|
それから、俺は昼間っからどんだけ金を使えば気がすむんだと思わんばかりの豪勢な食事と接待にほとほと疲弊した。楽しい奴らとのご飯はおいしいし時間が経つのも早いが、相手が悪いとご飯はどんなにおいしいくともまずく感じるし流れる時間の長いこと長いこと。 「ねえ、私の部屋でもう少し話さない?」 結構ごめん被ります。 「明日もあるでしょう。今日は急遽護衛に付いたので処理しなけりゃならないものがいくつかあるんです。残念ですがまたの機会にして下さい。」 ま、そんな処理する仕事なんかないんだけどね。だが俺はそう言って返事も聞かずに背を向けた。 「ちょっと先輩、カヤ様が喚いてますよ。」 旅館を出てすぐに暗部が俺の前に立ちはだかった。 「子どもじゃないんだからしばらくすれば泣きやむでしょ。おさまらないなら暗示でもかけとけばいいじゃないの。」 「先輩、国賓級の人にそんな手荒なことしたら、」 「いいじゃない、知られなきゃ。」 先輩って黒いですね〜、と言って暗部は笑って下がっていった。 「イルカ先生、すみません、夜分遅くに。」 俺は一歩前に進んだ。 「あの、カカシ先生、俺、」 イルカ先生はおずおずと戸から出てくる。が、風が吹いてイルカ先生は体を硬直させた。 「イルカ先生?」 「あの、カカシさんはカヤ様と、」 「ああ、まったく嫌になりますよ。今日もずっと付き合わされて、今は暗部に護衛させてます。なんでも金だとか権力で言うことが聞くと思ってるんでしょうが、俺はああいう女は嫌いです。」 憤然として言うと、イルカ先生は少し笑って表へ出てきた。 「すみません、香水の匂いがしたので。」 なるほど、先ほど風が吹いた時に匂いがそちらに行ってしまったか。少し走って匂いを落としたつもりだったけど、やはり忍びの鼻には効果なかったようだ。 「あの、よろしければ上がっていきますか?お茶くらいなら煎れますけど。」 イルカ先生のお誘いに俺は微笑んで頷いた。 「イルカ先生は、その、やっぱりショックでしたよね。」 「え、まあ、そりゃあさすがにね。でも火影様が言うように本当に殺されるわけじゃないですし、俺だったらいいんです。」 「でも、本来は突っぱねるべき内容です。いくら金が支払われない状況であったとしても。」 「ありがとうございます。カカシさんにそう言われれば、俺も救われますよ。」 あくまでも穏やかに言うイルカ先生。それはポーカーフェイスなの?本当のイルカ先生の気持ちはどこにあるのかな?俺は、それが知りたい。 「ねえイルカ先生、」 俺の呼び掛けにイルカ先生は律儀になんですか?と返してくれる。 「俺と体を繋げたことはもういいの?」 俺の言葉に再び硬直するイルカ先生。ごめんね、けど、やっぱり気になってたことだし、それで俺を避けてたんでしょう? 「イルカ先生、なに考えてるの?処刑を了承して、強姦した男を家に上げて。全てを甘受するなんて、そんな聖人君子ってがらじゃあなかったよね?嫌なことは嫌って言うし、納得できないことには反論するし、愚痴だって言ってた。」 酒を酌み交わしていた時はそうだった。男らしくて陽気で人情があって、人間臭い所もあって、むしろ俺なんかよりも激情家だったはずだ。 「イルカ先生?」 見上げるとイルカ先生の顔がほんのり赤くなっていた。あれ?今は酒なんか入ってないよな?なんで顔が赤いんだろう?触れていた手が震えている。怖がらせた?普段ならありえないことだが今の様子のおかしいイルカ先生ならばありえるかもしれない。 「俺、は、別に、そんなんじゃなくて、だから、その、」 ひどく動揺しているのか、言葉に覇気がない。けれども弱々しい言葉とは裏腹に向けてくる視線は意外に強くて、何かを決意したような、それでいて戸惑っているような。 「俺は、カカシさんが、好きに、なってしまったんです。」 ぽつりと呟かれた言葉に俺は呆然とした。 「無理矢理強姦したのに?」 嬉しい気持ちを顔に出さずにもっと詳しいことを聞くためにイルカ先生に詰め寄る。 「いえ、あれは、あの時は俺も、その、色々パニックで、頭の中はほんと自己嫌悪で、でも、カカシさんが、その、触れてくれて、俺は、すごく嬉しくて、なんかそれだけでもまた自己嫌悪になってぐるぐるしちゃって、顔なんか会わせられなくて、恥ずかしくて。」 「なんで恥ずかしいの?だって俺が好きなんでしょ?だったら会いに来てくれれば良かったのに。」 「行けるわけないでしょっ!!あ、あんな、俺、男だっつうのに普通になんか感じてて、モリジのことなんかもう考えられないくらいなんか嬉しくて、もう、何言ってんだよ俺は、くそっ。」 あ、なんかやっとイルカ先生らしくなってきた。そうだ、イルカ先生ってこんな感じだったよ。酒の席で無礼講になると俺の背中ばんばん叩いてきたりするような、そんな人で、俺はそんなイルカ先生を気に入ってて、何度も酒を飲み交わしたんだ。 「だから、その、頭の中じゃこんなこと考えてた俺はカカシさんに顔向けできなくて、だから会えなかったんです。ああもうっ、どうとでもなれってんだ。カカシさんだって悪いんですよ、あんな、あんな風に俺に優しくするから、俺は勘違いしてしまいそうになって。今だってカカシさんはただ仲間思いなだけだから気にして家に来てくれただけなんだろうけど、俺はそれだけでも嬉しいってのに。」 俯いてしまったイルカ先生の髪に手を触れてさらりとその感触を楽しむ。 「勘違いしてくれてよかったのに。」 その言葉にイルカ先生は顔を思いっきり上げた。 「俺はイルカ先生の告白で目が覚めましたけどね、あなたと同じ気持ちですよ。」 「なっ、そんなわけないですよ。バカなこと言わんでください。カカシさんの好みは、ルイカなんでしょ?」 いじけて見える様子にくすりと笑ってしまう。 「それこそバカなこと言ってますよイルカ先生。大体ルイカが好みだったらルイカに変化させて抱いてますよ。俺は男のイルカ先生が好きなんです。出会ったときから男で、くの一になったって男には変わりなかったあなたがね。それに俺は別に男色家なわけじゃないんで、楽しむために興味本位だとかだけで男を抱くことはしませんよ。」 思ってみればそうだよ。いたる所で俺はイルカ先生が好きだってわかる行動をしてたって言うのに、感情よりも態度で示していたとはね、我ながら天晴れと言うか遠回りなことをしていたと言うか。
|