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翌日、俺は爽やかな朝を迎えて晴れて恋人となったイルカ先生の作ってくれた朝食を食べていた。かなり無理をしてしまったはずなのにイルカ先生が朝食は一日の活力ですからと無理して作ってくれた。今度から俺も何か作れるように練習しておこう。 「ところでイルカ先生はなんで処刑を受けようと思ったんですか?はっきり言ってそのことは今でも俺は納得していません。」 「それは、やっぱり俺の一方的な自己都合なんですけど、その、俺、ルイカが好きじゃないんです。」 まあ、誰だって自分のくの一姿に陶酔はせんだろう。 「俺はルイカみたいにカカシさん好みの胸も持ってないし、」 いや、別になかったらなかったでいいんだけどね。胸があるとかないとかはぶっちゃけどうでもいいし。 「それにモリジが執着していた体です。モリジが未だにルイカに執着しているかと思うとなんとなくもう二度と変化したくないって言うか。」 ああ、それは分かるなあ。たちの悪いストーカーみたいだったもんなあ、あいつ。そんなモリジが気に入っていたくの一姿ってのはもうあんまりなりたくないよな。変化するたびに思い出しそうだし。 「だからいっそのことルイカを殺してもらって、もうこの世にはいないってことにしてもらえれば一挙両得って言うか、へへ、俺って結構黒いですよね。」 いや、大丈夫、この里にはもっと黒い奴がわんさかいるから。 「そういう理由なら俺も引き下がるしかありませんね。明後日は俺も立ち会いますから、思う存分死んでください。」 言えばイルカ先生はくすくすと笑って頷いたのだった。 「イルカ先生どうしたの?」 「あの、あんまり、その、カヤ様には注意してください。」 嫉妬らしい。まあ、あからさまだったしねえ。 「大丈夫ですよ。第一俺、あの人は嫌いですから。」 にっこりと笑って言えばイルカ先生はほっとした様子で俺を見送ってくれた。 「遅いわ、朝食を食べ終わってしまったじゃない。」 出会って開口一番にこれだ。 「おはようございますカヤ様。ちなみに朝食を一緒に取る約束はしていません。」 「屁理屈は言わないでちょうだい。まあいいわ。今日は買い物でもしようかしら。木の葉で買い物と言っても買う物なんかないでしょうけど。」 カヤはそう言って俺の腕を取って歩き出した。買い物するものがないなら出歩かなきゃいいじゃないの。とは言わずにそうですかと適当に相づちを打つ。 そういえばイルカ先生、あのかんざしどうしたのかな?鈴をつけただけの武器にもなるかんざし。模擬試合が終わった後も結構頻繁に付けてくれていた気がするけど。あの時から俺が好きだったんなら、俺のことを思って付けてくれていたのだろうか?だとしたらかなり嬉しいんだけど。 「ちょっと聞いてるの?どっちが似合うのよっ!」 カヤが俺の腕を引っ張って言った。赤い牡丹の髪飾りと白い百合の髪飾り。 「どちらもお似合いですよ。あなたをひきたたせる。」 カヤはそれを聞いて鏡を見て交互に髪に挿す。 「そうね、お茶でもしましょう。おすすめの所はある?私、甘いものは割りとなんでも寛容よ。」 ああ、そうですか。じゃあ甘栗甘にでも行くか。 庶民的な団子屋へと連れてくるとカヤはあからさまに嫌な顔をしたがどこでもいいと言ったのはあんただ。文句は言わせない。 「あら、こんな所で会うなんて珍しいわね。甘いもの嫌いなくせに。」 アンコとお汁粉を食べていた紅がそう言って声をかけてきた。隣にいるカヤが俺の腕を引っ張る。 「なになに、カカシの彼女?」 横から出てきたアンコがカヤを見てにやにやしながら言った。カヤは満足そうに笑う。 「まっ、そんなわけないか。カカシの趣味じゃないもんねえ。」 