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「なんでまたそんなことになったんですか?」 俺は火影の執務室であきれていた。それはもう、大いにあきれ果てていた。だが、そんな俺の表情を見て、目の前の火影も心底うんざりした表情で見返してきた。 「あたしだって困惑してるんだ。ご意見番に聞けば前代未聞だって言うし、まったくどいつもこいつも。」 そりゃあ前代未聞も何も、普通ありえませんって。 「この間の後方支援、護衛任務、追加の慰問任務、護衛任務、軍の指揮任務、罪人の捕獲任務、大将の首の討ち取り任務。全部をチャラにしろって言うんですか?」 火影はだから困ってんだよ、とため息を吐いた。 「かなりの功績だったはずですし、相手の国はちゃんと了承していたはずですよ?今更になって支払いを渋る理由がどこにあるって言うんですか。あの国、商業でかなり発展してるから財力だってそれなりにあるはずですよ?」 どう考えたっておかしい。払えないはずはないのだ。それをどうしてここまで来て出し渋るのだ。 「それがなあ、実は払うこともできるそうだ。」 火影の言葉に俺はうろんげな視線を向けた。この人はさっきまで支払ってくれないことになったようだと言ってたんだぞ? 「どっちなんですか、払ってくれるんですか、くれないんですか?」 「とりあえず話しを聞け。これには複雑な理由があるんだよ。」 「お聞かせ願いましょうか、責任者だった者の立場として知る権利が俺にはあります。」 「それはそうだ。だが、もう一人一緒に聞いてほしい者がいる。」 暗に今から連れてこいと言っているようなものだ。はて、一体誰だ?暗部のリーダーか?大将の首を取った仲間の上忍だろうか。 「カカシ、イルカを連れてこい。」 言われて俺は一瞬動揺した。そんな俺に気付いた様子のない火影が今は受付任務のはずだから、と俺を促す。 「どうしてイルカ先生なんです?」 「この件について深く関わってくるからだ。」 「どういうことです?」 「詳しい話しはイルカと共にしてやる。さっさと連れてこい。」 火影はそう言って俺を部屋から追い出した。 「なにやってんだカカシ、気配なんか消して。」 廊下で会ったアスマが不可解そうな顔で俺に声をかけてきた。俺だって好きで里内で気配を消してるわけじゃないっつの。こうしないとイルカ先生が逃げるから仕方なくなんだよ。 「まあ、これも俺の業ってやつかね。」 はあ?とアスマは訳が分からないと言わんばかりにくわえていた煙草の煙をぷかりとしてさっさっと行ってしまった。 「こんにちはイルカ先生。火影様がお呼びです。一緒に来てください。」 イルカ先生はぐっと唇を噛み締めた後、はい、と呟いて席を立った。 「あとのことよろしくね。」 俺は隣にいた同僚に声をかけてイルカ先生と伴って火影の執務室へと向かった。 「単刀直入に言おう。イルカ、お前には死んでもらう。」 「は?」 俺は目が点になった。何を言ってるんだこの人は。確か先の戦の代金を払ってもらうための話しじゃなかったか?なんでイルカ先生が死ななくちゃならないんだよ。 「死ぬと言っても勿論本当に死ぬわけじゃない、死ぬふりをしてもらいたい。」 「どういう、ことですか?」 イルカ先生が尋ねる。確かに訳が分からない。 「実はあの戦の支払いを渋っている者がいる。それが王族の3番目の姫、そう言ったら予想が付くか?」 俺は眉間に皺を寄せた。モリジの妻か。確かモリジと離縁して王宮に戻ったと聞く。よもやここまでの暴挙に出るとは。 「イルカ、お前はくの一の姿でモリジの護衛任務をしていたが、モリジの妻は夫の裏切りはそのくの一のせいだと思っているらしい。たぶんモリジの情人だったとどこかで聞いたんだろう。だが、そうは言ってもそんな証拠なんざまったくないし、嘘だってことも分かっている。あちらもそれは理解しているだろう。だがモリジの妻は納得していないんだ。ま、逆恨みだろうな。しかし王は娘たちに甘い。姫が納得していないのならば支払いはしないと言ったそうだ。姫の希望はそのくの一を処刑すること。こちらでも散々説明して誤解だと言って交渉したがまったく耳を貸さない。しかもだ、」 火影はこめかみに手をあててまたため息を吐いた。これ以上なにがあるって言うんだ? 「姫が現在、この里に来ている。」 俺とイルカ先生はぎょっとした。わざわざこの地まで来ているって言うのか。なんて執念だ。夫婦間は冷え切り、戦の前は別居までしていたって聞いていたのに、逆恨みと言うよりはただの八つ当たりじゃないのか? 「処刑をこの目で見たら支払うと言っている。幸いにしてあのくの一はイルカの変化だと知っている者は少ない。その件については厳戒態勢を敷いて一切の口を閉じ、イルカのくの一は処刑するということに決まった。」 「それが里の意志ですか。」 俺は声を低くして言った。確かに今の里に資金は必要だ。だが誰か一人を犠牲にするなんてやり方は好かない。誰かの犠牲の上に成り立つものなど。 「カカシ、お前の言いたいことは分かる。あたしだって心の中じゃ反対だ。だが火影として言えばイルカのくの一の姿を消すだけだ。イルカを殺すわけじゃない。あの戦ではかなりの時間、労力を費やした。あれだけ働いて無償でしたなんてことはできない。忍びは道具だ、使用したらその分をちゃんと精算せねば成り立たない。」 