「あっれ〜?」

俺の声に目の前にいた女はびくりとした。
黒い艶やかな髪を一つにまとめ、ゆったりとしたあでやかな着物を羽織ったその人はものすごい美人と言うわけではなかったが、それでも何故か惹かれるものを持っていた。
ここは戦場、詳しく言うとキャンプ地。場違いな程の派手派手しいその出で立ちを上から下までじっくりと見て、そしてにこりと微笑んで言った。

「イルカ先生ですよね?」

女ははぁ、と深く深くため息をついた。

「ご名答です、カカシさん。」

女、いや、イルカ先生は引きつった笑みを浮かべた。
うーん、と俺は唸ってぽりぽりと頭を掻いた。
その着物から覗く胸、大きさといい形といい、俺のヒットである。が、この着物姿のままで元の姿に戻ったらすごいことになりそうだな、なんてちょっと笑いそうになった。

「えーと、そういう趣味だったんですか?」

「ちっ、違いますよっ!俺はくの一の代わりに来たんです。カカシさんはこのキャンプ地の責任者だと聞いてますからご存じでしょう?俺は慰問の依頼でここにいるんです。」

憮然とした表情に俺はくすりと笑った。はい、実は知ってました。けどくの一の代わりに変化して慰問とは、そんなに人手不足なのか...。まあ、このキャンプ地での俺たちの任務延長もその人手不足の一端を担っているんだろうけど。
現在あたっている任務は、とある国の軍の後方支援と、その指揮官の護衛というものだったが、戦況が芳しくないのだ。
おかげでここずっと2ヶ月ほどは動きらしい動きをしていない。忍びである俺たちの堪え忍ぶ精神は問題なくとも、さすがに緊張した雰囲気をずっと持続しているキャンプ地での兵たちの士気はどんどん下がる一方だった。と、言うわけで指揮官みずから木の葉に士気をあげるための慰問の依頼を追加したのだ。儲かるのはいいが、木の葉崩しでまだまだ復興も完全とは言えない状況でのくの一の派遣は難しい。慰問を追加依頼した指揮官には悪いがたぶん来るのは中忍に上がったばかりの下忍気分の抜けないくの一かな、なんて護衛任務に就いている暗部仲間と軽口叩いていたわけだが、よもや男の中忍が変化してやってくるとは思ってなかったよさすがにね。

「いやいや、お疲れ様です。どんなくの一が来るのかは来てからのお楽しみと言われていたので少しからかってみたくなっただけです。しかしイルカ先生がいらっしゃると言うことはまだアカデミーの復興はされてないと言うことですか。」

聞くとイルカ先生はそうなんです、と少し表情を暗くした。

「アカデミーが再開するまでは教師たちも通常任務を担っていますからね。しかし今回の依頼はさすがに5代目も苦渋の決断だったみたいです。まあ、くの一限定と言われているわけではないですから任務内容を裏切っているわけじゃないです。体裁は悪いですが...。」

困ったように笑うイルカ先生に釣られて俺もははは、と乾いた笑いを浮かべて言った。

「ま、俺の方でも何かあったらちゃんとフォローしますから。」

イルカ先生はそれを聞くとやっと少し明るい笑みをこぼした。

「飲み仲間のよしみでお願いします。他にも数名来ていますがみな少し幼いので俺が音頭を取らなければなりませんから。」

ありゃりゃ、そいつはまた苦労しそうだ。

「分かりました。飲み仲間のよしみですからね。」

「ほんと頼みます。実は俺以外はみんな下忍なんです。」

その言葉に俺はちょっとひるんだ。慰問と言っても別に接待をするわけではないが、それでも舞踊、曲芸など、ちゃんとしたものを見せなければならない。男とは言え、任務経験の豊富な中忍のイルカ先生はまだ良くとも、その他が下忍だけとなるとかなり厳しい状況になることは必死だ。

「大丈夫なんですか?」

少々不安な気持ちで聞いたが、イルカ先生は大丈夫ですよ、と朗らかに笑った。

「いざとなったら幻術を使いますから!」

イルカ先生はぐっと親指を立てた。

あこぎな商売するつもりだ、この人。
ま、生半可なものを見せるよりは幻術でいいものを見たように錯覚させた方が効率がいいのかもしれない。

「ところでここではイルカと呼ばないでもらえますか?」

イルカ先生の言うことに俺は頷いた。いくら依頼時にくの一限定と言われていないからと言って、男がくの一の代わりに変化して慰問に来ました、なんてことがおおやけになるのは依頼者側にも、そして同僚側にもあまり知られたくないのは当然だ。

「気付かれないように自分の名前から離れたものを持ってくるのが通常ですが、そこまですることもないでしょうから、俺のことは『ルイカ』とでも呼んで下さい。」

イルカ先生はそう言ってにっと笑った。笑顔の明るい、人好きのする女性に見える。

うーん、やっぱり好みだなあ。

「やー、ルイカさんはほんと俺の好みですよ。」

「へー、カカシ先生はこういう感じがお好みですか。」

「ええ、特にこの胸の大きさがなんともジャストですね。」

俺は遠慮なしにイルカ先生の胸を鷲掴みにした。イルカ先生は少々驚きはしたのもも、されるがままになっている。こういう所、イルカ先生は物に動じないと言うか、男らしいと言うか。

「ちょっとカカシ先生、中身を知っているからってセクハラですよ?」

「いいじゃないですか、減るもんじゃあるまいし。元は男なんですから少しくらい触らせてくれたっていいでしょ?」

俺はむにむにと胸を掴んでやっぱりいい形だ〜、と褒めた。

「褒めてくださってもまったく嬉しくないんですけど。」

俺は少々やりすぎたかな、と反省して手を退かした。

「ま、慰問と言っても2.3日と聞いてますから気負わずにね。幻術、香だとか何か仕掛けが必要だったら言って下さい。準備しますんで。」

「よろしくお願いします。俺は到着した奴らと打ち会わせしてきますからこれで失礼します。詳しいことはまた追ってお知らせします。」

「はい、了解しました。」

イルカ先生は一礼すると宿舎の方へと踵を返した。俺はその姿を合掌して見送った。なむさんです。
彼とは飲み仲間、と言っても本当に飲んだのは数える位だが、それでも他の忍びよりは顔も名前も知っているが、友人と言えるほど親しいわけではない。そんな間柄だった。
中忍はBやC、はてはDランクの任務ですら引き受けなければならないと言うから、下手な上忍よりも任務をこなしている奴は多いんじゃないだろうか。
まあ、慰問と言っても兵たちの前で舞、歌などを披露するだけだろうからすぐに帰れるだろう。
これもお仕事です、イルカ先生がんばってね〜、と俺は軽く考えて自分の宿営地へと戻っていったのだった。