侵入を防いでくれていた。だが内実は閉鎖的で陰湿な風習が根強く残る古臭い土地なだけだ。
新しいことを取り入れることを良しとせず、昔ながらの方法で生活を続ける、そんな集団の暮らす土地だった。
忍びとしての実力はあまり高くはない。それでも古くから伝わる忍術などには定評があり、任務が来ないわけではない。里は概ね平和に包まれていた。
俺も忍びとして育てられ、里の中でも上位のクラスに位置しているが大国のお膝元にて発展している雲隠れや岩隠れなどの忍びには足元にも及ばないだろう。
最近ではきな臭い噂もあるらしく、近々戦争でも始まるのではないかなんてことも言われているが自分たちには関係のないことだ。

「角都、里長のお呼びだ。」

木の枝で寝転がっているところを知り合いに起こされて俺は起き上がった。今日は非番だったはずだが、緊急招集でもなさそうなのになんだ?
俺はとりあえずすぐ行くと答えて立ち上がった。
まあ、どうせ家族もいない一人身だ。休日だとてどこに行くでもない。
屋敷へと着くと里長のいる座敷へと向かった。そして障子戸の前に被いた。

「入れ。」

まだ年若い、と言っても齢50はとうに過ぎた里長の声がかかり俺は部屋に入った。
里長を上座に初めて見る男が一人、里長の前に座っていた。
俺はとりあえず下座にて頭を下げた。

「ただいま参りました。」

「うむ、顔を上げて話を聞くがよい。」

俺は短く返事をして顔を上げた。なんだか込み入った話のようだけど。

「火の国に新しく里が発足すると言う話は知っているか。」

「はい、噂話程度でしたら。」

「その里長から里作りのため、指導していただきたいと言う要請がきた。」

ははあ、そういうことか。忍びの里を始めて作るにあたって他里から人を集めて情報を収集し役立てたいということか、懸命だな。

「そこでお前にその任を任せることにした。」

は?

「あの、私めでございますか?」

「他に誰がおる。」

いや、いないけど、けど俺って忍術はそれなりに使えても内部の事務だとかシステムだとかにはまるで通じてないんですけど。

「角都はこの里でも有望な忍びの一人です。どうぞなんなりと申しつけられよ。」

いや、申し付けられてもあんまり答えられないと思うんだけど、と俺はちらりと里長を見た。里長は俺を見てにこりと笑った。あー、こりゃとんだ狸爺にしてやられたなこの人も。
この里ははっきり言って他里と馴れ合いをするような所じゃない。おかしいと思ったんだ、指導なんて。内部事情に拙い俺が出向くことで滝隠れのシステムを流出させないつもりだ。こんな遠くまでくんだりでこの人も貧乏くじひいたな。

「角都よ、さっそく明日にでも出発しこのお方と共に向かえ、よいな。

「は、その任、謹んで拝命いたします。」

俺は再び頭を下げた。その間、座敷にいた客人はひと言も話さなかった。ただ、こちらを見て穏やかに笑っていただけだった。使者にこんな若くて優しげな面差しの男なんかよこすから足元見られるんだぜ。俺は心の中で合掌した。

 

翌日、俺は使者と共に里を出発した。
しばらくお互い無言でいたが、里が見えなくなる場所まで来ると使者は小さく息を吐いた。
俺はにっと笑った。

「俺の地元は息詰まるだろ?」

俺の言葉に使者はそんなことはないと慌てて否定した。

「そんな遠慮しなくたっていいよ、古臭くて秘密主義で部外者にとっては居心地が悪いのはずっと前からなんだからさ。」

言うと男は僅かに苦笑した。へえ、こいつ思ったよりも若いんだな。

「でさ、里を出た早々悪いけど、俺里を作る上での内部のシステムとか全くわかんないから。あんた足元見られたんだよ。もっといかつい奴持ってこないとだめだよ、あんたやわすぎ。」