火影だとて好きこのんでこの決断をしたわけではないのだろう。それはよく分かっているが、だが納得はできない。 「わかりました。」 イルカ先生の凛とした声が執務室に響いた。 「すまないね、イルカ。」 火影のほっとした声に俺は我に返った。 「ちょっとイルカ先生、何考えてるんですか。なにもやましいことはしてないんですよ?なんで処刑を甘んじて受けるんですか。」 「処刑と言っても死ぬふりをするだけです。」 平然とした顔で言ってのけるイルカ先生に釈然としないものを感じる。いつもだったら納得のいかないことはどんな時だって楯突くはずなのに。中忍試験の時だってそうだった。なのにどうしてここであっさりと引き下がるんだ?これはイルカ先生だけの問題じゃない。里全体のこれからの威信に関わる問題だと言うのに。 「カカシ、これはもう決定したことだ。覆すことはできない。」 火影の言葉に俺は苛々とする。確かに忍びは道具だ。だがその前に血の通った人間なのだ。 「カカシさん、俺はいいんですよ。カカシさんがそう思ってくれだけでもルイカは浮かばれます。」 イルカ先生がうっすらと笑みを浮かべた。あれ以来、見ていなかった笑みだった。その顔を見て俺はもう何も言えなくなる。 「イルカのくの一姿の名前はルイカと言うのか。」 火影の言葉にイルカ先生は頷いた。 「一度変化してみろ。」 言われてイルカ先生は変化した。忍服のままで女体化したので飾り気もなにもない。火影はなるほどねえ、と言ってルイカを見ている。 「確かに癒し系の顔してるね、」 その時、ばたばたと足音が聞こえてきてノックもなしに執務室に誰かが入ってきた。 「勝手に動き回られては困ります。」 シズネが女の手を取ろうとしたがその手は払いのけられる。 「私に触れるな無礼者。」 「カヤ殿、一体何用ですか。」 火影が言うとカヤはちらりと視線をこちらに向けた。 「先だっての戦で任務依頼された王国の第3王女のカヤ殿だ。」 この女がそうなのか。なるほど、性格がよく現れた態度を取られるお方だ。 「お前も無礼者だね。私の前でその暑苦しい覆面を取ったらどうなの。」 名乗る以前に覆面を取れか、まあいいけどね。 「お前、私のお付きにしてあげるわ。」 は?なに言ってんだこの女。 「カヤ殿、この男は上忍です。雇うならそれなりの依頼料がかかります。」 火影の言葉に俺はがっくりときた。火影さま、あんた金儲けに走りすぎてるんじゃないの? 「いいわ、言うだけの額を払ってあげる。今日から私の元に来なさい。」 「ちょっと火影様。」 いくらなんでもダメだろう。大体ルイカの処刑を要請して見に来た女なんだろ?はっきり言って同じ場所にいることすら嫌悪感が走る。 「ルイカの処刑は3日後になりましたので、カカシのカヤ殿護衛任務はその間だけと言うことになります。良いですね。」 とりあえずの譲歩だろう、俺にとってはどちらにしろ最悪なわけだが。 「ふん、まあいいわ。3日後を楽しみにしてる。ところでそのルイカって女はどこにいるの?そいつも見てみたいんだけど。」 カヤが高慢に言うと火影はむ、と唸った。どうせ3日後にはこのルイカと再会するのだ。ここで紹介しなければまた何かいちゃもんを言われるに違いない。タイミングが悪かったと諦めるしかなさそうだな。 「私がルイカです。お初にお目にかかります、カヤ様。」 火影が言い及んでいるうちにルイカが自分で正体を明かしてしまった。まあ、仕方ないがやるせなさが募る。 「なに、お前なの?やぼったい顔だこと。よくも夫をたぶらかしてくれたわね、この淫売。死んでせいせいするわ。せいぜい3日の余生を楽しむことね。」 カヤはそう言ってくすくすと笑った。笑い方は上品なのに無性に殺したくなるな、と俺は殺気を向けた。 「カカシ、カヤ殿に里を案内して差し上げろ。ルイカは下がっていいぞ。追って沙汰をするまで自宅で待機だ。」 火影の言葉に俺は殺気をしまった。ルイカは一礼をして執務室を出て行く。 「火影様、俺とは別にちゃんと護衛はいるんでしょ?」 「当たり前だ、国賓級だぞ。暗部のスリーマンセルを2交代でつけさせている。」 「俺が護衛についてもその護衛は外さないでくださいよ。」 「わかっているよ。」 その代わり頼んだよ、と火影の目が訴えている。火影にしてもこの女は扱いにくいのだろう。比較的依頼者には穏やかな性格のシズネが扱いに困るほどだ。 「では失礼します。」 俺はカヤを伴って執務室を出た。 「あーあ、あの火影って女、ばかでかい胸してるわよね。化け物なんじゃない?」 カヤがそう言って俺の腕に胸をすりつけてくる。うーん、結構小さめだね、Aって所か。 「俺はでかい方が好きですけど。」 ま、一番の好みはルイカだけど。ぶっちゃけ相手の体形には特に固執はしないんだよね、俺って。問題は相手の中身だから。 「まあいいわ、あなたカカシって言うのね。ねえ、どこに連れて行ってくれるの?」 よしかかられてうんざりする。下手な商売女よりも鼻につく香水の匂いが余計に苛立たせる。 「そうですね、どこがいいですか?何を見たいです?」 「そうねえ、ここには大した店もないだろうし、遊ぶ所もないんでしょ?仕方ないからお昼にしましょう。私の泊まっている場所の料理は比較的まだ食べられるから。」 確か泊まっている場所って里内でも大名がよく贔屓にしている所だったよな。 |