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「カカシさん、しばらく厄介になります...。」 「ええ、はい、ほんとお疲れ様です。」 俺はやや憔悴して見える顔色の、目の前のくの一に飲み物の入ったカップを手渡した。 「慰問時の依頼料の10倍出すそうです。」 「うわあ、破格ですねぇ。すごいじゃないですか。上忍を雇う以上の価格ですよそれ。」 「...ありがとうございます。」 暗くなるテント内。 「それでも実質俺はモリジ様の護衛任務となっています。」 「あ、そうなんですか、なら良かったじゃないですか。俺はてっきり夜な夜なモリジ様のテントに呼ばれるものかと、おっ、うっ、」 イルカ先生から発せられる殺気に俺はおののいておかわりの飲み物を足しに座っていたベッドから離れた。 「えーと、このキャンプ地に滞在中はずっとくの一姿なんですか?」 「ええ、そうしろとの指示ですから...。それで特別料としてあの額なんです。綱手様から変化の維持を長く保つための薬までいただきました。」 イルカ先生は意気消沈と言わんばかりに虚ろな目をしている。まあ、そりゃあ嫌だろう。 「ちなみに俺のことをイルカとは絶対に呼ばないで下さい。」 そうだよな、これからずっとモリジに尽きっきりなんだもんな...。他の忍びたちにイルカ先生の変化した姿だとばれるの、嫌だろうなあ...。そのくらいは協力しないと。 「分かりました。まあ、一種の熱病みたいなもんですよ、しばしの辛抱です。ストレス、溜まると思うんで俺がいる時はいつでもテントに来て愚痴っていいですから。」 俺はぽんぽんとルイカの肩を叩いた。 が、そんな俺の慰めの言葉を嘲笑うかのように翌日からの悪夢は始まったのだった。 「あんな奴アカデミーにもいやしませんよなんですか『あ〜ん、ってしてくれないと俺は食べない。』ってあんたは誰だここの指揮官だろうがこのぼけがっ!!」 まあ、結界のおかげで声は外に漏れないけどね。イルカ先生、かなりきてるねこりゃあ。しかし今更ながらあぐらをかいてさきいかを食いながらカップ酒をぐいっと飲み干したイルカ先生はどう見ても立派な成人男子だった。 「それに聞いて下さいよっ、あいつ手紙もじゃんじゃん送ってくるんですよ?もう勘弁してほしいですよ最悪ですっ。」 イルカ先生はそう言って懐から何通もの手紙を取りだして辺りにばらまいた。 あいつ、そんなことしてたんだ...。手紙を送るくらいなら本人にちゃんと口で伝えればいいのになかなかシャイな人だったんだなあ。 「うわ、なんじゃこりゃあ...。」 内容はイチャパラ顔負けの淫猥な内容のルイカへの慕情を綴ったちょっと、って言うかかなり変質的な内容の手紙だった。これは確かに本人目の前には言えないだろうなあ、言ったらもうそこで人生終わりって感じだね。もしもこれを実行しようとか思ったら、イルカ先生逃げ出すんじゃないかな...。俺、その時はちゃんと逃げるのを手伝ってあげよう。そう思える位ひどい内容だった。 「正々堂々不倫ってどうなんすかっ!?でも俺が一番許せないのは俺が男だって知ってるくせにくの一姿にさせてる所なんですよっ!!男の姿だったら嫌そうな顔するくせに、俺はねぇ、それがいっちばんむかつきますっ!!」 意外だった。そこに怒りを感じていたのか。 「そうなんだ。俺、てっきりイルカ先生は男に言い寄られて憔悴しているのかと思ってたよ。」 「あー、まあ、俺もさすがに男と付き合ったことはないんですけどね、でも友達で男同士のカップルがいるんすよ。それがまあ仲睦まじくてね、俺は思いましたよ、ああ、性別ってのは別にどうでもいいのかなって。だから同性同士の恋愛ってのは別に俺の中で嫌悪の対象じゃあなかったんすよ。でもっ、でも俺はねぇっ!!」 あー、たった一杯のカップ酒だったのに完全に呑まれてるよイルカ先生。そんなに酒は弱くなかったはずなんだけどなあ。あ、そう言えばずっとくの一の姿を維持し続けるために確か火影から何か薬を処方されてるとか言ってたな。何か副作用でも出て酔いやすくなっちゃったのかな? 「昨日はすみません、カカシさん。」 食器の乗ったトレーを持って俺たちは丸太の椅子に座っていた。 「いえ、でもあれって薬のせいですか?いつもよりできあがるの早かったですよね?」 簡易食物をお湯で溶かしただけの、それでも暖かい食べ物を口に入れながら俺は聞いた。 「ええ、おそらくは。でも大した副作用ではないですし、また付き合ってください。落ち着いていられる場所はもうあそこしかないんですから。」 「元はと言えば俺が無理に飲ませたようなものですから。それに俺にも責任の一端はあるんですからいくらでも付き合いますよ。それよりも体、きつくないですか?」 「大丈夫です。でもカカシさんにも優しい所があったんですね。ベッドに運んでくれるなんて。」 「俺だって鬼じゃないですよ。お疲れの所をテントの地べたに横たわらせるなんて無粋な真似しませんて。」 俺たちは食事をしながら昨晩のことを話していた。ルイカの時のイルカ先生はやや穏やかな口調なのでなんとなくくすぐったい。まあ、やはりいつものイルカ先生のイメージが強いので違和感ばりばりなのだが。 「ルイカ...。」 すぐ傍に聞こえた声に俺とルイカは一瞬びくりとした。二人ともその存在に気が付かなかった。俺たち忍び同士の気配は察知しやすいのだが一般の人々の気配はあまり重要視していないので察知が遅れるのだ。 「モリジ様、おはようございます。」 ルイカがにこやかな笑みを浮かべて挨拶したがモリジの表情は暗い。 「昨晩、一晩中ずっとこの者と一緒だったのか...。」 モリジがちらりと俺を見た、さきほどの会話をばっちりと聞かれていたらしい。 「はい、あの、友達と話しをしていまして、テントからは離れておりましたが。」 何もやましいことはしていないのに何かモリジの目は俺をじっとりと睨み付けているように見える。と、言うか睨んでいるのだろう。頼むから勘違いしないでほしい...。 「俺の朝餉の時にはまた顔を見せるように。」 モリジはそう言って去っていった。 「あれは勘違いしてますね...。」 俺が言うとルイカは頷いた。 「かなり嫉妬深いんです。昨日の手紙の内容を見ておわかりと思いますが、変質的なまでの執着なんです。恋愛云々よりもこれはある意味拷問です。」 ルイカは肩を落として残りの食べ物を口にかきいれた。なかなか豪快な食べ方である。 「悩んでも仕方ないんでもうすっぱり諦めて今日も覚悟して任務遂行してきますよ。」 |