男は俺の言葉を聞いてぷっと吹き出した。なんだよ、こっちは親切で言ってやってんのにさ。

「あー、お前は正直者でいいな。なんとなくは気づいてたからそっちはまあいいんだが。」

「いいのかよ、じゃあ何のために里作りの指導者を要請なんかしてきたんだよ。」

「友好関係を保つためだな。発足して間もない里なんて目を付けられたらすぐに潰されるだろう、まずは基盤を整えられるまで時間稼ぎと言うところか。」

驚いた、そんなことを考えてんのか、火の国の忍び里は。

「結構あんたのところの里長って考えてんだな。でもこんなこと他里の俺に言っていいのかよ。」

「お前だって早々自分の本性をばらしてきたじゃないか、お相子だ。」

そう言ってそいつは愉快そうに笑った。
なんとなく気分が良くなって俺はそいつの前に立った。

「なあ、あんた名前は?俺の名前は知ってんだろ?呼び捨ててもいいぜ。」

「そうか、俺の名は森羅だ。俺のことも呼び捨てにしていいぞ。お前も忍びならば力比べをしたいだろう。里に着いたら手合わせ願いたいものだな。」

「いいぜ、ま、大国の忍びほどじゃないだろうけど俺もそこそこそ強いからな、泣き見るかもしれねぇぜ。」

「それは楽しみだな。」

森羅は本当に楽しそうにそう言って歩き出した。俺もそれに続く。

だが俺は知らなかったのだ、この森羅なる男こそが火の国の忍び里の里長であろうことなどと。

 

 

「ぜってー詐欺だっ!!」

俺は叫んでいた。場所は民家から離れた一軒家、他里の忍びたちは里の中心部から離れた場所、しかも他里の者同士があまりかち合わないようにてんでばらばらの場所で宿泊させられている。その一つ、俺が寝泊りしている家で俺は男を前に喚いていた。

「あんたなんで言わないんだよっ、おかげで俺馬鹿見たじゃねえかよ。」

そう、あの後俺たちがその里に着いた途端、大勢の人に出迎えられ、自分の歓迎にしちゃあなんか様子がおかしいと思っていたら、隣を歩いていた森羅に向かってみんなあれこれ言っていたのだった。
やれ里長が勝手に抜け出して他里に交渉に行くなど言語道断だとか執務がたまっているだとか火の国から使者が来ていて待たせているやらその報告の内容はさながら里長に対するそのもので。
俺は半ば放心した状態で隣の男を見たらば、男はにっかりと笑って里長の初代火影だと言う始末。俺はいっそその場で倒れたいと思ったね。

「だから悪かったと言っているだろう。他里の現状をこの目で見てみたかったのだ。だがなかなか抜け出せなくてな、なにせ里を発足させたばかりなものだから。」

「だから他の人間に頼めばよかったろ?なんで里長直々に来るんだよ、おかげで俺失礼な態度取りまくりじゃねーかよ。」

そう、態度を急に改めろといわれても一度ため口調になってしまった俺は敬語にするのが癪で口調はそのままになってしまっているのだ。まあ、それは2人きりの場合に限りだが。

「それは別にいいのではないか?角都は客人扱いだし、俺はどちらかと言うと接待をせねばならぬ立場だろう。」

俺は脱力して座り込んだ。こいつに何を言っても無駄だ。
とりあえず、内部の指導をできるわけもない俺は客人として里の中を見て回ったりして数日を過ごしていたがそれも飽きてしまった。なにせ発足したばかりだ、みな忙しそうで入り込む余地すらない。
仕方ないので俺は毎日鍛錬に勤しんでいる。休日はいつもそうして時間を潰していたのだ。そして今日、森羅がふらりとやってきたものだから俺はぶち切れしていたというわけだ。これで日ごろの鬱憤も晴らせるというわけだ。

「まあまあ、今日は酒を持ってきたんだ、角都は酒いけるか?」

「まあ、飲めなくはないけどさほど強くねえよ。」

言うと森羅はそうかと頷いて包みから一升瓶とつまみの入った弁当箱をちゃぶ台に広げた。へえ、なかなかうまそうだ。

「これ、どっかで買ってきたのか?」

「ああ、酒は先日火の国からやってきた使者の手土産だ。つまみは俺が作った、うまいぞ。」

自分で言うかよ、と俺は思ったが口にしないでおいた。森羅は酒を盃に注いで俺に手渡してきた。俺はそれを渋々受け取り、森羅は自分の分も注ぐと俺の盃に杯を重ねた。

「木の葉の里へようこそ。」

森羅があんまり嬉しそうに言うので、俺は口を尖らせながらも邪魔するぜ、と呟いてから盃の中身をぐい飲みしたのだった。

 

