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「たかだかこれをするためだけにここまで周りに迷惑かけるなんてねえ。」 呟いた言葉に隣にいた暗部のリーダーが小首を傾げた。 「こんばんは、立ち話もなんですから中へどうぞ?」 言えばルイカは俺のテントの中に入った。俺も後に続く。 「残念ながら今は酒を飲むわけにもいかないんで普通の飲み物で我慢してください。」 俺は備え付けのポットからお茶を煎れて渡した。 「戦場に、一緒に連れて行ってはもらえませんか。」 言うと思った。俺は深くため息を吐いた。 「連れて行くことはできません。あなたの任務は終了したんです。里へ戻りなさい。あなたにはあなたにしかできないことが他にもあるでしょう。」 優しく言った。今回の件でルイカにはかなり辛い思いをさせてしまったことだろう。それでも情報を伝えられないのが上官としての義務だ。辛いことだが仕方のないことだ。 「そういうわけには、いかないんです。どうしても、行かなくては。」 「行ってどうするんですか?モリジに会うつもりですか?」 ルイカは無言でカップを握りしめる。ビンゴか?しかし分からない、どうしてルイカの姿のままでいるのか。ルイカの姿を強要していた人物はもうこのキャンプ地にはいないと言うのに。 「理由を教えてはもらえませんか?俺だって鬼じゃないです。何かしらの理由があり、それが俺の一存で許可できる範囲内の内容ならば、考えないでもないですよ。」 俺はルイカの隣に座った。ぎしりとベッドのスプリングがきしむ。 「分かりました、許可します。その代わり条件があります。俺の傍を離れないことと、ルイカの変化を解き、イルカの姿になること。この2つです。」 ルイカは息を呑んだ。だが、ここで俺の提示した条件を飲まなければ戦場へと行けない。それがよく分かっているのだろう、ルイカは解、と小さく呟いてイルカ先生の姿に戻った。思えばこの姿を見るのは久しぶりだったなと思い返す。最近は忙しかったからな。 「ではイルカ先生、出陣は明後日ですから、それまでに体調やその他準備を整えて待機してください。追って沙汰は知らせます。」 言うとイルカ先生は立ち上がって俺に一礼するとテントから出て行った。 敵の本拠地は城だった。要塞とも言えるような大きな城。だが、急所を突けばいとも簡単に落城した。 しばらくして、情報になかった分かれ道に突き当たった。暗部の調査でも限界はあるらしい。だが仕方がない。 「イルカ先生、俺は右を行きます。あなたは左へ。いいですか、くれぐれも勝手な行動はしないでください。絶対にですよ。」 俺はそう念を押した。イルカ先生は頷く。 「ルイカに殺されるのならば、本望だよ。」 最初に聞こえてきたのはモリジの声だった。手紙に書いてあった通りだったな。だが、イルカ先生、貴方は分かっているはずだ。殺すべきではない、殺してはいけないのだ。モリジは生きたまま本国へと送還されなくてはならない。その罪状を身に受けるために。ここで殺してしまえば、モリジに死と言う逃げ道を与えてしまうことになる。それではだめなのだ。 「あなたを殺すことはできません。その権限は俺にはありません。」 イルカ先生の凛とした声に俺は胸をなで下ろす。 「で、では、最後に一目だけ、ルイカの姿だけでも、頼む。」 モリジの必死な声にイルカ先生の気配が乱れる。困惑している。この状況でモリジの言うことを聞いてやろうとでも言うのか? 「お、お前っ、なにをするっ。ルイカを、ルイカを最後に見るチャンスだったのに。俺にはもうルイカに会えることはないと言うのにっ。」 突然に現れた俺に動揺することなく、食ってかかってきたモリジに俺は冷笑を浮かべた。分かっているじゃないか、この男。 「そうだ、ルイカには二度と会えない。何故ならルイカなんて女はこの世に存在しないからだ。」 「違う違う、ルイカはちゃんといた。俺とずっと一緒だった。俺たちは愛し合っていたっ、ずっとずっとこれからもだっ。」 もはや気も狂わんばかりと首を横に振って否定するその姿は哀れなものだったが、それでも同情する余地はなかった。 「まだ、イルカ先生を愛したと言うならば、この人はあんたを信じてついていったかもしれないのにね。あんたは所詮、自分のことしか頭にないんだよ。あんたが愛したのは、あんた自身だけだ。」 まあ、例えそうなったとしてもイルカ先生を行かせることはなかったろうけど。 「カカシ、モリジを見つけたようだな。」 「ああ、少々恐慌状態だが問題ないよ。悪いけど運んでくれる?俺はこっち運ぶから。」 俺は倒れたままになっているイルカ先生を肩に担いだ。 「いいのか?手柄を横取りしちまって。」 仲間はそう言いながらもモリジを拘束していく。 「いいんだよ、俺はここの指揮官だし、手柄ならこの戦局をこちらの圧勝で終結させたことで十分たてた。」 俺は苦笑しつつも出口へと向かう。仲間はそうか、悪いな、と笑ってモリジを乱暴に担いだ。裏切り者の末路なぞ、今まで何度も見てきた。まあ、せいぜい足掻くがいい。 キャンプ地に戻ってくると各々の者はまだほとんど戦場に行ったままのようで、人はまばらだった。 「おはようございます、イルカ先生。」 言うとイルカ先生はよろよろと体を起こしてベッドに座った。 「ここ、は?」 「俺のテントです。戦線離脱しました。」 「そう、ですか。あっ、あの、モリジは...。」 「仲間が連れて行きました。すぐに本国へ送還されるでしょう。」 それを聞いてイルカ先生は顔を俯けた。 「そんなことよりもイルカ先生、あなた俺との約束を破ろうとしましたね。」 俺の言葉にイルカ先生が顔を上げた。そして重々しく頷いた。誤魔化すことなくちゃんと自分の行動を肯定する。それでこそイルカ先生だ。俺はこれでもあなたに一目置いてるんですよ。 「反省しているならばいいです。ではもう今度こそいいでしょう、里に帰還してください。」 言えばイルカ先生はのろのろとベッドから立ち上がる。表情は苦悶に満ちている。きっとこれからあのモリジのことを思い出しては苦悩するのだろう。しなくていいものを、この人は悩み続け、苦しみ続けるのか。あんなバカな男なんかのために。 「ねえイルカ先生、少しだけでも楽にしてあげましょうか?」 「え?」 「一時だけ、何も考えられなくしてあげますよ。だって、イルカ先生がとても思い詰めているみたいだから。」 俺は強引にイルカ先生をベッドに押し倒した。 「カカシさん、なにするんですかっ。俺は、そんなっ、」 じたばたともがくイルカ先生の口を強引に塞いでやる。馬乗りになってイルカ先生の体の動きを封じ込める。 「あんなきちがいじみた男のことなんか忘れてしまえばいいんですよ。」 そうだろう?自分のことを見ないからってあなたを模擬試合で殺そうとした男なんて。思い通りにならないからって敵に寝返って最後はあなたに殺してもらいたいと懇願するような男なんて。 「イルカ先生。」 びくりと震える素直な体に満足げに微笑む。柔らかな唇に甘いキスを落としてあげる。
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