余計な一言を言うなよ。正解だがもう少し状況を見て言ってくれよ頼むから。カヤはまた機嫌を悪くしていく。 「アンコ、行くわよ。カカシの邪魔したら悪いし。」 「そうねえ、じゃあおばちゃん、お土産の団子5ダース頂戴。」 5ダースって60本かよ、一体どんな腹してんだよお前は。 紅たちはお土産の団子を持って去っていった。俺たちは店の中のテーブルに座る。俺は普通のお茶を、カヤは白玉あんみつを注文する。 「ねえ。」 「はい?」 「さっきの人たち、なんなの?」 「同僚ですよ。くの一のね。」 「ふーん、あなたの好みってどんな人なの?」 「知ってどうするんです?」 あんたじゃないことは確かですとはさすがに言えなかったので適当に流す。 「ま、昨日のルイカって女よりはまだ女として見られる程度かしらね。」 暗に私には劣るけど、と言っているようなものだ。なんとなくむっとする。 「俺の好みはルイカみたいな人ですよ。」 ま、本当はイルカ先生だけど。 「なに、あんな女がいいわけ?あなた顔はいいのに趣味は悪いのねえ。」 結構いい趣味してると思うけどね。あんたよりゃましだよ、と俺はにこりと微笑む。 「ねえ、私と付き合うなら処刑をなしにしてあげてもいいわよ。」 こいつ、バカなんじゃないのか?人の命を自分のエゴでどうにでもできると信じているのか。夫をたぶらかしたと言って処刑を強要させ、自分の都合で処刑を無くして俺に言うことを聞かせようとする。 「遠慮します。」 「あら、いいの?私と付き合うだけで仲間を殺させずに済むのよ?」 「俺にも許容できることとできないことがありますから。」 明らかにむっとするカヤに俺はまた茶をすする。イルカ先生が自ら死んでみせたいと言っていることだし、ここで俺がしゃしゃり出るわけにはいかないし、大体俺がカヤと付き合うってことになった方がイルカ先生にとって辛いことだろう。俺にとってもね。 「いいわ、じゃああなたが処刑を執行させなさい。これは命令よ。」 また命令か、処刑を早めて明日とかにしてくれないかな。そしたらさっさと国に帰ってもらえるのに。 「俺が処刑を引き受けたら処刑日を明日にしてもいいですか?」 俺の言葉が意外だったのだろう、カヤは目を見開いている。だがくすくすと笑っていいわよ、と言った。ふむ、いい反応だ。 「じゃあ俺はこれから火影に掛け合ってきますから護衛任務は他の者にさせます。では、」 俺はやはりカヤの返事を待たずに瞬身を使ってその場から去った。暗部、がんばって見張っておけよ。勿論支払いは必要経費だ。 「なんだカカシ、カヤ殿の護衛任務はどうした?」 珍しく書類とちゃんと格闘していた火影は俺の姿を見ないままに淡々と告げる。 「ルイカの処刑を明日にして下さい。執行人は俺で。」 火影は顔を上げた。 「お前、処刑に否定的じゃなかったか?どうしてそんなに乗り気なんだ?」 疑わしそうな目で俺を見る。まあ、昨日の今日でここまで考えが反転すれば誰だって訝しむか。 「色々と状況が変わってきたんですよ。幸い俺も相手を仮死状態にする技術は持っています。カヤ様も了承しています。嫌なことはさっさと終わらせたっていいでしょう。」 火影は書類を机に置いて椅子に背を預けた。 「お前、昨日はカヤをほっぽって帰ったそうだね。」 暗部め、ちくりやがったな。今度会ったらいぢめてやる。 「暗部にちょっかい出すなよ。報告義務にまで目くじら立てるな。そんなにカヤ殿の護衛は嫌か。」 あんただって嫌だろうに、俺が嫌じゃないわけあるか、と俺は視線を向ける。 「まあ、お前の気持ちも分からなくはない。今回の処刑については関係者以外の者には一切知らせていない。書類上にも残らない。