それからどうしたかと言うとたまに森羅はふらりと現れては酒を共にしたり飯を一緒に食ったりしている。いつも執務を放り投げてくるわけではないようで、ちゃんと仕事を終わらせて一息つけるときにやってくるので大抵少しお疲れ気味だった。
そんなものだから酒を飲んだ夜は高い確率で俺の家で大の字になって眠っていった。ま、与えてもらった家は広すぎるほどだから別に森羅一人くらい寝てようが全く問題はないのだが。
そんな日々が続いたある日、俺はふと思い出した。そうだ、確か里に着いたら手合わせする約束をしていた。里に着いたときの衝撃で今の今まで忘れていたのだ。
次に森羅が訪れた時、俺はさっそくその約束を切り出した。森羅も覚えていたようで、そうだったなあ、と頷いた。

「滝隠れの忍びと戦うのは初めてだからな、お手柔らかな頼むぞ。」

「俺も木の葉の忍びと戦うのは初めてだよ。ま、俺の実力じゃあ森羅には叶わないかもしんねえけど、気ぃ抜いたら地獄見るからな。」

言うと森羅は不適に笑った。

「楽しみだ。」

 

が、実際森羅は強かった。
強かったと言うかもうあれはそんなレベルじゃなかった。俺はこてんぱんにやられたのだった。くっそー、もっともっと修行していつかぎゃふんと言わせてやるっ。
そんなわけで俺は修行に勤しみ、森羅がやってくるたびに勝負に挑み、完敗した。
しかも俺は真剣にやってるのに森羅はどこなくまだ余裕そうなのがさらに癇に障る。
殺す気で行ってんのにまったく歯が立たないのだ、大体なんだよあの木遁って、あんな緻密なチャクラの練り方、一般の忍びには無理だ。って言うか、まあ、里長レベルなら当然と言うべきか。
その日も俺はやはり森羅に負けた。
いつも修行している森の開けた場所にて、その場にしゃがんで立ち上がることもままならず、息が乱れてぜぇぜぇ言ってるのに森羅は息一つ乱れていない。ほんの少し服にほこりが付いたくらいか?
俺はふらふらと立ち上がった。ひざに手をかけてなんとか倒れないようにふんばる。

「角都、大丈夫か?」

森羅が穏やかに笑ってやってきて俺の肩に手を廻してきた。ちぇっ、こういう気遣いがまた嫌味じゃないから文句も言えないんだよな。

「別に、怪我してるわけじゃねえし。くっそー、修行してんのに全然強くなってねえのかよー。」

俺は森羅の腕を跳ね除けるように背を伸ばした。が、元々ふらふらしていたのだからうまくバランスを取ることができずに後ろに体重がいってそのまま体が斜めになってしまった。

「わっ、」

そのまま倒れるか?と思った瞬間、俺は森羅に抱きかかえられていた。腕をしっかりと体に巻きつけられ、森羅の胸がすぐそこにある。
少し、汗の匂いがする。男の汗なんてただ臭いだけのはずなのに、どうしてだか森羅の匂いが酷く心地よく感じた。
なんだよ、これ。俺、どうしちまったんだろ。

「角都?」

森羅の呼びかけに俺ははっとした。思わず掴んでいたのか、森羅の服をぎゅっと握っていたのだ。

「ば、ばーかっ、さっさと離せよなっ。」

自分のことは棚において俺は森羅の服を離すとすっくと立ち上がった。

「今日はこのへんで勘弁してやらあ、また飯でも持って来いってんだ。」

俺はそう言い捨てると自分の家へと走って戻っていった。
なんだよ俺、ほんと今日はちょっとどうかしてるみたいだ。修行しすぎて疲れたのかもしれない、今日は早く寝よう。
俺は家に帰ると飯も食わずにさっさと布団に入った。
そしてその日、俺は久しぶりに夢精と言う失敗をしてしまったのだった。
―――― 凹むぜ。

 

