「差し出がましいとは思うんですけど、やはりやめときませんか?」

と俺は目の前のくの一に目を向けた。ルイカである。彼女は戦闘スタイルの出で立ちで、今は髪を結わえている。ちなみにここはルイカのテントである。

「いいんですよ、気晴らしになると思えば。それに、四六時中べったりされているよりは百万倍もましです。」

その言葉に俺は何も言えなくなる。
事の始まりはつい先日。モリジは何を思ったのか、模擬試合をしたいと言い出したのだ。しかも組み合わせはモリジ対ルイカ。一体なんでまたそんなことを?とみなは首を傾げずにはいられない。

この間、慰問があったばかりだと言うのに模擬試合で気を引き締めるとでも言うのだろうか?まったく意図が掴めない。
しかもモリジの腕はルイカよりも下だと言うことは忍びの間では周知の事実だ。が、相手はこの軍の指揮官なのでわざと負けてやらなければならない。
わざと負けてもらって嬉しいのか?それならばいっそのこと軍の中から腕の立つ剣士でも出して正々堂々闘った方がまだ士気が上がると思うんだけどなあ。
今回の試合は真剣で行われる。一歩間違えばひどい怪我をする。模擬試合ならば木刀で十分なのに、そのこともなんとなく解せないものがある。
それに用意された真剣以外の武器を一切持ち込んではならないと言うのもなんとなく気にくわない。忍びはいつ如何なる時でも体にいくつか武器を所持していなければならない。大体において、今は護衛の任務に就いているんだから最低限の暗器だけでも所持するべきなのだ。それをあのモリジと言う男は。

「やっぱり心配です。一つくらい武器を持っていくべきですよ。いくら暗部や俺が周りで観戦すると言っても、一番モリジ様の近くいるのは対戦しているあなたなんですよ?」

「大丈夫ですよ。その時は身を挺して守りますから。」

俺はため息を吐いた。意固地な人だ。ルイカは髪を結い終わると立ち上がってテントの出口へと向かう。俺は結い終わったルイカの髪にそっと一本、髪飾りを差し入れた。

「カカシさん?」

「ま、晴れの舞台ですからね、飾り気の一つもあった方がいいでしょう?」

ルイカは俺の差し入れた髪飾りに手を触れた。ちりん、と鈴が鳴る。

「はあ、ありがとうございます。」

口では礼を述べたがなんとなく嬉しくなさそうなルイカ。まあ、確かに嬉しくないだろうわな。
俺はテント内を見渡した。そこらじゅうにこれでもかと散乱している女物の着物やら小物やらは全てモリジがルイカに送りつけたものだ。ルイカは護衛任務中であることを理由に、それらを身につけたことは一度としてない。

「カカシさんもわざわざこの戦場まで行商人に届けさせたんですか?」

暗にあなたもモリジと変わりないですねと言われたようで少々腹立たしい。

「そんなことするわけないでしょ、手作りですよ。」

実際の所、ただ鈴をつけただけの見栄えにもあまり美しいものではないが、それでも白く輝くので少しは髪飾りらしく見えるだろう。

「わざわざ作ったんですか?カカシさんって器用なんですね。」

ルイカはまたちりん、と鈴を鳴らした。

「上官から頂いたものなんで仕方ないですから付けていくことにします。」

「仕方ないって、ひどいですねえ。ま、極力怪我しないように負けてください。」

「前向きに善処します。」

ルイカはくすりと笑ってそう言うと、今度こそテントから出て行った。俺も少し遅れてテントを出る。
その時、暗部が俺の前に出てきた。ちょっと、真っ昼間なんだからもう少し人目の憚らないように出てきてほしいものだね。今は他に人がいなかったからいいものの。
まあ、いつもの報告だろうけど。

「状況は?」

「着々と進めています。しかし一つ問題が発生しました。」

「なんだ?」

暗部は懐から巻物を取りだした。開いて中身を確認する。その内容に俺は愕然とした。

「よもやこんなことになっていようとはね。」

巻物に押してある印は火影のもの。つまりは火影も認知していると言うことか。厄介なことだ。

「あちらが動くまではこちらも動くな。事はもはや修復不可能だ。ここまできてしまってはな。それまでは予定通り進めておけ。」

暗部は頷くと音もなく行ってしまった。俺は巻物を火遁で燃やすと模擬試合の行われる広場へと向かった。

 