このことで噂が流れるようなことがあればそれは相手国の落ち度としてかなりの責任を追ってもらうことも了承させている。ま、ここまで我が儘きいたんだ。これくらいの譲歩はしてもらわないと割に合わないからね。」 なんだ、火影も結構がんばったんだな。 「では処刑日を早めても?」 「ああ、書類に残らないと言うことは裏を返せばいつでも誰でも執行していいってことだ。それでも3日猶予を持たせたのはイルカの心情を思ってのことだ。イルカはいいって言ってるのかい?」 「今から知らせますがたぶん大丈夫でしょう。あの人は元々処刑には肯定的でしたから。」 「そうかい、イルカが納得しているならあたしはそれでいいよ。正式に決まったらまた知らせな。立会人はあたしも含まれている。イルカは明後日まで自宅待機に決定したからイルカに知らせるついでにそれも伝えておいてくれ。」 「分かりました。」 俺は執務室から出るとイルカ先生の家へと向かった。 「すみません、散らかっていて。」 「いえいえ、お気になさらず。これ、買ってきました。今朝はごちそうになったんでそのお礼です。」 受け取ったイルカ先生はぎっしりつまった袋を見て顔を引きつらせている。何を買ったらいいのか分からなくて色々買ったんだが、まずかったかな? 「あのまずかったですか?」 「あ、いえ、助かります。外出はできなかったんで、しばらくインスタントのご飯になるかなとか思ってたので。けど、特上の牛肉とか、アワビとか、カカシさん、これに一体いくら使ったんですか。」 「んー、いくらだったかな?実はついでにお昼ご飯を俺の分も作ってくれないかなって下心があるんで気にしないでください。」 図々しいことこの上ないが言うと、イルカ先生は仕方ないですね、と笑って台所へと向かった。 「ところでそれだけでこちらにいらしたのではないのでしょう?護衛任務をほっぽり出してまでこちらにいらっしゃるってことは何かご用事があったんじゃないですか?」 何かを炒めているイルカ先生が台所から聞いてくる。 「えーと、実は処刑日が変更になりまして、明日になったんです。しかも執行人は俺になりました。」 「えっ、カカシさんが?しかも明日なんですか?」 さいばしを持ったまま、イルカ先生が顔を向けた。火は大丈夫なのかな? 「ええ、嫌なことはさっさと終わらせるに限りますし、カヤ様の護衛にも正直うんざりしてましたからね。」 まさか色目を使われて疲れたとはさすがに恋人には言えない。 「そうですか。俺は別にいつだっていいんです。しかし予定が変更になったって火影様に報告しないと。」 「それは大丈夫です。先に火影様には了承を取りましたから。無論、カヤ様にも了承済みです。あとはイルカ先生の返事だけなので、これでまた火影様に報告すれば明日で全てが終わります。」 イルカ先生はそうなんですか、と言って再び台所へと向かった。火はどうやらちゃんと消してあったらしい。 「あの、カカシさん、これを。」 玄関まで見送りに来てくれた際、イルカ先生が俺におずおずと差し出してきたものを見て俺は首を傾げた。それは以前ルイカにあげた千本で作ったかんざしだった。大事に持っていてくれたらしい。しかし何故これを俺に? 「明日の処刑には、これを使ってください。モリジに影響されたわけではないんですが、カカシさんに殺されるのならば、この武器でお願いしたいんです。そして、終わったら壊してください。ルイカはもうこの世にいはいなくなるのですから。」 イルカ先生は少し哀しげな顔を浮かべた。ルイカが死ぬことによって色々なことに都合が良いのは確かだが、それでも殺されると言うことには変わりない。いい気はしないだろう。イルカ先生にとって少しでも心の負担が軽くなるためならば、なんだってしよう。 「明日は、痛くないように優しく殺してあげます。」 |