だがそれからと言うもの、俺はどんどんおかしくなっていった。俺はそれほど性欲は強くないと思う。と、言うか普通だと思う。女の子のことをかわいいと思うしふわふわした体は大好物だし。確かに木の葉に来てからはご無沙汰だがそれでも自分で管理できないほど溜まってるはずはない。適度に処理してるはずなんだ。

「なのになーんで俺はこんなのを朝一で洗ってんだかなー?」

俺はパンツをじゃぶじゃぶと洗いながらぶつぶつと呟いていた。しかもだ、最初は夢も見ないでいたのが、最近朧げながら夢を見るようになっていた。しかもいつも決まって出てくるのは森羅だった。
あー、まじ凹むぜ。まさか夢精の相手になっているとは露にも思ってないだろう森羅は最近やって来ない。たぶん仕事が忙しいのだろう、一週間、二週間来ないのはざらだったし、別に気にするようなことでもないのに、何故だかひどく寂しいような気がして。

「ってなんだよ寂しいって、あほか俺はっ。大体俺はあいつの飯と忍術が目的で別にあいつのことなんてどうとも思っちゃいねえのによ。」

俺は再び文句を言いながらパンツを水ですすいだのだった。

 

次にやってきたのは一ヶ月ほど経った頃だった。することと言ったら修行と家事くらいで俺はほとんど暇をもてあましていた。それでも何故だか里の中心部に行くことも憚られて、森羅のいるであろう火影の屋敷になぞ以ての外だった。
あいつは火影、この里の長だ。本来俺が気軽に声をかけていいような人物ではないのだ。

その日は夜半を過ぎての来訪だった。いつもは日中に来るのに珍しいこともあるものだと俺は森羅を迎え入れた。

「久しぶりだな、仕事忙しかったのか?」

森羅の持ってきた重箱を広げながら俺はあたりさわりのないことを口にしていた。久しぶりだったから少し緊張しているのかもしれない。森羅相手に緊張ってのもおかしな気分だが。
森羅は今日に限って口数が少なく、俺は妙な居心地の悪さを感じていた。

「今日はえらく無口じゃねえか、酒でも飲むか?お前がくれたやつまだ残ってんだぜ。」

一人で飲んでも良かったが、どうせなら森羅と共にと思って残しておいた酒だ。

「祝言を挙げることになってな。」

ぽつりと言った森羅の言葉に俺は全ての動きを止めた。
めでたいじゃねえか、相手はどんな女なんだよ、いつから付き合ってたんだよ水くさい、ひと言言ってくれればお祝いしてやるのによ。
当たり前の言葉が口から出てこない。全てが氷りついたかのようだ。
何も言わない、動こうとしない俺を不審に思ったのか、ちゃぶ台越しに森羅が俺の顔を覗き込む。

「泣いているのか、角都。」

静かに言う森羅の言葉にそんなわけないだろばーか。なんて、笑って否定していつものように憎まれ口を叩きたいのに、わななく唇は言葉を紡げずにいつまで経っても無言のままで。

「角都。」

森羅がちゃぶ台をよかして俺を抱き締めてきた。本当なら男同士でなにやってんだと突き放すべきなのに、その暖かな体温に涙が溢れてきて止まらなかった。
森羅の服を強くつかんで嗚咽を噛み砕いた。
嫌だ、嫌だ、俺の方がよっぽど森羅を思っている、理解している、側にいたい。こんなに分かち合っている存在をどうして引き離すのだ。

「俺はお前が心底愛しいよ、角都。」

「ど、して?」

ならば何故嫁を娶るのだ。どうして壁を作るのだ。

「俺は里のために全てを投げ打ち、身を投じてきた。今回の祝言もその一環に過ぎない。有体に言えば政略結婚だ。娶る女はさる大国の大名の娘でな、双方の利害は著しく一致しているのだ。そこに付け込まない手はない。」

そうだ、森羅はなによりも里長としての責任が重くのしかかる。俺にとやかく言う資格はない。ついさっき気づいたこの恋心も、なにもかもを失くしてしまわねばならないのだろうか。

