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数日後、俺はこの軍の指揮官であるモリジに呼ばれた。この男は依頼国の王の3番目の娘、つまり姫君の婿である。姫君はこの男に嫁いだので、こいつは実質王族になったわけではないが、それでも今の地位を得たのは十中八九姫と結婚した恩恵だろう。実力でのし上がってきたわけではないがそれでも位は高いと言う、ぶっちゃけ能なしの指揮官だった。 「は?今、なんておっしゃいました?」 聞き間違いであってほしいとは願ったものの、次の言葉に俺は撃沈させられたのだった。 「だから、慰問に来ていたくの一に一目惚れしたのだ。髪を一本にくくった黒髪の女だ。」 っつーかありえないんでやめて下さいよ、黒髪で一本にくくったくの一って言ったらイルカ先生しかいなかったんですけどもうまじですか? 「あー、モリジ様、実はですね、あのくの一の中身は男です。」 どうせいつかばれるんだし、ここはさっさと告白した方がよかろうと俺は現実を突きつけた。 「ずっとくの一のままでおれば良いだろう。俺はあのくの一が気に入ったのだ。」 「あの、しかし国には奥方と確か幼い若君がいらっしゃったとお聞きしているんですが。」 「そこはほら、内密にすれば良いだろう。ここにあいつらはいないわけだし。表向きは俺の護衛の追加ということにしてしまえば周りも納得するだろう?」 納得するかっ!!が、俺がどれだけ説明してもあのくの一に会わせろ、会わないことには話しは進まないとこんな所だけ頑固なモリジに疲弊して、俺はとうとうイルカ先生を呼ぶことにした。 「あの、どういったご用件でしょうか?」 イルカ先生は俺に向かって直球に聞いてきた。 「先日のくの一はお前なのか?」 モリジが胡散臭そうな目つきでイルカ先生を見ている。いやだから元は男だって言ったのに聞かないからこの人は...。 「あの、慰問をさせていたただいた時は確かにくの一に変化しておりましたがそれが...?」 「ではくの一姿になれ。」 モリジの命令にイルカ先生は小首を傾げつつも変化した。 「まさしく昨晩の女だな、お前、俺の情人になれ。」 「え?あの、情人と申されましても私は男でして。」 モリジの掴んでくる手をなんとか丁寧に引き離そうとしつつ、イルカ先生は説明するが、モリジは手を離さない。見ているこちらが痛々しい。 「今は女ではないか。金は出す、いいだろう?」 「今は女でも中身は男なんですよ?それに確か国には奥方とご子息がいらっしゃるとお聞きしています。ここは早く戦に勝利されて国にお戻りになった方が良いかと思われます。」 引きつり笑いを浮かべながらも受付で担った接客対応術で言葉を返すがモリジは引き下がらない。 「金は払うと言っているじゃないか、ずっと女のままでいることもできるのだろう?」 「忍びにも限界があります。ずっと女の姿のままでいることは無理です。」 イルカ先生が泣きそうになりながら俺を見ている。うう、ごめんよイルカ先生、だって会わせろってうるさかったから。が、確かにこのままではらちがあかない。 「モリジ様、大変申し訳ありませんが慰問任務は終了しましたので彼らには里に帰還してもらいます。もしも追加で護衛任務を要請されるのでしたら里に依頼をして下さい。緊急時でない場合の任務依頼は里を通してもらわないと認可できないシステムとなっておりますから。もしもこれに従っていただけない場合は国の方へ通達しますよ。」 暗に脅しを込めて言えば、やっとモリジはイルカ先生の手を離した。支払いはモリジではなく国からとなっているから依頼をする場合は本来国を通さねばならないのだ。今回のように、兵士たちの士気をあげるための慰問の任務だとかの細かな依頼は国を通さなくても良いようだが、本来は国からの認可が下りないと任務を依頼することはできないわけだから、モリジも引き下がらねばならないのだ。 「では失礼します。」 俺とイルカ先生はモリジのテントから出た。そして同時にため息を吐いた。 「一体全体どうなってるんですか。」 イルカ先生は変化を解いて疲れた表情で俺を見た。 「一目惚れしたそうです。」 言うとイルカ先生は目を見開いた。うん、俺だって驚いたもんよ。 「くの一姿の俺にですか?」 俺は頷いて答えた。 「中身は男の俺だって言いましたよね、俺。」 また頷く俺。 「妻子もあるっていうのに、しかもここは戦場じゃないか、何を考えてるんだあの指揮官は。」 イルカ先生はしゃがみ込んで頭を抱えた。 「ま、まあ、でもちゃんと里に帰れることになりましたし、護衛任務を付けるって任務がきても火影様に言えばちゃんとよしなに取りはからってくださると思いますよ。」 イルカ先生はよろよろと立ち上がるとそうですよね、と弱々しく笑った。くの一に変化して慰問しに来て一目惚れされちゃあ、誰だってげんなりするよなあ、うん、ほんとお疲れ様だよ。 「今度一杯おごりますから。」 「はは、ありがとうございます。」 俺たちは乾いた笑みを浮かべつつ、お互いまた無言で宿営地のあるキャンプ場へと戻ったのだった。
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