広場ではもう人だかりができ、観戦者が周りを取り囲んでいた。観戦席が設けられているわけではないので俺は見事に見られない状況になってしまった。
まあ、キャンプ地に女がいて、模擬試合に出るともなれば注目もされるか。しかもその女は指揮官の情人ともなれば尚更だ。
俺は近くの林にある木に登って観戦することにした。距離は離れるが見えないことはない。
そしてとうとう試合は始まった。双方、刀を手渡される。そして審判の合図と共に刀を抜いた。

「はあ、やっぱりねえ。」

俺はあまりのそのひねりのなさに却って恥ずかしくなってきた。
そう、ルイカの刀は竹光だったのだ。しかしモリジの刀は真剣である。これはどう見ても仕組まれたものだ。モリジはルイカに切りかかっていくがルイカは竹光で受け止めることもできない。なぜなら竹光だということがばれれば軍の中に不穏分子がいると判断され、折角慰問などで士気がそれなりに上がっていたのに再びしぼんでしまう可能性があったからだ。
元々負ける試合ではあったが、最初から逃げの体勢を取ったままではいくらなんでも模擬試合としての意味がない。それなりに闘わなくては示しがつかないのだ。
証拠に、ここまで逃げを取っているのに審判は止めを入れない。しばらくはこのままで試合は続行と言う意味なのだろう。

「ピンチですねえ、ルイカさん。まあ、俺はやれるだけのことはやりました。あとはあなた次第ですよ。」

俺は慌てることなく試合を見る。モリジの腕はたいしたことがなくとも持っているものは立派な武器。ルイカの顔にも焦りが出はじめる。逃げるだけでは劣勢は明らかだ。
その時、モリジの刀がルイカの髪に少し触れ、結わえていた髪がぱらぱらと落ちた。少し髪も切れてしまったようだ。あーあ、綺麗な黒髪が勿体ない。
だが、髪に手をやったルイカは、はっとした。

「やーっと気付いたか、にぶちんですねえ。」

俺はにやりと笑った。
ルイカが髪にさしてあったかんざしを引き抜いた。そしてモリジの刀を刀で受け止めるように見せかけてかんざしで受け止める。
そう、そうやってルイカは何度となくモリジの刀を受け止め、ぎりぎりでかわすように演技をし、最後に刀を落とされる形を取り、参りました、と頭を垂れた。
審判がここで試合終了の合図をする。
うん、よくできました。
俺は木から下りて沸き立っている群集をすり抜けて広場へと向かう。広場にはルイカが審判と話しをしている。竹光の件を聞いているのだろう。だが審判は本当に何も知らないようで、竹光で闘っていたことにすら驚いているようだった。

「ルイカ、お疲れ様でした。」

俺が来るとルイカはやっと審判から顔を逸らした。

「あー、もういいよ。この件は内密に頼むね。」

俺が声をかけると審判の男はほっとして行ってしまった。俺の言った手前、男を呼び止めるわけにもいかず、ルイカは憮然とした表情で俺を見上げた。

「いいんですか?内々に調査した方がいいと思いますよ。」

ルイカの言葉は尤もだったが、ここは動くわけにはいかないんだよね。

「いいじゃないですか、怪我もなかったことですし。模擬試合、見事でしたよ。」

言えばルイカは口を尖らせて俺を軽く睨み付けた。そして手に持っていたかんざしを差し出した。

「このかんざし、」

光りを受けて白く輝くかんざしは、千本でできていた。

「作ったなんて嘘までついて。」

「嘘はついてませんよ?ちゃんと自分で鈴を付けましたもの。」

にやりとして言えばルイカは困ったように小さく笑った。

「おかげで助かりました。」

「なんのことですか、俺は飲み仲間に嫌がらせをしたまでですよ。」

素知らぬ振りをしてみせたがそんなのもうばればれだろう。

「では今度一杯おごります。」

「ま、楽しみにしてますよ。」

言うと俺はルイカに背を向けた。