「けれど角都、嫁を娶ろうと里長であろうとお前を愛しく思う気持ちに偽りはない。」

その言葉を嬉しいと感じてしまう俺を、人は浅はかで愚かと罵るだろうか。それでも俺は歓喜に震える胸の内を偽ることができなくて。
俺は修羅となって果ててもいいから、だからこの破滅に向かうしか道の無い恋をどうか、どうか少しの間だけでも歩かせてほしい。
俺は自分から森羅に口付けをした。
全ての人に糾弾されようとも、この男だけは譲れない。

 

そしてその日初めて俺は森羅に体を開いた。望むことも望まれることもなんでもしたい、この男が欲しくて欲しくて羞恥に赤く染まりながらも着物の裾を手繰り寄せて自ら足を開いて見せた。
それほどまでになりふり構っていられなかった。ただただこの男を感じたくて。
森羅は俺の気持ちを知ってか知らずか、その温かく大きな手で、胸で、全てで抱き締めてきた。けれど熱が上がるほどに森羅は求めてくれて、何度も何度も俺は求められて朝を迎えた。
裸で布団に包まりながら、俺は森羅の寝顔を見ていた。
森羅の苦悩は、理解しているつもりだ。森羅は祝言を挙げるだろう、そして子を成し里を育み人々を安寧へと導く。
俺は森羅の邪魔なんかしない、だからこの気持ちも口になぞしない。
分かっているよ、お前はなによりも里長としての己なのだと自負していることを。お前の力になりこそすれ、妨害などしようものか。
ただ、お前の愛しいといってくれた気持ちと、そして愛してくれたこの体を大切に思うだけ。
ああ、本当に森羅、お前のことをこの世界で一番愛しているのはこの俺だ。
ちっぽけな存在の俺の、一人よがりの告白をどうか許してほしい。

 

それから、森羅は無事祝言を挙げた。
良き夫となった森羅はやがて子を成し、良き父となった。
俺は滝隠れの里からの帰還命令のないのをいい事に木の葉の里に居座り続けた。おそらく滝隠れの里は体のいい監視役として俺を木の葉に残留させているのだと思っているに違いない。
実際は里長の愛人になっているなどとは思いもよらないだろうが。
今日も俺は里の中心地から程遠い俺の家で、森羅を受け入れていた。
揺さぶられて気の遠くなるような快楽と幸福感に浸ってあられもなく喘ぎ声を上げる。
昼間っから盛って、まるで発情期の獣だ。けれどあの苦味の残る告白をした後からずっと俺たちはこんな調子だった。
好きな時に好きに体を繋げて欲した。背徳なんてくそ食らえだ、人を愛してんのになにを躊躇する。
表向き、俺たちと言えば気の合った友人で、時たま息抜きに会う程度の関係という風に見せていた。
実際、他里から集められた指導役のそのほとんどは帰郷し、残っているのは俺だけであり、それだけ俺は木の葉を気に入り、里長の信頼が厚い人物だと思われているようだ。

一際深く突き上げられて森羅が吐精した。尻たぶをつかまれて最後の一滴まで俺の中で搾り取らせてから己を引き抜く。
ぶるりと震えて俺は布団の上に転がった。息が荒い、皮膚が敏感になって布団に触れただけで体をくねらせてしまう。それを少々気恥ずかしく感じて俺はいつものように憎まれ口を叩く。

「ちくしょう、俺はもっと淡白だったはずなのに、ここ数年で淫乱になっちまったじゃねえか。」

言えば森羅は面映ゆそうに笑う。

「それはそれは、俺のおかげだな。」

そうだ、お前のせいだ。お前が求めるから、俺が欲しがるから、その成れの果てだ。今更の話だ。だがたまには嫌味の一つくらい言いたくもなるっての。今では陰間でも通用するぞってな位からだの都合がよろしくなったと自負できる。いや、自慢にはまったくならないが。
森羅は終わったばかりだというのに着替え始めた。いつもなら小一時間くらいゆっくりしていくはずなのに珍しい。

「急ぎの用事か?」

「ああ、実はやってる最中に式が来て知らせていったのだ。まあ、それほどの急用と言うわけではないだろうが念のためにな。次に来るときはもう少しゆっくりしていくことにしよう。」

