「たかだかこれをするためだけにここまで周りに迷惑かけるなんてねえ。」

呟いた言葉に隣にいた暗部のリーダーが小首を傾げた。
俺はそれになんでもないと答えて会議に耳を傾ける。
まったくもって腹立たしい。やるなら一人で勝手にやればよかったものを。軍まで率いて、忍びまで雇って、馬鹿馬鹿しい。
モリジが裏切って敵の元へと走った。
まあ、おかしいとは思ってたんだよね。なかなか軍を動かさないし、戦況はなぜかいつまで経っても平行線だし。
調べてみれば敵との癒着は結構昔からあったらしい。モリジは寝返る機会を持っていたのだろう。そしてとうとうこの戦がやってきた。そしてモリジは遂に決行した。
寝返った理由は分からないが、身辺調査をした限りでは夫婦仲が冷え込んでいたらしいとか、趣味のポエムの単行本化を出版社に断られてえらく立腹していたということくらいしか浮かび上がらなかった。最近ではルイカの件もあるが、寝返る兆候が見られたのはルイカに出会う前からだ。
俺は雇った国の許可を得て、軍の指揮を執り、暗部たちの手によって進められていた戦況の打開策を携えて一気に攻め込む事にした。
勝利する確率はかなり大きい。モリジを抱え込んで優位に立ったつもりだろうが、そんなことは端から承知しているのだ。残念だったね。
俺は忍びたちと軍のそれぞれの責任者たちとのミーティングを終えて自分のテントへと向かった。
テントの前に一人の女が立っていた。ルイカだ。彼女にはもう護衛する人物もいないことだしと帰還命令を出していた。だが、一向に帰る素振りも見せない。

「こんばんは、立ち話もなんですから中へどうぞ?」

言えばルイカは俺のテントの中に入った。俺も後に続く。

「残念ながら今は酒を飲むわけにもいかないんで普通の飲み物で我慢してください。」

俺は備え付けのポットからお茶を煎れて渡した。
ルイカは素直に受け取ってベッドに座った。俺は椅子に座り、お互いしばらく無言でいる。だが、最初に口火を切ったのはやはりルイカだった。

「戦場に、一緒に連れて行ってはもらえませんか。」

言うと思った。俺は深くため息を吐いた。

「連れて行くことはできません。あなたの任務は終了したんです。里へ戻りなさい。あなたにはあなたにしかできないことが他にもあるでしょう。」

優しく言った。今回の件でルイカにはかなり辛い思いをさせてしまったことだろう。それでも情報を伝えられないのが上官としての義務だ。辛いことだが仕方のないことだ。

「そういうわけには、いかないんです。どうしても、行かなくては。」

「行ってどうするんですか?モリジに会うつもりですか?」

ルイカは無言でカップを握りしめる。ビンゴか?しかし分からない、どうしてルイカの姿のままでいるのか。ルイカの姿を強要していた人物はもうこのキャンプ地にはいないと言うのに。

「理由を教えてはもらえませんか?俺だって鬼じゃないです。何かしらの理由があり、それが俺の一存で許可できる範囲内の内容ならば、考えないでもないですよ。」

俺はルイカの隣に座った。ぎしりとベッドのスプリングがきしむ。
ルイカはしばらく悩んでいたが、懐から一通の手紙を取りだして俺に渡した。
俺は受け取って中身を読んだ。そして読み終えると丁寧に畳んでルイカに渡した。
くだらない、こんなもののために戦場へ赴くと言うのか。だが、そのためにルイカの変化を解くこともせず、キャンプ地に留まっている者がここにいる。その決意は頑なだろう。その性格を知っている故に諦めさせるのは困難だと言うことも分かっている。

「分かりました、許可します。その代わり条件があります。俺の傍を離れないことと、ルイカの変化を解き、イルカの姿になること。この2つです。」

ルイカは息を呑んだ。だが、ここで俺の提示した条件を飲まなければ戦場へと行けない。それがよく分かっているのだろう、ルイカは解、と小さく呟いてイルカ先生の姿に戻った。思えばこの姿を見るのは久しぶりだったなと思い返す。最近は忙しかったからな。

「ではイルカ先生、出陣は明後日ですから、それまでに体調やその他準備を整えて待機してください。追って沙汰は知らせます。」

言うとイルカ先生は立ち上がって俺に一礼するとテントから出て行った。
俺はその後ろ姿を苦々しい思いで見送った。苛々する。だが、もうすぐ全てに片が付く。そう思えば溜飲も下がる。
俺はベッドにごろりと横になった。

 

敵の本拠地は城だった。要塞とも言えるような大きな城。だが、急所を突けばいとも簡単に落城した。
今、俺たちは落城し、炎に包まれつつある城の中を走っていた。敵の大将の首は取った。あとは諸々の生き残った重要人物の首をはねるか捕縛するか。
俺の後ろにぴったりと張り付くように行動していたイルカ先生はさすがに息を乱している。ま、上忍の俺の行動にずっとついてきたのだから疲れもするだろうけれど。
今は二人だけで行動している。城は広い、忍びたち全員で手分けしているのだ。

しばらくして、情報になかった分かれ道に突き当たった。暗部の調査でも限界はあるらしい。だが仕方がない。

「イルカ先生、俺は右を行きます。あなたは左へ。いいですか、くれぐれも勝手な行動はしないでください。絶対にですよ。」

俺はそう念を押した。イルカ先生は頷く。
俺は右の廊下をひたすら走る。だが行けども行けども人気のない部屋ばかりだ。こちらははずれだったらしい。するとイルカ先生の方がビンゴだったようだ。
俺は急いで引き返し、左側の道へと急ぐ。
そして聞こえてきた声と2人の気配。
俺は咄嗟に気配を消して近寄っていく。悪趣味だとは思ったが、イルカ先生の行動に興味があったのだ。