森羅はすっかり準備を整えると俺の頭を優しく撫でた。俺はしょうがねえな、と口を尖らせながらも行ってこい、と力強く森羅を送り出した。
布団の上は乱れたままだ。片付けないとな、あと風呂にも入って、その前に水でも飲むかと俺は一枚着を羽織って台所へと向かった。
かめの中の水を柄杓にすくって口に含んだ。その時、戸を叩く音がして俺はぎょっとした。
俺だとて忍びのはしくれだ。今でも修行は怠っていない。それなのに気配すら読めなかった。風のせいとは思えなかった。確かに戸は何者かに叩かれたのだ。
俺は恐る恐る戸の前に立った。

「あの、どちら様ですか。」

言えば都の向こうの人はため息を吐いたようだった。

「こちらに火影が来ていたと思うが、どうやらもう発ったらしいな。」

なるほど、火影がなかなか来ないからわざわざ向かえに来たのにすれ違ってしまったというわけか。

「火影様なら一足先に向かわれたようです。今からでも遅くはないと思いますから追いかけられると良いでしょう。」

俺はそれだけ言うと戸から離れようとした。

「折角なので上がらせてもらおう。」

男はいきなり戸口を強引に開けて入ってきた。あまりのことに目を見開いたが俺も忍びのはしくれ、着物をしっかりと着こんで取りあえず体制を整えた。

「家主の許可も得ないで随分と勝手をされますね。木の葉の里長が嘆きますよ。」

嫌味を言えば男は面白くなさそうに腕を組んで俺をじろりと睨みつけた。
随分と背の高い男だ、森羅よりも若干小さいくらいか?白い髪に鎧を纏っている。手馴れであることは間違いないだろう。ここは早くお帰りいただくに限る。

「こんな家、面白くもなんともないでしょう。こちらは少々体調を崩していますのでね、おもてなしなぞできませんよ。」

暗に帰れと言っているのに男はじっと俺を見下ろしたまま動かない。なんだよこの威圧感は、と俺はにらみ返した。
ややあって、男はぽつりと呟いた。

「あいつ、趣味悪くなったな。」

俺はかっとしたが耐えた。

「なんのことを仰っているのかよく分からないのですが。」

「身に覚えはあるだろう。あいつと昼間からずっと淫行に耽っていたろうに。」

俺は頭が真っ白になった。誰にも悟られてはいけないはずなのにどうしてこいつは知っているのだ。

「失礼ですが何か証拠でもあるんですか。あまりに戯れが過ぎますと私も容赦しませんよ。」

「証拠、証拠ならまだ残っているだろう。」

男はいきなり俺に覆いかぶさってきた。咄嗟に受身を取ったが背中からもろ板の間に肩をぶつけて呻いた。ちくしょう、なんだってこんな目に、と思っている猶予も与えられず男は俺の着物の間に手を突っ込み、足の間に手を這わせてきた。
俺はあまりのことに激しく暴れた。

「てめっ、なにしやがるっ、離せっ、離せよこの野郎っ。」

だが相手は俺よりも強く、まったく歯が立たない。足をばたつかせてもすぐに押さえ込まれて身動きを封じられた。

「離せっ、離せよ、ちくしょう、ちくしょうっ、」

さっきまで森羅と繋がっていた場所に男の指が入ってくる。気持ち悪くて吐きそうだ。助けてくれる者なぞいない、俺はこのままこの男に嬲られるのか。
身を強張らせてひたすら男の行動に耐えていれば、意外にも男は少し俺の中をかき回しただけで離れていった。拘束を解かれた俺は後ずさって男から距離をとった。
男は指についたものをすり合わせて俺の前に突き出した。

「これが証拠だ。体調の悪い者が体の中にこんなものを入れるはずがないだろう。それに先ほどまでここにあいつが来ていたんだろう。一目瞭然ではないか。」

俺はそいつを睨みつけた。こうなってしまっては命を懸けてこいつを葬り去るだけだ。俺が死んだとしてもそれはそれで仕方がない。俺は隠し持っていた武器を手にした。

「ほう、立ち向かうか、意気込みはいいが相手は選んだほうがいいだろう。それに話は最後まで聞くものだ。何を勘違いしているのか知らないが俺は忠告しに来ただけだ。」

忠告、だと?つまりこいつは以前より俺と森羅のことを知っていたというのか?

「誰から聞いた。」

「そんなことはどうでもいい。悪いことは言わん、身を引け。」

俺は眉間に皺を寄せた。そんなこと、そんな当然の意見なぞとうに考えつくした。それでも止められないからこうして逢瀬を繰り返しているというのに。

「断る。」

「あの男はこの里を創立しこれからを担っていくよう定められた男だ。そこにお前のいる場所はない。馬鹿でないならば分かるだろう、あの男は天性の火影なのだ。」

知っているさそんなこと、初めて会ったときからあいつはそうだった。そんなこと百も承知だ。

「先日誕生した一子のためにも人に言えぬ後ろ暗い関係なぞ清算しろ。それが一番の方法だ。」

そんなこと、言われずとも分かっている。

「うるさい、うるさいんだよっ。ほっとけよ、かまうなよあっちいけよ。ここから出ていけよ。」

俺は俯いて力なく罵倒した。相手になんら効果がないであろう弱弱しい声しか出せず、俺はうな垂れる。

「よく考えろ、お互いのために何が一番の良策かをな。」

男はそれだけ言うと立ち去っていった。
俺はその場にうずくまったまま悔しくて歯軋りした。ちくしょう、ちくしょう、全部してやられた。森羅以外に触れられたことのない場所に無理やり指を突っ込まれてさんざん見せ付けられて、精神的にも痛い所をぐりぐりと突かれた。

「ちくしょう、ちくしょう、」

俺はその場でずっとひざを抱えて座っていた。日がとっぷりと暮れてもその場所から動けずにいた。
だがやがて俺は立ち上がると風呂場へと向かった。そして冷たい水を頭からかぶった。泣くな、こんなことで泣くわけにはいかない。分かっていたことだ、誰からも祝福などされる行為ではないと言うことは。
だから泣くなどと感傷に浸るようなことをしてはいけないのだ。

「あーあ、まったく俺って奴はほんと毒されてんよなあ。」

冷たい雫を滴らせながら俺は風呂場から出た。縁側に出て夜風にあたった。今夜は新月か、月も出ておらず星の瞬きだけが目に写る。
いっそのことこの身が果ててしまえば楽になるだろうに。

「角都っ、」

唐突に呼ばれて俺は振り返った。縁側の庭先に息を切らせた森羅が立っていた。なんでここにいるんだ、仕事があるんじゃなかったのか?俺は呆けた顔で森羅を見つめた。

「なにやってんだ森羅、仕事はどうしたよ。」

笑って言えば森羅は俺をいきなり抱き締めてきた。

「なにやってんだよばーか。俺風呂上りだから冷たいぞ。」

森羅の頭をばしばし叩いてやれば、森羅の腕はなおさら強く抱き締めてきた。
さっきの男に何か言われたのかな、関係を断ち切れとか脅されたのかもな。里長を脅すなんてあいつも肝の据わった男だ。いや、肝が据わっているというよりは冷静だったと言うか。

「今日、不快な思いをしただろう。あいつには制裁を加えておいたからそれで許してほしい。」

制裁って、里長が民に暴力ふるっていいのかよ、信用がた落ちだぞ。

「森羅、俺のためにそんなことすんなよ。里長だろ?民に暴力をふるって解決させても意味無いだろうが。」

「今回に限って言えばその道理は例外として処理させてもらった。大体お前のためではない、俺のためだ。俺が腹立たしかったから殴りつけたまでだ。殺してはいないから安心しておけ。」

安心と言われても、つまり半殺しなんじゃないかそれは。

「らしくねえな、いつもの温和で思慮深いお前はどこに行ったんだ?」

「俺だって人間だ。愛する者のために怒ることもせずにへらへら笑うだけの腰抜けと勘違いするな。」

ああ言えばこう言う。今日の森羅はまったくらしくない。けれど俺は先ほどまでの暗い考えがすっかり落としてしまった。俺はほんとお手軽でいい。

「ま、今回に限って言えば犬に咬まれたとでも思うことにするからよ、ちゃんとあいつと仲直りしろよ?愛人の件で揉めて険悪になったってしょうがねえだろ。見た感じお前にとって右腕的な存在だろ?大切にしとけ。」