「ルイカに殺されるのならば、本望だよ。」

最初に聞こえてきたのはモリジの声だった。手紙に書いてあった通りだったな。だが、イルカ先生、貴方は分かっているはずだ。殺すべきではない、殺してはいけないのだ。モリジは生きたまま本国へと送還されなくてはならない。その罪状を身に受けるために。ここで殺してしまえば、モリジに死と言う逃げ道を与えてしまうことになる。それではだめなのだ。

「あなたを殺すことはできません。その権限は俺にはありません。」

イルカ先生の凛とした声に俺は胸をなで下ろす。

「で、では、最後に一目だけ、ルイカの姿だけでも、頼む。」

モリジの必死な声にイルカ先生の気配が乱れる。困惑している。この状況でモリジの言うことを聞いてやろうとでも言うのか?
チャクラを練る気配がした。変化をするつもりなのだろうか。
俺は隠れていた場所から飛び出していた。そしてイルカ先生の首筋に小型の雷切を当てた。その場に崩れるイルカ先生。なんとか変化する前に間に合ったらしい。ぎりぎりだったな。

「お、お前っ、なにをするっ。ルイカを、ルイカを最後に見るチャンスだったのに。俺にはもうルイカに会えることはないと言うのにっ。」

突然に現れた俺に動揺することなく、食ってかかってきたモリジに俺は冷笑を浮かべた。分かっているじゃないか、この男。

「そうだ、ルイカには二度と会えない。何故ならルイカなんて女はこの世に存在しないからだ。」

「違う違う、ルイカはちゃんといた。俺とずっと一緒だった。俺たちは愛し合っていたっ、ずっとずっとこれからもだっ。」

もはや気も狂わんばかりと首を横に振って否定するその姿は哀れなものだったが、それでも同情する余地はなかった。

「まだ、イルカ先生を愛したと言うならば、この人はあんたを信じてついていったかもしれないのにね。あんたは所詮、自分のことしか頭にないんだよ。あんたが愛したのは、あんた自身だけだ。」

まあ、例えそうなったとしてもイルカ先生を行かせることはなかったろうけど。
その時、仲間の上忍がやってきた。

「カカシ、モリジを見つけたようだな。」

「ああ、少々恐慌状態だが問題ないよ。悪いけど運んでくれる?俺はこっち運ぶから。」

俺は倒れたままになっているイルカ先生を肩に担いだ。

「いいのか?手柄を横取りしちまって。」

仲間はそう言いながらもモリジを拘束していく。

「いいんだよ、俺はここの指揮官だし、手柄ならこの戦局をこちらの圧勝で終結させたことで十分たてた。」

俺は苦笑しつつも出口へと向かう。仲間はそうか、悪いな、と笑ってモリジを乱暴に担いだ。裏切り者の末路なぞ、今まで何度も見てきた。まあ、せいぜい足掻くがいい。
俺はイルカ先生を使いで戦線を離脱した。

 

キャンプ地に戻ってくると各々の者はまだほとんど戦場に行ったままのようで、人はまばらだった。
丁度いい。俺は自分のテントに入った。そしてイルカ先生をベッドに転がした。ここまで来るのにそれなりに時間は経ったのだがまだ起きない。少々力を込めすぎたかな。
俺は気付けのツボを押さえて無理矢理に起こした。イルカ先生はうう、と呻きながらも俺の方を見上げる。

「おはようございます、イルカ先生。」

言うとイルカ先生はよろよろと体を起こしてベッドに座った。

「ここ、は?」

「俺のテントです。戦線離脱しました。」

「そう、ですか。あっ、あの、モリジは...。」

「仲間が連れて行きました。すぐに本国へ送還されるでしょう。」

それを聞いてイルカ先生は顔を俯けた。

「そんなことよりもイルカ先生、あなた俺との約束を破ろうとしましたね。」

俺の言葉にイルカ先生が顔を上げた。そして重々しく頷いた。誤魔化すことなくちゃんと自分の行動を肯定する。それでこそイルカ先生だ。俺はこれでもあなたに一目置いてるんですよ。

「反省しているならばいいです。ではもう今度こそいいでしょう、里に帰還してください。」

言えばイルカ先生はのろのろとベッドから立ち上がる。表情は苦悶に満ちている。きっとこれからあのモリジのことを思い出しては苦悩するのだろう。しなくていいものを、この人は悩み続け、苦しみ続けるのか。あんなバカな男なんかのために。
そう思ったらたまらなくなってイルカ先生の腕を掴んでいた。
イルカ先生は驚いて俺を見ている。帰還命令を出しておいて引き留めている俺の行動が不思議なのだろう、疑問の表情を浮かべている。

「ねえイルカ先生、少しだけでも楽にしてあげましょうか?」

「え?」

「一時だけ、何も考えられなくしてあげますよ。だって、イルカ先生がとても思い詰めているみたいだから。」

俺は強引にイルカ先生をベッドに押し倒した。

「カカシさん、なにするんですかっ。俺は、そんなっ、」

じたばたともがくイルカ先生の口を強引に塞いでやる。馬乗りになってイルカ先生の体の動きを封じ込める。

「あんなきちがいじみた男のことなんか忘れてしまえばいいんですよ。」

そうだろう?自分のことを見ないからってあなたを模擬試合で殺そうとした男なんて。思い通りにならないからって敵に寝返って最後はあなたに殺してもらいたいと懇願するような男なんて。
アンダーを脱ぎ捨ててイルカ先生の頬に手を這わせて、そっと耳元に囁く。

「イルカ先生。」

びくりと震える素直な体に満足げに微笑む。柔らかな唇に甘いキスを落としてあげる。

「さあ、はじめましょうか。」