にっと笑って言ってやると森羅は苦笑してそうだな、と腕の拘束を緩めた。
そして森羅の腕に優しく包まれたまま、俺たちは縁側で星空を見上げた。

「お前とこうして夜空を見るのは初めてかもしれねえな。『誰かさん』は風流なんか楽しむ前に本能に従って行動するからよ。」

「それはそれは惜しいことをしていたな。だが『誰かさん』があまりにも愛おしいものだから風流なぞ眼中になくなってしまうことを忘れてもらっては困るな。」

俺はぷっと笑った。そして森羅の額に自分の額を付き合わせた。至近距離で森羅の目と合う。

「しょうがねえな、その『誰かさん』たちはよ。」

「ああ、仕様の無いやつらだ。だが嫌いではないな、お前はどうだ。」

「俺も、嫌いじゃない。」

どちらからともなく、俺たちは唇を合わせた。

 

翌朝、森羅は朝早く出かけていった。聞けば仕事をほっぽってやってきたらしい。よっぽど腹に据えかねたんだな。それも俺のことで。だめだだめだと思いながらもちょっと嬉しく思ってしまう自分が恥ずかしい。
一人で飯を食って今日こそは洗濯するかと立ち上がったところで戸を叩く音がした。
昨日の今日でまさかな〜、と思って戸を開ければそこには昨日の男が案の定立っていた。
少々身構えた俺だったが、男の姿をよくよく見て少しばかり緊張を解いた。
男は満身創痍とまではいかないにしろぼろぼろだったのだ。顔の腫れなぞ特に酷い。こりゃあ頬骨の骨折もしてんじゃねえのか。

「あんた、大丈夫か?」

昨日の一件ですっかり敬語という言葉をこの男に対して使うことを躊躇わなくなった俺は心配になって聞いてみた。

「まあ、死ぬかもしれないとは思ったがな。」

やっぱり半殺しにしたんじゃねえか森羅のやつ。

「死ななくてなによりだったな。」

「まあな。」

沈黙が降りて俺は頭をぽりぽりと掻いた。

「それで今日の用事はなんだ?また身を引けって話だったら聞かねえぞ。こちとらそんなことは百も承知なんだ。」

言えば男は小さくため息を付くと腕を組んだ。

「その件はまあ、俺の範疇を超えたからもういい。今日やってきたのはお前に謝罪するためだ。」

「森羅に言われて、か?」

「一応は自己判断によるものだ。男とは言え誰かの情人に失礼を働いたのは否めん。」

確かに人の中に指突っ込んでこれが証拠だとか抜かすような奴は人非人だろう。それを理解しただけこいつは賢いということか。

「ま、許してやるよ。俺はねちねちいつまでも根に持つタイプじゃねえからよ。」

あっけらかんと笑って言えば男はどことなく気の抜けた表情でまた小さくため息を付いた。「兄者がお前を好ましく思う気持ちがなんとなく理解できたな。」

「そんなの理解されてもなあ、俺に惚れるなよ?」

からからと笑っていた俺だったが、やがて笑いは止まった。

「ちょっと待て、お前、兄って言ったか?」

「なんだ、知らなかったのか。俺は森羅の弟だ。万が一のことがあった場合にとお前のことを聞いて知っているのだ。あいつに聞かなかったのか?今回の一件で話したものだとばかり思っていたが。」

「そんなのひと言だって聞いてねえよっ。」

「まあ、身内に愛人を紹介するのは気恥ずかしいと思ったのかもな。あいつはまじめを地で行ってる奴だから変なところで融通が利かんのだ。」

融通云々の問題か?門外不出で内密の関係なんだから誰かに関係を話すなら俺にも言えばいいのによ。
俺は深く深くため息を付いた。

「ちなみに昨日の制裁は兄弟げんかと言うことで示し合わせてあるから心配するな。木の葉の民に余計な不安を抱かせるほど兄者の手腕はぬるくない。」

はあ、さようですか。
それから、侘びにきたのだから何か手伝おうと嬉しくない申し出を受け、仕方なく情事の色濃く残った寝具の洗濯を申し付けた俺はこの弟とやらが実は結構いい奴なんだなと認識を改めたのだった。
ちなみに弟は水遁使いだったので洗濯が割りと得意のようだったのが救いだ。